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16 予想もしない訪問者

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 トランクの中にひとまとめになった荷物を見下ろして、ロードリックは満足の溜息をついた。

「……よし。こんなところか」

 見舞いの品は隣近所や看護婦たちに配ったし、まだ夜と朝に使うであろう日用品を残して準備完了だ。これで明日は朝一で退院することができるだろう。
 それにしても相変わらず本を読むくらいしかやることがない。こうした暮らしも慣れてみれば悪いものではなかったが、やはり早く帰りたいと思う。
 すっかり馴染んだあの場所へ。アクの強い連中の世話を焼くのも案外楽しかったからこそ、ここまでやってこれたのだから。

 体が元気だとベッドに戻る気にはなれず、ソファにでも座ろうかと考えた時のことだった。

 ドアがノックの音を響かせる。退院を明日に控えたこの時に誰だろうかと訝りながらも返事をすると、入ってきたのは本当に予想外の二人だった。

「久しぶり、ロードリック。お加減はいかがかな」

「お邪魔します。お久しぶりです、ロードリックさん」

 王立騎士団長とその婚約者がやってくるとは考えもしなかったので、ロードリックはすっかり驚いてしまった。
 カーティスは濃紺のジャケット姿、婚約者のネージュは水色の襟付きワンピースを着ている。謀反の後処理を終えて以来の再会だが、ネージュの方はますます綺麗になったようだ。

 彼女のことを、憎からず思っていた時期があった。

 この二人がお互いを想い合っているのは明白だったから、心の中で打ち消すしかなかった淡い想い。少しの痛みを伴っていたはずの思い出は、いつしか反芻することも無くなっていた。
 それが誰のおかげなのかは、考えるまでもない。

「……ああ。久しぶりだな、二人とも」

 ロードリックは小さく微笑んだのだが、二人の方は何故か目を丸くして静止している。
 どうしたのだろうかと思っていると、まずはネージュが驚嘆の声を上げた。

「髪が短くなってる!? い、いったいどうされたんですか!?」

 ここ最近ですっかり見慣れた反応だ。ロードリックは溜息をつくと、病院だから静かにしてほしいと小言を言った。ネージュは慌てたように謝ったが、今もなお驚き冷めやらぬと言った様子だ。
 カーティスも同じようにしげしげとこちらを眺めていて、珍しくも気の抜けた顔が見られたのはちょっと爽快だった。

「本当に驚いたよ。またどうして」

「入院生活に邪魔だったから切った。それだけだ」

 足を止めたままの二人に入るように声をかけると、それもそうだといった調子でようやく歩き出す。簡易的な応接ソファに腰掛けてもらい、ロードリックもまたその対面に腰を据えた。

「こうして見ると似合ってるな。今の方が爽やかで良いと思うよ」

「私も素敵だと思います! あ、でも、綺麗な髪だからちょっと勿体無い気も……」

 ネージュが褒める言葉を口にしたところで、場の空気が一段冷えた。見ればカーティスの笑みに黒いものがまとわりついている。
 めんどくさい。非常にめんどくさい。
 それでもなおまったく気付いていない様子のネージュが明るい笑顔を振りまくので、ロードリックはすぐさま話題を変えることにした。

「ところで、私がここにいると良くわかったな」

「ああそれは、リシャールさんに聞いたんです」

 彼女らが友人同士になったことはリシャールから聞いて知っていたが、どうやら本当に電話でのやりとりを重ねていたらしい。
 しかもカーティスは女王陛下より直々のお言葉まで承っていた。領主の仕事を依頼したせいでこんなことになって申し訳ない、よく休むようにとのこと。
 まったく色々な人物がよく気遣いをしてくれるものだが、まさか女王にまで心配されてしまうとは思わなかった。

 そしてこの二人も遠路はるばる来てくれるとは、結婚式の準備で忙しいだろうにありがたい話だ。と言ってもデートのついでなのかもしれないけれど。

「遠いところを来てもらい感謝する。もてなせずに済まないな」

 手土産の気遣いまで受け取ってしまったのに、ティーセットも返したばかりなのでお茶すら淹れられない。借りてくるべきかと思案していると、カーティスが面白そうに言った。

「こちらこそ急に押しかけて悪かったね。マクシミリアンに連絡したんだけど、どうせ暇しているからいきなり行って驚かせてやれって言うんだよ」

 ——マクシミリアン様、貴方はいったい何を!

 ロードリックは頭を抱えたくなったが、そういえば我が君はそういう人だったと思い直した。しかも悪戯を画策する程度には、旧知の二人はその仲を取り戻しているらしい。

「それにしても胃潰瘍とは。苦労をかけてしまったね」

「アドラス候、別に貴殿のせいではない。むしろ……」

 そう、この二人には随分と助けられたような気がする。
 成り行きで共闘した時だけではない。あの謀反の最中、いつも被害なく事が済んでいたのは何故か。
 それを考えると、ロードリックはいつも同じ答えに突き当たる。

「貴殿らが守ってくれたのではないのか。マクシミリアン様を」

 ネージュは言った。「誰も死なせたくない」のだと。
 当時はこの国の大事な戦力で同じ国民だからというような理由かと思っていたのだが、違う。その中にはマクシミリアンも含まれていて、彼らはそのために動いていたように見えるのだ。

「何を言っているのかな。君こそがずっとマクシミリアンを支えてくれたんだろう」

 カーティスはいつもの笑みを浮かべている。そう簡単に事実を教えるわけはないと思っていたので、ロードリックも不敵に笑った。

「はぐらかす気か?」

「本当のことを言っているだけだよ。私はもう、マクシミリアンとは何年も会話をしていなかった。君がいなかったら彼の計画はもっと前に破綻して、孤独に死んでいったかもしれない」

 そうだろうか、とロードリックは思案する。
 マクシミリアンは神から愛されし才能の持ち主だ。ロードリックは確かに仇を倒すための力添えをしたが、自身がいなくてもある程度は目的を達成したような気がする。

「たらればはない。だが……結果としては良かったと、そう思っている」

 微笑んで頷いて見せると、カーティスも静かに笑った。その隣でネージュがあからさまな安堵を顔に出していたことは、見なかったふりをしておくことにする。

「今日のロードリックは素直だね。眉間の皺も取れた気がするよ」

 せっかく人が追及するのをやめてやったのに、カーティスは綺麗な笑みで犬の尾を踏むような事を言う。ロードリックは額に青筋を浮かべたのだが、確かにと相槌を打ったネージュに毒気を抜かれてしまった。

「思っていたよりも随分お元気そうですし、お顔が穏やかになったような。病み上がりの方にこんな事を言うのもおかしいですが、何か良いことがありましたか?」

 図星としか言いようのない指摘に目を白黒させる。そんなに今の自分は浮かれて見えるのだろうか。

「……いや、特に何も」

 一応は嘘をついておいたが、どうにも口角が上がっていたらしい。あっさりと納得してくれたネージュの隣で、カーティスが察したような笑みを見せたのを、ロードリックは見逃さなかった。
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