【完結】婚約破棄されたと思ったら、今度は成金男爵と婚約することになりました

水仙あきら

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完結編

今日こそはと思うのに

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 私って、本当にどうかしているわ。
「寂しかった」って言うだけじゃない。それすらできないばかりか、全然寒くなかったのに文句をつけるようなことを言ってしまうだなんて。
 不躾な婚約者に対しても彼は優しかった。真剣に心配して下さったのにごめんなさい、アメデオ。
 けれど、考えてしまったのだ。
 これくらいのことで寂しいって言われても困る、俺は仕事が忙しいんだからって。そんな風に思われたらどうしよう、と。

「キーラ、案内するからこの家を見て回らないか」

 後悔に意識を奪われていた私は、明るい声に引き戻されることになった。
 アメデオはとても嬉しそうで、他ごとに気をとられる婚約者にも気を悪くした様子はない。私はますます罪悪感を深めて、意識して微笑まなければならなかった。

「はい、ぜひ」
「良かった、それなら行こう」

 私はいつものように差し出された手を取って、彼と共に応接間を後にした。
 このタウンハウスは爵位を得た時に建てたとのことだった。居住環境に興味がなく大工に任せきりにしたものの、運良く住み良い家が出来上がったらしい。

「しかしあれだ、うちは狭いだろ?」

 廊下を歩きながら、アメデオは苦笑気味に視線をぐるりと一周させた。
 確かに一般的な貴族のタウンハウスよりは狭いけれど、一人暮らしと思えば十分すぎるほどに広いと思う。

「俺は受勲の時、領地の受領を断っちまったからさ。ここが本宅なんだ」
「存じております。お忙しいですもの、領地運営に割く時間などないのでしょう?」
「ああ。領主みたいな責任のある仕事は、片手間でやるもんじゃないからな」

 そのさっぱりとした笑みは貴族社会で生きてきた私にはとても好ましく思えた。
 真面目で欲のない人だ。貴族の収入は自らの領地からの税収が多くを占めるので、せっかくの領地を断るだなんて話は聞いたこともないのだけど、彼に取っては研究こそが最も大事だということなのだろう。

「けど、ちょっと後悔してるんだ」
「後悔ですか?」
「そうさ。貴方を迎えられると知っていたら、この家を建てる時に適当に大工に任せたりはしなかったんだけどな」

 その言葉の意味が一瞬わからなくて。
 一拍遅れてようやく理解した私は、整った横顔を見つめたまま絶句してしまった。
 今更すぎる自覚に目眩がする。私は結婚したら、この方と共にここに住むことになるんだわ。

「なんなら増築するか。幸い土地は余っているし、別館でもテニスコートでもなんでも作れるぞ。……なあ、貴方はこんな部屋が欲しいとか、そういう希望はあるか?」
「えっ……!? いえ、これで十分だと思いますが!」
「そうか? まあ、まずは家具なんかを買うところから始めるくらいがちょうどいいかもな」

 あ、危ない……! ぼーっとしていたせいで、彼の豪快な散財を発動させるところだった!
 ちゃんとしなくちゃ。私はもっとしっかり者だったはずなのに、この人と出会ってから随分と緩んでいる気がする。


 アメデオは色々と部屋や庭を案内してくれた。私室も見せてもらったのだけど、扉から覗くだけで招き入れてもらうことはなかった。
 先程の応接間でも少しだけ扉が開けられていたっけ。未婚の女子である私の名誉に傷がつかないように、気を遣ってくれているのだろう。

「貴方の部屋はどこにしようか。俺が使っているのは書斎と自室だけだから、それ以外の好きな部屋で構わないけど」

 しかしその言葉には、じくじくと胸が痛むのを自覚することになった。
 これは彼の気遣いなのかもしれない。未だに距離の縮まらない婚約者が、結婚後も気兼ねなく過ごせるように。
 けれど、そうじゃなかったらどうしよう?
 夫婦の部屋は普通なら寝室を挟んで隣り合わせだ。そうじゃなくていいと言うなんて、思ったよりも可愛げのない女だと、愛想を尽かし始めているのではないだろうか。だから部屋なんてどこでもいいと、好きにしたらいいと思ったのでは。

「……考えておいてくれ。今度は一緒に家具や雑貨を見に行こう」

 一瞬考え込むようにした私に何を思ったのか、アメデオはいつもの笑みを浮かべてそう言った。
 ああ、まただ。また私は、彼を落胆させるようなことをしてしまった。
 なんでこんなに不甲斐ないのだろう。ロレッタだって素直な気持ちを伝えろと言っていたのに、それすらもできないままだなんて。
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