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孤独
しおりを挟む吹奏楽部の三年生、私、萩原はなは最後の始業式に臨んだ。
新入生へのあいさつで、各部活が自分たちのアピールを順番に続けている。
お笑い研究会が短い漫才を披露した後、拍手が鳴る。準備万端の吹奏楽部は舞台袖から駆け出す。
演奏はできず楽器の紹介だけにとどまった。私は自分のトランペットを自慢げに掲げる。
「私たちと一緒に音楽をやりましょう!」
声を張り上げる。拍手。
それから軽音部の番になった。
登壇したのは部長の猫目一人だった。去年はもっと部員がいたのを私は知っている。
変な形のギターを抱えたひょろりと背の高い中性的な体で、いつも通り制服も着ないで、Tシャツとジーンズの上下を着て立っている。
ギターがかき鳴らされた。
悲し気で、絶望的で、それでも希望を見ているような、歌詞もないのに饒舌な、メロディがスピーカーから流れる。
気付けば涙が流れていた。ハンカチで拭う。
静寂。一呼吸おいて、拍手。
私は全部持っていかれたと思った。口の中を噛む。
猫目がマイクを掴んで、わずかなハウリングを起こした。
「君たちと一緒に音楽はできません」
猫目は言った。
静寂。
「廃部が決まっています。新入部員は募集していません。聴いてくれてありがとう。じゃあ、これで」
拒絶の言葉を落として、猫目は舞台を去っていった。
練習中もあの日のことを考えてしまっていた。
猫目というのは、本名ではない。誰も彼女もしくは彼の本名を知らない。授業に出ている様子も目撃されていない。
生徒ではなくOBかOGであるだとか、実は教師だとか、噂だけが独り歩きをしている。
唯一わかるのは猫目三味線というふざけた名前と、軽音部の部長であること。
「………」
私は気に食わなかった。
何が気に食わないのか、自分でもわからない。
あれだけの演奏をしておきながら、私たちへの当てつけのように「君たちと一緒に音楽はできません」と言ったから?
私はそれだけではないと思った。
「萩原さん、楽譜!」
顧問に怒られてしまった。私は楽譜に集中する。
練習もしばらく手につかなかった。このままでは志望校に推薦も通らない。
私は解明のために、軽音部へ向かった。
廃部の原因は誰にもわからなかった。
校庭の隅、倉庫の一画に軽音部の部室はある。
そのドアの前に立っている。開けようとするが、鍵がかかっている。
「新入部員は募集していません」
振り返ると猫目がいた。背中にギターケースを担いでいる。
私は頭を振る。
「違うの? じゃあいいや。聴いてって」
猫目は私の横に「ごめんよ」と言って立ち、鍵を差し込んだ。錆びついたサッシから悲鳴を上げながら、扉が開く。
夕日が差し込む暗い倉庫に、ギターとベース、ドラムセットが並んでいる。いくつかのアンプが乱雑に積まれている。
猫目は置いてあるギターではなく、自分の背中のケースからあのギターを取り出した。四角いボディは三味線のようだがアンプとコードをつなぐ端子が付いている。積まれたアンプのうち一つに繋いで、猫目は弦を爪弾いた。
軽妙なエレキギターの音が鳴る。
「あのね、本当はみんな死んじゃったんだ」
「は?」
私は聴き返した。
「自分は死神ってわけ。よくあるじゃん、学校の七不思議」
その目がギラリ、と光った気がした。
私は立ちすくむ。
しかし次の瞬間には、猫目はにやりと歯を見せて笑っていた。Fコードが鳴り響く。
「冗談冗談だって。本気にした?」
気に食わない理由がまた増える。
「本当のことを教えてください。なぜ廃部になるのか、なぜ、あなたは誰にも」
本当の名前を知られていないのか。
猫目はギターに視線を落として、緩やかなブルースを鳴らす。
「知りたいんだ?」
猫目はしばらく考えているようだった。
その時、部室のドアが開く。
「私から話してもいいかな」
見覚えのある、初老の男性だった。中肉中背だが、下垂した目には優しさと厳しさを兼ね備えた光が宿っている。
私は思わずつぶやいた。
「……校長先生?」
校長がなぜこんなところに?
それはともかく、彼はギターを爪弾く猫目に再度許可を仰いだ。
「いいだろうか、猫目くん」
猫目はしばらく無視して演奏を続けていたが、やがてギターをアンプから外して校長の側へと近付いた。
「外、出とくね」
気安い調子で言って、猫目は部室を出た。
猫目は校長の親戚筋にあたるのだが、物心ついた時から男女の区分で性別にあてはめられることを嫌がったそうだ。
頭脳は明晰で他人の心を読んでいるような様子もあり、時々、その眼力で他人を圧倒してしまう。猫目はそんな子供だった。
小中学校は全欠席。学力は家庭教師をつけて補っていたとか。その家庭教師も、彼女を名前で呼ぼうものならその日に解雇された。両親ですら猫目を気味悪がり、友達は一人もいなかった。
小学生の頃から母が付けた名前を拒絶して猫目三味線と名乗っていた。十三歳の頃からギターを始め、演奏のために夜の街を徘徊した。同時にいくつも学校を転校して自分を認めてくれる場所を探していた。
校長は彼女と交渉し、学校には猫目の名前で登録すること、性別欄を塗りつぶすこと、決して本名を呼ばないことを契約した。
「猫目くんにとってそれは、戸籍上の名前という意味ではなく、本当の名前なのだろうと私は自分を納得させたんだ」
校長は言う。 ドラムセットの椅子に座って、経験者なのか、スティックを指先で弄んでいる。
「なら、もっと格好いい名前にしたらいいのに」
「そういうことじゃないんだよ」
私の心無い言葉にも校長は微笑んでいた。
「とにかく、猫目くんは七不思議のような得体のしれない存在ではない。しっかりと生きた人間なんだ」
校長は微笑んだまま、諭すように言った。猫目自身の言葉をかき消すように。
私はやはり気に食わなかった。
自分が特別とでもいうような、そんな経歴があることに。
私はずっと、幼いころからトランペット一筋だった。大学も音楽学校しか受けたくなかった。レールから外れることを恐れた。
だというのにこの猫目は、変なギターを鳴らして、こんな場所で音楽をやっている。
気に食わない理由の一つが見えてくる。
猫目自身にも苦悩があるのかも知れないが、苦悩の質など他人同士で計れるものだろうか。
心で思った言葉が自分に跳ね返ってくる。
ならば気にしなかったらいいのに、ずっと心がズキズキする。
「じゃあ、軽音部の廃部って?」
私は校長にたずねる。
「わからない、なにがあったかは。しかし、猫目くんが決めたということは、そういうことなんだろう」
やはり私は、気に食わなかった。
自分の一存で部を消滅させる。そんな猫目の「なにもかもどうでもいい」という態度が。
私は部室を出る。
「猫目三味線!」
口にするのも恥ずかしい名前を私は叫んだ。
ギターを抱えたまま猫目が振り返る。
「私は、あなたを許さない」
「なんで?」
「なんで、って、言われても、わからないけど、あなたの音楽に対する態度が気に入らないの!」
「ああそう。別にいいよ。許さなくて」
軽い調子で言って、猫目は演奏を再開する。
私はずっと周囲に嫌われないように行動してきた。他人の悪口も言わなかった。他人に嫌われるのも、嫌うのも怖かった。
そんな私が宣言した。
「あなたのことが嫌い」
猫目は、きょとん、と私を見つめて、それから大きな声で笑った。
文化祭を控えて、私は猫目をリハーサルに呼んだ。
「嫌いじゃなかったの?」
頭の後ろで手を組む猫目を私は睨む。
「そこで聴いてて、静かにね」
壁際に用意したパイプ椅子を指す。猫目は大人しくギターケースを壁に立てかけて座った。
私は猫目が嫌い。それはそれとして、私の音楽を聴かせたい。
あの日の、新入生挨拶の演奏なんかには負けないってことを、証明したい。
ピアノが基準の音を弾いた。バイオリンがそれに続く。私たちも続く。調律されていく。音が揃う。
レスピーギのローマの祭りが始まる。
チルチェンセスで徐々に高まっていく興奮、五十年祭の歓喜が鳴り響く。古代のローマに思いをはせる。
静かにと言っていたのに。
猫目はギターケースを開き、立ち上がっていた。吹奏楽の音の波を乗りこなしながら、ギターの音をはさんでいく。
古代のローマにエレキギターがあるわけないのに。けれどもそれを言えば、私たちの金管楽器だって今も最新の技術で作られてるんだ。負けていない。なにに対抗心を燃やしているのか。
十月祭でギターは大いに泣く。私たちもロマンスを演出する。
音楽は再度盛り上がりに差し掛かる。
私は規律に従わなければならなかった。規律は、苦しい。
猫目は自由でなければならなかった。自由は、孤独だ。
どうしてそんなことを思ったのか。
狂喜乱舞の主顕祭で、私たちは騒ぎ立てる。祭に沸くローマ市民になる。猫目もギターをかき鳴らす。
私たちはバラバラになることで、一つになる。一つの世界を作り上げる。そこに猫目も参加している。
孤独は、癒えただろうか。
セッションが終わる。
「すごかったよ!」
「ねえ、文化祭これでいこうよ!」
吹奏楽部の部員たちは猫目を取り囲んだ。土壇場でセッションを成功させた彼女を称賛する。
「そうね、コラボレーション、いい刺激になりそう」
顧問まで彼女を褒めたたえる。
私は輪の外にいたが、ふつふつと怒りが湧いてきて、人だかりに強引に体をねじ込んだ。
困ったような半笑いの顔で両手を上げている猫目を見つける。
「やっぱり私、あなたのことが大嫌い」
猫目の頬をつねる。
「いいよー。嫌いなままでも」
猫目は笑っていた。
逃げ切るつもりだろうけど、そうはいかない。
「嫌いなのに一緒に音楽をやりたい」
私は宣言した。
了
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