前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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91 心の置き場所(2)

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◇◇ 九竜 惺 ◇◇

 目覚めた悠希は驚いたように私を見た。

「どうして此処に居る?」
「確認しに来いと連絡をいただいたと思いますが」
「私が?」

 昨日のことを思い出そうとするが、悠希は私と会話したことを覚えていなかった。
 熱のせいで記憶が混濁していたのだろうと私が言うと、嫌そうに顔を逸らした。
 体調も落ち着いてきたので、退院手続きをして支払いを済ませ、タクシーでホテルに戻る。途中悠希は一言も喋らず、私の問いにも答えなかった。

「予約を延長し、勝手に部屋を移動させてもらった」

 王子と接しているような言葉遣いにならないよう気を付けながら、年上の大人として声を掛けていく。
 自分の荷物が移動されているのを見て、悠希は無言のままスーツケースの中を確認し、クローゼットを開けると掛けられていた服を、スーツケースに無造作に詰め込み始めた。

「そんな体で何処へ行くつもりだ?」
「・・・」
「私との同室が嫌なら、別の部屋を・・・いや、無駄なことをせずに寝ていろ。私は近くの海と街の景色を確認してくる」

 マージー川のドックを一望できる大きな窓のカーテンを閉め、部屋を薄暗くして寝ていろと命令する。
 命令されたのが癇に障ったのか、無言のまま私を睨むが、病院の支払いをする時に預かった悠希のパスポートは、残念ながら私のスーツの内ポケットの中に在る。
 これ以上私が部屋に居たら、悠希は反発するだろうから、簡単な荷物を持って部屋を出ていく。

 ……あからさまな態度も、あそこまでくると少しへこむな。だが、生きていてくれて、私の見える所に居てくれたらそれでいい。
 ……たとえ何度、手を撥ね退けられようと構わない。愛してる悠希。



 その場所は、マージー川を挟んだリバプールの対岸の街バーケンヘッドから、少し車で走ってアイリッシュ海に抜けた先に在った。
 その半島の先端から見える景色は、紛れもなく前世の記憶と一致していた。

 確かにこの場所はイングランドとウェールズとの堺・・・しかしバラ戦争は1400年代後半だし、1500年代は大航海時代……イングランドの内乱と言えば宗教改革絡みのはずだ。
 その頃の歴史なら、王族も貴族も調べれば名前が分かるはず・・・
 ゴクリと唾を吞み込み、スマホでイギリスや他の近隣諸国の歴史を検索する。前世の記憶の衣装や文化は、1600年代後半に近い。
 でも、1600年代のピューリタン革命の頃には銃があった。

 ……有り得ない。イギリスであるはずがない。いや、ヨーロッパの他の国でも有り得ない。

 何故私は、これまで前世を真面目に調べなかった? 
 きちんと調べていたら、何処にも存在しない国の、何処にも存在しない貴族や騎士学校だと気付いたはずだ。
 よく調べたら衣装が違う。似ているようで城の外観も違う。何より髪の色や瞳の色が遺伝子的におかしい。

 ……それじゃあ、我々の記憶は何だ? あれだけ鮮明に共通して覚えているのに。

 とんでもない結論というか真実を突き付けられ、目の前に広がる懐かしい景色に戸惑う。
 まるでパラレルワールドだ。この場所に、違う文明と違う人種が存在していたとしか思えない。



 私はショックを受けたままホテルに戻ってきた。
 そっと客室のドアを開けて中に入ると、悠希は静かにベッドで眠っていた。
 もしかしたら、私と同じ結論に辿り着いたのかもしれない。だとしたら、倒れたくなるのも分かる。
 よく寝ているようなので、一人でレストランへと向かう。

 ……何故我々は、有り得ない前世の記憶を持っているのだろう?
 ……出会えたこと自体が奇跡なのに、そんな奇跡さえも超える現実は、残酷で受け入れ難い。

「目が覚めたか? 軽食を用意しておいた。少し食べた方がいい」
「確認……あの海を見たのか?」
「ああ、間違いない。あの海の景色は私が前世で見ていたものと同じだ」
「・・・だが、辻褄が合わない」
「そうだ。史実が本当なら我々は存在していない。そして、恐らく残っている歴史は真実だ」

 私の言葉を聞いた悠希は、大きく目を開いて、ゆっくりと閉じていく。
 自分の出した結論と同じだったのだろう。認めたくないと思いながらも、答え合わせをせずにいられなかった悠希の気持ちは分かる。

「訳が分からない。今、現世で生きている自分の原点が偽物? 違う! そんなはずない。前世に縛られて春樹は逝ったのに、ラルカンドの想いは・・・」

そこまで言ったところで、悠希は吐き気に襲われたようでトイレに駆け込んだ。
 ほとんど食べていないから、吐くものもないだろうが、心が拒絶反応を起こしているのか、悠希の体を痛めつけていく。

「帰りたい。あの春の日に……愛してるって……春樹……春樹」

 なかなか出てこない悠希が心配になり、声を掛けようとノックをするため手を上げたら、トイレの中から、苦し気な悠希の呟きが聞こえてきた。
 春樹を失った喪失感に、前世が実在しない……かもしれないという有り得ない現実が加わり、春樹とラルカンドにした約束さえ、守れなくなるのではないかと私は不安になった。

「大丈夫か悠希? ベッドに横になれるか?」

悠希が壊れないよう、出来るだけ優しく声を掛ける。
 甘えてくれたら、手を伸ばしてくれたら迷ったりしない。それが一時の気の迷いでも何でもいい。悠希を守りたい。

『何を言ってるんですか? どんなに抵抗されても抱けばいいんです。愛していると何回も何回も言えばいいんです。疲れ果てて悠希先輩が眠るまで……俺の分まで……抱きしめて……愛してくれるまで、ずっと……ずっと傍にいてください』

 春樹が私に言った言葉が、頭の中で復唱されていく。

 カチャリと鍵が開き、悠希がトイレの中から出てきた。フラフラと今にも倒れそうだ。
 思わず支えようと悠希の肩に手を伸ばすと、パシッと手をはたかれてしまった。
 何も言葉を発することなく、再びベッドに入ると私に背を向けた。

 ……この期に及んで、私は何を恐れているんだ?
 ……愛されていた訳でもない。だから失うものもないはずだ。
 ……悠希が私にイギリスに来いと言った。それが全てじゃないか。他の誰でもない、私を選んでくれたじゃないか。

 再び悠希が寝息を立て始めたので、私はパソコンを開いて仕事を始めた。
 気付けば午前零時を回っていた。
 そろそろ日本は稼働を始める時間だ。必要な指示書を会社に送信する。
 時差の関係と悠希のことで、すっかり眠い時間を過ぎてしまった。シャワーを浴びてワインを飲もうかどうしようかと迷っていると悠希の声がした。

「違う。そんなつもりじゃないんだラルカンド・・・まってくれ・・・だめだ逝くな・・・独りはもう嫌だ・・・笑ってくれ・・・」

 途切れ途切れに聞こえてくる声は、寝言だと思うがストーリーが全く繋がらない。でも、なんとなく想像はできる。

 ……ああ、同じだ。泣きながら目を覚ます私と。なんて切ない叫びなんだ。

 悠希と出会ってから、泣きながら目覚めることは激減したが、春樹が亡くなってからまた増えた。
 きっと悠希も同じなんだろう。不安になると前世の夢を見る。会いたくて、恋しくて、泣きながら目を覚ます。
 部屋の明かりを落として、私は悠希のベッドに入った。
 どんなに嫌がられても拒絶されても、抱きしめて離さない。

 数分後、目覚めた悠希は思った通り抵抗したが、今度は私がだんまりを決めて、腕に力を込めた。
 暫く抵抗して文句を言っていたが、私に後ろから抱きしめられたまま、諦めたように体の力を抜いた。

 何時間が過ぎたのだろう・・・
 気付けば悠希が、私の胸に顔を埋めて眠っていた。
 髪を撫でて、額にキスして、愛していると言いたい想いを封じ込める。
 今はまだ、その時ではない。
 今度は正々堂々と抱きたい。いや、抱かれるのでも構わない。

 ……ああ、ありがとう春樹。私は今、とても幸せだ。

 
 午前7時、時差と疲れからか深く寝入ってしまった私が、目覚めた時には腕の中に悠希の姿はなかった。
 悠希はソファーに座って、少し開けられたカーテンの間から、外の景色を眺めながら考え事をしていた。その横顔は、昨日までの絶望していた表情とは違い、いつもの冷静で大人びた悠希の横顔だった。

「おはよう、カーテンを開けてくれ。体調はどうだ?」

「おはようございます九竜さん。睡眠が足りたのでもう大丈夫です。ご心配をお掛けしました。日本に帰って伯に結果を伝え、もう一度記憶の摺り合わせをします。そう言えば、伯はどうしてますか?」

悠希はいつもの口調で話しながら、カーテンを開けてくれる。
 リバプールは昔から港街として栄えてきた。どこか懐かしさを感じながら窓の外を見て、悠希の問いに答えていく。

「伯はリゼットルの活動を休止している。表向きには受験のためとしてあるが、当分立ち直れそうにないだろう。
 だが、どんなに辛くても、春樹との約束は果たしてもらう。
 伯には、春樹の残したビデオレターを見せた。だから、時間がかかってもきっと立ち上がるはずだ。
 リゼットルのメンバーとして、春樹は伯に音楽を託した。
 春樹は自分の夢を託したんだ。猶予期間は春樹の誕生日までだ」

「そう……ですか。伯と俺、どっちが辛いんだろうか?」

「さあ、それは何とも言えない。だが、客観的に見たら伯じゃないかな。
 恋人なのに春樹の病気に気付けず、励ますことも一緒に泣くこともできなかった。
 自分をどれだけ責めても、責め足りないんだろう。
 春樹は次の目標を、伯の子供を見ることだと言ったらしい。
 伯と悠希の子供に逢えたら、本当に幸せになれると言い残したようで、後から思えば、それが春樹の遺言のようで、伯はどうしたらいいのか分からないと泣いていた」

「子ども? 俺にも、俺にもそれを望むと?」

悠希は新たな衝撃を受けたようで、暫く絶句していた。

 一緒にモーニングを食べに行って、これからの予定を話し合った。
 折角だからレンタカーを借りて、記憶の確認という名目のドライブをすることにした。目的地はウェールズ地方で、今も残る古城を見に行く。    
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