スパイラルダンス

JUN

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 天井が見えた。妙に狭く、レールとカーテンに囲まれている。医務室かどこからしい。
 起き上がったら、カーテンが開いて春原先生が顔を出した。
「ああ、気分はどう?頭痛いとか無い?」
「はい。良く寝たなあという感じです」
 先生は苦笑してから、口を開いた。
「休みの日にまで、それも鼻血出して失神するまで訓練する程熱心だったかな」
「ああ・・・まあ、色々ありまして」
 先生は柔らかく微笑みながら、ジッと俺を観察する。
 女子だったら大喜びしそうだが、生憎俺は男で、別に嬉しくも無い。
「家族だからって、何でもしなくていいんだよ」
 俺は曖昧に笑っておいた。
「ここでの生活、仕事はどうかな。困った事は無い?」
「強いて言えば、嫌いなものを食べさせようとしてくるところが困りますね」
 あれは困る。本当に困る。
「あはは。どうしても無理なものは仕方ないけど、好き嫌いは無い方がいいよ」
「わかってはいるんですけど、ねえ・・・」
 思わず溜め息をつくと、先生は笑いを抑えながら、次の質問に移った。
「この前の、アメリカ軍とルナリアンの戦闘だけど」
「大丈夫ですよ。ちゃんとわかってます。わかった上で、大丈夫です」
 先生は苦笑した。
「砌君も真理君も、頭と察しがいいから、カウンセリングはし難いよねぇ。明彦君も、カンは鋭いし」
「何か、すみません」
「いやいや。授業はできてる?この前明彦君が、赤だろうと青だろうときれいならいいじゃないかってうなされてたんだけど」
「ああ。生物の、遺伝ですよ。赤い花はAA、青い花はAaかaa。AAとaaを掛け合わせた時、第5世代に赤い花の咲く確率は何パーセントか、という問題で」
「ああ。それで、きれいならいいじゃないかと」
「個人的には賛成ですけどね」
「確かにね」
 俺達は笑い合った。
「そう言えば、地球人とルナリアンの違いって、遺伝子上は1パーセントだとか」
「そうだね。より宇宙で生活するのに適応するために取り入れたノリブDNAの分が、1パーセント程だね」
「たった1パーセントなのに、大きな1パーセントですね」
 先生は頷いて、続けた。
「たった1パーセントなのに、それは種としては別物になってしまう。良く言うチンパンジーのアレは嘘だけど」
「ああ。わからない所を切り捨てた残り部分だけを比べての1パーセントなんて、まやかしもいいところだ」
「言葉が通じ合う。文化もまだそんなに違いが無い。ノリブDNAを入れてまだせいぜい3、4世代だから、そこまでの差が見た目に出ているわけでも無い。まるで、どちらも同じ種に見える」
「それでも、種としては別物、か」
 エドを思い出す。
 話の通る別の種と、話の通らない同じ種。別の遺伝子を持つ他人と、半分同じ遺伝子を持つ人間。どっちが厄介だ?
「結局、遺伝子云々より、個々の花ですかね」
 俺はそう結論付けた。

 課題を片付け、本を読み、ゴロゴロし、休暇を過ごす。
「ただいま!砌、お土産!」
「おう、サンキュ」
「砌、ただいまぁ。これ、お土産ねぇ」
「サンキュ」
 どちらもお菓子で、そのまま、3人でおやつになる。
「ゆっくりできたか」
「地元の友達と久しぶりに会ったら、中学卒業の時いい雰囲気だった子が、別の彼氏とくっついてた。背の高いイケメンってやつだった」
 俺は項垂れる明彦の肩を叩いて、牛乳を勧めた。
「ボクの方は変わりなくかなぁ。友達と喋って、部屋の大掃除して、おしまいだよぉ」
 真理はにこにことして言い、饅頭にかぶり付いた。
「砌は何してたんだ?本当にダラダラか?」
「ん、まあな。寝て、本読んで、課題をあるだけ全部片付けて、おしまいだ」
「課題全部!?今学期中あったよな!?」
「ああ、そうだな」
「写させてくれ、頼む、砌」
「いいけど、覚えないとどうせ追試になるから同じだぞ」
「いいんだよ。うやむやになるように先生に頼み込むから!」
「通じるかなぁ」
 俺と真理は首を捻ったが、どうせ結果は同じだろう。
「この後、どこに行くんだ?」
「まあ、ノリブを叩きつつ改修箇所の確認だな」
「そうだねえ。ゲートはこれから無人機で広げて行くだろうしねぇ」
「なあなあ。次の休暇もらえたら、3人で温泉とか行かないか?」
「温泉か。いいな」
「温泉まんじゅう、卓球、温泉卵、温泉街」
「射的とかやりたい、オレ!」
「当たるけど、落ちないんだよねぇ」
 俺達はわいわいと、射的は的のどこを狙うべきかとかを真剣に論じ始めた。

 隊長達に挨拶をし、格納庫へ行くと、氷川さんと雨宮さんが待ち構えていた。
「来たな」
 2人共楽しそうだ。
「一部、機体の改修を行った。
 まずノームだが、分かり易く言えば腕が伸びる」
 雨宮さんの言葉に、明彦が目を輝かせる。
「腕が伸びる!?」
「そう。面白い事もできると思うから、シミュレーターで慣れてもらいたいーーって、まだまだまだ。後で」
 すっ飛んで行きかける明彦の襟首を掴んで引き留める。
 明彦の反応に、ここの人達も随分慣れたなあ。
「ウィッチは、これまでよりも超長距離精密狙撃を可能にしたほか、複数同時にロックオンできるレールガンを装備する」
「複数ぅ?」
「最高8つ、照準に要する時間も少し短くなった。初速も速いぞ。習熟に努めてくれ」
「はい」
 真理も、うきうきとした様子だ。
「フェアリーは、反応速度と機体の速度がもう1段上がった。それと、ビットが単純に増えた。
 なあ、大丈夫か?毎回、ああ・・なるんじゃないだろうな?」
 それに、真理と明彦がこっちを向く。
「大丈夫ですよ」
「何?ああなるって?」
「いや、別に・・・」
「休みの間に、何かあったんだねぇ?」
「ちょっと、データ取りしただけだ。どうって事は無い。
 加減はしますよ。大丈夫です」
 氷川さんと雨宮さんは顔を見合わせてから、
「まあ、無理はするなよ」
と言った。
「ハニービーカスタムも、改修したんですよね」
「ん?ああ、そうだ。フフフ。実はなーー。
 いや、これはシミュレーターで体験した方が面白い」
 面白い?
 雨宮さんが含み笑いをしているのが、とても気になる。一体何をしたと言うのか。
「ようし」
 何だか楽しそうなヒデ達に首を傾げていると、姉御が寄って来て苦笑交じりに言った。
「より早く、より強く。いつまでも男なんて、子供だねえ。結局はここにいるのなんて、皆オトコノコなんだよ、きっと。
 あんた達もそうらしいね」
「え」
 にこにことした真理、スキップしそうな明彦に、ああ、と思う。
「あんたもね」
「俺?まさかあ?」
 姉御はデコピンをかましてきながら、
「嬉しそうな顔して。ほら、行っといで」
と笑う。
 俺はペタペタと自分で顔を触ってみた。
 わからん。が、まあいい。ここの居心地がいいのは事実だ。俺は皆の後を追った。
 予定では、出港後ワープゲートくぐったところで無人のゲート組み立て機を放って回る事になっているらしい。その一度目の放流の後で、まずはシミュレーター訓練だ。
 あすかが、ワープゲートをくぐる。
「どんなのだろうな!腕が伸びるって」
「初速が早いと、当てやすいよねぇ。でも反動とかどうなんだろう」
 ヒデ達はと見ると、こちらはこちらで、こそこそ、ひそひそと作戦会議をやっているらしい。
 ああ。皆、本当にオトコノコだな、本当に。
 そう思った時、艦内にサイレンが響き渡る。
『ワープアウト地点にノリブ反応。総員戦闘配置。飛行隊は出撃準備』
 一斉に、ワッと皆が動く。勿論、俺達もだ。
 コクピットに滑り込んで、シートに座ってベルトで固定。そして、起動。ダイレクトリンクが始まり、フェアリーと自分の神経回路がつながって、自分がフェアリーになる。
 プリフライトチェック。項目は数十あるが、自動で大方がなされていくのを確認していく。最後に異常なしのサインがくるので、それを承認すれば終了だ。
『バード1準備完了』
 次々と、準備完了の報告がヒデになされる。
『ハッチが開き次第キャットから出る』
 ヒデの言葉を聞きながら、ワープアウトした先がわからないのは不便だな、と思っていた。客船などの民間の船も利用するようになるのに、危険すぎる。
 ワープアウトの感覚があり、ハッチが開くと、次々と俺達は艦外にダイブする。
「え」
 思わず息を呑む。
 あすかの周りには、およそ300のノリブが埋め尽くしていた。



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