蒔島家の事情

JUN

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厄介な先輩

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 疲れた気分で帰宅すると、親父がニヤニヤとしてリビングで待ち構えていた。
 この様子からすると。
「知ってたな」
 親父はふふんと笑うと、コーヒー片手にひらひらと片手を振った。
「そりゃあな。三枝君が館倉の弦楽部にいることは聞いてたからな。
 で、どうだった」
 俺は溜息を押し殺して、とりあえず座った。
「何か、ずっと睨まれてた。これから向こうが引退する秋までずっとこうかと思うと、気が重い。
 俺だって、別に嫉妬されるほどのもんじゃないのに」
 遥さんが俺にもコーヒーを淹れて来てくれた。
「ありがとう」
「いいえ」
 親父はコーヒーを啜ると、続けた。
「三枝君と話してみた方がいいんじゃないか。別に、そういう恨みじゃないんじゃないか」
「だったら何?もしかして生意気な後輩とか言って体育館裏に呼び出されたりメロンパン買ってこいとか言われたりするのか?」
「……お前は何歳だ、柊弥」
 親父は呆れたように言った。
「柊弥、それよりクラブはどうだった。楽しそう?」
 遥さんが言って、俺はうんと頷いた。
「楽しかったな。コンクールみたいな空気じゃなくて、みんなで一緒に仲良く演奏するのって、没個性でいいから俺に向いてるし」
 親父だけでなく、遥さんまでガクンと首を垂れた。
「真面目な話、柊弥。お前、バイオリン真面目にやる気はないのか」
「まあ、ソリストだけがバイオリニストじゃないからな。スタジオミュージシャンとかオケとかなら目指してもいいかもしれないけど、それもたぶん、採用試験は華がないって落ちると思うからな」
「なんでそんなに後ろ向きなの……」
「自分を知ってるんだよ、遥さん」
 俺はコーヒーを飲み干すと、部屋へと立った。

 翌日の放課後もクラブ活動はあった。
 終礼が早く終わったので早く来たら、三枝先輩と部屋の前で一緒になった。二人きりがよりにもよって三枝先輩だ。気まずいことこの上もない。
 こんな日に限って、百山は歯医者に行くとかでクラブを休むのだ。
 誰か早く来いと祈りながら調弦をし、お互いに黙って指慣らしを始める──三枝先輩はじっとホラーかサスペンスばりにこちらを睨んでいたが。
「あのぉ、俺、何か失礼なことしましたか」
 意を決してそう言うと、三枝先輩は、俺をしっかりと睨んだ後おもむろにバイオリンを構えた。
「聴いてて」
 そうして弾き始めたのは、親父が作曲した『天使の散歩』だった。
 だったが、少し変わっていた。
 弾き終わった三枝先輩は、俺を睨みながら静かに言った。
「わかるよね、蒔島も弾いたんだから」
 漠然とした言い方だ。
 何を聞きたいのだろう。所々装飾音がなくなって簡素になっている事か、全体に重いことか、それとも音が滑っていることか。正解は何かと考えていると、答えを待たず、三枝先輩はしゃべり出した。
「どうしても指がついて行かなくて、いくつか簡単になったんだよ。屈辱だよね。でも先生にしたって、せっかくの華麗なメロディが変わっちゃってがっかりだよね」
「は、はあ」
 誰でもいいから早く来いよ、と俺は心の中で叫ぶ。
「ネットでちょっと有名になったのは、この顔のせいだもんね。わかってるよ」
 これに「そうですね」と相づちは打てない。俺の背中を冷や汗が伝う。
「そうですかぁ?そんなことも、ないんじゃないかなぁ」
 三枝先輩は俺をキッと睨み付けた。
「何でコンクールやめたの!あれだけ弾けたのに!」
 それで俺は、汗がすうっと消えた。
「俺は華がないんで。審査員が話しているのを聞いてしまったんですよ。華がないから、コンクールもそこそこ止まりだって。
 そう言われりゃ、もう、いいかって」
 言うと、三枝先輩は叫ぶように言った。
「僕なんか、華しかないって言われたんだよ!?」
 おう……なんと言えばいいのかわからない……。
「技術を持ってるくせに……大っ嫌いだ、お前なんか!」
「はあ……」
 俺は途方に暮れ、入ってきた部員が驚いたように足を止めて俺たちを見るのに力なく愛想笑いを浮かべた。







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