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第9話 ゲレンデを溶かすほど!
しおりを挟む潔子と得名井は遭難していた。
――遡ること、1時間前。
「得名井! スキーをしますわよ!」
「なんで?」
残暑も厳しいというのに潔子がスキー板を担いでやって来た。
隣で鳥琉が機材を調整している。
「撮影だ。雪のシーンを入れたのはお前だろ」
「ゲレンデは恋人たちの聖地ですわ!」
急に価値観がバブル時代になったな。得名井は思ったが黙っていた。
一行は屋内スキー場『スーパーマウンテン』に到着した。
その規模は広大でドーム100個分を誇る。無論、金出甲斐家がスポンサーに入っている。
「滑りますわよーッ!」
リフトから降りた潔子ははしゃいでいる。得名井は慣れないスキー板で歩いて彼女についていく。
真新しい人工雪にストックを刺した瞬間だった。
「まずい! 人工吹雪だ!」
誰かが叫んだ。ダクトから雪交じりの強風が吹き付ける。
視界が真っ白になる。
「人工雪崩だーッ!」
足元が崩れる。
意識を取り戻した得名井は雪に埋もれていた潔子を発掘し、すぐ近くに『人工洞窟』と書かれたくぼみを見つけ、そこで雪を避けた。
そして現在に至る。
「寒いですわ……」
潔子が呟いた。
得名井は持ってきていた携帯カイロを思い出し、潔子に手渡す。
「使いなよ」
「ありがとう、得名井」
洞窟に入ってくる人影があった。帽子とネックウォーマーで顔を隠している。
「あなたも遭難者ですか。生きててよかった」
得名井は迎え入れる。
「我々は屋内スキー場『スーパーマウンテン』を破壊する会である!」
得名井は会話を諦めた。
「屋内スキー場『スーパーマウンテン』を破壊する会ですって!?」
潔子が反応する。
「エコロジーに反する、時代遅れ、そして無駄にバカでかい! この『スーパーマウンテン』を破壊し森林を再生することが目的である!」
「まさか、さっきの人工雪崩も!?」
「我々の計画の一部である!」
潔子が構える。
屋内スキー場『スーパーマウンテン』を破壊する会会員、略して屋ス破会員は洞窟の中央に座った。
「今は同志とはぐれ、救助を待つ次第である!」
潔子が構えを解いた。
じいやが山小屋に備え付けられたトランシーバーから耳を離した。
「運営によると、先ほどの人工雪崩で128名が行方不明になったとのことです」
「それだけ客が来てたんだな。暇か?」
撮影班と共に機材を拭きながら鳥琉が言う。
「世界各地のセレブが避暑に来られる『スーパーマウンテン』ですので、臨場感を極めながらも安全性を考慮しております。潔子お嬢様もすぐに救助されるでしょう」
じいやがゴーグルを装着する。
「では、私も行ってまいります」
「すぐ救助されるんじゃないのか?」
「救助隊は謝礼金目当ての荒くれ者で構成されているゆえ、お側についている必要がございます。これにて」
スノーボードを巧みに操り、じいやが出発した。
「あー、いってらっしゃい」
鳥琉は腕を振って見送った。
遭難から1時間後。
「見つけましたよ天使様ぁー! あとナマケモノさーん!」
筧ナナが洞窟に入ってきた。
「助かりましたわ! ナナ!」
インスタントラーメンをすすりながら潔子が言った。
「はい! なんでコンロ?」
「いや、山に行くって聴いたから一応」
インスタントラーメンをすすりながら得名井が言った。
持ってきていた携帯コンロを囲んで暖を取っている。
「麓の運営局に着き次第、破壊工作の続きを行う! ゴホッ!」
屋ス破会員もスープを飲みながら言った。
「天使様、どなたですかこの人。刺してもいいですか?」
歯ぎしりの音が洞窟に響く。ナナの人見知りが発動したのである。
「今は同じ遭難した仲間ですわ。助けを呼んでくださいまし」
ナナを宥めて潔子は言った。
「そうです! スマホのGPSですぐに……あれっ」
ナナが手にしていたのは顕微鏡だった。
「……なんで顕微鏡?」
「……ナナは雪の結晶をスケッチしておりまして……」
スマホはどのポケットにも入っていなかった。
遭難者が一名増えた。
その頃、山小屋で鳥琉たち撮影班は機材を磨いていた。
「暇だ……」
鳥琉の腹心、カメラマンの壱丸《いちがん》が床下収納を発見した。
「監督、酒がありました!」
「でかした!」
セレブのために用意されたワインセラーを漁り、鳥琉組は酒盛りを始めた。
遭難から2時間後。
「寒い!」
文句を言いながら煙管泰山が洞窟に入ってきた。
「助かりましたわ! 泰山!」
「アンタたち屋内で遭難なんかしてバカじゃないの!?」
そう言われると何も言い返せないなと得名井は思う。
ナナは顕微鏡を覗きながらスケッチブックにペンを走らせている。
「助けを呼んでくださいまし!」
「ここ電波悪いのよ! 無理!」
遭難者がもう一名増えた。
「電波妨害も我々の計画の一部である! 同志よ、よくやった!」
「アンタのせいじゃないの!」
泰山が屋ス破会員を厚底ブーツで蹴り飛ばした。
遭難から3時間後。
二度目の人工吹雪がはじまった。洞窟の入り口から冷たい雪が入り込んでくる。
「寒いですわ……」
コンロのガスも食料も尽きた。
「なにか、なにか描くもの、ウウーッ……」
ナナのスケッチブックのページも尽きた。
精神的に不安定になったナナが雪の結晶を真っ黒に塗りつぶしながら爪を噛んでいる。
得名井は体を丸めて体力を温存していた。
「雪の精霊が、踊っていますわ……」
潔子の言葉に洞窟の外を見やる。
「幻覚じゃないのか……?」
しかし、得名井の目にもそれは映った。
猛吹雪の中をくねくねと、踊る白い人影がある。
「くねくね、『くねくね』だ……!?」
視認すれば発狂するという怪異。その名を得名井は口にする。
「夏の田んぼに出るんじゃないのか!?」
「自然破壊の弊害である!」
「イヤァーッダメです! 皆さん目を閉じて!」
ナナが悲鳴交じりに叫ぶ。
得名井たちは目を閉じる。
「………」
ただ一人、泰山が携帯ライトの明かりをかざして点滅で信号を送った。
「寒かったので踊ってました」
池輝暖詩が洞窟に入ってきた。
「いやあ、オレが怪異とは。泰山さんに気付けてもらえてよかった」
「見たらわかるわよ自分がやったコーディネートくらい。バカばっかりね本当」
撮影衣装のスキーウェアから雪を払い、池輝は笑った。
「皆さん、寒くないですか?」
池輝の言葉に全員が状況を思い出す。暗い顔に沈んだ彼らを見て、池輝はスキーウェアをめくった。
「な、なにかしら!?」
女性陣が顔を覆う。
池輝が取り出したのは開拓ボードゲームだった。
「気が紛れると思うんで、これやりましょう」
「………」
沈黙。
「ありがとう、池輝くん!」
大人数で遊んだ経験のない得名井の好感度だけが上がった。
その頃の山小屋。
「監督! つまみがもうありません!」
「なにい! すぐ売店で買ってこい!」
鳥琉が叫ぶ。買い出し担当がスキー板をはめて出発する。
「監督! 彼女呼んでいいですか!」
「わはは! ぶっころすぞテメェ!」
鳥琉が叫ぶ。音声が持っていたスマホを叩き落す。
宴は盛り上がっていた。
「馬鹿お前、監督の前で女の話は厳禁だって言っただろ」
「ちくしょう、あの時マナマナの呼び出しなんかに行かなきゃよぉ!」
鳥琉が叫ぶ。涙で塩辛くなったワインをあおる。
遭難から4時間後。
「ヒャッハーッ!」
荒くれ者の救助班が洞窟に入ってきた。
「おいおい遭難者様だぜぇ~ッ! よく生きていたもんだなぁ~ッ!」
「木材を売ってください! お願いします!」
「土下座してもナナは売りませんよ! 一歩許せば百歩踏み込まれるんですから!」
ボードゲームは白熱していた。岩の床に頭をこすりつける得名井。
「我々は羊毛を要求する!」
屋ス破会員がサイコロを振った。
「元気があり余ってるようでなによりだぜぇ~! 謝礼金はたっぷり貰うからなぁ~!」
救助班は運営局に連絡しようと、スノーモービルに戻った。
「とうっ!」
「ぐえぇ!」
突如現れたスノーボーダーのトリックによって救助班たちが次々と倒れていく。
爆発。
スノーモービルの燃料が静電気で引火したのだ。
「ご無事ですか、お嬢様」
「じいや!」
爆風を背負ってゴーグルを上げるじいや。
抱き着く潔子。
「交渉はお任せください。救助班にはビタ一文払いません」
「もう、じいやは心配性ですわね。払ったとしても財源の三分の一までですわよ」
「判断力が低下しておりますね。麓に戻ってからもう一度考えなおしましょう」
潔子は決めポーズを取る。
「さあ、運営局に連絡してくださいまし!」
燃え盛るスノーモービルを背景に固まるじいや。
訪れる沈黙。
「嫌ですわーッ!」
「大丈夫ですお嬢様。こちらをご覧ください」
じいやが洞窟の奥へと入っていった。
一行はついていく。
「これで連絡が取れます」
人工洞窟の奥には、トランシーバーが備え付けられていた。
「やれやれ、酷い目にあった」
麓の運営局に辿り着き、得名井は汗を拭った。
運営局は屋内スキー場『スーパーマウンテン』を破壊する会に占拠されていた。
「我々は決起する! 森林を取り戻すために!」
「木材の恒久的な供給を!」
一緒に遭難していた屋ス破会員が得名井を人質に取った。
「え、え? 一緒に開拓した仲だろ!? 裏切者!」
「貴様が開拓地を立てたせいで羊毛が手に入らなかった!」
「ゲームの恨みが持続している!」
得名井は絶体絶命だった。
「じいや」
「はい、お嬢様」
潔子とじいやは構える。
かくして『スーパーマウンテン』での決起は、約二名の活躍により沈静化された。
「やれやれ、酷い目にあった」
屋敷に辿り着き、得名井は汗を拭った。
座卓の前に座り、執筆に入る。
「そういえばペリカンさんは?」
ナナが新しいスケッチブックを開く。
「さあ……?」
「また新しい画角でも探りにいってるのでしょう」
「そうですねぇ。流石は天使様」
潔子の言葉にナナは納得して頷く。
鳥琉もプロだ。自分も頑張らなくては。得名井は気を引き締めた。
その頃の山小屋。
「監督! 買い出し班が帰ってきません!」
「監督! 麓との連絡が途絶えました! 営業時間過ぎてます!」
「監督!」
「知らねえよぉ! なんでもいいから帰る手段を見つけてこい!」
雪のシーンは合成になった。
つづく
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