あなたとわたくしの執筆業!~他人に書かせたけど著作者人格権ごと金で買い取ったのでわたくしの作品ですわ~ッ!~

月這山中

文字の大きさ
2 / 17

第1話 執筆に必要なもの!

しおりを挟む



「じいや、わたくし作家になりますわ!」

 金出甲斐《かねでかい》財閥の令嬢、金出甲斐潔子《かねでかい けつこ》は言った。
 じいやは紅茶を注ぎながら頷く。

「夢を持つのは良いことです」
「夢ではありませんの! 実現可能なプランですわ!」

 潔子は決めポーズを取った。

「金で作家を買い取りますのよ……!」

 じいやは首をかしげる。

「僭越ながらお嬢様、それはゴーストライターを持つということですかな」
「オバケの話はよして!?」

 潔子はクッションの後ろに隠れる。彼女は幽霊・妖怪・オバケの類が苦手だった。

「僭越ながらお嬢様、著作権を買い取っても作者には人格権という何者にも侵されぬ権利がございます。そんな作家に作品を書かせてもお嬢様の作品には決してなりません」
「あら、そんなことはわかっていてよ?」

 潔子は聡明だった。
 小学生時代、道徳の授業はさんざん『相手の気持ちを考えましょう』と言われてきたが、聡明だった。

「そんな人格権すら売り渡してもいいという作家がこの世にはいますのよ」

 潔子はスコーンをかじり、妖しく笑う。


 

 得名井太郎《れない たろう》は安アパートの一室で5割引きのインスタントラーメンをすすりながら、大きなため息をついた。

「水道を止められるのも時間の問題か……」

 得名井は売れない高校生小説家だった。
 中学卒業と同時に新人賞を受賞し一度はプロデビュー、それを機に上京したのだが、学業と仕事の両立の難しさに打ちのめされしばらく作品を書いていない。大々的にプロデビューした手前実家からの仕送りを催促するのも気が引けて、アルバイトで学費と生活費を工面していた。
 しかし一週間前、ひどい夏風邪を引き欠勤が続いた。夏休みが終わる前に貯金が底をつこうとしている。
 得名井は絶望しつつあった。

「ごめんくださいまし!」

 鈴の音のような声がした。安アパートのドアが吹き飛んだ。

「敷金がッ!」

 得名井は絶望した。
 吹き飛んだドアの向こうに立っていたのは、金髪縦ロールの絵にかいたような美少女だった。

「得名井太郎様ですわね? わたくしが買い取ってさしあげますわ!」
「か、買い取り?」
「詳しい話はヘリの中で致しましょう!」
「ちょ、ちょっと待って、何なんだーッ!?」

 得名井は連れ去られた。
 ヘリの中で得名井は、燕尾服の老人に挨拶される。

「私は金出甲斐財閥のじいやです。お嬢様の作家業を代行していただきたい」
「意味がわかりません」
「それは私も同感です。潔子お嬢様は少々突飛なお方ですので」

 じいやは電卓を取り出し叩く。

「著作者人格権という本来相場の付かないものがどのような額になるかはわかりませんが、ひとまず年棒はこのくらいで」

 電卓を見せられて得名井は目を見開き、それから桁を数えて、安アパートの契約料に思いをはせる。

「ああ、お屋敷に住み込みで働かれるので家賃はありませんよ」

 得名井は己を売った。



 金出甲斐の屋敷に連れ去られた得名井は部屋をあてがわれた。

「ここが執筆部屋でしてよ! あなたの、いいえ、わたくしのね!」

 潔子の言葉はともかく、ちょうどいい広さで落ち着く和室だった。
 中央の座卓にはノートパソコンと原稿用紙、万年筆が置かれている。文豪の缶詰部屋といった風情だ。
 メイドに座布団を置かれ、その上に得名井は座る。

「さあ、書いてくださいまし!」

 座卓の向こう側で潔子が言った。

「……実は、しばらく執筆していなくて……」
「ブランクは何年ほど?」
「……十か月くらいかな」
「全然取り戻せますわよ! お書きになって!」

 潔子の目が輝いている。
 得名井はいたたまれなくなった。

「無理だーッ!」

 障子を破って飛び出したが、そこは鉄格子で囲われた坪庭だった。

「無理だ! 無理! 急にこんなところに閉じ込められたって書けるわけがないじゃないか!」
「大変! スランプですわ!」

 屈強なガードマンたちに得名井は取り押さえられる。
 鼻水を垂らしながら得名井は謝る。

「すびばぜん……契約しだのに書けない作家で……」
「いいえ、スランプをどうにかするのも作家の務め、つまりわたくしの務めでありますのよ」

 潔子は得名井の額にやさしくキスをした。

「さあ、執筆になにが必要なのか言ってくださいまし」
「……人生経験と文章スキル」
「お任せになって! じいや!」

 潔子が手を叩くとじいやが障子戸を開けて現れた。得名井にKindle端末を握らせる。

「いや、僕、紙の本派で」
「じいや!!」
「金出甲斐財閥所有の巨大図書館から三千冊の蔵書を送らせます」
「やっぱりこっちでいいです」

 それから得名井は数日間、Kindle端末をスワイプしつづけた。




「わたくしの作品はいつできますの?」

 潔子は座卓に肘をついて言った。
 得名井は皇室御用達の高級ようかんを齧り、玉露をすすり、電子書籍で芥川龍之介を読み続けている。

「わたくしの作品は、いつできますの?」

 潔子は再度言った。
 得名井は横目で潔子をちらりと見て、それからまた端末に視線を落とした。

「読み終わったら」
「芥川をですの?」
「いや、青空文庫全部」
「信じてもいいですのね?」

 玉露を入れ直しながらじいやが耳打ちする。

「僭越ながらお嬢様、得名井様のペースでそれが実現するのはおよそ百三十年後かと思われます」
「……そんなに待てませんわ!」

 潔子は座卓をひっくり返した。
 ふき飛んだ玉露とようかんはじいやが全て受け止める。

「ウワーッ!」

 得名井は叫んだ。

「執筆に必要なのは人生経験と文章スキル、の前に締め切り! 一週間以内に書き上げなければクビでしてよ!」
「ギャーッ!」

 得名井はもう一度叫んだ。
 慌ててノートパソコンに向かう。インターネットには繋がっておらず画面に表示されているのはメモ帳だけだ。

「ハアッ、ハアッ、書け……書け! 書け! 書け!」

 得名井は頭を掻きむしりながらキーボードを叩く。
 白い画面にMSゴシックが数行現れては消えて、また数行現れては消える。

 得名井は執筆を続けた。

 一週間後。

 得名井は畳に倒れ伏していた。
 ノートパソコンには一文字、「あ」とだけ打ち込まれている。

 それを潔子とじいやは見つめている。

「………」
「………」
「………」

 静寂が空間を支配する。
 その静寂を破ったのは、潔子だった。

「……わたくしの」

 ノートパソコンを両手に持って掲げる。

「わたくしの作品ですわ~ッ!」

 潔子はとてもポジティブだった。

「じいや! わたくしの作品でしてよ!」
「おめでとうございますお嬢様、そして得名井様」

 潔子は得名井の後頭部にやさしくキスをした。

「得名井! わたくしの作品を書き上げてくれてありがとう!」
「……あ……あ……?」

 得名井はゾンビのようなうめき声を上げるだけだった。
 ちなみに、潔子は小説を一冊も読んだことがなかった。


  つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について

古野ジョン
青春
記憶をなくすほど飲み過ぎた翌日、俺は二日酔いで慌てて駅を駆けていた。 すると、たまたまコンコースでぶつかった相手が――大学でも有名な美少女!? 「また飲みに誘ってくれれば」って……何の話だ? 俺、君と話したことも無いんだけど……? カクヨム・小説家になろう・ハーメルンにも投稿しています。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...