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60話 祖国の異変(別視点)
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室内では2名の男女が向かい合って座っている。
「ウィリアム様。わたくし、新しいドレスが欲しいのです」
「またか?」
王太子であるウィリアムは眉間にシワを寄せた。ミリーナからドレスをねだられるのは、これでもう3着目だ。
ティリアの異母妹であるミリーナ・フローレンスが、新たな婚約者となってから1ヶ月。その僅かな期間に、ドレスや宝飾品を次々と要求されたウィリアムは、精神的にまいっていた。
王太子の婚約者の為に組まれた予算は、今年分を既に使い切っている。今後はウィリアムの個人資産から拠出しなければならないだろう。
(何故ミリーナは、こうまでドレスや宝石を欲しがる?)
何も要求してこなかったティリアの姿が、ウィリアムの脳裏をよぎった。
「ミリーナ。先日もドレスを作ったのだし、もう十分ではないか?」
「いいえ」
ミリーナはニコリと笑い、優雅な所作で紅茶を飲んだ。
「ウィリアム様。わたくしは私欲に駆られて、ドレスが必要だと言っているのではありませんわ。城内の者達は言うに及ばず、他の貴族達にも示しがつきませんので、ドレスが必要だと言っておりますの。未来の王太子妃として、軽く見られる訳にはまいりませんもの」
ミリーナは尤もらしい説明をする。
「そういうものか?」
「はい。そういうものですわ」
「ミリーナがそう言うのであれば、その通りなのだろうが……」
どこか腑に落ちない顔をしながらも、ウィリアムは説き伏せられる。王太子にしては視野が狭く、国を背負う自覚が足りていないからだ。
納得出来ないのであれば徹底的に検討すべきだが、ウィリアムは楽な方へと逃げる癖がある。面倒だと感じれば後回しにしてしまうのは昔からだ。
「それはそうとミリーナ」
「はい?」
「まあ、あれだ。何というか」
咳払いをしたウィリアムは、ミリーナから視線を逸らしつつ喋る。
「最近、政務が滞っているんだ」
「まあ! それは大変ですわね」
気の毒そうな表情をしながら相槌を打つが、ミリーナは内心では何とも思っていない。
国の政務は王族が担うものと定められている。婚約者の立場でしかないミリーナには、政務に携わる義務などないからだ。
これがミリーナではなくティリアであれば、言われずとも自ら察して手を貸しただろう。ティリアがウィリアムの婚約者であった時は、ありとあらゆる王太子の政務をティリアが代行していたからだ。
「ミリーナは、忙しいのか?」
「王太子様の婚約者ですもの。夜会に茶会にと毎日呼ばれ、息つく暇もありませんわ」
ウィリアムの「助けてほしい」という真意を知りつつも、手伝うつもりがないミリーナはどこ吹く風だった。
しかし正確には「手伝いたくても手伝えない」と言うべきだろう。何故なら、ミリーナには政務を行う能力など無いからだ。
「頑張ってくださいね。ウィリアム様」
「あ、ああ」
ミリーナの力を借りるつもりでいたウィリアムは、表面上は平静を取り繕いながらも、内心で舌打ちする。
(まあいい。ミリーナが王太子妃になれば状況も変わるだろう)
ウィリアムは「ティリアと同程度の能力を持つミリーナに政務を任せればいい」と軽く考えて婚約破棄をしている。
ミリーナが過大評価されているのは、ティリアと同じく所作が洗練されている高位貴族だからだ。更には「ティリアと異母姉妹なのだから、能力的にも互角だろう」という思い込みもある。
しかし思い込みはウィリアムだけに留まらない。国内の王侯貴族は全て、国の根幹を揺るがす重大な思い違いをしている。
国内に長年蔓延っていた諸々の問題は多くが解決されたが、それはウィリアムではなくティリアの功績によるものだったという事実だ。
だが国王夫妻も貴族達も、真実を知らないまま王国の繁栄を信じてしまった。
『ウィリアムさえいれば、王太子妃など飾りでいい』
そしてティリアは婚約を破棄される。王太子の政務を担っていたのがティリアだと知っていれば、ミリーナには政務を行う能力などないと知っていれば、国王夫妻は婚約破棄など許さなかっただろう。
しかし全ては手遅れだ。今日も多くの陳情書や計画書が「大陸で最も優れた王太子」の判断を待っている。
納得いかない裁可を下された国民は不満が溜まっていくだろう。ロクに精査されずに承認・非承認の判断を下された計画は頓挫していくだろう。
ウィリアムが凡愚だと気付いた奸臣は、甘言を囁きウィリアムを唆して王国を陰から操っていくだろう。
真綿で首を絞めるように、王国はゆっくりと国力を落としていく。
「ウィリアム様。わたくし、新しいドレスが欲しいのです」
「またか?」
王太子であるウィリアムは眉間にシワを寄せた。ミリーナからドレスをねだられるのは、これでもう3着目だ。
ティリアの異母妹であるミリーナ・フローレンスが、新たな婚約者となってから1ヶ月。その僅かな期間に、ドレスや宝飾品を次々と要求されたウィリアムは、精神的にまいっていた。
王太子の婚約者の為に組まれた予算は、今年分を既に使い切っている。今後はウィリアムの個人資産から拠出しなければならないだろう。
(何故ミリーナは、こうまでドレスや宝石を欲しがる?)
何も要求してこなかったティリアの姿が、ウィリアムの脳裏をよぎった。
「ミリーナ。先日もドレスを作ったのだし、もう十分ではないか?」
「いいえ」
ミリーナはニコリと笑い、優雅な所作で紅茶を飲んだ。
「ウィリアム様。わたくしは私欲に駆られて、ドレスが必要だと言っているのではありませんわ。城内の者達は言うに及ばず、他の貴族達にも示しがつきませんので、ドレスが必要だと言っておりますの。未来の王太子妃として、軽く見られる訳にはまいりませんもの」
ミリーナは尤もらしい説明をする。
「そういうものか?」
「はい。そういうものですわ」
「ミリーナがそう言うのであれば、その通りなのだろうが……」
どこか腑に落ちない顔をしながらも、ウィリアムは説き伏せられる。王太子にしては視野が狭く、国を背負う自覚が足りていないからだ。
納得出来ないのであれば徹底的に検討すべきだが、ウィリアムは楽な方へと逃げる癖がある。面倒だと感じれば後回しにしてしまうのは昔からだ。
「それはそうとミリーナ」
「はい?」
「まあ、あれだ。何というか」
咳払いをしたウィリアムは、ミリーナから視線を逸らしつつ喋る。
「最近、政務が滞っているんだ」
「まあ! それは大変ですわね」
気の毒そうな表情をしながら相槌を打つが、ミリーナは内心では何とも思っていない。
国の政務は王族が担うものと定められている。婚約者の立場でしかないミリーナには、政務に携わる義務などないからだ。
これがミリーナではなくティリアであれば、言われずとも自ら察して手を貸しただろう。ティリアがウィリアムの婚約者であった時は、ありとあらゆる王太子の政務をティリアが代行していたからだ。
「ミリーナは、忙しいのか?」
「王太子様の婚約者ですもの。夜会に茶会にと毎日呼ばれ、息つく暇もありませんわ」
ウィリアムの「助けてほしい」という真意を知りつつも、手伝うつもりがないミリーナはどこ吹く風だった。
しかし正確には「手伝いたくても手伝えない」と言うべきだろう。何故なら、ミリーナには政務を行う能力など無いからだ。
「頑張ってくださいね。ウィリアム様」
「あ、ああ」
ミリーナの力を借りるつもりでいたウィリアムは、表面上は平静を取り繕いながらも、内心で舌打ちする。
(まあいい。ミリーナが王太子妃になれば状況も変わるだろう)
ウィリアムは「ティリアと同程度の能力を持つミリーナに政務を任せればいい」と軽く考えて婚約破棄をしている。
ミリーナが過大評価されているのは、ティリアと同じく所作が洗練されている高位貴族だからだ。更には「ティリアと異母姉妹なのだから、能力的にも互角だろう」という思い込みもある。
しかし思い込みはウィリアムだけに留まらない。国内の王侯貴族は全て、国の根幹を揺るがす重大な思い違いをしている。
国内に長年蔓延っていた諸々の問題は多くが解決されたが、それはウィリアムではなくティリアの功績によるものだったという事実だ。
だが国王夫妻も貴族達も、真実を知らないまま王国の繁栄を信じてしまった。
『ウィリアムさえいれば、王太子妃など飾りでいい』
そしてティリアは婚約を破棄される。王太子の政務を担っていたのがティリアだと知っていれば、ミリーナには政務を行う能力などないと知っていれば、国王夫妻は婚約破棄など許さなかっただろう。
しかし全ては手遅れだ。今日も多くの陳情書や計画書が「大陸で最も優れた王太子」の判断を待っている。
納得いかない裁可を下された国民は不満が溜まっていくだろう。ロクに精査されずに承認・非承認の判断を下された計画は頓挫していくだろう。
ウィリアムが凡愚だと気付いた奸臣は、甘言を囁きウィリアムを唆して王国を陰から操っていくだろう。
真綿で首を絞めるように、王国はゆっくりと国力を落としていく。
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