触れるな危険

紀村 紀壱

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13話 問題の先送りはよくない 【前】 

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<ギィド視点>




 なんだ、これは。


 朝陽が差し込む、ベッドの上で。
 シャルトーと何故か一緒に寝ているという、全く見に覚えのない状態に。
 俺の脳裏が現状を説明する答えに洒落にならない仮定を弾きだして、ぶわりと全身から汗が噴き出る。
 そんな、まさか。
 鳥肌ものの想像に慌ててシーツを剥ぐ。するとそこにはボタンは外れているものの、しっかりと腰まで引き上げられたズボンが目に入って、ほっと息を付く。よく見ればシャルトーも服を着ていた。
 そうだ、そんな事あるわけがない。
 まったく、なにを自分は慌てているのだろうか。
 自分自身に苦笑しようとして、その瞬間、俺は動きを止めた。
「…………」
 身じろいだ瞬間、下半身に。正確に言うなら股間に。
 半乾きでごわっとした、どれ位久しぶりなのかわからない、だが知っている違和感を覚えて。
 ……ありえん、ガキじゃあるまいし、そんな。
 しかし二回目のまさかは残念ながら期待が外れて。
 この齢で、しかもこの状況で、夢精をやらかすなど何の間違いだろうか。
 もとより二日酔いやら横に寝ている馬鹿のせいやらで下がり気味のテンションが、地にめり込む勢いでだだ下がる。
「あ゛ー……クソッ」
 本当なら二度寝でもしたい気分だが、この状況で再びベッドに沈み込めるほど太い神経じゃなかった。
 ムカつく胃をさすりながら鈍痛のする頭を抱えて、ベッドから降りる。
 倦怠感が残る足で浴室に向かいながらズボンを脱いで、途中で落ちていた上着も拾う。
 僅かに洗濯物があふれている洗濯樽へ、まだいけるだろうと、まとめて押しこむように突っ込んで洗剤玉を入れ、蓋をする。蓋に取り付けられた結晶版の洗濯乾燥コースに指を滑らせて魔力を注げば、ゴトゴトと低い音を出しながら動き出した。やや年数が経ってきたせいか最近音が気になるようになってきたと思いつつ、浴室に引っ込んでシャワーのコックをひねった。
 下着はつけたまま頭から熱めのお湯を浴びれば、頭が少し冴えてきた。
 しばらく、ぼーっとシャワーを浴びて、のろのろと下着を脱いで湯ですすぐ。
 実際の行為から時間がたっているのにもかかわらず、まるで自慰をしたあとの虚しいというか、情けないような、微妙な気分だった。
 別にまだ枯れちゃいないつもりだが、だからと言っても、これは無いと思う。溜まってるつもりはなかったが疲れマラか。にしても横に他人……よりにもよってシャルトーがいる時に、なんでだ。
 もしも万が一、夢精をしているところを見られでもしていたら……考えたくもない、二日酔いとは別に頭が痛くなった。
 全く一体オマエ、どうしたんだよ、と己のイチモツに思わず自問しながら。
 ふと、そういえばどうしてシャルトーがここにいるのかやっと疑問に思う。
 昨晩の行動を辿れば、飲みに行って言い合いになった辺りから記憶が曖昧になっている。
 こめかみを揉みながら、重い頭をひねる。
 徐々に、面倒な酔っぱらいに絡まれて飲み比べになった事まで思い出すが、その後はさっぱり記憶にない。
「……面倒くせぇ、あの馬鹿に聞くか」
 勝敗は、とか、何でシャルトーがここに、とか。疑問は多々あるが、鈍痛が増すばかりで思い出せる気がせず開き直って諦める。
 最後にシャワーのお湯を水に切り替えて、ざっと浴びると幾分気分がすっきりした。
「あ」
 タオルで頭を拭きつつ着替えを放り込んでいるカゴを覗きこんで顔をしかめる。
 洗濯物が多いとは思っていたが、どうやらストックすべてを洗い物にしてしまったらしい。
 どうせシャルトーを叩きだして、もう一眠りしようと思っていたところだから全裸でも何ら問題はない。
 かといって他人にわざわざ自分のモノを見せて回るほどナルシストでもない。
 仕方なくタオルを腰に巻いて冷蔵棚から水のボトルを取り出し喉を潤しながら部屋に戻ればシャルトーが目を覚ましていた。
「……なんだぁ?」
 起きてはいた、が。なぜかシャルトーは膝と手を地に、いやベッドについていて、その奇妙な様子に俺は首をひねる。
 若干項垂れているように見えたが、おそらくこの馬鹿も二日酔いで気持ちが悪いのだろう。
 そう、勝手に納得して。
「やっと起きたか」
「!」
 声を掛ければ、大げさなくらいシャルトーは体をはねさせた。そして慌てたように顔を上げ、こちらを見たと思うと――今度は俺を凝視したまま固まりやがった。
 なんだ、その反応は。
 珍妙なシャルトーの様子に眉を顰めて、ふと思う。
 もしかしてコイツも昨晩の記憶がなくて戸惑っているのだろうか?
「お前……」
「アンタ、なに、その格好。そのだらしのない体、はやく服で隠したほうがいいんじゃない」
「……自分ちでどんな格好しようがテメーにゃ関係ねぇだろ。つうか、起きたんなら俺にケツを蹴っ飛ばされないうちに出てけ」
 俺の中にほんの僅かばかり湧いた親切心は、ヤツの口から出た言葉で綺麗に吹っ飛んだ。
 相変わらずガキだ、とは思いつつも、生意気な態度に苛立ちを覚える。しかしながら、それについつい言い返してしまう自分もまったくもってガキだった。
 はあ、っと、大げさに溜息をついて水をあおる。
 ちらりとシャルトーを伺えば目が合った。というか、先程からこちらを見つめた体勢のままピクリとも動いていなかった。そこでようやく、悪態をついたセリフがまるで棒読みのようでおかしかったことに気がつく。
「どうしたお前、気持ち悪いな」
 片眉を上げつつ、気味の悪いシャルトーの様子をそのまま言葉に出せば、急にシャルトーがベッドに頭をぶつける勢いで顔を伏せた。そして。
「いやいやいや、違うし、アレだし、オカシイでしょ、アレで、なんでそうなるノ、うん、違う、そんなことはない。ナイナイナイ……」
 ぶつぶつ、呪詛のように低い声でつぶやく内容は要領を得ない。
 本気で大丈夫かコイツ、とやや遠巻きにしたい気持ちだが、あいにく奴が俺のベッドを占領しているのが大変頭の痛い問題だ。
「あ゛ー、おい。…………おい、シャルトー」
「………………………なに」
「なに、じゃねぇよ、起きたんなら帰れ」
「……………」
 おいコラ、無視か。
 呼びかけると、のろのろと顔をこちらに向け、ちらりと視線を寄越して返事をしたが、またすぐさまベッドに突っ伏す。
 なんだかこちらを見た顔がやや気落ちしているように見えたのは気のせいだろう。そもそも疲れているのはコッチのほうだ。
「お前な、俺はダリィし、眠いんだよ。邪魔だ、帰れ。叩きだすのも面倒だろうが」
 訳の分からない態度にムシャクシャして、がりがりと頭を掻きながら訴える。
 すると、シャルトーはベッドに突っ伏したまま、くぐもった声で何かを言った。
「あぁ? なんだって?」
「……だから、俺もダルイって言ってんの」
「だからどうした」
「俺も眠いから、アンタは床で寝なよ」
「なんで俺が床なんだ!」
「っ!!」
 思わず持っていた水のボトルを投げた。
 ごつ、という小気味の良い音を立て、奴の頭にヒットする。
 それを見て少しばかり気分がはれた。
「痛いなぁ……アンタね、なにすんの」
「お前がいつまで経ってもグダグダグダグダ俺のベッドに居座っているからだろ。さっきから言ってるが、さっさと帰れ」
 頭をさすりつつ、やっと起き上がったシャルトーに顎で玄関をさし示せば、奴は顰めっ面を深めて。
「貸し一つ」
「は?」
「昨日の飲み比べ、俺が勝ったの。だからアンタは俺に貸しがあるわけ」
「なんだそれ、なんで飲み比べの勝敗でてめえに貸しを作んなきゃいけなんだよ」
「じゃあ、認めるの? アンタの本当の目的が触られるのが嫌なんじゃなくて、ジャグの代わりに殺り合う相手が欲しいだけだっていうの」
「ああ゛……?」
「認めたくないんでしょ、だから貸しにしておいてあげるって言ってんノ。ついでにジャグの代わりになってあげるから、少しは感謝してベッドくらい譲りなよ」
 まるでの再現の様に言い放たれた言葉。
 しかし、微妙に前回とはニュアンスが違った方向に傾いた内容に思わず口を歪めた。
「おい、テメェがジャグの代わりってなんだ」
「そのままの意味でしょ」
 なにを言ってるの、とばかりに顔を歪めつつ。皮肉げに言い放つシャルトーに、こちらもそっくりそのまま言葉を返す、とばかりに視線を向ける。
 昨日の飲み比べの原因は、そもそもはどっちが先に相手に構い始めたか、という事のはずだ。
 そこにジャグが出てくる理由なんてものはさっぱり思いつかないのだが。
「アンタは、足を痛めて引退してジャグがかまってくれないから、俺をその代わりにしたいんでショ。女々しくすがりたくないのはわかるけど、少しは自覚したら?」
「……なんだそりゃ」
 シャルトーの口から飛び出した奇天烈な言葉に、俺は呆れるのを通り越して、あっけにとられた。
 足をやってからジャグがかまってくれない、とはどういうことなのか。
 何を誤解しているのかは知らないが、あの野郎はかまうとかかまわないとか、現役引退とか、そんなこと関係なしに好き勝手にコッチを巻き込んで来るはた迷惑な奴だ。
 確かに現役を引いたのは、ジャグとの関係も少なからず要因ではある。
 しかしながら、それはあの馬鹿が足を痛めて俺の動きが悪くなってるというのに、うっかりそれを忘れて動くせいで何度かヘマを被る目にあった、という事が原因だ。
 本来なら良い方向に働くはずの連携も、癖になるほど骨身に染み付いていれば邪魔になることもある。
 ジャグは癖を矯正すればいいと言ったが。その提案を飲み込むには少しばかり俺たちは歳を取りすぎていた。
 今更そんな事をしなくても、お互いに一人で仕事を受けることにも支障はなかった。
 ここで俺が抜けても、ジャグには何の痛手にもならないだろう。
 足のことを抜かしても、少しばかり、腕の落ちた自分に苛ついていた部分もあった。また、その他にも諸々の、思うところがあって。
 積もり積もった様々な要因を絡め、考えて。出した結果の引退だったのだが。
 なにをコイツは勘違いをしているのか。
 馬鹿馬鹿しい、と笑おうとして、脳裏にふと、ウォルトの顔が浮かんだ。
 ……まさか、な。
 さすがにイカレた毛皮野郎でも、この決めつけかかった可笑しな言い分を一人で思いつくにはほんの少し無理があるような気がした。
 まあ、ぶっ飛んだ思考をしているから、もしかしたら斜め上の答えを出したのかもしれない。
 だがそれよりもウォルトに何か吹き込まれた、という方がしっくりくる気がする。
 俺のこともあるかも知れないが、シャルトーはギルドから見た場合、能力的に優良物件だろう。
 生意気だが実力からすれば仕事上扱うには比較的まともな分類だと言える。
「くそ、面倒くせぇな」
 こいつ一人の思い込みならまだしも、裏にもしウォルトがいるとしたら。この決めかかった態度を見ても誤解を解くのは一苦労であると分かって、俺は頭をかきむしった。
「認めた?」
 俺の様子をどうとったのか。
 目を細め小馬鹿にするような視線をよこす阿呆に、んなわけあるかボケ、と、言葉を吐くのを抑える。
 グッとこらえた言葉を苦労して飲み込んで。そしてゆるゆると細く息を吐きながら気持ちを落ち着かせる。
 まったくもって異常な脱力感を覚えつつ、俺はこめかみを揉む。
 一体、どうしたものか。
 天秤が頭の中に浮かんで、片方に誤解を解く労力と、もう片方にこのまま馬鹿な言葉をスルーし続ける忍耐がグラグラ揺れている。
「あー、うん、お前……もういいわ、好きにしろ」
 最終的に。
 二日酔いで痛む頭で、この大きなお子様の相手を真面目に考えるのは軽く拷問だった。
 コイツの嫌味など今に始まったことではないのだ。甚だ不本意だが、コイツ自らジャグの代わりだと言うのなら、この際、ジャグだと思うことにした。
「って、アンタ、何してんの」
「うっせえな、眠いつっただろ、俺は床で寝る趣味はないんだよ」
 野郎二人枕並べておねんね、なんていうのは趣味じゃないが。
 孤児院や金がなかった頃に、雑魚寝は嫌というほど慣れている。コイツはジャグ、コイツはジャグ、と、自己暗示をかけつつも、それにしても何ためのセミダブルなのかと、少々虚しくなりながら。重い頭に抵抗を諦めて俺は床に落ちかけている上掛けをひっかぶり、ベッドの空いたスペースに体を横たえた。
「だからって、アンタ、襲って欲しいの」
「あぁ? 殺れるもんなら殺ってみろよ、ボケ。つか黙れ」
 案の定、シャルトーの不満気な声が落ちてきたが。もう喋りかけんなよ、嫌ならでてけよ、とばかりに目を閉じたまま手を振れば、シャルトーはやっと口を閉ざした。
 思うに、コイツは想定外の状況というものに意外と弱い。特に己が優位に立つことが出来ていない場合、押されれば一旦退路を選ぶ傾向がある。
 おそらく、シャルトーは単独で行動することが多かったのだろう。それ故、上手く立ち回るためには、状況判断は重要だ。不利になったら速やかに引く。生き残らなければせっかくの儲けも意味が無い。
 そういう身についた習性に抗うことは難しい。現に、俺の行動が予想外だったのだろうシャルトーは、横で僅かに身じろぐ気配と、何かをつぶやく声がしたが、それ以上何をすることもなく。
 読み通り、大人しくなった奴の様子に満足して、俺はゆっくりと意識から指を離してゆく。
 こうやって普段の行動も、わかりやすくあれば可愛くないこともないのに、と、思いつつ。薄れゆく意識の中で不意に香った匂いに、コイツはジャグではなくてシャルトーだと一瞬思い出すが。
 二日酔いの体に引きずられ、『それ』は睡魔と一緒に沈んでいく。
 そして残念な事に次に目を開けた時にはすっかり俺の頭から、その大事なことは消えてなくなっていたのだった。



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