18 / 22
第18話 勝つことより“生き残ること”
しおりを挟む「じいちゃん!!」
血まみれの祖父に駆け寄ろうとしたルカの足が、一拍遅れて止まる。クレインの身体が跳ね上がったからだ。老体の筋が、拍に合わせて一瞬だけ若返る。
「——かかりよったな!」
クレインは半歩踏み込み、折れた木剣を逆手に握る。刃でも峰でもない、“木”そのものの重さを、拍に乗せて落とす。
バチン、と乾いた音。折れ口の角が、アシュレイのこめかみの上を正確に打つ。
視界が白く弾け、膝が抜ける。アシュレイは悶え、空を掴むように手を伸ばした。闘気の奔流は、拍一つで不意に断たれる。
老剣士は浅い呼吸を整えながら、血に濡れた木片を下ろした。ルカがようやく辿り着き、肩を支える。丘の上に、風だけが戻ってくる。
「……講義、続けるかの」
冗談とも本気ともつかぬ声に、ルカは目を白黒させ、アシュレイは歯を食いしばってうめいた。拍はまだ、どちらの胸にも残っている。
アシュレイは額を押さえ、膝をついたままうめいた。
「なぜだ……!?完全に決まったはずだ!!」
クレインは脇を押さえて外套の内側から、切り裂かれた皮袋を引き抜いた。口を緩めると、赤い液がぽたりと草へ落ちる。
「お主、人を斬ったこと、ないじゃろ?」
老人は真顔で続ける。
「さっき飛んだのは“血飛沫”やのうて、赤く染めたポーションじゃ」
「……!?」
アシュレイの目が揺れた。
「袋を何重にも仕込み、斬撃はそこで和らぐ。間に合わなんだ傷は、ポーションが内から塞ぐ。——これがヴァルドナ流“秘伝の戦準備”よ」
クレインは別の破れ袋も外し、拍を一つ置いて息を整える。袋の縁からは、薬液とほんの少しの血が混じってにじんでいた。
アシュレイは思考が空回りするのを自覚しながら、かろうじて問いを紡いだ。
「……脇に“隙”があったのは?」
「無論、この仕掛けに誘うため。わざと作った」
「……あと、何手先まで読んでいた?」
「十三手。展開次第では、その先も」
アシュレイは脱力して尻もちをついた。胸の奥で、悔しさは不思議と疼かない。ただ、感嘆と——底の抜けた器に水が満ちていくような感覚だけがある。
横でルカが顔をしかめる。
「ずるいし、せこい……」
「そうじゃろ?」
クレインはあっけらかんとしている。
「結果、わしは生きておる」
夕日は完全に山の端へ沈み、空の高みに一番星が灯った。風が草を撫で、丘には三人分の呼吸だけが残る。剣は納まり、拍だけが、まだ胸のどこかで微かに鳴っていた。
丘に一番星が張りついたまま、三人は立ち尽くしていた。やがてアシュレイが剣を納め、深く頭を垂れる。
「クレイン・ヴァルドナ殿……私を弟子にしていただけませんか」
クレインは少しだけ空を見てから、ゆっくり首を振った。
「うむ……すまんのう。わしには、もう“時間”がないんじゃ」
「時間……ですか?」
問い返す声は、風より静かだった。
「代わりに紹介しよう。ヴァルドナ流・免許皆伝。盗賊狩りを専門にしとる冒険者がおる。わしの弟子じゃ。そこで修行せい」
アシュレイは姿勢を正す。
「はっ。ありがとうございます」
クレインは外套の内から小さな封筒を取り出す。蝋で封じられ、拍を一つ刻む指先でアシュレイへ渡された。表には「紹介状」とだけ。
「盗賊には気をつけい。あやつらは“勝つこと”より“生き残ること”を優先して動く。――そこを学べ」
「勝つことより……肝に銘じます」
「うむ。励むように」
言葉は短いが、背に乗る重さは長い。アシュレイは封筒を両手で受け取り、深く礼をした。胸の伽藍堂に、また小石がひとつ、音を立てて落ちる。
遠くで鐘が三つ。“いち、に、さん”。丘を撫でる風が、夜のはじまりを告げた。
***
翌朝。露の匂いがまだ残る街道で、ルカが背嚢の紐をきゅっと締めた。
「さて、王都に向かって出発だね。早く療院に入って、病気治そうね」
「うむ」
歩き出してすぐ、ルカが横目で祖父を見る。
「うーん、でも、じいちゃん、よかったの?アシュレイさんを門下生にするチャンスだったのに」
「はっ!しまった!」クレインは一拍、本気で額を押さえ、それから喉の奥で笑った。「……ま、まぁええ。実戦――それが、あやつのいちばん良い道じゃろ」
「そっか、でも結局、布教活動は失敗だね」
三百歩。二人は足を止め、茶をひと口。湯気が朝の光に薄くほどける。さらに三百歩。鼻歌と拍が道に小さく刻まれていく。
道の脇、丘の上では子どもたちが棒切れを木剣に見立てて走り回っていた。
「いてっ!それ狡いぞ!」
「いいんだよ、これがヴァルドナ流・超実践剣術だぜ!」
「ヴァルドナ流?」
「うん、こないだ祭りで見たんだ!すごいんだぜ!」
クレインは聞こえぬふりで歩幅を合わせ、ルカは小さく笑って肩をすくめた。名は要らない。拍だけでいい。
道は王都へ、朝の光は背へ。祖父と孫は、今日も三百歩ごとに茶をすする。
「——残寿4ヶ月・王都への復路による寿命消費」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる
邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。
オッサンにだって、未来がある。
底辺から這い上がる冒険譚?!
辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。
しかし現実は厳しかった。
十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。
そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~
鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。
そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。
母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。
双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた──
前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる