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情念
しおりを挟む針仕事とは血を流して行うものである。
それで作られたものには、自然と情念が宿る。
◆
「先輩、卒業おめでとうございます」
手芸部の三年生、小泉楼香《こいずみ らうか》は渡された花束を抱きしめる。
目じりに涙を浮かべて後輩たちに礼をする。
「ありがとう」
小泉は花束の中に小さなテディベアが差し込まれているのを見つけて、それを指先で撫でる。
「私のこと、忘れないでね」
彼女は言った。
部室の棚には彼女が作った兎のぬいぐるみが置かれている。
時は流れて。
手芸部は部員が二十名になり、皆こぞって新たな作品を作っていた。
「この兎、OGのですよね?」
新入部員が新作を手に古ぼけたぬいぐるみを指さす。
「もう古いし置き場所もないですし、捨てましょうか」
現部長の男子生徒が言った。小泉に花束を渡したうちの一人だ。
「いいんですか?」
「連絡先もありませんから仕方ないかと」
その言葉を受けて、新入部員がぬいぐるみを棚から取る。
「……痛っ」
新入部員が手を引いた。
指先に赤い血の玉が膨らむ。
「針が、残ってたんですかね」
「危ないな」
現部長は絆創膏を取り出してその指に巻く。
今度は慎重に、そのぬいぐるみを取る。
小泉楼香は卒業式の後、早逝していた。
事実を口にするのを現部長ははばかった。
学校の裏手。
新入部員の手で兎のぬいぐるみが焼却炉に入れられた。
現部長が耳を塞いだ。
「なにか言いましたか?」
「え。なにも」
新入部員は振り返って答える。
「………」
現部長は、今度は耳をそばだてて何かを聴き取ろうとする。
「忘れないでね……」
「なんですか、それ」
新入部員は現部長の顔を覗き込む。その両目は焼却炉を越えて遠くを見ている。
「……ううん、なんでもないや」
現部長は頭を振った。
時は流れて。
「ここ、なんか変じゃないですか?」
指さしたのは、あの日ぬいぐるみを焼却炉に入れた部員だった。現在の部長だ。
部室の棚に赤い染みが広がっている。
「血みたいで、気味が悪いですねー」
新入部員は言った。切れかけた電灯がチカチカと明滅する。
「顧問の先生に言って新しい棚買って貰いましょうか」
「それがいいですよー、ここに私のねこちゃん置きたくないです」
現部長と新入部員は棚に置かれた作品を手に取って、ひとまず段ボール箱に入れておく。
前の部長は焼却炉にぬいぐるみを入れたあの日から、学校を休んでそのまま命を絶ってしまった。
事実を口にするのを現部長ははばかった。
ふと、現部長が顔を上げた。
「どうかしましたー?」
新入部員が頭をひねる。
「いや、ここ、あの兎のぬいぐるみが置いてあったところだなって」
現部長が呟いた。
電灯が消える。
◆
『小泉楼香さん、本当は呪いの本を読むのが趣味の手芸部の小泉楼香さん、体育館に来てください』
了
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