手紙。

Musk.

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手紙。

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「ふぅ……。」

私は無人駅のベンチに深く腰をかけた。

数ヶ月前まで満員電車に押し込まれてたのが嘘のよう。異動になり今はこの田舎の無人駅を使っている。
通勤時間は倍になったがこののんびりとした時間は私にとって安らぎだった。

「毎日座って会社に行けるなんて幸せだな。」

さてそろそろ電車が来るぞ、と空き缶を捨てに行った時だった。

それは、木のベンチの隅にさりげなく挟まっていた。

「なんだこれ。」

私は何気なくその紙を取り出した。

「……手紙?」

白い封筒にはクレヨンでだれかさんへと書かれていた。決して上手いとは言えない文字。小学生低学年ぐらいかな?

「だれかさんへって事は…私が読んでもいいのかな?」

人の手紙を読むことに抵抗が無いわけでは無かったがその可愛らしい手紙がどうしても気になり、私は周りに誰も居ないのを確認すると手紙を静かに開けた。


【3月16日、今日はおとうさんとおかあさんとカレーをたべたよ。おかあさんのカレーはすごくおいしいんだ!まな大すき!だれかさんは、今日なにをたべるのかな?】


まるで日記のような文章に、可愛い絵も書かれていた。

「可愛い、まなちゃんって言うのか。」

今日は私もカレーを食べようかな、レトルトだけど。
私は帰りにスーパーでカレーを買うことにして、手紙をバッグにしまった。




「ああー!疲れた!」

大きい声で言うと隣に座っていた女性のクスクス笑う声が聞こえる。私は恥ずかしくなりうつむいた。
今日は営業やら雑用やらで忙しかったんだ。ぼやきが出てもしょうがない。

私の家とは反対方向の電車が来た。女性は静かに立ち上がるとその電車に乗って行った。
―――私は一人、電車を待ち続けていた。


「うーん、退屈だなぁ。……あっ痛!」

背伸びをするとガツンとベンチの背もたれに手が当たった。

「痛…………ん?」

その衝撃で挟まっていたものが私の足元に落ちた。

「あっ手紙だ!」

それはまなちゃんからのお手紙だった。

「久しぶりだなぁ。あれから全然見かけなかったから…。」

そう、あの最初の手紙以外、一回も見かけなかったのだ。
別に私宛の手紙ではないけれど。私はワクワクしながら手紙を開けた。


【4月7日、今日はおばあちゃんちにあそびに行ったよ。おばあちゃんちのポチはかわいい!まなはどうぶつ大すき!だれかさんも、すきですか?】

まなちゃんらしき少女が犬を撫でている絵が書かれていた。

「私も、動物好きだよ。実家では猫を飼っていたんだ。」

私はそう言いながら前回と同じように手紙をバッグにしまった。



「あっまた今日もある。」

大雨の日。ビショビショになった身体をベンチで拭いているとまたまなちゃんからの手紙を見つけた。

今日は家族で買い物に行ったらしい。お菓子を買って貰ったと喜んでいた。

「良かったね、まなちゃん。」

私はそう言いながらスマホを見る。

「ああ、やっぱりな。」

電車情報には遅延という言葉が赤文字で書かれていた。
ただでさえ本数少ないのに更に遅延とか……。

「…………あっ。」

濡れたバッグから私は紙とペンを取り出した。
せっかくだからまなちゃんに返事を書いてみようかな。


【いつも可愛いお手紙ありがとう。お菓子買ってもらって良かったね。私も今日はお菓子を食べたよ。チョコレートのやつ。まなちゃんはどんなお菓子が好きかな?】

私は書き終えると簡易で作った封筒に入れベンチに挟んだ。

まなちゃん、喜んでくれるといいな。


それから。私とまなちゃんの文通は始まった。
まなちゃんからのお手紙は毎日ではないけれど、逆にそのペースが良かった。私の事をさきお姉ちゃんと呼んでくれて、まるで妹が出来たみたいで嬉しかった。


「ふぅ…暑いなぁ。」

蝉の声がうるさい。私は缶コーヒーの蓋を開けるとベンチに座った。

「まなちゃんからの手紙だ。」

ふふっと笑うと手紙を開けて読み始めた。


【8月19日。今日はおとうさんとおかあさんと海に行くんだ。電車は人がいっぱい。夏やすみだからとおとうさんは言った。そっか、と言ったとき、まなのからだがひっくり返った。痛い。さきお姉ちゃん、とっても痛い。】


「ええ!?まなちゃんってばちゃんと座ってなかったのかな?」

私は手紙に大丈夫?ちゃんと座ってなきゃダメだよ?と書いて差し込んだ。



「まなちゃんってば大丈夫かな?あの後海に行けたのかしら。」
駅へと向かう道。私は呟きながら歩いていた。

「あっ!あった!」

ベンチで手紙を見つけると私は慌てて手紙を開けた。

「―――ひぃ!?」
私は悲鳴をあげてしまった。


【痛い。さきお姉ちゃん痛いよ、助けて!まっかな血がとまらない。前にすわっていたおねえさんの頭にガラスがささっている。となりにいたおじさんはからだを押しつぶされて血を吐きながらうなってる。怖いよさきお姉ちゃん。こんなに怖くて痛いのに、おとうさんとおかあさんがいないよ。】

赤文字で書かれた文章の下にはまるで地獄絵図のような絵が書かれていた。

「な……何よこれ……イタズラ?最悪!」

私は震える手で手紙を戻すとベンチに挟んだ。



あれからまなちゃんからの手紙は来なくなった。

悪質なイタズラだったのだろう。しかも手の込んだイタズラ。本当、あんなイタズラに引っ掛かるなんて最悪だわ。

私は部屋の机に貯まっていた手紙を見ながらため息をついた。

「せっかく可愛い妹が出来たと思ったのに。」

明日燃えるごみに出しちゃおうかな。私は何気なく沢山ある手紙の中から一つを取り出し開けた。

「……よく考え付くよな、本当。」

それはあの事故が起きた、という8月19日の手紙だった。

「これって電車事故って事だよね?電車通勤してる私には怖いわ。」

何となく。そう、何となく私はスマホで
【8月19日 ○○駅 電車事故】
と検索した。



「えっ……嘘…………。」

【○○駅脱線事故】

まさかこの電車事故が実際にあったなんて。
スマホにはその凄惨な事故の様子が事細かく書かれていた。


【30年前の8月19日午前11時過ぎ。
激しい音をたてて電車は脱線した。
運悪く夏休み中だった電車には沢山の人が乗っていて、まさに電車内は地獄絵図だった。
死者は100人を超えて、こののどかな田舎駅で起きた過去最悪の列車事故だった。】


……………………。背筋が凍るとはこういう事を言うのだろう。
まさかあの駅でこんな大惨事があったなんて。30年も前だから知らなかったのだろう。


「本当の事故をイタズラに使うなんて…。たち悪いわ!」
私は机の中の手紙を全て破くとごみ袋に突っ込んだ。




「………………怖い。」

事故の事を知ってから一人でこの無人駅に居るのが怖くなった。

頭にガラスがささっていた女の人……やっぱり亡くなったのかな。身体が押し潰されたおじさん………内臓は飛び出てしまったのかしら。

「……………ああ!もう!だからイタズラだってば!」

私は大きく頭を揺さぶった。

「!?」

私が動いた衝撃でベンチも動いたのか。私の足元に手紙が落ちた。

「えっ!?これ、まなちゃんの!?」

手紙にはさきお姉ちゃんへと書かれていた。
誰がもう引っ掛かるか!私は乱暴に手紙をベンチに差し込んだ。


「……………………。」
気になる。イタズラだとわかっているけど、気になるのだ。

「…………最後だし、いいよね?」

私は自分に言い聞かせると手紙を抜いて手に取った。

「イタズラって、わかってるんだから。」

私はそう言いながら手紙を開けた。


【さきお姉ちゃん、痛いよ。痛くて怖くて暗いよ。さっきまであんなにうるさかったのに静かになった。うなっていたおじさんも動かなくなってしまったよ。おとうさん、おかあさんはまだ見つからない。どこにいったの?怖いよさきお姉ちゃん。まな、怖いから、さきお姉ちゃんの所に行く。】


バッ!

私は手紙を急いで捻りつぶした。

えっさきお姉ちゃんの所に行くって何。怖い!!
私は手紙を読んだ事を後悔しながらゴミ箱へと歩いていった。



―――――――――――――――


「でさ、このOLそれから行方不明らしいよ。まなちゃんが迎えに来ちゃったのかな。」
「………久しぶりに会った友人に話すことは怪談話かよ。」
「で、この話を聞いた人の所にまなちゃんが迎えに来るらしい。」
「しかも聞いたら呪われる系かよ!」
俺は殴りながら怒鳴った。

「大丈夫だよ、怪談話だし。だって俺元気だろ?」
「そうだな、ムカつくぐらい元気だな。」
なんだよそれ、あいつは笑いながらビールを飲んだ。






【それが、あいつの最後の姿なんです。あれからあいつとは連絡が取れなくなりました。こんな話を聞いて笑うでしょうか。でも、俺は怖いんです。おじいちゃんの知り合いに、お祓いが得意な方がいると聞きました。この手紙を書き終えたらすぐにおじいちゃんの所に向かうので、どうか話をつけておいてください。電話じゃなくてごめんなさい。なぜか繋がらないので手紙に書かせてもらいました。どうか、俺が無事におじいちゃんの所に行けるように、祈っていてください。

どうか―――――――――。】




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