15 / 18
15 ケンカ
しおりを挟むそうじの時間、イスと机をうしろに移動した。広くなった教室は、野球場に早変わり。
陸がぞうきんを結んで、ボールにしたものを投げる。
それを、バットがわりにしたほうきで、べつの男子が打つ。
今日のクラスはいちだんと落ちつきがない。雨だからかな。
咲也くんも、飛んでいったぞうきんボールをひろっては、ピッチャーの陸に投げている。
ダメだなあ……そうじの時間なのに。
「ちょっと、今は休み時間じゃないよね? それに教室で野球ごっこなんて、あぶないよ!」
大きな声で言ってみると、遊んでいた男子たちが手を止めた。
陸がめんどうそうな顔で私を見ている。咲也くんは、気まずそうな顔で。
すかさず反応したのは、真希だった。
「またでたー。恵梨ったら、いい子ぶって! 正義感ふりかざして、そんなに気持ちいいの?」
いつのまにか私のそばにきていて、耳もとでささやかれた。
すごく冷たい、小さな声。咲也くんには、聞こえないようにしているんだ。
イラッときたけれど、がまんがまん。
「べつに、そんなつもりはないよ」
「うっわー! 無意識で、こんなにムカツク態度取れちゃうの?」
真希が、またしても小さな声で言う。
「無意識だなんて、恵梨ってある意味、天才だよね」
胸の中に、重苦しいかたまりが発生した。ショックとかなしみとイラ立ち。
だけど、そういう気持ちをそのまま相手に返したって、なんにもいいことなんてない。
前に真希にケンカを売られたとき、つい買ってしまったけど、あれはよくなかった。
「だいたいね、恵梨はヘアピンと話せる、さびしい人なんだから。ってか、あのときって、ハチだかガだかシオカラトンボだか、虫が動いてわめいてなかった? 恵梨ってば、虫と話してなかった!?」
真希のとつぜんの大声に、教室がしーんとなった。
や、やばい……! ブルーベルのこと、バレる!
『おい真希! 虫虫うるさいんだっての! オレはなあ……よし、ほんとうの姿、見せてやる~!』
『やめてブルーベル!』
頭のヘアピンを押さえて、たじろいでいると。
「ヘアピンと恵梨の正義感に、なんの関係もないじゃーん」
陸の、のんびりした声。
「川瀬、なに言ってんのー? 人が虫と話せるなんて、あるわけないじゃーん。おまえ生き物嫌いみたいで、カタツムリにも興味ないくせに、そんな夢みたいなこと思ってんのー?」
「藤本っ! 私はねえ、恵梨は、虫と話してればいいって言ってんの!」
「あのさ、真希」
私は呼びかけた。ハラハラした咲也くんの視線を感じる。話題をすりかえないと。
「ダメなものは、ダメじゃない? それをダメって言えないのも、言わないのも、ダメじゃない? ただ私は、見過ごせないだけ。そういう性格に生まれついたの」
「それがいい子ぶってるっていうんじゃないのよっ!」
キンキンした真希の声が耳をつんざく。
だけど、私はおだやかな話し方になるよう心がける。奏子ちゃんや、春海さんみたいに。
「じゃあ真希はさ、あのぞうきんボールが、真希のかわいい顔とか、キレイに結ってあるポニーテールとかに飛んできても、はいどうぞって思える? 怒らないで、どうぞご自由にって、やさしく思える?」
「そ、それは……」
「私、真希がさ、ぞうきんをかぶってる姿なんて、見たくないよ。それを止めたいだけだよ」
「……!」
真希の顔が赤くなった。怒っているのか、はずかしがっているのか、わからない。
「私、真希ともう一度仲よくなりたいって思ってる。いい子ぶってるんじゃなくてさ、私が本心から、そうしたいの」
「な、なに言ってんの……わかったよ、恵梨の言うことは、まちがってないよ。ど、どーぞ、どんどんいたずらな男子を、とっちめてよね……」
弱々しく言った真希は、木村さんと板橋さんを引きつれ、「ゴミ捨て、いこう」って、廊下へでていった。
「恵梨ちゃん、すごーい! ケンカにならなかったね!」
かけよってきた奏子ちゃんが、感動したように言ってくれる。
「私、なってた? 太陽に、なってた?」
「うん! わたしなんて、なんにもお手伝いできなかったけど。恵梨ちゃんは北風じゃなくて、太陽だったよ」
「よかった……ちょっとキンチョーしたけど」
体の力がぬけて、へなへな、ってなる。
陸と目があった。いいね、って、にぎりこぶしに親指を立てて、合図を送ってくるけど。
「ちょっと陸! いいねじゃないの。あんたたちが遊んでたからでしょーっ!」
「あ、わりい」
べーっと、陸が舌をだした。だけど咲也くんは、だまったまま。
「川瀬さん、ヘンなこと言ってたよね? 恵梨ちゃんが虫と話せるみたいなこと」
奏子ちゃんが言うから、私はあわてて説明する。
「あれね、公園でこのヘアピンに話しかけてたら、真希に見られちゃったの。ただそれだけ」
「そっかー。それならわたしも、ミイといっぱい話してたなあ。わたしが話しかけると、ミャーミャー鳴いて、お返事してくれて……」
そこまで話すと、奏子ちゃんは急にうつむいた。鼻をすすって、涙をぬぐう。
「わたし、ミイのこと考えると……泣き虫になっちゃう……」
「あのね、泣きたいときには泣いたほうがいいって、前に咲也くんが言ってたよ。いいんだよ、泣いちゃえば」
真っ赤な目で、見つめられた。
「ありがとう~~~!」
うるんだ瞳から、また涙があふれだす。
私は奏子ちゃんをそっと抱きしめた。咲也くんの視線を、痛いほど感じながら。
「だから、ほんっと、だいじょうぶ。うん、真希には、ちゃんとごまかしたんだから」
その日の夜。咲也くんのおうちに電話して、私は必死にフォロー。
電話をかけるのは、ものすごく勇気がいった。それでも、ちゃんと言っておかないと。
「真希はさ、私のこと、〝ヘアピンに話しかけるさびしい人〟って納得したのに、今日はそれが〝虫と話せる〟になっちゃったの」
『きっと真希ちゃんは、恵梨ちゃんの弱みを、なんでもいいからほしいんだろうな。だからあることないこと、言いふらすんだよ』
よかった! 咲也くん、ちゃんと私の話を聞いてくれて。
『だけどさ……』
めずらしく低い声。言葉のあいまから、怒っているような雰囲気が伝わってくる。
『だれかにその力、いつかはほんとうに見つかっちゃうかもしれない。恵梨ちゃん、ガードが甘いんじゃない? 事の重大さを、わかってないんじゃない?』
「え……?」
『もしバレたら学校じゅうに知れわたって、テレビやネットのニュースにもなっちゃって、恵梨ちゃん、どこかの研究所で、てっていてきに調べられちゃうかもよ? それくらい、たいへんなヒミツなんだよ? わかってるの?』
わかってるのって……なんで私がそこまで言われなくちゃならないんだろう。
この力は、もともと咲也くんのもので。
私は咲也くんが魔法界に帰れるように、魔法界が花を取りもどせるように、フラワーキャッチャーとして、努力しているつもりなのに。
『だいたいさ、花集め、ちゃんとしてくれてるの?』
「はあっ!? 私、ダンス部の仮入部も当分あきらめて、フラワーキャッチャーになろうとしてるんだよ! もしもし、咲也くん? 咲也くんこそ、力をもどす方法、さぐってくれてるの? 私、フラワーキャッチャーなんて、完全なボランティアなんだよ。ガードが甘いなんて言う前に、咲也くん、やることちゃんとやってよ!」
ガチャン、プーッ、プーッ、プーッ…………。
うそっ!? 電話、切られちゃった~~っ! 咲也くん、ひどいっ!
だけど、だけど……私、いきおいでなんてこと言っちゃったんだろう。
嫌われたくない人に、嫌われるようなことを……。
電話じゃダメだ。会って、顔を見て話せばよかった。
真希のグレーフラワーのことも、相談したかったのに。私ひとりじゃ、荷が重いよ……。
そっと、机の上の辞書を手に取る。
ぱらぱらめくると、咲也くんがくれた、四つ葉のクローバーが現れた。
胸の奥が、ずんと重たくなる。
どうして仲よくできないんだろう。どうして思ったこと、そのまま言っちゃうんだろう。
咲也くんからのプレゼントは、すこし色が変わって、かわいた感じになっていて、なんだかかなしくなった。
次の日。登校した私は、下駄箱で咲也くんと、はちあわせ。
それでも、お互いに「おはよう」って言わなかった。
目をあわせないのは、咲也くんのほうなのか、私のほうなのか……。
そうじの時間、昨日のことがあったからか、男子は野球ごっこをしないで、だらだらとそうじをして終わった。
今日はこのまま、咲也くんと話すこともないだろう。
……今日は? もしかしたら、このままずっとなんじゃないの?
そしたら私の不思議な力は、このまま一生ってことだよね。
そんなの、イヤだ……けど、もっとイヤなのは、咲也くんと話しをできないってこと。
もう、笑いかけてもらえないのかな。
あの、やさしげな目で見つめられたり、やんわりしたほほ笑みを、私に向けてくれたりすることは、もう、ないのかな……。
0
あなたにおすすめの小説
カリンカの子メルヴェ
田原更
児童書・童話
地下に掘り進めた穴の中で、黒い油という可燃性の液体を採掘して生きる、カリンカという民がいた。
かつて迫害により追われたカリンカたちは、地下都市「ユヴァーシ」を作り上げ、豊かに暮らしていた。
彼らは合言葉を用いていた。それは……「ともに生き、ともに生かす」
十三歳の少女メルヴェは、不在の父や病弱な母に代わって、一家の父親役を務めていた。仕事に従事し、弟妹のまとめ役となり、時には厳しく叱ることもあった。そのせいで妹たちとの間に亀裂が走ったことに、メルヴェは気づいていなかった。
幼なじみのタリクはメルヴェを気遣い、きらきら輝く白い石をメルヴェに贈った。メルヴェは幼い頃のように喜んだ。タリクは次はもっと大きな石を掘り当てると約束した。
年に一度の祭にあわせ、父が帰郷した。祭当日、男だけが踊る舞台に妹の一人が上がった。メルヴェは妹を叱った。しかし、メルヴェも、最近みせた傲慢な態度を父から叱られてしまう。
そんな折に地下都市ユヴァーシで起きた事件により、メルヴェは生まれてはじめて外の世界に飛び出していく……。
※本作はトルコのカッパドキアにある地下都市から着想を得ました。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
未来スコープ ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―
米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」
平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。
それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。
恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題──
彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。
未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。
誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。
夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。
この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。
感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。
読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる