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五章
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私の声がよく聞こえなかったのか、青年はこちらを見下ろして「ん?」と、優しい表情で首を傾げた。右手のナイフを左手に持ち替えると、刃のエッジの部分が上を向くように握った。私の目は真っ直ぐに青年の顔を見上げていた。青い瞳がランタンの細やかな明かりに照らされて怪しく光っている。私達はその場に立ち尽くしたまま、互いに見つめ合っていた。
ーーーこっちに来い。
青年の目を見つめながら、ずっとそう念じていた。思いが通じたのか、最初はただこちらを見下ろすだけだった青年がゆっくりと顔を近付けてきた。尖った顎、細い首筋、艶かしく浮き出た鎖骨がよく見える。私は左手に持ったナイフをスッと持ち上げた。
「……っ、がっ」
もう少しで唇が重なるというところで、青年の動きが止まった。私の左腕を、何か生温かいものが流れていくのを感じた。
「んっ、……んん………っ」
「意外だな。人間の体ってもっと柔らかいと思ってた」
自らの行動に反して、私の口調は他人事のようだった。青年はどうやら上手くしゃべることができないらしい。そりゃあ下顎からナイフを刺されたら、喋るのも一苦労だろう。
青年の唇の端から、赤黒い液体が一筋流れた。最初に刺したときは多少の抵抗を感じたが、あまり力を入れずに刃の中頃あたりまでは刺すことができた。さすが、いい職人の作品なだけある。しかし良かったのはそこまでてで、途中なにかに引っかかるような感触とともにそれ以上刃が入らなくなった。
刃の長さから、おそらく顎から刺した刃は、食道を貫いて首の骨にでもあたったのだろう。角度が悪かった。うろ覚えの人体図を思い思い浮かべながら、今のはどのように刺せば上手く脳に到達できる可能性があったのかを考えた。
まあ今回は失敗なので、もし次にこれをやることがあったら別のやり方を試してみよう。
「お、お前ぇぇ!!」
女にナイフを突きつけていた前歯の男が、声の裏返った情けない叫びを上げた。「何?私達ってもうそんな仲だったっけ。お前だなんて」適当に応え、青年の顎に刺さったナイフを引き抜いた。静かに、しかし激しく傷口から血が流れていく。青年は地面に膝をつき、ドサリと顔から倒れてしまった。
ーーーこっちに来い。
青年の目を見つめながら、ずっとそう念じていた。思いが通じたのか、最初はただこちらを見下ろすだけだった青年がゆっくりと顔を近付けてきた。尖った顎、細い首筋、艶かしく浮き出た鎖骨がよく見える。私は左手に持ったナイフをスッと持ち上げた。
「……っ、がっ」
もう少しで唇が重なるというところで、青年の動きが止まった。私の左腕を、何か生温かいものが流れていくのを感じた。
「んっ、……んん………っ」
「意外だな。人間の体ってもっと柔らかいと思ってた」
自らの行動に反して、私の口調は他人事のようだった。青年はどうやら上手くしゃべることができないらしい。そりゃあ下顎からナイフを刺されたら、喋るのも一苦労だろう。
青年の唇の端から、赤黒い液体が一筋流れた。最初に刺したときは多少の抵抗を感じたが、あまり力を入れずに刃の中頃あたりまでは刺すことができた。さすが、いい職人の作品なだけある。しかし良かったのはそこまでてで、途中なにかに引っかかるような感触とともにそれ以上刃が入らなくなった。
刃の長さから、おそらく顎から刺した刃は、食道を貫いて首の骨にでもあたったのだろう。角度が悪かった。うろ覚えの人体図を思い思い浮かべながら、今のはどのように刺せば上手く脳に到達できる可能性があったのかを考えた。
まあ今回は失敗なので、もし次にこれをやることがあったら別のやり方を試してみよう。
「お、お前ぇぇ!!」
女にナイフを突きつけていた前歯の男が、声の裏返った情けない叫びを上げた。「何?私達ってもうそんな仲だったっけ。お前だなんて」適当に応え、青年の顎に刺さったナイフを引き抜いた。静かに、しかし激しく傷口から血が流れていく。青年は地面に膝をつき、ドサリと顔から倒れてしまった。
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