愛しい君の告白は

紀村 紀壱

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愛しい君の告白は

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 私の後輩である都宮子は、お酒が入ると、ほんのちょっとおかしな世界の住人になる。

「先輩、ホントに酷いと思いませんか。人のコンプレックスを逆手に取るなんて、人間的にサイテーですよ」

 ロックの梅酒を、まるで生ビールみたいに一気飲み。
 グラスをゴツンとテーブルに振り下ろし、宮子はすっかり目を座らせて大仰に嘆いてみせた。

「いえ私もね、ちょっとおかしいなーとは思ったんですよ。でもね、人間、藁にも縋りたい時ってあるじゃないですか。私ね、いい加減、森山先輩に告白したいな~って思ってるんですよ。夢なんです、すっごくおしゃれして、バッチリメイクも髪型もキメて、動物園とかでデートした帰り道に面と向かって告白するの。相手からされるのもいいですけど、やっぱり自分からちゃんと言うのがいいっていうか。ほら、前流行った歌謡曲にもあったじゃないですが、愛されるより愛したい、とかなんとか。良くないですか。あ、ちなみになんで動物園かっていうと、動物見た後の人間って癒されて心が緩むらしいんですよ。だから告白の成功率が上がるってなんか雑誌で読んで……って、話しがずれちゃったじゃないですか。とにかくね、そろそろ告白したいなって考えていたんです。多分、希望が入ってますけど、森山先輩もそれなりに私のこと、好きなんじゃないかなって思っていて。だって、落ち込んだらよく声かけてくれるし、優しいし、遊びに誘ったら大抵付き合ってくれるし、いや、もともと面倒見がいい人だから、とか言わないでくださいよ。それ言ったら私の心はブロークンです。粉々です。夢と希望を見せて下さい。おねがいします」

 私以外の人にも優しいとか、そんな話は聞きたくないですヤダヤダヤダ。と、幼子の様に首をふりふり。マシンガントークの合間にも展開されていた身振り手振りはだんだんと激しさを増している。
 高校時代、演劇部に席を置いていた影響なのか、普段から芝居がかった彼女の動きは酔うと拍車がかかる。あと2、3杯飲ませて路上に放置すれば、きっと挙動不審者として通報されること請け合いだろう。
 可愛い後輩をそういう目に合わせないよう、私は彼女のグラスから梅をつまみ取って、おかわりを防止することにした。
 決して、ただ梅が好きだったから頂戴したというわけではない。

「あ、もう先輩、ホント梅好きですよね。いつも取るんだから。別にいいですよ、そこまで梅が食べたいわけじゃないですから、先輩にあげます。それより、さっきも言いましたけど、そろそろね、告白しようとしてたんですよ。でもね、私見ちゃったんですよ。知っちゃったんです。森山先輩の部屋に遊びに行った時にですね、いかがわしい本を見つけてしまったんです。あ、物色したわけじゃないんです。というか、ベットの下からちょこっとね、本がはみ出ていたんです。床にぺたんと座ると、ちょうど目に止まる様な位置だったんです。そんな状態だと、気になりませんか。先輩だって気になるでしょう。気になりますよね。そうですよね。だからちょっとだけ、見ちゃったんです。ちょっと引っ張りだして、すぐにベットの下に押し込んだんですけどね。タイトルが何だったか忘れたんですが、煽り文句が淫乱爆乳メイドとか、Cカップ以下はおっぱいじゃないとか。そんなのだったんです。もうね、ショックでした。いや、そういう雑誌を持っていたことが、じゃないんですよ。男性だからそういう雑誌を持っているのって仕方が無いと思うんですよね。別にそれはいいですけど。それよりも、坂田先輩とか峰くんとかにそれとなく聞いたら、先輩って、おっぱい好きっていうじゃないですか。なんですか、なんで男の人ってあんなにおっぱい好きなんですか。坂田先輩が言っていたんです。森下先輩はおっぱい専門官だって。そんなこと言われたら、一気に私の夢と希望はシャボン玉のように儚くはじけましたよ。見ての通り私はまな板ですから。盛ればきちんとAはいけるんですが、Cカップには遠く及びません。つまりは先輩にとって私の胸はおっぱいではないんですよ。なんということでしょう。そんな時にですよ、話は戻りますが、つい、あの広告に騙されちゃったわけですよ。飛びついちゃったんです。飲むだけでおっぱいが大きくなるなんて、そんな薬あるわけ無いですよね。そんな飲み薬が発売されていたら今頃世界からAカップのブラなんてなくなってしまうはずですよね。なんで気が付かなかったのかなぁ、おっぱい大きくならないかなぁ……」

 梅がなくなって、氷だけになったグラスをグルグルと回して宮子はため息を吐く。
 話すだけ話してきっとだいぶ落ち着いてきたのだろう。
 頬をつき、眉が下がった彼女の目はトロンとして眠そうだ。
 その様子に、そろそろお開きかなと私は店員にお勘定を頼んだ。

「先輩先輩、ダメですよ。ちゃんと割り勘にしてください。後輩だからってそうやって甘やかすのはダメですよ。そういうことすると勘違いするんですからね。あれ、先輩電車こっちでしたか、こんな時間に用事があるんですか、もう終電になりますよ。何処かに泊まるんですか……もしかして恋人さんのところとか。いや、すみません、聞かなかったことにしてください、って、あ、だからお勘定。ごまかしちゃダメですよちゃんと払わせてください」

 まるで子供のように頬をふくらませる彼女に、じゃあ今度奢ってよ、と言って。
 フラフラする宮子を見かねて駅のホームのベンチに座る。
 眠そうな目に、肩を貸すよと言えば、そういう事はあまり無闇矢鱈としちゃダメですよと言いつつ、誘惑に負けたのか、暖かな重みが肩にかかる。

「有難うございます、先輩。いっぱい話して楽になりました。長い話にいつも付きあわせてごめんなさい」

 先ほどの勢いはどこにいったのやら。恥ずかしげにお礼を言う宮子に、嫌なら誘ってないよ、と返して。
 きっと彼女はいつもの様に、明日になれば何を話したのかケロリと忘れて、明るく元気な笑顔を見せてくれることだろう。
 何度も何度も酔って「先輩に告白をする」という彼女を可愛いな、と思うのだが、私は隣ですやすやと夢の国へ旅立った宮子の胸を見て考える。
 どうも彼女はおっぱい専門官というのは大きい胸だけが好きなものだと思っているようだが、巨乳専門官ではなく、おっぱい専門官という不名誉なアダ名である通り、自分としては、彼女のささやかな胸もまた対象の範囲内なのだけれども、さすがにそんな告白は無いだろうな、と思いつつ。

 とりあえず、早々にベッドの下にある雑誌の場所を変えて、明日、坂田と峰をシメる、という目標を立てる。
 駅のホームにアナウンスが流れる。
 線路の向こうにチラチラと電車の光が見えた。
 ついさっき、あと10分あると思った時間はあっという間に過ぎていた。

 無防備に投げ出された宮子の手をそっと握って、離して。電車が来たよと揺り起こす。

 ゆるりとまつげを揺らす宮子に、今度、動物園にでも誘ってみようと思った。

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