ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜

けんぽう。

文字の大きさ
44 / 132
本編

戦場に教室はない

しおりを挟む
ヘルハウンドたちの赤黒い瞳が、不気味に光を放ちながらじりじりと距離を詰めてくる。
洞窟内には、今にも飛びかかろうとする唸り声と、荒い息遣いが満ちていた。

「……もう少し、引きつけるか?」
ブラスが斧を肩に担ぎながら、ニヤリと笑う。

クラフトは目を細めながら、獣の群れを見渡す。
「いや……あれだけの数を相手にするのは、さすがに厳しいな」

その瞬間——

「ここは私に任せて!」

背後から、リリーの力強い声が響いた。

「みんなは足止めをお願い!」

「おっ、やるのか!」
ブラスが嬉しそうに笑い、リリーの肩をポンと叩く。

「当然よ!」
リリーは自信満々に胸を張ると、静かに目を閉じ、魔力を練り始める。
電流が空気を裂くように迸り、リリーの周囲に小さな稲妻が散る。

「よし、それまで、俺たちが持たせるぞ!」
クラフトが前に出ると、ヘルハウンドたちが唸りを上げながら一斉に飛びかかってきた。

「了解しました」
キールは淡々と頷くと、素早く《捕縛糸》を放ち、数匹の動きを封じる。

クラフトは飛びかかるヘルハウンドの一匹を迎え撃つと、素早く剣を振るった。
刃が獣の前足を斬り裂き、その勢いのまま横薙ぎに振り抜く。
血飛沫が散り、斬撃を受けたヘルハウンドが地面に転がるが、それでもまだ息絶えてはいなかった。

「しぶといな……!」
クラフトは足を踏み込み、もう一度剣を振るう。
獣の喉元を狙った一撃は確かに命中したが、ヘルハウンドは呻きながらも立ち上がり、獰猛な目でこちらを睨みつける。

「時間を稼ぐしかありませんね」
キールが冷静に言いながら、影の中から《影槍》を放つ。槍は鋭く飛び、ヘルハウンドの胴を貫く。
だが、血を吐きながらも、それでも獣は倒れずに前へと進んでくる。

「こいつら、どこまで耐える気だ……!」
クラフトが歯を食いしばる。

二人が足止めを続ける中、背後ではリリーが魔力を練り続けていた。
だが——

「……なあ、なんか長くないか?」
クラフトがちらりと振り返る。

「……確かに」
キールも眉をひそめながら、詠唱を続けるリリーを見る。

すると、リリーがパッと目を開き、満面の笑みを浮かべながら元気よく答えた。

「そうだよ! このスキル、発動まですごく時間がかかるの!」

まるで「すごいでしょ?」とでも言いたげな無邪気な笑顔。
誇らしげに胸を張り、青白い雷が彼女の周囲で弾ける。

「先に言ってください!」「先に言えよ!!」
クラフトとキールのツッコミが重なった。

「まぁまぁ、そう言うなって」
ブラスが大雑把に手を振ると、グッと斧を構える。

「リリーの詠唱が終わるまで、俺たちが守ればいいだけの話だろ!」

クラフトは目の前の獣たちを見ながら、苛立ち半分、諦め半分のため息をついた。
「……やるしかないな」

「そうですね」
キールが冷静に《捕縛糸》を放つ。

ヘルハウンドたちが、リリーの魔力の気配に気づき、咆哮と共に襲いかかる。

「させるかよ!」

ブラスの《震雷斧》が地を砕き、突撃してきた獣たちを弾き飛ばす。
だが、そのうちの数匹は吹き飛ばされながらも折れた足を引きずり、執拗に立ち上がってくる。

「しぶといな……!」

キールの《影槍》が瞬時に放たれ、ヘルハウンドの体を貫く。
しかし、致命傷を負ったはずの獣は血を吐きながら、それでも前へと進んできた。

「……やはり異常ですね」

「だとしても……あとどれくらいだ!?」

クラフトが後ろを振り向く。

リリーは、渦巻く雷の中心に立ち、全身から電撃を放ちながら魔力を込め続けていた。
だが、その様子を見て、クラフトの表情が険しくなる。

「もうちょっとよ!……あっ、そうだ! このスキル、魔力練ってる時は動けないからね!」

「今さらかよ!!!?」

クラフトとキールが揃って突っ込むが、リリーは集中を切らさずに雷の力を練り続ける。

「仕方ねぇ、あと少し、持ちこたえるぞ!」
ブラスが豪快に叫びながら、斧を振りかぶった。

——そして、ついにその瞬間が訪れる。

「今よ!」

リリーの叫びと同時に、雷鳴が空間を引き裂いた。

蒼白い閃光が弾け、洞窟内を一瞬で昼間のように照らし出す。空気が震え、金属を叩き割るような轟音が耳を貫く。

「下がれ!!」

クラフトたちが一斉に身を翻すと、稲妻の奔流が一直線に駆け抜けた。

雷光は槍のように一直線に伸び、洞窟の奥へと突き進む。狙った一点を貫くその威力は凄まじく、直撃を受けたヘルハウンドたちは皮膚を焼かれ、瞬時に炭と化していく。

爆音が響き渡り、雷撃が通過した地点の地面は焦げ付き、黒い溝を刻んでいた。雷の余波が岩を砕き、壁に大穴を穿つ。しかし——

「……っ!」

クラフトが顔をしかめる。

雷光は一直線に貫通したものの、その道筋から外れた獣たちはほぼ無傷のまま残っていた。電撃の余波に痺れながらも、獣たちはゆっくりと立ち上がる。

「派手だったでしたが……範囲が狭い」

キールが冷静に言葉を紡ぐ。

確かに直線上にいたモンスターたちは消し飛んだ。しかし、わずかに軌道を外れた個体はまだ立ち上がり、血走った瞳でこちらを睨んでいる。

「くそっ……!」

クラフトは剣を握りしめる。

リリーのスキルは強力だが、その攻撃範囲の狭さが仇となった。戦場を一掃するには至らず、残存していたヘルハウンドたちがじりじりと包囲を狭めてくる。

そして、

「……あれ?」

リリーの声がか細く響いた。

ふと、彼女の膝が崩れ、力なく前のめりに倒れ込む。

リリーの体がふらりと傾き、膝から崩れ落ちる。呼吸は荒く、顔色は見る見るうちに青ざめていった。

その様子を見て、キールが冷静に目を細めると、静かに言葉を発した。

「……魔力切れ……!?」

ブラスがリリーをしっかりと抱え上げ、素早く後方へと下がる。だが、その目は戦場から決して離さない。

「……まだ終わってねぇぞ!」

力強く叫びながら、ブラスはぐっと足を踏みしめた。肩越しにリリーの顔を覗き込むと、彼女の意識はあるものの、完全に消耗しきっていた。

キールは冷静にリリーの様子を観察しながら、低く呟いた。

「……おかしいですね。スキルの威力を考慮しても、これほどの魔力消費は異常です」



「……忘れてた」

クラフトは喉の奥で呟いた。

「どういうことだ!?」

ブラスの声が戦場の緊張を引き戻す。

「アカデミアの悪癖だよ」

戦場の喧騒が遠のいた気がした。意識の片隅に、過去の記憶が蘇る。

——アカデミアには、二つの派閥があった。

ひとつは、市場価値や経済性を重視する主流派。
「強力な魔物を一撃で倒せるスキルなら、高価な素材がたくさん取れる」
「派手で強力なスキルこそ、冒険者として成功する道だ」
そう教える教授たちが大半を占め、学内の評価制度も彼らの影響下にあった。

もうひとつは、実戦を重視する少数派。
「持続力のある魔力運用」「地形や戦術を生かすスキル」
「生き残るために必要な知識」を教える彼らの教えは、華やかさこそなかったが、確実に戦場で生き抜くためのものであった。

クラフトは——両方の指導を受けていた。

市場価値派の論理も理解できたし、実戦派の教授たちの教えも、冒険者として重要だと感じていた。
だからこそ、バランスよく吸収し、どちらにも偏らない道を歩んできた。

しかし——

リリーは、完全に市場価値派の教えだけを受けてきたのだ。

それは、よく考えれば当然のことだった。

リリーは座学が優秀だった。
スキル理論、歴史、魔力の基礎知識——どれもアカデミアの中で常に優秀な成績を収めていた。

だからこそ、彼女は市場価値派に取り込まれるのが自然な流れだったのだ。

市場価値派の教授たちは、頭脳明晰な生徒を優先的に引き入れ、経済合理性に基づいたスキル教育を施す。

その結果、彼女は市場価値派の教育を受けることになり、実戦派の教授たちの指導を受ける機会はほとんどなかったのだろう。

——だが、それくらいのこと、俺が気づけなかったはずがない。

クラフトは奥歯を噛みしめた。

リリーがアカデミアで何を学んでいたのか、どういう環境にいたのか、予測できたはずだった。
なのに、自分はそれを深く考えもしなかった。

いざ戦場に立ち、リリーが魔力切れを起こして初めて、その事実を痛感するとは——

「……ッ」

クラフトはわずかに舌打ちし、自分への苛立ちを抑えながら剣を握り直す。

——これはリリーのミスじゃない。
気づいていたのに、何も言わなかった俺のミスだ。

(くそ……リリーには、俺が教えなきゃいけないことが山ほどある)

獣たちは再び動き始める。

クラフトは、改めて剣を構えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

我らダンジョン攻略部〜もしも現実世界にダンジョンができて、先行者利益を得られたら〜

一日千秋
ファンタジー
昨今、話題の現実にダンジョンができる系の作品です。 高校生達のダンジョン攻略と日常の学校生活、ビジネス活動を書いていきます。 舞台は2025年、 高校2年生の主人公の千夏将人(チナツマサト)は 異世界漫画研究部の部長をしています。 同じ部活の友人たちとある日突然できたダンジョンに できてすぐ侵入します。 オタクは知っている、ダンジョンには先行者利益があることを。 そして、得たスキルでこつこつダンジョンを攻略していき、日本で影響力をつけていった先に待ち受ける困難とは!? ダンジョンの設定はステータス、レベル、スキルあり、ダンジョン内のモンスターの死体はしっかり消えます。 一話につき1000〜2500文字くらいの読みやすい量になっているので初心者には読みやすい仕様になっております。 キャラクターはところどころ新キャラが出てきますがメインストーリーは主に3人なので複雑になりすぎないように心がけています。 「いいね」頂けるととても嬉しいです! 「お気に入り」登録も最高に嬉しいです! よろしくお願いします! ※契約書、経済システムの書式、掲示板テンプレはAI生成を活用して制作しております。修正、加筆は行っております。ご了承下さい。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

処理中です...