ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した〜

けんぽう。

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本編

見えない未来に線を引く

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部屋の空気が、一度穏やかに緩んだのち、再び引き締まっていく。

キールが椅子に浅く腰を掛け直し、背筋を伸ばす。

「……あとは、現実的な運営費ですね。クラフト、あなたの作ったあの流通網。資金はどうやってたんですか?」

その問いに、クラフトは少しだけ目をそらし、短く答えた。

「……寄付とボランティアだ」

キールのまぶたがぴくりと動いた。

「……は?」

「いたろ?“黒炎の使徒さん”って人。あの人が仲間を集めてくれて……その人たちが動いてくれてたんだ」

言い終えると同時に、キールの表情に明らかな動揺が走る。
眉間に深く皺が寄り、口元が引きつった。

「まさか……あの、街中を全力疾走していた黒マントの集団って……?」

「爆速ロバさんたちだよ!」
リリーが満面の笑みで答えた。
「討伐の合間に荷物運んでくれてたの。時給ゼロで、体力すごいの」

クラフトも小さく頷いた。

キールはしばし言葉を失い、そして両手で頭を抱えた。

「……クラフト。あなたって、昔から変な人に絡まれてましたけど……それを“才能”まで昇華させてたとは……」

言葉とは裏腹に、キールの視線には敬意が滲んでいた。
そして次の瞬間には、真剣な表情に戻り、クラフトをまっすぐ見つめる。

「あなたの理想からは少し離れるかもしれませんが……やはり、利益は取らないとこの流通網は保てません。持続性のためには収益化が必要です」

クラフトは黙り込み、腕を組んだ。
そして、低く、噛みしめるように言葉を紡ぐ。

「……確かに、このままじゃ持たない。でも、それをやったら……金がある奴がたくさん使えて、ない奴は使えない仕組みになる。そんなの、また“力のある者が強くなる”だけじゃないのか?」

リリーがはっとしたように息をのむ。

「……確かに。それじゃ“機会の公平性”とは真逆よね」

キールは静かに肩をすくめ、どこか達観したように続けた。

「市場というのは本質的に、資本を持つ者が強くなるようにできています。制度をいくら工夫しても、最終的には“支配”に吸い寄せられる。それが経済の重力です」

クラフトは目を伏せたまま、深く考え込むようにして言った。

「……それじゃ意味がない。スキルを一つも持たない人間にとって、スタート地点が何も変わらないなら——」

そして、静かに顔を上げた。

「……俺たちのやってることは、結局ヴェルシュトラと変わらない」

部屋の空気が、またひとつ深く沈む。

理想と現実。
信念と制度。
三人の視線が、それぞれの方向に向かいながらも、同じ“重さ”を見つめていた。

ふいに、ブラスがポンと手を打った。

「じゃ、配ればいいんじゃねぇか?」

その場の空気が一瞬止まった。

キールが鋭い視線を向ける。

「……ちゃんと話聞いてましたか、ブラス?」

「いや、そうじゃなくてよ」

ブラスは手を振って弁解しながらも、少し眉をひそめる。

「スキルを持ってない奴にはよ……戦えるようになるまでの“基本スキル”を配るんだよ。最初の一歩をな」

キールは腕を組み、目を伏せて考え込んだ。

「……最低限のスキルを配ることで、誰でも市場に入れるようにする……つまり、入り口の平等化ですか。なるほど」

クラフトが顔を上げる。

「それって“戦う”ってのは、戦闘って意味だけじゃなくて……調合や狩猟、鍛冶、治療、運送スキルみたいな、生活に必要な“汎用スキル”も含めて、ってことだよな?」

ブラスは一瞬きょとんとしたあと、あたふたと手を振った。

「お、おう、それだ! それを言おうとしてたんだって!」

「さすがブラス!視野が広いわね!」

リリーが目を輝かせながら微笑む。

「……絶対考えてなかったですよね?」

キールは呆れたように目を伏せたが、その口元は微かに緩んでいた。

だがその空気もすぐに引き締まる。

「ただ、それだと……その“配る用”のスキルを、誰かが延々とコピーし続けなきゃいけなくなりますね」

キールは眉間に皺を寄せながら、現実的な課題を挙げた。

クラフトが、しばらく考え込んだ末、ぽつりと提案を口にした。

「……寄付ってのはどうだ? 魔導石を買う時とか、配布の時に、なんでもいいから自分のスキルをひとつコピーしてもらうんだ」

クラフトの提案に、キールは一瞬目を見開いた。
そして、すぐに理路を組み立て始める。

「……それ、いいですね。提供されたスキルが蓄積されれば、それ自体が“資源”になる。魔導石に使えるスキルのバリエーションが増えれば需要も広がるし、市場に出回るスキルの価値も徐々に均等化されていく……」

キールは軽く頷き、指を一本立てて続けた。

「それに、スキルを提供した人には、魔導石の販売価格を少し割り引くようにすればいい。ちょっとした“寄付割”みたいなものです。義務じゃなく、選択制で――そうすれば、強制感もないし、参加のハードルも低い」

「なるほどな……それなら、出す側にもメリットがある」

「スキルの……シェア、ね」

リリーがゆっくりとつぶやいた。

クラフトは大きくうなずき、拳を強く握る。

「あぁ! これなら、救える……!」

窓の外では鳥のさえずりが響いているのに、部屋の空気は重く、そして真剣だった。

ブラスが、どこかいつもとは違う、真っ直ぐな眼差しで口を開く。

「ちょっと待ってくれ……仕組みは整った。けど問題は、その仕組みがいつか腐っちまうことだ。……あのヴェルシュトラが、そうだったようにな」

場に一瞬、沈黙が流れる。

クラフトが、ゆっくりと椅子の背にもたれていた体を起こした。その目には、揺るぎのない決意の色が浮かんでいた。

「……あぁ。スキルコピーの技術はいずれ他の誰かにも解析される。俺たちだけが握ってる時期なんて、そう長くはない」

彼は拳を軽く握った。

「だから、俺はこの技術を、どこかのタイミングで公表するつもりだ」

その言葉に、リリーとブラスが一瞬驚きの表情を見せる。だが、キールだけは静かに目を細め、すぐに頷いた。

「……その時に必要なのが、“監査する組織”ですね」

キールの声は冷静でありながらも、どこか希望を帯びていた。

「例えば魔導石の採掘業者に、行動履歴を記録できるスキルを打ってもらい、報酬を払う。その記録が加工後の魔導石に引き継がれれば、誰が・どこで・何を使ったかを辿れる。全てを“誰でも見られる”仕組みにするんです」

彼は指を組みながら、思案を続けるように語る。

「問題はその技術をどう作るか……ですが。スキルの組み合わせ次第で、実現可能だと思います。運営費も、スキルコピーの販売にかかる手数料を少しずつ回せば——」

言いかけたところで、キールがリリーの方を向いた。

「リリー、組み合わせでいけそうですか?」

リリーは一瞬、深く思考の海に沈み込むように黙り込んだ。
指先で膝を軽く叩きながら、ぶつぶつと小さくスキル名を呟いていく。

「識印……透過記録……補助魔力導線……」

リリーは小さく呟いたあと、ぱちりと目を開き、勢いよく頷いた。

「うん、多分いける! 面倒だけど、できるはず!」

その声に、キールが椅子に座り直し、軽く息を吐いた。そして、真っすぐクラフトを見据えて言った。

「——監査機関の制度設計と今後の運営、私に任せてもらえますか?」

クラフトが眉を上げる。

「いいけど……お前が? なんでだ?」

キールは、ほんのりと皮肉を込めた笑みを浮かべる。

「あなた達と違って、私には“悪知恵”が働きますから。抜け道を潜ろうとする連中の思考回路なら、理解できる自信があるんです」

クラフトが一瞬ぽかんとした顔をしたあと、苦笑いを漏らす。

「……それ、誇っていいのか?」

隣で聞いていたブラスが、腕を組みながら声を上げて笑った。

「いや、いいじゃねぇか。そういうのも必要だ。適任だな、キール!」

キールは肩をすくめながらも、満更でもなさそうに小さく笑った。

そして、静かなギルドの一室に——まだ名前も定まらない“未来の仕組み”が、静かに息をし始めていた。

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