触れるな危険

紀村 紀壱

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2部 本編のその後の話

2部 1話 知るも知らぬも同じ事

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「断る」
「悪いが、こちらにも事情があってな。拒否は受け付けられない」

 始業早々に呼び出されたギルドマスターの執務室。
 手渡された特別依頼書の【同行者欄】を目にした瞬間、反射的に言葉を口にしたギィドに、ギルドマスターのウォルトは珍しく疲れた様子で深々とため息をついた。

「ちなみに、シャルトーの奴はこの件に噛んでない。他に適任者がいなかっただけだ」

 もしかして、とギィドの脳裏に閃いた可能性が声にする前に、ウォルトが先回りして否定した。裏を疑うにしても「お前の心情を考慮して、出来れば別の人間にしたかったが」と、苦々しげな様子はあまりにも感情が乗っていた。
 ウォルトは若手の正所属員としてシャルトーを掴んでおきたい、という態度を隠していない。そしてその延長でシャルトーの希望でギィドとの任務に便宜を図っていることは分かっていたが、今回の件はそれとは別の事情があるらしい事を察しながら。

「拒否権が無いとは横暴だな。で、もしもバックレたらどうなる?」
「出来ればお前には秘蔵の旨い酒でも飲んで我慢して欲しいがな。今更どこのギルドにも属さずにフリーでやり直すのは面倒だろう?」
「っは、脅迫か?」

 無駄とは知りつつ、素直に頷いてやる義理は無い。
 その事をウォルトだって分かっているのだろう。ギィドが釣れるような餌をわざわざ準備しつつ、退路を塞ぎに来る。
 たかだか一つの依頼を蹴ったぐらいで不当解雇を通り越して、他のギルドにも圧力をかけるなんて処罰はやりすぎた。
 そう簡単にできる事ではないが、この男なら出来うるのだろう。とはいえ、脅されて容易にハイハイと首を縦に振るほどギィドも素直な人間でもない。
 鼻で笑って返せばギィドの反応を予想していたらしいウォルトはそうだろうな、というように頬杖をつく。

「まあ、そんな手を使うくらい俺にも頭が痛い依頼なんだよ」
「……? これは、あんた個人の依頼か?」

 ウォルトの妙な態度が気になり、同行者欄の名前で拒否反応を起こしてろくに目を通していなかった依頼書に目を落とす。そこでやっと色々な意味で「特別」な依頼であることに気がついた。
 各ギルドに張り出される依頼は、街に点在する総合依頼受付所にて受け付け、仕分けされる。街の掲示板に募集レベルの物や簡易な登録で手を出せる物から、特定のギルド限定とか期間がシビアだったり資格や経験が必要なものなど様々だ。
 中でも「特別依頼書」になる依頼というのは、総じて高額だが面倒な条件が課せられたものだ。その難易度や価格によって下は4級から上は1級まであり、ギルドマスターしか目にしない特級というクラスが存在するなんて噂も囁かれていた。
 なんにせよギィドの所属するギルドでは発生しても基本は4級から3級がメインで、たまあって2級、1級なんてものは数年に一度ぐらいだ。
 そんな状況の中で、ギィドの手の中にあるのは数ヶ月に一度、見るか否かの「2級」の特別依頼書。
 しかも依頼者はこの眼前の男「ウォルト」だった。

「なんでまたこんな依頼をウチに出してんだよ」

 2級という珍しさに興味を引かれ、まじまじと書類に目を通してみれば。その内容の奇妙さにギィドの眉間に再びシワが寄った。
 依頼内容は【死亡した魔術師の家屋調査における作業補助】だ。

「コイツ、モグリ偽物か?」
「いや、正真正銘の魔術師だ。一応な」
「なら、協会が黙っちゃいないだろ」

 一昔前は当たり前の様にいた魔術師は、今やその肩書きをひっさげた9割は偽物か魔道具師だ。ギィドとて、それなりに長い人生でもまともな魔術師と会ったのは両手で足りるほどで。
 どういう世界の巡りあわせか、昔に比べ魔物や魔獣の数が減りゆくのと比例して、魔術師の数も質も年々落ち込んでいるらしいと言うのは一般人ですら知るところだ。
 魔術師協会は少ない魔術師を囲い込み、昔よりもより能力主義が加速しているとかいないとか。ギィドのような一般人にすれば自ら魔法を操る魔術師も、魔道具を作り駆使して魔法を操る魔道具師も十二分に目を見張る程だが、その格差たるや魔術師に言わせれば魔道具師は魔術師見習いよりも格下のような扱いを受けている。
 そんな意識高い魔術師様だから。こんな一般人のギルドなんかに魔術がらみの依頼を持ってくるなんてのはあり得ない。そもそも関わらせるようなことすら避けるだろうに。

「この依頼は嫌がらせみたいなもんでな、本来必要な人員が減らされてんだよ」
「嫌がらせ? お前にか?」
「正しくはセレンに、だな。この調査を担当する魔術師はセレンなんだ」

 ウォルトの言葉でギィドの脳裏に、出会った数少ない魔術師の一人であり、このギルドで氷の女王と呼ばれるセレン・イシューズの能面の様な顔が思い浮かんだ。
 魔術師と言うのは基本的に魔術協会に属している。一般のギルドに極々稀に見かけなくもないが、そういった手合いは大概が非所属員だし、そもそも何かしら協会に所属できなくなった様な素性の者で、ソレこそ後ろ暗い案件の多いギルドなんかにしか居ない。
 だが、セレンはこのギルドの正所属員だ。主に裏方の事務関係を担っているが後ろ暗さは感じさせず、むしろ堂々とした態度の。
 その事を疑問に思ってなかった訳じゃないが、わざわざ深く事情を知る必要もないと考えていたが、どうやら事情は複雑らしい。

「セレンは補助は不要だとは言ったんだが、一応、お前さんの【目】と、【からっぽ】のシャルトーが居た方が何かと応用は利くだろ」

 単純に護衛的な腕前と男手という意味でもな。と付け加えるウォルトの言葉にギィドは片眉を上げた。

「アイツ、魔力が無いのか」

 セレンへの嫌がらせ、というのも気になったが、意外な話に思わず反応してしまう。

「知らなかったのか」
「普通に魔道具が使えたぞ?」
「そりゃ、魔力が無くてもどうにか出来る物も増えたが、まだまだ使えなきゃ困るからな。【空っぽ】は魔力を溜めた補助魔道具を持ってんだよ」
「……へぇ」

 魔法が使えなくても、一般的な人間には魔力が流れている。
 それは身体の内側に透明な器があって、中に魔力が満たされている感じだ。普通はその器から魔力を掬うようなイメージで魔道具を動かす。魔力は時間とともにじわじわと染み出すように回復してまた器が満たされると止まる。
 魔術師は器がとても大きく、そして普通は掬うくらいしか出来ない魔力を、それこそ形や色など変えるように自由自在に操れような物らしい。
 もっとも一般人の枠であるギィドからしてみれば魔道具を動かすために魔力を込める、ぐらいの感覚以外さっぱり分からないもので。魔術師に言わせてみれば一括りで語れるほど単純な物ではないと言うぐらい、魔力についての認識というのは隔たりがあった。
 そんな中で、稀に魔力を持たない人間として生まれる者がいる。彼らはよく「空っぽ」とか「ヒビ割れ」という言葉で呼ばれる。身体の中の器が何時も空っぽだからだとか、ヒビが入っていて魔力が溜まらないから、という意味だ。

「俺の【目】はまあ分かる。でもなんで【空っぽ】が必要なんだ?」

 シャルトーが空っぽだという事を知って、ギィドに同情も哀れみといった感情も別段生まれなかった。魔力が無い、と言う状態が想像が出来ないし、シャルトーの普段の様子があまりにも普通と大差ないからだ。
 むしろそれより気になったのは、だからと言ってこの件に何故シャルトーが必要なのか、という事の方で。

「【空っぽ】は魔力干渉を受けにくいんだよ」
「魔力干渉を受けにくい?」
「あ゛ー……まあ、簡単に言うとお前さんの【目】が【魔力に気づく方】としたら、シャルトーは【魔法が効きにくい】って感じだ」

 説明が難しい、とウォルトは顔をしかめるが、ギィドだって訳がわからんと顔をしかめる。

「とりあえず、アイツの存在は保険だと思えばいい」
「そんなんでわざわざ金を二倍出すのか」

 雇う人間が増えれば、それだけ金が掛かる。たかが保険のためにシャルトーを雇うには安い金額じゃない。
 極力シャルトーを避けたいのもあるが単純に納得しないままでは事案を受けないのは保身の為にも大切な事だ。

「他人だったらココまでしないんだがな」

 頭が痛いというように、もしかしたら本当に頭が痛いのかもしれないが、ウォルトは眉間を揉む。

「いくら強かろうが惚れた女は守りたいもんだろ」
「は――?」
「まあ、正しくは女房だが」

 ウォルトの続けた言葉に今度こそギィドは絶句した。

(セレンが、女房?)

 セレンの年の頃はシャルトーにほど近く、見た目は悪くはない。青銀の髪を頭の後ろで纏め、細身の眼鏡をつけた姿はまさに事務職というか魔術師らしい研究職に就いた女性という印象だ。
 しかし、ひとたび口を開けばセレンに対する印象はガラッと変わる。
 いや開く前から既に、まるで人形のように動かない表情は薄気味の悪くさえあり、大半の者がたじろぐのだが、開いた口から飛び出るのは簡略した単語の様な言動だ。極力人と話したくないとでも言うかのように、無駄を省いて、省きすぎて意思疎通が難しい。仮面の様な顔も相まって気難しげにも見える。
 正直なところ、頭が湧いた様な無類の女好きの男でさえ、普通ならセレンに声をかける事を躊躇うだろう。むしろそんな輩だとなおさらセレンの物言いが簡略化しているのに辛辣な単語となる有様だ。
 しかも「氷の女王」と呼ばれるのは態度だけが由来では無い。
 それこそ彼女は魔術師として氷を操る。女王と言われる程、的確に無慈悲に、敵と見なした者を凍らせる。感情まで凍っているんじゃないか、なんて言われるくらいに。
 セレンに対して、ある程度の節度を持って対峙すれば何ら問題は無い。
 問題は無いが、少なくとも彼女に恋愛感情を覚える男なんて者はいないんだろうと思っていた。
 いや、セレンの見目だけに惑わされる可能性もあるだろうが、ウォルトがそういった部類とは到底考えられない。
 それよりもなにより。

(あの女、感情があったのか……)

 そんな感想を抱くほど。
 女房、妻、伴侶……言い換えてみるがどの言葉も似合わないし全然しっくりこない。
 確かに惚れた相手を心配しての行動となれば、今回の依頼の理由も分からなくはないが……なんだかしょっぱいんだか甘いんだか分からない物を食べたような顔になるギィドにウォルトは苦笑する。

「とりあえずそう言った訳だ。納得したか?」
「冗談だと言ってくれた方が納得しそうになるがな」
「今回の事は俺に貸しをつくる機会とでも考えてくれたらいい。なに、何もなければ日帰りで、この金額だ」

 もう一度、手の中の書類に目を落とす。
 ギルドマスター直々に呼び出しての依頼だ。元より断るのは難しいとは考えていた。弱みになるのか、むしろ知らない方がマシだった気もしないが、セレンとの意外な関係も分かって、そろそろここら辺が折れ所かもしれない。
 ウォルトのこの様子ならきっとシャルトーにも仕事の間ぐらいはギィドに絡むなと釘を刺すことだろう。

(いや、仕事中はアイツも一応はまともか――?)

 ふと、最中は順調だったシャルトーとの仕事を思いながら。
 何をとち狂ったのか分からないシャルトーの所業にブチ切れ、ソレなのに切り捨てるのに失敗をして。だが、次は簡単に関わってやるものかと思いつつ、まさかこんな形で早々に同じ仕事をするはめになるとは。
 今回の仕事は基本的にそう腕っ節はあまり必要になるような内容ではないだろう。そのことをほんの少しばかりつまらなく思いかけている自分を気づかないフリをしながら。
 ギィドは「二重三重に面倒くせぇな」と零しつつため息をついた。

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