上 下
16 / 23
三章

3-1.6 神の死

しおりを挟む
「――穿ち給え」
 これで四十六人目だった。
 神器を目指し歩む天帝に対し、恐らくはそれを妨げるべく放たれた無数の刺客達。それぞれが突出した力を持っていた。けれど、天帝の前では皆、無力。ただ屍と消えて逝く。
奴等は強い、とても強い。だが、天帝にとっては稚児も同然。
 それ故彼女は不安に苛まれる。どんなに奮闘しようと、束になってかかってこようと、絶対に勝てぬことがわかっていながら、どうして奴等はこうも自分に対し立ち向かってくるのか、と。
 その理由が判らぬ以上、彼女の胸の内は暗いまま。
 けれど、断罪の内に彼女の頭の中には一つの可能性が浮かんでくる。
 もしや、奴等は私に勝つことが目的なのではなく、なんらかの目的を達成するまでの時間稼ぎが目的なのではないか、と。
 そして、おそらくそれは正しいのだと彼女は直感していた。
 故にこそ彼女は神器の安置してある八神殿へと走る。手遅れになる前に。
 現に疑心暗鬼によるものなのか、不思議と自分の力が徐々に衰えているかのような錯覚をたった今感じている。もしかしたらこれは何かの前触れなのかもしれないと、思わずにはいられぬ程に。
 だが、遂に彼女は辿り着いた。神器祀られし神秘の聖域、八神殿、その門前へと。
 四十六の刺客を地に還し、やっと辿り着いたのだ。やったぞ、これで我が愛する民を救うことが出来る、彼女は思わずそう思ってしまった。
 だから――彼女は少し、油断していたのかもしれない。
「――開き給え」
 その言葉と共に、天帝唯一人しかしか開くことの出来ぬ扉が開門。
けれど、そうして八神殿内部へと侵入したのは天帝だけではなかった。
「なっ……!」
 彼女は気付く事が出来なかった。
 背後からずっと自身の事を追ってきていたそれの存在に。一人目の刺客として彼女に見敵し胸に巨穴を開けられた、それの存在に。なぜかその胸の穴が綺麗さっぱり塞がっており完全に元通りになっていた、それの存在に。
 そしてそれは、開いた門から堂々と優雅に八神殿へ侵入し、言った。
「汝の敗因は二つ、勤勉であるが故に怠惰であったこと、そして、神が絶対であると過信したが故に弱者を軽視したことだ」
 天帝には理解できなかった。なぜこいつはこんなにも余裕なのかということが、不思議でならなかった。
 それ故、妙な不安を感じた彼女はそれを直ぐ様排除しようとした。他にも様々な疑問は多々あったけれど、それを無視して目の前の敵に対しその手を翳す。
 しかし――
「戯言を。――削り給え」
 何も起こらなかった。
 本来であれば敵の肉体の三分の一程度を軽く削り取り、対象を即黄泉送りにする筈のその力は機能しなかったのだ。
 そして天帝の攻撃を受けたにも関わらず、どういうわけか平然としているそれは、蔑むように彼女を見ながらこう言った。
「愚かな。こんな愚かな唯の人間を神と祭り上げるから、人は堕落する! 苦しむ!」
「なん、だと……!? くっ! がはっ!」
 自身の言霊が効力を失っていることに驚く天帝。その他にも千里眼や霊聴による遠見も行うことが出来なくなっている。これは一体?
 そして、更に驚くべきことが起きた。
 突然、何をされたわけでもないのに天帝の全身から急に力が抜け落ち、立っていることさえおぼつかなくなった。思わず膝を付き咳き込んだ口からは、ドロッとした血塊が吐き出される。また、天帝自身では気付くべくもない事だが、彼女の顔に溢れていた生気が急速に失われていく。
 その様を哀れみと憎しみのこもった目で睨めつけながら、それは言った。
「人命には限界がある。そんな当たり前の道理を、ようやく思い出したか? ご老体?」
 天帝は立つことすらやっとという程に衰弱しながらも、それでも去勢を張り右手の中指を突きたて、言う。
「私は……とうに人を辞めてるんだぜ? 講釈垂れてんなよクソガキ……」
そして、そんな天帝の態度に怒るでも恐るるでもなく、それはただ不遜にそう訊ねた。
「なあ、ときに遺物よ。たった今この瞬間汝を信奉する者と、その真逆の者が何程いると思う? さて、どうだろうなあ? 神に至る為、科学ではなく呪術を選んだ、愚かでめでたき陰世界の老婆よ」
 その問を投げかけられた天帝は、それによって全てを合点した。それでも、叫ぶ。
「……ははん、そうかそうか。なるほど、はっ、そういうことかよ! それがもし本当だとしたら、それは、うん。死ぬほど泣けてくるな。だが、だからって私は、引き下がたっりしないぜ。それでも私はこの国を、この国民を! 愛しているんだからなァ!」
「そうか、それはなんとまあ立派で素晴らしく、下らん英雄性だ。成る程汝の答えは受諾した。であれば――死ぬといい」
 無表情で無感情な声が八神殿内に木霊し――天帝の豊かな胸の中心を、凶刃が貫いた。
しおりを挟む

処理中です...