2 / 20
1
薬
しおりを挟む
前畑格左衛門 がパソコンを起動すると、製薬会社に勤務していたとき同僚だった 富所悠人からメールが届いていた。10年遅れで入社してきた彼に、製薬研究のイロハを前畑が教えた。優秀な後輩だ。
元気でやっておられますか、前畑さん
そんな書き出しで始まっていた。長文が続く。
「今更なんだろう」
前畑の脳裏に過去の記憶がよみがえった。
富所は前畑より10年遅く入社し、前畑の元で製薬の研究に携わったが、凡庸な前畑とは違い数々の新薬を開発し、主任研究員であった前畑は富所に出世争いで簡単に抜かれてしまった。争うなどというものではなかった、奴のほうが数段優秀でライバルにもならなかった。
その後、富所は特別研究チームに抜擢され、前畑の部署を去った。富所がいなくなってから前畑はジェネリック開発の分野で会社に貢献した。金属40年、役職は主任研究員のままではあったが、既存の製薬に改良を加え、数々の良薬を製造し社会貢献したという満足感があった。
メールを読み進むうち、あり得ないことであるが、富所が若返りの薬を開発したという。これを発表していいものか、悩んでいるという。何故、俺なんかに? メールをよこしたのであろう。かつて教えた後輩が大きく成長し、誰もなしえなかった薬の開発に成功した。彼は祝福のメールを直ぐに送信した。
新薬の開発成功おめでとう。君は大きな仕事をすると思っていたよ。心から祝福する。
ただ、それだけ、送ってパソコンのスイッチを切った。開発の研究を終え、定年退職し、3年が経っていた。いわゆる年金生活という奴である。仕事に夢中になり気が付いたら独り身である。近所のゲートボールサークルに入って、毎週火曜日、数人が集まって2時間ゲートボールをする。テレビを見たり、読書をしたりして時間が過ぎていく毎日である。たまにうまい料理も食べたいと思うが、一口二口食べれば満腹になってしまう。歩くのも億劫になってきた。
それから1ヶ月が過ぎた頃、前畑に富所から、封書の手紙が届いた。その中に3個の鍵が同封されていた。富所は新薬を自分で試し、若返りの効果が顕著であり興奮した。しかし、誤算が生じた。この封書が到着した頃、富所はこの世から消えているだろうと書かれていた。若返りの速度が抑制できず、生まれる前に到達してしまう。それを抑制できるよう改良して欲しいと、書かれた手紙とともに研究資料と、3個の鍵が同封されていた。3つのうち一つは自宅玄関の鍵、一つは研究室の鍵、一つは保管庫の鍵とあった。
1年後、彼は富所の家に鍵を持って向かった。世田谷の閑静な住宅街の中に富所の家があった。彼もまた、研究に明け暮れ、独り身だったようである。300坪はあるかと思われる敷地に平屋建ての木造家屋があり、それを倍くらいの高さのケヤキが囲っていた。前畑は玄関の鍵を開け入った。研究室と思われるドアがあった。鍵を使い開けると、20畳ほどの部屋に研究機材が整然と並んでいた。部屋の中央にバスタブが置かれ、その中には富所が着ていたものと思われる衣服が脱ぎ捨てられていた。彼はこの中で生涯を終えた。前畑は手を合わせ富所の冥福を祈った。
3個目の鍵は新薬の入った保管庫である。保管庫には抽出されたピンク色の液体200CCがガラス瓶に入れられ保管されていた。富所の研究資料では0.01ccを飲んだだけで、体重60キログラムの富所の場合、1ヶ月で40歳の若返りがあった。服用する量、服用する人間の体重で、抑制することが可能であると思う。身体の小さなマウスで効果を試してきたが、人間は更に効果が加速されてしまうがその原因は不明である、と報告は締めくくられていた。
前畑はバスタブの中に持って来た研究資料を放り込んだ。ライターのオイル瓶を胸ポケットから取り出すとバスタブの中に広がった書類に振りかけ、マッチの火を落とした。火が勢いよく上がった。
「きみは神になれなかったか?」
そう言い放った前畑はピンク色の液体のガラス瓶を手にすると、テーブルの上に置いた。そして、胸ポケットから小瓶を取り出し、入っていた黒い液体をピンク色の液体が入った瓶に注ぎ入れた。混ざった液体から青白い光と煙が発生した。前畑はその異様な液体になった液体の瓶を口元に運び、吸い口を口に当てると一気に飲み干した。1分後、前畑の身体のしわが徐々に消えていき、白髪頭から毛髪がぱらぱらと落ちてはげ頭になったかと思うと、地肌から真っ黒な毛髪がみるみるうちに生えだし、頭部が真っ黒な髪で覆われた。腕、足、胴体が縮み始め、小学生くらいの身長まで縮んだ。しゃがんだ彼は四つん這いになり、更に身体を倒し横たわり、天井に向かってオギャーとひと泣きして、姿はどんどん縮んでいった。やがて、着ていたシャツとズボン、靴だけが残った。5分後、シャツの一部が膨らみ始めた。1時間後、筋肉隆々の青年前畑が出現した。
「改良は俺の得意とするところだ、富所、見ていろ、俺がこれを使ってお前の出来なかった分まで世界を変えてやる」
*
戦闘激戦地アフガニスタン北部。
「行け」
総勢100人の集団が持っている武器は古代中世に使われていた 斧と 盾だけであった。誰もが筋肉隆々の体躯を備えている。横1列に隊列を組んだ軍隊は、先に見える敵陣地に疾風のごとく走り始めた。隊列にミサイルが飛んできて爆裂する度、その集団は爆裂をかわしながら進んでいく。それでも除けきれない数人は吹き飛ばされてしまうが、空中で回転し体制を立て直すと、両足で地面に着地し、休むことなく敵地に向かって走り始める。それを見て恐怖を覚えたのは敵の戦闘員たちである。あんな武器だけで向かってくるから笑っていたが、彼らには信じられないことであるが、絶対に死なないことが分かってきたのである。座って機関銃を撃っていた男たちは最初「狙い撃ちだ」と笑っていたが、いつのまにか顔がこわばって恐怖で身体が震えだしていた。迫ってくる魔物の集団に逃げることすら出来ずにいた。やがて、敵地に到達した軍団は斧で相手の頭蓋を一振りでかち割った。機関銃の音は消え、悲鳴、叫びだけが響き渡った。
1時間後、最後の絶叫が響いたとき、当たりは静寂と血まみれの遺体だけが残った。行け、と命令した男が敵地に歩いて現れた。
「壊滅しました。当方、負傷者なし。任務成功です」
戦闘員のチーフが現れた男に報告をした。
「自衛隊の怖さが広がればこちらの勝ちはすぐだな」
そういうこの男も身体は筋肉で隆起していた。
「すごいですね、この筋肉増強剤。向かうとこ、敵なしですから。このチームが全部で1000チーム、自衛隊10万人がアフガン全土に展開されているのですから、これも7月の憲法改正のお陰です」
「ああ、総理もこういう薬が開発され、死傷者が出ないからこそ、無理に法案を可決させたんだ。絶対に負けない軍隊、まさに世界の警察国家になる日も近いぞ」
そのとき、朝靄が立ちこめる敵地の彼方から 鎌と 盾を持った黒い集団が歩いてくるのが二人の目に映った。
元気でやっておられますか、前畑さん
そんな書き出しで始まっていた。長文が続く。
「今更なんだろう」
前畑の脳裏に過去の記憶がよみがえった。
富所は前畑より10年遅く入社し、前畑の元で製薬の研究に携わったが、凡庸な前畑とは違い数々の新薬を開発し、主任研究員であった前畑は富所に出世争いで簡単に抜かれてしまった。争うなどというものではなかった、奴のほうが数段優秀でライバルにもならなかった。
その後、富所は特別研究チームに抜擢され、前畑の部署を去った。富所がいなくなってから前畑はジェネリック開発の分野で会社に貢献した。金属40年、役職は主任研究員のままではあったが、既存の製薬に改良を加え、数々の良薬を製造し社会貢献したという満足感があった。
メールを読み進むうち、あり得ないことであるが、富所が若返りの薬を開発したという。これを発表していいものか、悩んでいるという。何故、俺なんかに? メールをよこしたのであろう。かつて教えた後輩が大きく成長し、誰もなしえなかった薬の開発に成功した。彼は祝福のメールを直ぐに送信した。
新薬の開発成功おめでとう。君は大きな仕事をすると思っていたよ。心から祝福する。
ただ、それだけ、送ってパソコンのスイッチを切った。開発の研究を終え、定年退職し、3年が経っていた。いわゆる年金生活という奴である。仕事に夢中になり気が付いたら独り身である。近所のゲートボールサークルに入って、毎週火曜日、数人が集まって2時間ゲートボールをする。テレビを見たり、読書をしたりして時間が過ぎていく毎日である。たまにうまい料理も食べたいと思うが、一口二口食べれば満腹になってしまう。歩くのも億劫になってきた。
それから1ヶ月が過ぎた頃、前畑に富所から、封書の手紙が届いた。その中に3個の鍵が同封されていた。富所は新薬を自分で試し、若返りの効果が顕著であり興奮した。しかし、誤算が生じた。この封書が到着した頃、富所はこの世から消えているだろうと書かれていた。若返りの速度が抑制できず、生まれる前に到達してしまう。それを抑制できるよう改良して欲しいと、書かれた手紙とともに研究資料と、3個の鍵が同封されていた。3つのうち一つは自宅玄関の鍵、一つは研究室の鍵、一つは保管庫の鍵とあった。
1年後、彼は富所の家に鍵を持って向かった。世田谷の閑静な住宅街の中に富所の家があった。彼もまた、研究に明け暮れ、独り身だったようである。300坪はあるかと思われる敷地に平屋建ての木造家屋があり、それを倍くらいの高さのケヤキが囲っていた。前畑は玄関の鍵を開け入った。研究室と思われるドアがあった。鍵を使い開けると、20畳ほどの部屋に研究機材が整然と並んでいた。部屋の中央にバスタブが置かれ、その中には富所が着ていたものと思われる衣服が脱ぎ捨てられていた。彼はこの中で生涯を終えた。前畑は手を合わせ富所の冥福を祈った。
3個目の鍵は新薬の入った保管庫である。保管庫には抽出されたピンク色の液体200CCがガラス瓶に入れられ保管されていた。富所の研究資料では0.01ccを飲んだだけで、体重60キログラムの富所の場合、1ヶ月で40歳の若返りがあった。服用する量、服用する人間の体重で、抑制することが可能であると思う。身体の小さなマウスで効果を試してきたが、人間は更に効果が加速されてしまうがその原因は不明である、と報告は締めくくられていた。
前畑はバスタブの中に持って来た研究資料を放り込んだ。ライターのオイル瓶を胸ポケットから取り出すとバスタブの中に広がった書類に振りかけ、マッチの火を落とした。火が勢いよく上がった。
「きみは神になれなかったか?」
そう言い放った前畑はピンク色の液体のガラス瓶を手にすると、テーブルの上に置いた。そして、胸ポケットから小瓶を取り出し、入っていた黒い液体をピンク色の液体が入った瓶に注ぎ入れた。混ざった液体から青白い光と煙が発生した。前畑はその異様な液体になった液体の瓶を口元に運び、吸い口を口に当てると一気に飲み干した。1分後、前畑の身体のしわが徐々に消えていき、白髪頭から毛髪がぱらぱらと落ちてはげ頭になったかと思うと、地肌から真っ黒な毛髪がみるみるうちに生えだし、頭部が真っ黒な髪で覆われた。腕、足、胴体が縮み始め、小学生くらいの身長まで縮んだ。しゃがんだ彼は四つん這いになり、更に身体を倒し横たわり、天井に向かってオギャーとひと泣きして、姿はどんどん縮んでいった。やがて、着ていたシャツとズボン、靴だけが残った。5分後、シャツの一部が膨らみ始めた。1時間後、筋肉隆々の青年前畑が出現した。
「改良は俺の得意とするところだ、富所、見ていろ、俺がこれを使ってお前の出来なかった分まで世界を変えてやる」
*
戦闘激戦地アフガニスタン北部。
「行け」
総勢100人の集団が持っている武器は古代中世に使われていた 斧と 盾だけであった。誰もが筋肉隆々の体躯を備えている。横1列に隊列を組んだ軍隊は、先に見える敵陣地に疾風のごとく走り始めた。隊列にミサイルが飛んできて爆裂する度、その集団は爆裂をかわしながら進んでいく。それでも除けきれない数人は吹き飛ばされてしまうが、空中で回転し体制を立て直すと、両足で地面に着地し、休むことなく敵地に向かって走り始める。それを見て恐怖を覚えたのは敵の戦闘員たちである。あんな武器だけで向かってくるから笑っていたが、彼らには信じられないことであるが、絶対に死なないことが分かってきたのである。座って機関銃を撃っていた男たちは最初「狙い撃ちだ」と笑っていたが、いつのまにか顔がこわばって恐怖で身体が震えだしていた。迫ってくる魔物の集団に逃げることすら出来ずにいた。やがて、敵地に到達した軍団は斧で相手の頭蓋を一振りでかち割った。機関銃の音は消え、悲鳴、叫びだけが響き渡った。
1時間後、最後の絶叫が響いたとき、当たりは静寂と血まみれの遺体だけが残った。行け、と命令した男が敵地に歩いて現れた。
「壊滅しました。当方、負傷者なし。任務成功です」
戦闘員のチーフが現れた男に報告をした。
「自衛隊の怖さが広がればこちらの勝ちはすぐだな」
そういうこの男も身体は筋肉で隆起していた。
「すごいですね、この筋肉増強剤。向かうとこ、敵なしですから。このチームが全部で1000チーム、自衛隊10万人がアフガン全土に展開されているのですから、これも7月の憲法改正のお陰です」
「ああ、総理もこういう薬が開発され、死傷者が出ないからこそ、無理に法案を可決させたんだ。絶対に負けない軍隊、まさに世界の警察国家になる日も近いぞ」
そのとき、朝靄が立ちこめる敵地の彼方から 鎌と 盾を持った黒い集団が歩いてくるのが二人の目に映った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
タダで済むと思うな
美凪ましろ
ライト文芸
フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。
――よし、決めた。
我慢するのは止めだ止め。
家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!
そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。
■十八歳以下の男女の性行為があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる