文化祭の破壊

月這山中

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手紙

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 小鳥よ、小鳥。
 何に泣く。


  ◆

 放送委員の鈴木小鳥さんは優秀な生徒でした。
 控えめな性格でしたが、放送室ではとても聴きやすい話し方で放送をしてくれて、周囲の心証もよかったようです。

 担任として、彼女をかわいがっていたと……思いたいのですが、実際は、手のかからない生徒だと思って放任していたのかも知れませんね。


  ◆

「母親としての自信を完全に失いました。小鳥は私の子供ではありません。
 では誰の子なのかと問われても、私には答えられない」


  ◆

 樫野恵は放送部と、演劇部を掛け持ちしている。
 この伸びすぎた身長も役立つことが多いので、不満はない。

 恵は放送機器のチェックを終えて部屋を出た。
 家の用事があるからと先に出て行った鈴木小鳥は、教室で帰宅の支度をしているだろう。

 恵にとって小鳥は知り合い以上ではあるが、友人とも言い難い。
 放送室以外で話したことはないし、彼女は自分のことをあまり話したがらない。
 クラスは同じだが別々の友達グループで過ごしている。恵は同じ演劇部の親友と小学生からの付き合いだ。

 彼女の友人たちに囲まれている鈴木小鳥を遠くから見ていたことがある。
 その笑顔はどこか空っぽに見えた。

 恵は教室に入った。
 なんとなく、教卓のすぐそばにある鈴木小鳥の机を見た。

 白い羽の一房のように、一枚の便箋が落ちていた。


  ◆


「大丈夫です。私は小鳥のままでいられます。

 私はあの時まで、生きるために精一杯、耐え忍んでいました。
 気付いていないでしょうが、
 あなたは宇宙人でも見るかのように、未知への恐怖を顔に貼り付けていましたね。

 あなたはあなたが生んだ私を、自分の複製だと。
 きっと、そう思って期待していたのでしょう?
 自分の信念はへその緒を通じて分け与えられたと思っていたのでしょう。確認もせずに。

 私を連れ歩く自分が、どう見られているか。いつも気にしていましたね。
 そうして生きていくことしか、あなたは知らなかったのでしょう。

 血が繋がっていようが、無条件の信頼は寄せられません。
 言葉を交わさず相手を理解できるでしょうか。
 包丁を持った人間に意見が出来るでしょうか。
 かけた労力に見合ったモノになれと言われて、軽蔑せずにいられるでしょうか。

 自分の身を守るために、あなたの命令を聴いていただけに過ぎません。
 私が泣き喚いても、耳をふさいでいたでしょう。

 私は逃げました。
 見て来たのは逃げるあなたの背ばかりですから、そうすることしか知らなかった。
 でも、耳はふさがなかった。
 あなたの泣き声。欺瞞に満ちた感情の洪水。
 でも、きっとその中にわずかでも、

 またそうやって聞かない振りをするのですね。
 いいえ。ここにあるのは抜け殻で、すでにあなたは居ないのかも知れません。
 わかっていたから、帰って来ました。
 できることなら、こうなる前に話してあげたかったのだけど。

 私は少し感情が表現できなくて、少し頭が悪くて、少し猜疑心が強かった。
 そしてあなたのことがわからなかった。ただ、それだけのことです。
 悲しい事故が起きただけなのです。
 生まれるところを、取り違えてしまったのかも知れませんね。

 だけど、大丈夫。
 過去は取り戻せませんが、
 今ではいびつに折れ曲がってしまいましたが、
 あなたの思い出の中では、かわいい小鳥のままでいられます。」

  ◆


 教室の扉が開く音がする。
 恵は振り返る。小鳥だった。

「……」

 鈴木小鳥は怒るわけでも、慌てるわけでもなく、無言で手を出してきた。
 恵は手紙を差し出す。小鳥の小さな手が、手紙を摘まむ。

「その手紙」

 手紙を粗雑に鞄に仕舞った彼女に、恵は声をかける。
 なんと続ければいいのか言いあぐねているうちに小鳥のほうから答えが返って来た。

「渡すつもりは無いの」

 小鳥は言った。

「ただのやつあたり」

 恵はなにも言えなかった。
 教室の後ろの方の、自分の席へ早足で歩きついて、鞄を掴んで出て行った。

  ◆


 放送室ではいつも通りだった。
 いつも通り、必要なことだけ話して、担任のチェックを受けて、原稿を纏めて片付ける。

「嘘ついてるの」

 切り出したのは小鳥のほうからだった。

「ずっと。友達の前でも、先生の前でも。本当の自分はここでの私だけ」

 マイクの前で囀る小鳥は、楽しそうだった。それだけは恵にもわかる。

「だからここにいる」

 恵は訊ねた。

「あの手紙」
「何の?」
「あの、手紙。放送しよう」

 六年生の私たちはもうすぐ卒業するのだから、その前に。
 小鳥は少し目を見開いて、頭をブンチョウのようにかしげて、それから冗談めかしたように笑った。

「イヤだよ」
「もったいないって」
「ただのやつあたりだっていったし。恥ずかしいよ」

 そういう態度の小鳥は珍しいので、恵もやはり笑いながら食い下がった。
 それから真剣な表情をして、小鳥の目を覗き込んだ。

「やつあたりでもいいじゃん」

 恵の目を覗き返して、小鳥がコロコロと笑った。

「じゃあ、書き直すよ。放送用に」

  ◆


 原稿を受け取ったことはない。

  ◆


 恵は同窓会に来ていた。
 恵はパーティードレスの上に羽織った上着を直した。

 久しぶりの同級生と会って、あの頃からさらに伸びた身長のことでからかわれて、世話になった恩師の涙をぬぐってあげた。
 ふと、遠くに彼女の姿を見た。

「小鳥」

 鈴木小鳥はあの頃と同じように、控えめに、友人たちに囲まれていた。

「……やっほ、樫野」

 空っぽの笑顔にわずかな陰りが差した。



「ごめんね」
「何が」

 聴き返したが恵にはわかっていた。
 手紙の原稿の事だ。

「あれさ、やっぱり私には読めないわ」

 小鳥は俯いて言った。両手でグラスを抱えて回している。

「……そっか」
「だから渡した」
「え?」
「渡したの。渡したかった相手に」

 小鳥は笑っていた。冗談めかしたように。

「ど、どうだった」

 恵は訊ねる。

「前よりはね、いい感じ」

 小鳥の表情は晴れていた。
 恵は、彼女の肩を抱く。

「よかった」

 溢れ出て来る涙を小鳥の肩で拭い、恵はつぶやいた。


  了
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