半笑いの情熱

sandalwood

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2001年・秋

第52話「異端者の芸当」

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 当時の私は遅刻こそしないものの、いつも時間ぎりぎり――それこそリミットの一、二分前――にしか登校しなかった。

 目覚まし時計を二つセットしていてもなお起きられない日もあるほどには朝が弱かった、という事情もあるが――そういう場合は父に起こしてもらっていた――、私の寝起きの悪さを考慮して余裕を持って起こしてもらっていたため、学校へはいつも比較的早めに到着した。

 週一回の全体朝礼がある月曜日は八時、それ以外の日は八時十五分までに登校することになっていた。いずれの日も、およそ三十分前には校門をくぐることが可能だった。私は、でも決まって寄り道をした。学校の近くの公園のベンチに腰かけて教科書を読んだり、あるいはそもそも早く学校に着かないように遠回りして行ったりした。

 雨の日はそうもいかないので、学校から徒歩五分ほどの場所にあるファミリーマートで、漫画や雑誌を立ち読みして時間を潰すのが定番だった。
 ランドセルを背負った子どもが朝っぱらから立ち読みなどしていては店員から何か言われそうなものだが、その時間帯にいる従業員は、やる気なさげに生あくびばかりしている冴えない老人か、小遣いさえ稼げればあとはどうでもいいという雰囲気を漂わせた頭の悪そうな大学生風の若者だったので、早く学校へ行きなさいなどというお節介な助言をされたことはなかった。

 学校という拘束された場所に、必要以上に長く滞在することが苦痛だった。
 その上、時間外からクラスメイトたちのかしましい話し声が耳に入ったり、面倒な会話に参加させられたり、あるいは参加を直接促さずともそこに加わらずにいることが、教室という空間において異質であるとナチュラルに感じさせるような雰囲気そのものが、私には合わないと感じた。
 そういうわけで、毎朝私はその時に応じた適当な方法により学校外でぎりぎりまで時間を潰し、リミット直前に教室へ滑り込むという芸当を、二年生の秋ごろから継続してきたのである。

 十月に入ると、クラスメイトたちの態度はさらに変化していった。

 いつものように二分前に教室に入り、私は誰にともなくおはようと言う。そうすると、それまで騒がしかった教室が急に静まり返り、どうしたものかと言わんばかりの奇妙な空気が湧いてきた。この時は、しかしまだ誰かしら挨拶を返してきた。
 そのような空気が生じる原因が私と首藤の不仲にあることは、いくら鈍感な私でもこの時点で理解していた。九月末に算数の授業から離脱した――と言うよりは追い出されたと言うほうが正確だろうが――のは、一学期末の答案放り投げ事件よりもショッキングな出来事であったことは間違いない。
 いったいどちらが大人げなく、どちらがよりアウトな行動をとっているかということについて、小学五年生の未熟な子供たちには正当な判断ができないのも無理はないことだった。
 
 大人が「正しい」と言えば、たとえそれが薄汚れた悪行や見え透いたフェイクニュースであっても、純粋で無知な子供はそうなのかと信じてしまう。
 首藤に度々叱責されたり、彼の言うことに背いたりする私は、だからクラスメイトたちにとってたいそうな異端者に見えたことだろう。
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