ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜

けんぽう。

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本編

変態磁石クラフトくん

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空気が重くなる中、クラフトがずっと黙っていた口をゆっくりと開いた。

「……エルマーさん」

その声は、静かで真っ直ぐだった。

「あなたの剣、すごいよ。振ってみて、すぐにわかった。構造も、重さの扱いも、理屈じゃない“意思”みたいなものがある」

エルマーの肩がわずかに動いた。

クラフトは、続けた。

「でも……エルマーさんは、何のためにその剣を作ってるんだ? エルマーさんが目指してる“理想”って、なんなんだ?」

しばらくの沈黙があった。

エルマーはゆっくりと振り返り、鍛冶場の奥からクラフトたちを見つめた。その目には、今までとは違う光があった。

「名が残ることには、興味がない」

ぽつりと、しかし確かな熱を込めてエルマーが語り出す。

「俺が作った剣だと知ってもらわなくていい。だがな——」

彼は壁に掛けられた一本の剣を、優しく撫でるように見やった。

「百年後に、誰かがこう言ってくれれば、それでいい。“あれはあの英雄が振るった剣だ”と」

クラフトとリリーが、息を呑んで聞き入る。

「壊れても、血に染まっても、最後まで“手”として使い手に応える。そんな武器を作りたい。それだけだ」

その言葉には、誇りと寂しさ、そして不思議な温かさがあった。

クラフトは、ふっと小さく微笑んだ。

「……俺たちの話は、きっとその理想と繋がってる。少しだけ、話を聞いてもらえませんか?」

今度は、エルマーは拒まなかった。


クラフトはゆっくりと、言葉を選びながら、状況を伝えた。

エルマーが黙ってこちらを見つめていた。

ヴェルシュトラに頼らずに済む新しい流通網を作ろうとしていること。狩りから運搬、加工、販売までを、小さなギルドや職人たちの力で完結させること。そのために、魔導石によるスキルの複製を活用し、限られた人手でも回せる仕組みを整えていること——。

それをすべて語り終えたとき、工房の中に再び静けさが戻った。

エルマーは黙って話を聞いていたが、ふと呟いた。

「……《集中活性化》か」

目を細め、何かを咀嚼するように軽く頷く。クラフトの語るスキルと工程を、頭の中で組み上げている様子だった。

やがて、視線をクラフトに向けて問いかけた。

「お前が今使ってる剣、ちょっと見せてくれ」

「え?」

一瞬戸惑ったクラフトだったが、背中から愛用の剣を取り出し、鞘ごと手渡した。

エルマーは両手で受け取り、ゆっくりと鞘を抜く。刀身が鈍く光を放ち、工房の光に反射してわずかな歪みを浮かび上がらせた。

「……何年使ってる?」

「アカデミアに入ってからだから……もう七年くらいだ」

「ふむ」

エルマーは柄の部分をじっと見つめた。刀身の厚み、重心の位置、表面の研ぎ具合。ひとつひとつの要素に目を通していく。

「よく手入れされている。おそらく、毎日。油の量も偏りがない。柄も、握る位置に応じて均一に摩耗してる……真面目なんだな」

その声には、どこか感情を探るような深さがあった。

「……“誰も死なせたくない”んだろう?」

その言葉に、クラフトは何も返さなかった。ただ、微かに目を伏せた。

エルマーは再び剣を鞘に納めると、しっかりとクラフトに手渡しながら言った。

「……わかった。協力しよう」

クラフトとリリー、ブラスが同時に顔を上げる。

「ただし、一つ条件がある」

エルマーは工房の奥に手を差し伸べ、壁にかけられた一振りの剣を指差した。

「私のスキル、《鍛えの極意》。これも、魔導石にコピーできるのか?」

「……え?」

ブラスが目を見開いた。

「ちょっ、まって、それって《鍛えの極意》!? ヴェルシュトラ専属の鍛治士でも、ごく一部しか持ってない超レアスキルだろ!」

クラフトも驚きを隠せなかったが、すぐに頷いた。

「……あぁ。できると思います。コピーは可能です」

エルマーはふっと目を細めると、壁にかけられた他の武器に視線を向けた。

「足りないんだ、試作が。私一人では時間が足りない。だが……私以外に《鍛えの極意》で試作品を作れる人間がいれば、剣だけじゃない。槍、斧、防具……もっとたくさん、試せる」

その言葉には、明らかな熱と焦燥、そして未来への渇望が込められていた。

「だったら俺たちで、その仕組みを作ります」

クラフトの声に、エルマーは微かに口角を上げた。

こうして、交渉は成立した。
それは、鍛冶の理想と、新しい経済網が交わる、最初の一点だった。


夜の街はすっかり静まり返り、石畳を踏む足音だけが一定のリズムで響いていた。

クラフト、リリー、ブラスの三人は、エルマーの工房からの帰り道を並んで歩いていた。空には星が瞬き、冷たい風が頬を撫でていく。

「ねえ、クラフト。大成功だったね!」

リリーが満面の笑みで振り返る。街灯の光がその横顔をやわらかく照らしていた。

クラフトは静かに頷いた。

「ああ……そうだな。エルマーさんと話せたのは、大きかった」

ふと、心に浮かんだ言葉があった。

「……ブラスが前に言ってたことを思い出したよ。“話し合いってのは、『意見をぶつけ合う』ことじゃねえ。『考え』を聞き合うことだろ”って」

「エルマーさんが何を考えてるのか……それを、ちゃんと想像したんだ」

「おお? お前にしては珍しく、頭が柔らかくなったってことか?」

ブラスがにやっと笑いながら、クラフトの背中を軽く叩く。

「けどあれだよな、クラフト。お前、なんか変な奴に好かれる才能あるよな。黒炎の使徒に、エルマーに……」

「それ言ったら、お前も十分変だろ。レクスの元副団長が、いまは弱小ギルド所属って」

クラフトが返すと、ブラスは一瞬きょとんとしてから笑い出した。

「……まぁ、そうだな」

穏やかな笑いが、夜の静けさに溶けていく。

そのとき、リリーがぽんっと手を叩いた。

「それだよ!」

クラフトとブラスが同時に振り向く。

「クラフトが変な人を引き寄せる才能あるなら……それを使えるんじゃない?」

「は?」

「題して——」

リリーはくるりとその場で一回転し、指を空に向けて突き上げた。

「『変態磁石クラフトくん』作戦!」

「……変態って」

クラフトが呆れたように眉をひそめると、ブラスが豪快に笑った。

「いや、まあ否定はできねぇな。実際、ヴェルシュトラ蹴ってまで自分の道を貫いてる奴らってのは……筋の通ったやべーやつ多いしな」

「そういう奴らが揃えば、けっこう面白いことになるかもな」

クラフトも、少しだけ口元を緩めた。

夜の街路に、三人の笑い声が静かに広がっていく。

その声は、これから始まる新しい物語の、まだ誰も知らない仲間たちを呼び寄せるように響いていた。
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