前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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59 倒れたお婆様

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 8日㈰の明け方、お婆様は無事手術を終えてICUに移った。
 元々お元気な方だったので、なんとか手術にも耐えることができ、俺と先輩はホッと胸を撫で下ろした。

「先輩、良かったですね。きっとよくなりますよ」
「ありがとう春樹。春樹が見つけてくれなかったら、お婆様は助からなかったよ。まさか腸捻転とは・・・かなりの激痛だっただろうと先生は仰っていた」

 ICUは長時間の面会が出来ないので、俺と先輩は一旦ICUを出て、入口にあったベンチに腰を下ろした。
 直ぐに看護師さんがやって来て、入院手続きに必要な書類を渡され、説明を受けながら記入していく。
 渡された書類の中の緊急連絡先の記入で、俺は他人だけど実際に直ぐに来れる人間ということで、3番目に名前と電話番号を記入した。
 2番目はお母さんで「お母さんはいつ来られますか?」と看護師さんが質問して、先輩は「忙しくて直ぐには来れないと思います」と答えた。
 一瞬看護師さんは驚いた顔をしたけど、「分かりました。来られたらお知らせください」と言って去っていった。

「準備するものもあるから、家に帰ろう春樹」
「はい先輩。俺、コンビニで買い物してきます。先輩はパンとお弁当のどっちがいいですか?」
「春樹と同じでいいよ。悪いないろいろと」
「元気出してください悠希先輩。俺、毎日お婆様のお見舞いに寄りますから」 

俺はできるだけ明るい声で言って、先輩の自転車に乗ってコンビニに向かった。
 そう言えば、病院に到着して直ぐに先輩はお母さんに電話してたけど、病院の名前と病名と手術中であることを伝えただけで、これからの相談とか、どうしたらいいかとか訊いてなかった。
 去年の夏は家族でヨーロッパ旅行に行ってたけど、日中はほとんど別行動だったようだし、仲が悪いのかというと、そうでもなさそうだけど……俺の家族とはずいぶん違う。
 来年は一人暮らしをしたいとも言っていたから、両親というか母親には甘えられる環境じゃないのだろう。

 朝食を食べながら、これからお婆様のお世話や、家の管理をしてくれる人が必要だという話になり、誰か任せられる人を探すしかないと俺が言うと、先輩は大学を休んで戻ってくると言い出した。
 先日入学したばかりなのに、今月休むと前期の単位を取るのは難しくなる。

「お婆様が退院するまでに、お手伝いさんみたいな人を探すよ。昼間だけでも来てもらって、買い物とか家の掃除とか、とにかく一人にはできない。お婆様の家族は俺だけだから、俺がなんとかしなきゃ」

「お手伝いさんかぁ・・・お婆様は料理も上手だし、家も大きいし、かなり信用のおける人じゃないと無理ですね。う~ん・・・ん? 先輩、お給料ってどのくらい出せます?」

俺は凄くいい妙案が浮かび、お給料について訊いてみる。

「さあ、どのくらいが相場なのか分からないし、一日中なのか3時間くらいなのかで違ってくるよな」
「もしも時給千円以上出せて、通勤費も出してもらえたら、俺に心当たりがあります。ちょっと待ってください。確認してみます」

俺は直ぐにスマホを取り出し、ダイニングから廊下に移動して電話を掛ける。

「もしもし啓太、まだ寝てた? あのさあ、おばちゃん今、無職じゃなかったっけ? えっ? 10日までバイトが入ってる? で、今日は休み?・・・ならさあ、出来れば午前中に悠希先輩の家に一緒に来れないかなあ? お婆様が昨日救急搬送されて、ああ、俺が呼んだんだけど、腸の手術をして、すぐ近くの山見総合病院に入院してる。それで時給千円は出せるらしいから、お願いしてみてくれないかなあ」

 啓太んちの母さんは、スーパー主婦である。料理は勿論のこと掃除も完璧。最近まで某病院の大奥様とかのお世話をしていたけど、確か施設に入ったので無職になったと啓太から聞いた。時給は900円だったような・・・千円なら来てくれるかも。
 啓太の家なら信用できるし、おばさんのことも大好きだ。
 何より俺がこの家に出入りし易いし、お互い連絡が取り易い。無理もきいてもらえる。きっと。

 ダイニングに戻ると、疲れて不安そうな表情の先輩が肘をついていた。

「どうだった春樹?」
「返事待ちです。もしも受けて貰えるなら、昼までに話に来てくれると思います。啓太んちのおばさんです」
「ああ、春樹がスーパー主婦って言ってたな。もしも啓太のお母さんが来てくれるなら安心だ。こうなってみると、俺はこっちに頼れる人が殆ど居ないって気付いたよ。大学に行く前に考えておくべきだった」

 かなり落ち込んでいるというか反省している感じの先輩に、俺はどう声を掛けたらいいのか迷ってしまう。
 本当ならそれを考えるのは、実の娘である先輩のお母さんの仕事だと思うんだけど、先輩の家の事情が俺にはわからない。
 まだ成人していない学生の先輩が、全てを背負う必要があるんだろうか?って考えていたら、先輩のスマホに電話が掛かってきた。

「もしもし母さん、おはよう。今家に帰ってるよ。手術は無事に終わった。ラインで写真送ったと思うけど、家族のサインが必要な書類があるので、時間が取れたら帰って欲しいんだけど・・・はい・・・はい、分かりました」

 電話を切った先輩は、安心したように大きな息を吐いて、明日の午前の飛行機で、両親が帰ってくると言った。
 お父さんは理事長なので、明日行われる野上学園の入学式のために帰ってくるらしい。
 それから10分後に啓太から電話があり、おばさんと一緒に10時頃には来てくれることになった。


「まあ、なんて掃除しがいのありそうなお屋敷なのかしら!お庭は庭師さんが入ってるのね。それで、お婆様の病状はどんな感じなの?」

 門の所で先輩との挨拶を済ませたおばさんは、大きな屋敷と庭を見て、感動したように声を上げた。啓太からいろいろ話は聞いていたと思うけど、その予想を大きく超えていたようだ。
 それからぐるりと家の中を先輩が案内しながら、お婆様の病状と入院が4週間は必要だと説明した。

「最低でも3日はICUだと思うから、一般病室に移られてからご挨拶させてもらうわね。暫くは病院の往復と家の管理かしら……悠希君、宅配便とか結構来る?」

 おばさんは素早くチェックリストのようなものを作り、必要な仕事内容とか、病院から貰った入院に必要な物を書き出していく。
 日頃のお婆様の生活の様子や、買い物先、出入りの業者、お婆様の仕事があったかどうかとか、嗜好品に至るまで、先輩からたくさんのことを聞き取っていく。
 
「お婆様が必要だと言われたら、この仕事を受けようと思います。お婆様の回復具合にもよるけど、誠心誠意お手伝いさせていただきますね」

おばさんは、任せて!て感じの頼もしい笑顔を先輩に向け、12日から仕事を受けると言ってくれた。
 それから皆で病院に行って、緊急連絡先を俺からおばさんに変更して貰った。
 ちょうどやって来た担当医の先生と師長さんから、詳しい病状とこれからの入院予定を、悠希先輩とおばさんが聞く。お婆様が一人暮らしなので、これからお世話するのがおばさんになることを伝えて、病室は出来るだけ個室にして欲しいと頼んだ。

 後日分かったことだけど、病院の職員駐車場はお婆様の持ち物で、病院の近くにある医師が多数入居しているマンションは、エトワールマンション中川という名前で、悠希先輩の持ち物だった。
 特に駐車場の土地は格安で貸していたらしく、お婆様が入院したと知った病院長が、特別室を用意してくれることになった。
 そう言えば中川家は、旧藩主の血筋で大地主だって副社長が言ってたな。

 病院から帰った俺たちは、冷蔵庫の中の物を廃棄するよりはと、おばさんが食材を有効に使って料理を作ってくれた。お婆様は料理を教える程の腕前だったけど、啓太のおばさんも負けてはいなかった。

「ありがとうございます。俺では気付かないことが多くて、本当に助かりました。12日まではこちらに居ますので、その時に正式な契約をさせてください」

悠希先輩は本当に安堵したようで、おばさんにお礼を言う。

「分かりました。12日の午前9時から務めさせていただきます。明日はご両親が帰られるそうですが、暫くこちらに残られますよね。ご挨拶は12日でよろしいですか?」
「たぶん、明後日には東京に戻ると思います」

大人の顔をした先輩は、両親は忙しいのでと微笑みながら答えた。
 おばさんの服を啓太が慌てて引っ張り、何も言うなって視線を向ける。

「先輩、一人で大丈夫ですか? 俺、啓太と一緒に帰りますけど、泊まりに来ましょうか?」
「いや大丈夫だ。昨夜は寝てないだろう。家で休んでくれ」

なんだか心配になった俺は、泊まろうかと先輩に訊いてみたけど、先輩は自分も今から寝るからと言って、俺に笑顔を向けて断った。




 翌4月9日㈪、今日から俺は高校3年生になった。
 先輩のことが気になって、学校に到着してラインを入れたら、元気だよと返信があった。
 あれからお婆様は、急変することもなかったようで、俺も一安心だ。
 両親と昼食を食べて、午後から病院に行くらしい。

 入学式で悠希先輩のお父さんが、理事長として挨拶をしていた。悠希先輩はあまりお父さんに似ていないから、きっとお母さん似に違いない。
 そう言えば卒業式にも来ていたけど、夜にはもう居なかったなと思い出した。
 今日は両親と過ごすはずだから、部活に出た俺は、邪魔しないようスクールバスでそのまま家に帰った。

 午後8時、伯と定期連絡をして、お互い3年生も頑張ろうねと電話で話した。一応悠希先輩のお婆様が手術したことや、啓太のお母さんが手伝ってくれることも報告しておいた。
 今日は早目に風呂にも入ったので、遣りかけの曲作りをする。
 さあ、やるか!と気合を入れて書きかけの楽譜を探すが、カバンの中に見当たらない……? そう言えば、お婆様のことで気が動転し、スタジオに楽譜を忘れてきたことを思い出した。
 明日の帰りにスタジオに寄るしかないとガッガリしながら、先輩に連絡してみる。

 先輩にしては珍しく、ラインの既読もつかないし、電話にも出ない。
 おかしい・・・どうしたんだろう? お婆様に何かあったのかな?
 そう考え始めると、凄く不安な気持ちになってきた。マナーモードにもなってないから、きっと病院じゃない気がする。
 何とも言えない嫌な予感がして、俺は急いで制服に着替えて、学校の準備と着替えを持って家を出た。母さんには、急ぎの仕事をやり忘れていたから、スタジオに行くと言い訳して電車に飛び乗った。

 先輩の家に到着した時は、既に午後10時を過ぎていたが、きっと先輩なら迷惑がらずに泊めてくれるはずだ。
 到着した家の玄関の電気は消えており、家の中にも明りが灯っていない。スタジオ側の入り口も電気が消えていて、家全体が静寂に包まれていた。
 俺はもう一度先輩に電話を掛けてみるが応答がない。勇気を出してインターホンを押してみる。でも、応答がない。
 こんな遅くに食事といこともないはずだし、全く家に電気が点いていないのはおかしい。

 言い知れぬ不安に駆られながら、俺は震える手でスタジオ側の入り口のカギを開けて、家の中に入っていく。
 入って直ぐ左側がスタジオ。右側のドアを開けると母屋に繋がる廊下で、最初の部屋が先輩の部屋だ。
 必ず点いているはずの廊下の電気も点いていない。・・・おかしい。
 俺は先輩の部屋をノックして、返事はなかったけどドアを開けてみる。こんな時間なのに、先輩の姿がない。
 念の為にスタジオを確認しようと、スタジオのドアの鍵を開けようとして、鍵がかかっていないことに驚いた。

 重たい防音用のドアを、出来るだけ静かにそーっと開けると、暗闇の中から俺の歌う声が小さく聞こえてきた。
 しっかり目を凝らすと、テーブルの上に置かれたパソコンの画面には、クリスマス会の時の画像が映し出されおり、その側には、パソコン画面の明りにぼんやりと照らされた人影があった。

「悠希先輩?」

ゴクリとつばを飲み込んで、俺はその人影に声を掛けた。
 するとその人影は、ゆらゆらと揺れながら、ゆっくりと立ち上がり「春樹?」と俺の名前を呟いた。  
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