ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜

けんぽう。

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本編

偽りの忠誠、揺るがぬ拒絶

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ヴェルシュトラ本部・私室──夜。

深紅の絨毯が敷かれた広間の中央には、大理石のテーブル。その奥に置かれた革張りの椅子に、ハイネセンが脚を組んで座っていた。手には金の縁取りが施されたグラス。ワインを傾ける仕草は、あまりに優雅で、あまりに不快だった。

キールは、静かにドアを閉じ、部屋の中央まで歩を進める。壁際には、何も言わぬ“処理担当”の男たちが控えていた。鋭い視線と重い沈黙。まるで、言葉の代わりに“力”を示すためにそこにいるかのようだった。

「やぁ、キール君」

ハイネセンは笑みを浮かべ、グラスを軽く揺らす。ワインの赤が、灯りの下で血のように煌めいた。

「最近の市場の動き、なかなか興味深いねぇ?」

「……」

「モンスター素材、スキル市場の混乱。君の旧友たちの活躍は凄まじいねぇ。とくにクラフト。実に革命的だ。ああいう手法は、まさに時代を揺るがす」

ハイネセンの声は愉快そうだったが、目は笑っていない。その視線は、試すようにキールを射抜いていた。

「……で、君はどう思う?」

キールは一瞬だけ視線を逸らし、再び静かに口を開く。

「市場が混乱しているのは事実です。しかし、ヴェルシュトラが適切に介入すれば、いずれは収束に向かうでしょう」

「ほう」

「とはいえ、このまま価格破壊が進めば、需要そのものが縮小し、市場回復には長期的な停滞が予測されます。……短期的には慎重な調整が必要です。ただし、過度な干渉はヴェルシュトラ自体の信用と利益を損ねる恐れがある」

論理的な物言い。あくまで冷静。だが、その言葉の背後には、明確な“防御”があった。

ハイネセンは微笑んだまま、ワインを一口含む。

「なるほどねぇ……さすが、優秀だ。そう、まったくその通りだよ、キール君」

そして、グラスを机に置きながら、まるで核心を突くかのように問いかけた。

「……ところで、君なら知ってるんじゃないか?」

「……何のことですか?」

「“魔導石のスキルコピー”。あれがどこまで本物なのか、君なら──わかってるんじゃないかな?」

キールの瞳がわずかに細められた。

「それが本当に機能するならば……クラフトたちに任せておくのはもったいない。私たちが“新しい市場”を築ける。より安全で、より効率的な市場をね」

(やはり、狙いはそれか……)

キールは一拍置いて、淡々と答える。

「私は技術者ではありません。魔導石の仕組みや応用について、詳細を語れる立場ではない」

「……しかし、クラフトと長く行動を共にしていたのは事実だろう?」

「ええ。ですが、私の口から話せることは限られています」

「ふぅん……。なら、こう聞こうか。あれは、どんな仕組みなんだい? どのくらいの精度で、どの程度のスキルをコピーできるのか」

ハイネセンの声が低くなり、言葉が静かに重く落ちる。

まるで、抜き身の刃を布越しに押し当てるような、じわじわとした圧力。

キールの唇が、わずかに動いた。

「……それを話す義務は、私にはありません」

ハイネセンの目が細くなる。

「義務? 違うよ、キール君。これは“責任”の話だ。……君がここにいること、誰の恩恵で何を得たのか。今一度、思い出すべきじゃないかな」

静かな部屋に、ワインの芳香が漂っていた。

だが、キールの胸の奥に広がっていたのは、別のものだった。

疑念、警戒、そして――強い、拒絶。

(この男に、絶対に渡してはいけない)

赤いカーテンに包まれた私室の奥、ワイングラスを揺らしながらハイネセンは口角を緩めた。

「……知っていたとしても、話せません」

キールの声音は、淡々としていた。

「口外禁止スキルがかかっているので」

その一言に、ハイネセンの目が細くなる。
揺らめく炎に照らされるその顔には、楽しげな興味の色が宿っていた。

「ほぉ……口外禁止スキル、ねぇ」

言いながら、グラスを持つ指先がくるくると器を回す。

「それは誰がかけたんだい?」

沈黙。

「君はいつそれをかけられた?」

くぐもった声で問いが続く。
ワインの表面が円を描き、音もなく回っていた。

キールは一拍だけ間を置き、視線を逸らさぬまま応じる。

「それを言った時点で、“口外禁止”の意味がなくなりますよね?」

「つまり、それも話せません」

笑みを浮かべながらも、ハイネセンの目がわずかに鋭さを増したのをキールは見逃さなかった。
この男の笑顔は、愉悦の仮面と紙一重だ。

(……来たな。これ以上、踏み込ませるわけにはいかない)

背筋は伸ばしたまま、キールの右手の指先だけが微かに震えた。
だが、その表情には一切の揺らぎもない。

「なるほどねぇ……」

ハイネセンはワインをひと口飲むと、グラスを卓に戻した。
陶器の脚が木の机をかすかに鳴らす。

「まぁ、大体の見当はつくがね」

低く呟くその声には、妙な確信が滲んでいた。

「君がその技術を知っている以上、それをかけたのは――クラフトか、リリー、あるいはブラス」

グラスの縁を指でなぞりながら、ハイネセンの視線が真っ直ぐキールに向けられる。

「いや……全員、かもしれないな?」

その言葉は、まるで探るような釣り糸だった。
微笑みの裏に、明らかに仕掛けがあった。

キールは何も言わず、その視線を静かに受け止めていた。
沈黙の中で、火灯がわずかに揺れた。

キールは椅子の背にもたれかかることなく、姿勢を崩さなかった。
ハイネセンの視線は、目の前のグラスよりも、彼の反応一つひとつに熱心だった。

「……どうでしょうね」

キールはゆるやかに言葉を発した。

「私はただ、知っていることを話せないだけです」

にこりともせず、淡々とした口調。だがその言葉には、意図的な“隙”が仕込まれている。

「お互いに合意をしないとかけられないスキルです。それが何を意味するかは……ハイネセンさんのご想像にお任せしますよ」

その瞬間、ハイネセンの目がわずかに細くなった。
反応を見たくて仕掛けた糸に、相手がどう食いつくかを確かめている狩人の目だった。

(……あえて肯定も否定もしない。少しでも情報を漏らせば、この男は次の一手を即座に打ってくる)

キールは、自身の呼吸のリズムすら乱さぬよう心を落ち着けていた。
ほんの一言で崩れる均衡の上を、慎重に渡っていく感覚。

「ふふ……なるほど」

ハイネセンが微笑む。喉の奥でくぐもった笑いを漏らしながら、手元のグラスを机に置く。

「ならば、君が話せるように——“してあげる”必要があるかな?」

パチン、と軽い音が室内に響いた。
ハイネセンが指を鳴らすと、奥の扉から一人の男が無言で現れる。
肩幅の広いその男は、黒い手袋を嵌めたままキールの背後に立ち、微かに顎を動かした。

圧力だった。
だが、キールの表情に動揺の色は浮かばなかった。

「痛い目を見るのは、嫌だろう?」

ハイネセンは、あくまで優しく微笑んだまま言った。

(……やはり、こうなるか)

キールの内心で、冷たい予感が確信に変わる。

(だが、ここで屈するわけにはいかない)

「力ずくで話せるなら、とっくに話していますよ」

静かに、だがはっきりとした声で言い放つ。

「口外禁止スキルは、拷問でどうにかなるものじゃありません。仮に口にしたとしても、スキルの力で発狂するだけでしょう。……あなたなら、よくご存知かと思いますが?」

声色は変わらず、どこまでも冷静だった。

キールは、ちらりとハイネセンの目を見た。その奥に、警戒よりも好奇心が見えることを確認し、さらに続けた。

「私が言えるのは、魔導石のスキルコピーは“魔力濃度に影響される”ということだけです」

ハイネセンの眉がわずかに動く。
その一言が真実なのか、あるいは誘導か。
目の前の獲物が仕掛けた罠に、どう応じるか——愉悦すらにじませた瞳が揺れる。

キールは平然とした表情を崩さず、その揺らぎを、冷ややかに見つめていた。

「……ふむ」

静かにワインを一口飲み干し、グラスを机に置いたハイネセンは、椅子の背にもたれながら天井を見上げるように呟いた。

「魔力濃度ねぇ……。つまり、魔力が高いほど、強いスキルがコピーできると?」

口調は穏やかだが、眼差しだけが鋭く光っていた。

(さて、どこまでが本当か……ブラフの可能性もある。だが、嘘を織り交ぜるには、あまりに筋が通っている。……本物か?)

ハイネセンは眉をひそめる。
ほんの一瞬、逡巡の気配が脳裏をかすめた。

(……迷っている時点で、既に彼の術中かもしれないな)

自分でもその可能性に気づいていた。だが、嫌な感情はなかった。むしろ、心のどこかで、こうした駆け引きを楽しんでいる自分がいた。

ニヤリと唇の端をつり上げる。

「わかったよ、キールくん。とりあえず——君の動向は、しっかり監視させてもらう」

「……」

「この技術が、どこから生まれたのか。いずれ分かる時が来るだろう」

そして、まるで何事もなかったかのように話題を切り替えた。

「ああ、そうだ。話は変わるが——キールくん、君はやはり“頭が良すぎる”ねぇ?」

キールの視線が微かに鋭くなる。

「……何の話です?」

「ロフタの町に、少々興味を持ちすぎじゃないか?」

その言葉に、部屋の空気が静かに張り詰める。

キールは応じるように口を開く。

「……市場の秩序を守るためにも、異常を是正するべきです」

ハイネセンは笑った。グラスをくるくると回しながら、言葉を重ねる。

「秩序を守るためには、時には“目を瞑る”ことも必要だよ」

「……」

「君ならわかるだろう? “理想”では社会は動かせない。君の尊敬する“合理性”を、今こそ貫いてくれ」

その声音はまるで親しげな忠告だった。
だが、そこに込められたものの本質は、剥き出しの支配欲だった。
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