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メシ屋御一行、地獄へご招待①
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祖父母が亡くなってメシ屋を引き継いだ俺は、人間として生活する妖怪たちと共に賑やかな日々を送っていた。そんな矢先、閻魔様から招待状が届き、俺たちメシ屋一行は地獄へ出向くことになったのだ。現世で世話になったお礼だという。
普通の人間が地獄へ行く時といえば、死んだ後に行き着く場所だと連想するだろう。しかし、妖怪が視える縁から、このように非現実的な出来事が起ころうとしているのだ。
そして約束の今日。
そろそろ“お迎え”が来る頃なのだが……朝から何とも騒がしい。
「オレの褌がねぇぞ! 昨日用意しといたはずだが」
「アレは虎のだったか。お茶をこぼした時に拭いて捨ててやったわ。なんせボロ切れだったからな」
「はあ? 拭くのはまだしも捨てることはないだろ。洗えばまだ使えるってのに。オレに”のーぱん”で過ごせってのか? 変態じゃねぇか」
「ぬしは元から変態であろう。ちょうど良かったな!」
「硬派なこのオレ様のどこが変態だって? 言ってみろ!」
このようになるといつも喧嘩が始まる。
まあ、大概は龍さんが悪いのだが。
「はいはい、そこまで。褌なら現地調達すればいいだろ?」
「それもそうか」
「それより龍さん。そのリュックの中には何が入ってるのかな? ものすごくパンパンだけど、着替えでも入ってるの?」
「いや、駄菓子だ! あちらのメシが口に合わなかった場合の非常食なのだ。ぬしらに分けてやらんこともない」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
昨夜から懸命に荷造りをしていると思ったら、まさか駄菓子を詰め込んでいたとは。ちなみに虎之介の鞄からは無数の酒瓶が顔を出し、遠足気分な彼らはこれから行く場所に緊張感の「き」の字も感じられない。俺は一睡もできなかったというのに。
それから数日店を空けるので、その間の留守はこの人にお願いをした。
「まさか地獄に旅行だなんて、私だったら寿命が縮んでしまうわ。まあ、これも何かの縁なんだから、楽しんでいらっしゃいよ」
「ありがとう美影さん、助かるよ。俺たちがいない間、この店を『スナック美影 2号店』だけにはしないでね?」
「やぁだ、もう! そんなことするわけないじゃない。いっそのこと、ここを本店にして新装開店……」
「え?」
「……も、もう、冗談よ! 私を何だと思ってるの」
「夜叉のように恐ろしい妖怪・飛縁魔」
「それはもう昔の話! 今は飲み屋を営んでるただの美しいお姉さんよ。ほら、お迎えが来たんじゃない?」
本当にこの人に留守を頼んでよかったのだろうか。一抹の不安を抱えていると、店の外からけたたましい無数のエンジン音が聞こえてきた。この音には聞き覚えがあるが、まさかお迎えがアレってことはないよな……。
―――ブロロロロロロッ
嫌な予感がして店の戸を勢いよく開ける。
そこには無数の大型バイクと、まるで世紀末に蔓延っていそうなガラの悪い輩たちがエンジンを吹かしながらたむろしていた。
「うわっ……まじかよ」
思わず血の気が引いてしまう。
「アニキ、ここが現世なんすね! 初めて来やしたが何とも人間くせぇ。鼻がもげそうだぜ」
「早く例の人間どもを攫っちまいましょう!」
「そう慌てるな、お前たち。俺様は二度も来たことがあるからな、この匂いには慣れっこだ。故郷へ帰ってきた気分だぜ」
「さすがアニキ、おれたちとは格が違うぜ……かっけえ」
「ふっ、当然だ。なんせこの俺様は―――」
すると、俺の目の前に虎之介が背を向けて立ちはだかる。
「おい、静かにしやがれ。ご近所迷惑だろうが」
「あっ! お兄ちゃん!」
「おう、羅門。待ってたぞ」
そう、子分たちから『アニキ』と呼ばれていたこの男は虎之介の弟、獄卒の羅門だった。よほど嬉しかったのか、虎之介を捉えた瞬間に目を輝かせ大きく手を振った。しかし、瓜二つであるこの2人を交互に見つめる輩どもは急におとなしくなり、困惑しているようだ。
「えっ、お、お兄ちゃん? ずいぶんと可愛い呼び方で……」
「なんだ、文句でもあるのか」
「い、いえ! さすがアニキのアニキっす! 男らしくて腕っぷしも強そうだ……まさに『お兄ちゃん』って感じっすね!」
「ふふん、そうだろ? 俺様のお兄ちゃんは現世で一番の漢、いや、泣く子も黙る最恐の鬼なんだぜ」
「まじっすか! かっけえ!」
虎之介を囲んで盛り上がる輩たち。このままでは収拾がつかなくなりそうなので、俺は恐る恐る声をかけた。
「あ、あの……もしや、お迎えに来ていただいたんですよね?」
「そうだが?」
「え、バイクで地獄へ行くんです? もっとこう、牛車のような乗り物で行くのかと」
「あ? 牛車なんて亡者の輸送に使うだけだ。地獄じゃこの自動二輪が主流だからな。閻魔様は特別待遇で霊柩車を出せと言ったんだがな、なんせ運転に慣れてないから断ったんだ」
「うわあ、霊柩車じゃなくてよかったぁ」
「ほれ、俺様たちの後ろに乗れ。地獄まであっという間に着くぞ」
「よ、よろしくお願いします!」
ヘルメットを手渡された俺たちは、獄卒が運転するバイクに跨った。見送る美影さんに念を押して「くれぐれも……」と言いかけると、「大丈夫よ!すぐに帰ってこなくてもいいからね」と笑顔で言われてしまった。
龍さんは初めて乗る鉄の馬にテンションが上がり、「よし、地獄まで競争だ」と子供のように急かしてくる。その声がエンジン音にかき消されると同時、俺たちは暗いトンネルの中に吸い込まれていった。
地獄で巻き起ころうとする騒動など、知る由もなく。
普通の人間が地獄へ行く時といえば、死んだ後に行き着く場所だと連想するだろう。しかし、妖怪が視える縁から、このように非現実的な出来事が起ころうとしているのだ。
そして約束の今日。
そろそろ“お迎え”が来る頃なのだが……朝から何とも騒がしい。
「オレの褌がねぇぞ! 昨日用意しといたはずだが」
「アレは虎のだったか。お茶をこぼした時に拭いて捨ててやったわ。なんせボロ切れだったからな」
「はあ? 拭くのはまだしも捨てることはないだろ。洗えばまだ使えるってのに。オレに”のーぱん”で過ごせってのか? 変態じゃねぇか」
「ぬしは元から変態であろう。ちょうど良かったな!」
「硬派なこのオレ様のどこが変態だって? 言ってみろ!」
このようになるといつも喧嘩が始まる。
まあ、大概は龍さんが悪いのだが。
「はいはい、そこまで。褌なら現地調達すればいいだろ?」
「それもそうか」
「それより龍さん。そのリュックの中には何が入ってるのかな? ものすごくパンパンだけど、着替えでも入ってるの?」
「いや、駄菓子だ! あちらのメシが口に合わなかった場合の非常食なのだ。ぬしらに分けてやらんこともない」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
昨夜から懸命に荷造りをしていると思ったら、まさか駄菓子を詰め込んでいたとは。ちなみに虎之介の鞄からは無数の酒瓶が顔を出し、遠足気分な彼らはこれから行く場所に緊張感の「き」の字も感じられない。俺は一睡もできなかったというのに。
それから数日店を空けるので、その間の留守はこの人にお願いをした。
「まさか地獄に旅行だなんて、私だったら寿命が縮んでしまうわ。まあ、これも何かの縁なんだから、楽しんでいらっしゃいよ」
「ありがとう美影さん、助かるよ。俺たちがいない間、この店を『スナック美影 2号店』だけにはしないでね?」
「やぁだ、もう! そんなことするわけないじゃない。いっそのこと、ここを本店にして新装開店……」
「え?」
「……も、もう、冗談よ! 私を何だと思ってるの」
「夜叉のように恐ろしい妖怪・飛縁魔」
「それはもう昔の話! 今は飲み屋を営んでるただの美しいお姉さんよ。ほら、お迎えが来たんじゃない?」
本当にこの人に留守を頼んでよかったのだろうか。一抹の不安を抱えていると、店の外からけたたましい無数のエンジン音が聞こえてきた。この音には聞き覚えがあるが、まさかお迎えがアレってことはないよな……。
―――ブロロロロロロッ
嫌な予感がして店の戸を勢いよく開ける。
そこには無数の大型バイクと、まるで世紀末に蔓延っていそうなガラの悪い輩たちがエンジンを吹かしながらたむろしていた。
「うわっ……まじかよ」
思わず血の気が引いてしまう。
「アニキ、ここが現世なんすね! 初めて来やしたが何とも人間くせぇ。鼻がもげそうだぜ」
「早く例の人間どもを攫っちまいましょう!」
「そう慌てるな、お前たち。俺様は二度も来たことがあるからな、この匂いには慣れっこだ。故郷へ帰ってきた気分だぜ」
「さすがアニキ、おれたちとは格が違うぜ……かっけえ」
「ふっ、当然だ。なんせこの俺様は―――」
すると、俺の目の前に虎之介が背を向けて立ちはだかる。
「おい、静かにしやがれ。ご近所迷惑だろうが」
「あっ! お兄ちゃん!」
「おう、羅門。待ってたぞ」
そう、子分たちから『アニキ』と呼ばれていたこの男は虎之介の弟、獄卒の羅門だった。よほど嬉しかったのか、虎之介を捉えた瞬間に目を輝かせ大きく手を振った。しかし、瓜二つであるこの2人を交互に見つめる輩どもは急におとなしくなり、困惑しているようだ。
「えっ、お、お兄ちゃん? ずいぶんと可愛い呼び方で……」
「なんだ、文句でもあるのか」
「い、いえ! さすがアニキのアニキっす! 男らしくて腕っぷしも強そうだ……まさに『お兄ちゃん』って感じっすね!」
「ふふん、そうだろ? 俺様のお兄ちゃんは現世で一番の漢、いや、泣く子も黙る最恐の鬼なんだぜ」
「まじっすか! かっけえ!」
虎之介を囲んで盛り上がる輩たち。このままでは収拾がつかなくなりそうなので、俺は恐る恐る声をかけた。
「あ、あの……もしや、お迎えに来ていただいたんですよね?」
「そうだが?」
「え、バイクで地獄へ行くんです? もっとこう、牛車のような乗り物で行くのかと」
「あ? 牛車なんて亡者の輸送に使うだけだ。地獄じゃこの自動二輪が主流だからな。閻魔様は特別待遇で霊柩車を出せと言ったんだがな、なんせ運転に慣れてないから断ったんだ」
「うわあ、霊柩車じゃなくてよかったぁ」
「ほれ、俺様たちの後ろに乗れ。地獄まであっという間に着くぞ」
「よ、よろしくお願いします!」
ヘルメットを手渡された俺たちは、獄卒が運転するバイクに跨った。見送る美影さんに念を押して「くれぐれも……」と言いかけると、「大丈夫よ!すぐに帰ってこなくてもいいからね」と笑顔で言われてしまった。
龍さんは初めて乗る鉄の馬にテンションが上がり、「よし、地獄まで競争だ」と子供のように急かしてくる。その声がエンジン音にかき消されると同時、俺たちは暗いトンネルの中に吸い込まれていった。
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