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本編
始まりの夜に
しおりを挟む夜、クラフトの自宅。静かなランプの灯りの下、クラフト、キール、リリー、ブラスの四人が、丸い木のテーブルを囲んでいた。
誰もが疲れた表情を浮かべていたが、その中でもクラフトだけは、じっと手元の魔導石を見つめたまま、長い沈黙を続けていた。
リリーが不安げにクラフトを見やる。キールは腕を組み、沈黙のまま様子をうかがっている。ブラスだけがいつものように椅子にふんぞり返っていたが、その表情は珍しく真剣だった。
やがてクラフトが、ぽつりと口を開いた。
「……あいつの言葉を聞いて、俺はずっと考えていた」
視線は依然として魔導石に落とされたまま。その声には、確かな熱が宿っていた。
「向上しようとする意思を持つ者に、機会が与えられるべきだと、あいつは言った。確かに……俺も、その“意思”を持っていた。努力して、アカデミアを出て、スキルを手に入れた」
拳が、膝の上でぎゅっと握りしめられる。
「……でも、じゃあリディアはどうだったんだ?」
リリーの肩がびくりと揺れた。クラフトの声に、怒りでも悲しみでもなく、ただ深い疑念が滲んでいた。
「向上しようとする意思が足りなかったから、あいつは死んだのか? リリーが車椅子で、魔力の訓練すらできなかった時も、意思が足りなかっただけなのか?」
その言葉に、リリーは小さく息を呑んだ。
「努力する“機会”すら与えられない者たちは、ただそのまま踏みつけられるしかないのか……?」
キールが静かに口を開いた。
「……つまり、クラフトはヴェルシュトラの思想が間違っていると言いたいんですか?」
「違う」クラフトは首を振った。
「ヴェルシュトラの考えが、全部間違ってるわけじゃない。努力した者に機会が与えられる──それは理想だ。けど……」
顔を上げ、静かに皆を見渡す。
「その理想の“前提”に、問題があるんだ。ギルド長の言う“努力する意思”は、“努力できる環境”があることが前提なんだよ」
一言ひとことを噛みしめるように、クラフトは続けた。
「その環境すらない者たちは、最初から“意思を示す機会”すら奪われてる。俺がやりたいのは……そんな奴らに、“意思を示す権利”を作ることだ」
重い沈黙が一瞬、部屋を包んだ。
その空気を、ブラスがふいに笑い飛ばした。
「ハッ、革命なんざ興味ねぇよ」
豪快に立ち上がりながら、ブラスはニヤリと笑って言った。
「けどよ──ヴェルシュトラの連中があぐらかいてるの見ると、ちょっとムカつくんだよな」
「俺たちがちょいと面白いことやって、一泡吹かせりゃ、いい見物になるんじゃねぇか?」
彼の目は、いたずらを思いついた子どものように輝いていた。
「……ま、クラフトが本気なら、俺は全力で付き合うぜ」
「ブラス……」
リリーも意を決したように頷いた。
「私も……やる。お姉ちゃんの分まで。……いや、違う。私の意思で」
最後に、キールが一度大きくため息をついた。
「本来なら反対したいところですが……」
視線をクラフトに向ける。
「残念ながら、完全に否定できる材料も持ち合わせていません」
「ですので、少なくとも今は、あなたについていきます」
テーブルの上にはいくつもの魔導石が並べられ、その表面には薄く光が灯っている。クラフトはその一つを手に取り、ゆっくりと息を吐いた。
「これで……とりあえず、準備は整ったか」
「私のスキルは、もう転写済みです」キールが淡々と報告する。
「私も大丈夫」リリーが頷き、魔導石を丁寧に布に包んだ。
クラフトは頷きながら、ふとブラスの方に目を向けふと口を開いた。
「そういえば、ブラス。お前、スキルって三つあったよな?」
声をかけられたブラスは、一瞬だけ目を細め、すぐにいつもの調子で笑ってみせた。
「……おう。三つあるっちゃあるな」
「じゃあ、残りのひとつも転写しとくか?」
クラフトの言葉に、ブラスはすっと真顔になり、首を横に振った。
「いや、それはやめとけ。転写しない方がいい」
「……理由、聞いてもいいか?」
「バルトにな、昔言われたんだよ。三つ目は“絶体絶命の時にしか使わないスキル”にしろってな」
ブラスは笑いながら、肩をすくめた。
「……で、そういうのを選んじまった。瀕死じゃないと発動できないし、とにかくヤバいやつなんだよ。ぶっちゃけ、誰かに使わせるもんじゃねぇ」
そう言って、ブラスはニカッと笑った。
だがその笑みは、どこか“冗談めかして本音を隠す”男の、いつもの表情だった。
「そうか……分かった。」
クラフトもそれ以上は追及せず、軽く頷いた。
彼の目に映るブラスは、あくまで冗談を飛ばしているようでいて、何かを本気で遠ざけようとしているようにも見えた。
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