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異世界への旅
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私たち夫婦が結婚してから、もうずいぶん年数が経つ。
結婚して何年経つのか妻も私も全く頓着がなく、これまで特に記念日だとかお祝いだとかした事も無かったので余計にどれくらいか忘れてしまっていた。
おそらくずいぶんと長い年月が経ったのだろう。
その日は珍しくどういう訳か、ふと、何か記念になるものを!と思っていた。
そんな時、私は不思議な冊子を手に入れた。
その冊子は、本と呼ぶには薄かったし何より見慣れない景色や建物の絵が描かれていて、私も妻もこのまるで本物の様な風景の街に興味を持った。
特に予定も無かった私と妻は冊子の裏の地図をもとに、その場所を探して見ることにした。
人々が行き交う大通りからやや離れた場所に、二階建ての小さな小屋の様な建物が建っている。
一見普通の小屋の様だがどうやら何かのお店らしい。
何かを売っているわけでもなく、何かの工房でも無いようだ。
そのこじんまりとした店先に、木製の小さな看板が立てられていて、そこには
"異世界行きのツアーあります"
とあるが、私たち夫婦にはその文字が読めなかった。
私と妻は、少し躊躇しながらも、その小屋の木製の扉を開ける。
扉はギィと音をたて開き、私たちが中に入るとすかさず
「いらっしゃいませ!」と声がする。
店内は非常に明るく、陳列棚の様なものには、私が手に持っている冊子と同様に見慣れない景色の絵が描かれたものが沢山並べられていた。
どの絵も見た事のない街や建物の風景ばかり。
そして、それらにもこの冊子同様、読めない文字が書かれていた。
店内のどこからともなく心地よい音楽が聞こえる。
聞いた事の無い、不思議なリズムだった。
声の主は、低めのカウンターテーブル越しに座っている店の主人と見られる女性。
店の中の珍しい物と同じように、その女性の着ている服装も不思議だった。
紺色の上着から襟元が張り出した白い服。
首に何やら蝶々の様な形をした青い布が巻かれている。
その女性の透き通る様な白い肌にサラサラの黒い髪で、前髪がきっちりと切りそろえられているのも印象的だった。
「お二人様ですか?こちらへどうぞ」
とその女性に、カウンターの前に綺麗に並べられた椅子へと案内された。
私たちは薄い若草色の外套を脱ぎ、椅子に腰をかけた。
「あの、これを見てこちらに伺ったのですが」と言って私は見慣れない絵の描かれた薄い本の様なものを女性に差し出した。
「ありがとうございます。ご旅行のパンフレットをご覧になられたのですね!」
「ゴリョコウノパンフレット?」と私は聴き慣れない単語を繰り返し、妻と顔を見合わせた。
「カウンター越しに失礼します。私、レイデ=オーフィスと申します」と言って目の前の女性が私たち2人にそれぞれカードの様な紙を差し出した。
私たちが、少し戸惑いながら差し出された紙を受け取る。
そのカードの様な紙には、見慣れない文字の様な物が書かれている。
「ありがとうございます。これは?」
私が問いかけると
レイデ=オーフィスと名乗る女性が
「名刺と言います。こちらに私の名前が書いてあります……あっ…失礼しました」
と言って女性は慌てて私たちのカードに掌を重ねる。
するとその名刺に見慣れた文字が浮かび上がった。
そこには『異世界ツアーコンサルタント』と書かれているのが、読める。
そして女性は
「はい、私が責任を持って、異世界をご案内致します。」と告げ
ニッコリと笑った。
―――――――――――――――――
―――――――――――――――――
私と妻はこの世界にある小さな街蟻都市で『ゴリョコウノ、パンフレット』なるものを偶然手に入れ、そこに描かれた絵に大変興味を持った。
そして、私たち夫婦は、その冊子に描かれた地図を元に1軒のツアーコンサルタント会社なるものを訪れた。
そこで異世界と呼ばれる世界がある事を知り、レイデ=オーフィスと名乗る女性にその異世界について色々と教えてもらった。
私が特に興味を持ったのが異世界の、とある小さな島国の話だった。
異世界は、陸地と海が3:7の割合であると言うこと。
いくつもの国が存在し、国ごとに言語もそこに住む人々の生活も違うということ。
信仰する神の違いや、種族の違いによる争いはこのアルブヘイムでも、かつてはあった。
しかし、四方を海に囲まれたその小さな島国には、八百万の神々が存在するらしい。
それだけ沢山の神々がいる国とは、一体どういうものなのか?
信仰の違いによる争いは無いのか?という疑問が湧き、レイデ=オーフィスに尋ねてみたが、彼女が言うには、この国には、宗教的な争いは、無いという事だ。
そして治安も非常にいいらしい。
つい先日、異世界では、世界的な戦争があり、この小さな島国もその戦いに参加、そして敗北を期したらしい。
しかし、戦後の人々の暮らしは、非常に活気があり、高度な経済成長の真っ最中だという。
そして、彼らは、2度と同じ過ちをおかさないように、戦争を行わない為、武力を放棄したという。
生きるうえでは、自分や家族を守る為に武器は、必要なはず。
それを持たない国というものはどういうものか?私の質問に対し、彼女は補足として自衛としての武力と付け加えた。
彼らはたとえ自国が他国に侵略されようとした危機的状況であっても専守防衛を国の決まり事としているという。
また彼らはとても手先が器用で、工芸品や、工業品の品質の良さなどにも、非常に興味をそそられた。
私のこの国とこの国に住む人々への好奇心はどんどんと膨れ上がって来た。
「ここへは、どうやって行くのですか?」と言う私の質問に、彼女は、専用のバスという乗り物に乗って行くのだと教えてくれた。
そのバスという乗り物に乗れば、あっと言う間に異世界へ行けるのだという。
そして、今から出発をすれば、この小さな島国で、予定されている世界的スポーツの祭典というものが見られるというのだ。
オリンピックと言うらしい。
スポーツとは?オリンピックとは?
聴き慣れない単語ではあるが私の好奇心は最高潮に達した。
「この国の名前は何と言うのですか?」という私の質問に
彼女は
「その国は、日本と呼ばれています」と告げた。
―――――――――――――――――
―――――――――――――――――
「アラゴルン=カロンさん、アーウェン=リンディールさん」
レイデ=オーフィスが私と妻の名前を呼んだ。
「日本では、海外…えっと、日本以外の国の方が日本を訪れる事も多くなって来たので、このお名前でも支障は無いのですが、今、着ておられる服装や容姿では目立ってしまいます」
そう言ってレイデは、一枚のカードサイズの絵を私たちに見せてくれた。
そこには、男性と女性の絵が描かれている。
「今、日本ではこういう服装が流行っていますね。おそらくお2人とも良くお似合いになると思いますよ」と言って衣装を用意してくれた。
「その服は、お気に召す様なら差し上げます。」
私は、最初このネクタイというものが首が締め付けられる様な感じがして好きになれなかったのだが、慣れると不思議と気持ちが引き締められる気がした。
妻は、やや大きめのツバの広がった帽子と、ウエストにベルトをあしらい、ふわりとした女性らしさを強調したスカートというものらしい。
妻もこの服装が大変気に入った様子だ。
「私が一緒に同行しますので、心配はございませんが、注意点として異世界では、この世界の持ち物を決して外さないで下さいね!」
ややきつ目の口調で彼女がそう言う。
「外すとどうなるのですか?」気になった私は彼女に尋ねた。
「記憶が…元の世界の記憶が無くなります。」彼女はサラっとそんな大事な事を言い放つ。
「えっ?」
「あっ、でも大丈夫ですよ!指輪とか、腕輪とか常に身につけておけば!私もいますし!」
「はぁ…」少々不安は感じたが指輪を外す習慣は無いし問題無しとして私は妻を説得してツアーに参加する事にした。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
出発の当日、レイデ=オーフィスが私たちにこう伝えた。
「ツアーは5日を予定してますが、日本での滞在期間は50年ほどでしょう。お2人の様な長寿の種族の方たちにとってはなんて事ない年数でしょうけど、異世界で暮らす人々にとっては生まれたての赤ん坊が成長して子供を産んで育て、その子がまた子供を産むくらいの年月でしょうか」と付け加えた。
なるほど、50年なんて年数は我々「ハイエルフ」にとってはほんの一瞬かも知れない…それにしても人間という種族は余りにも短命なのだな…と感じた。
「さぁ、ここでの1分1秒が異世界では何倍ものスピードで過ぎて行きます。時は金也、早速出発しましょう」
彼女にそう言われ私たちは異世界(ミドガルド)行きのバスに乗り込んだ。
バスは程なくして2人を連れ走り出した。
結婚して何年経つのか妻も私も全く頓着がなく、これまで特に記念日だとかお祝いだとかした事も無かったので余計にどれくらいか忘れてしまっていた。
おそらくずいぶんと長い年月が経ったのだろう。
その日は珍しくどういう訳か、ふと、何か記念になるものを!と思っていた。
そんな時、私は不思議な冊子を手に入れた。
その冊子は、本と呼ぶには薄かったし何より見慣れない景色や建物の絵が描かれていて、私も妻もこのまるで本物の様な風景の街に興味を持った。
特に予定も無かった私と妻は冊子の裏の地図をもとに、その場所を探して見ることにした。
人々が行き交う大通りからやや離れた場所に、二階建ての小さな小屋の様な建物が建っている。
一見普通の小屋の様だがどうやら何かのお店らしい。
何かを売っているわけでもなく、何かの工房でも無いようだ。
そのこじんまりとした店先に、木製の小さな看板が立てられていて、そこには
"異世界行きのツアーあります"
とあるが、私たち夫婦にはその文字が読めなかった。
私と妻は、少し躊躇しながらも、その小屋の木製の扉を開ける。
扉はギィと音をたて開き、私たちが中に入るとすかさず
「いらっしゃいませ!」と声がする。
店内は非常に明るく、陳列棚の様なものには、私が手に持っている冊子と同様に見慣れない景色の絵が描かれたものが沢山並べられていた。
どの絵も見た事のない街や建物の風景ばかり。
そして、それらにもこの冊子同様、読めない文字が書かれていた。
店内のどこからともなく心地よい音楽が聞こえる。
聞いた事の無い、不思議なリズムだった。
声の主は、低めのカウンターテーブル越しに座っている店の主人と見られる女性。
店の中の珍しい物と同じように、その女性の着ている服装も不思議だった。
紺色の上着から襟元が張り出した白い服。
首に何やら蝶々の様な形をした青い布が巻かれている。
その女性の透き通る様な白い肌にサラサラの黒い髪で、前髪がきっちりと切りそろえられているのも印象的だった。
「お二人様ですか?こちらへどうぞ」
とその女性に、カウンターの前に綺麗に並べられた椅子へと案内された。
私たちは薄い若草色の外套を脱ぎ、椅子に腰をかけた。
「あの、これを見てこちらに伺ったのですが」と言って私は見慣れない絵の描かれた薄い本の様なものを女性に差し出した。
「ありがとうございます。ご旅行のパンフレットをご覧になられたのですね!」
「ゴリョコウノパンフレット?」と私は聴き慣れない単語を繰り返し、妻と顔を見合わせた。
「カウンター越しに失礼します。私、レイデ=オーフィスと申します」と言って目の前の女性が私たち2人にそれぞれカードの様な紙を差し出した。
私たちが、少し戸惑いながら差し出された紙を受け取る。
そのカードの様な紙には、見慣れない文字の様な物が書かれている。
「ありがとうございます。これは?」
私が問いかけると
レイデ=オーフィスと名乗る女性が
「名刺と言います。こちらに私の名前が書いてあります……あっ…失礼しました」
と言って女性は慌てて私たちのカードに掌を重ねる。
するとその名刺に見慣れた文字が浮かび上がった。
そこには『異世界ツアーコンサルタント』と書かれているのが、読める。
そして女性は
「はい、私が責任を持って、異世界をご案内致します。」と告げ
ニッコリと笑った。
―――――――――――――――――
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私と妻はこの世界にある小さな街蟻都市で『ゴリョコウノ、パンフレット』なるものを偶然手に入れ、そこに描かれた絵に大変興味を持った。
そして、私たち夫婦は、その冊子に描かれた地図を元に1軒のツアーコンサルタント会社なるものを訪れた。
そこで異世界と呼ばれる世界がある事を知り、レイデ=オーフィスと名乗る女性にその異世界について色々と教えてもらった。
私が特に興味を持ったのが異世界の、とある小さな島国の話だった。
異世界は、陸地と海が3:7の割合であると言うこと。
いくつもの国が存在し、国ごとに言語もそこに住む人々の生活も違うということ。
信仰する神の違いや、種族の違いによる争いはこのアルブヘイムでも、かつてはあった。
しかし、四方を海に囲まれたその小さな島国には、八百万の神々が存在するらしい。
それだけ沢山の神々がいる国とは、一体どういうものなのか?
信仰の違いによる争いは無いのか?という疑問が湧き、レイデ=オーフィスに尋ねてみたが、彼女が言うには、この国には、宗教的な争いは、無いという事だ。
そして治安も非常にいいらしい。
つい先日、異世界では、世界的な戦争があり、この小さな島国もその戦いに参加、そして敗北を期したらしい。
しかし、戦後の人々の暮らしは、非常に活気があり、高度な経済成長の真っ最中だという。
そして、彼らは、2度と同じ過ちをおかさないように、戦争を行わない為、武力を放棄したという。
生きるうえでは、自分や家族を守る為に武器は、必要なはず。
それを持たない国というものはどういうものか?私の質問に対し、彼女は補足として自衛としての武力と付け加えた。
彼らはたとえ自国が他国に侵略されようとした危機的状況であっても専守防衛を国の決まり事としているという。
また彼らはとても手先が器用で、工芸品や、工業品の品質の良さなどにも、非常に興味をそそられた。
私のこの国とこの国に住む人々への好奇心はどんどんと膨れ上がって来た。
「ここへは、どうやって行くのですか?」と言う私の質問に、彼女は、専用のバスという乗り物に乗って行くのだと教えてくれた。
そのバスという乗り物に乗れば、あっと言う間に異世界へ行けるのだという。
そして、今から出発をすれば、この小さな島国で、予定されている世界的スポーツの祭典というものが見られるというのだ。
オリンピックと言うらしい。
スポーツとは?オリンピックとは?
聴き慣れない単語ではあるが私の好奇心は最高潮に達した。
「この国の名前は何と言うのですか?」という私の質問に
彼女は
「その国は、日本と呼ばれています」と告げた。
―――――――――――――――――
―――――――――――――――――
「アラゴルン=カロンさん、アーウェン=リンディールさん」
レイデ=オーフィスが私と妻の名前を呼んだ。
「日本では、海外…えっと、日本以外の国の方が日本を訪れる事も多くなって来たので、このお名前でも支障は無いのですが、今、着ておられる服装や容姿では目立ってしまいます」
そう言ってレイデは、一枚のカードサイズの絵を私たちに見せてくれた。
そこには、男性と女性の絵が描かれている。
「今、日本ではこういう服装が流行っていますね。おそらくお2人とも良くお似合いになると思いますよ」と言って衣装を用意してくれた。
「その服は、お気に召す様なら差し上げます。」
私は、最初このネクタイというものが首が締め付けられる様な感じがして好きになれなかったのだが、慣れると不思議と気持ちが引き締められる気がした。
妻は、やや大きめのツバの広がった帽子と、ウエストにベルトをあしらい、ふわりとした女性らしさを強調したスカートというものらしい。
妻もこの服装が大変気に入った様子だ。
「私が一緒に同行しますので、心配はございませんが、注意点として異世界では、この世界の持ち物を決して外さないで下さいね!」
ややきつ目の口調で彼女がそう言う。
「外すとどうなるのですか?」気になった私は彼女に尋ねた。
「記憶が…元の世界の記憶が無くなります。」彼女はサラっとそんな大事な事を言い放つ。
「えっ?」
「あっ、でも大丈夫ですよ!指輪とか、腕輪とか常に身につけておけば!私もいますし!」
「はぁ…」少々不安は感じたが指輪を外す習慣は無いし問題無しとして私は妻を説得してツアーに参加する事にした。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
出発の当日、レイデ=オーフィスが私たちにこう伝えた。
「ツアーは5日を予定してますが、日本での滞在期間は50年ほどでしょう。お2人の様な長寿の種族の方たちにとってはなんて事ない年数でしょうけど、異世界で暮らす人々にとっては生まれたての赤ん坊が成長して子供を産んで育て、その子がまた子供を産むくらいの年月でしょうか」と付け加えた。
なるほど、50年なんて年数は我々「ハイエルフ」にとってはほんの一瞬かも知れない…それにしても人間という種族は余りにも短命なのだな…と感じた。
「さぁ、ここでの1分1秒が異世界では何倍ものスピードで過ぎて行きます。時は金也、早速出発しましょう」
彼女にそう言われ私たちは異世界(ミドガルド)行きのバスに乗り込んだ。
バスは程なくして2人を連れ走り出した。
応援ありがとうございます!
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