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懐かしい曲
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やめろ、やめてくれ!
耳を塞いでも、それは耳に入ってくる。
逃げようとも、追いかけてきて、しがみつく。
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
好きだった曲なのに、こんなにも疎ましい。
あの頃は毎日聞いていたのに。
どうしてこうなった……。
どこもかしこも真新しい新居の高級なソファに座り、隣でいそいそとお茶を淹れる妻を見た。
学校や貸しビルやレストランを経営する資産家のお嬢様。そんな妻と顔はいいとそこそこモテた程度の俺が結婚したのが、奇蹟みたいだ。
俺は学習教材を扱う会社の営業マンで、私立学園に行った時に、たまたま来ていた妻と出会い、気に入られて付き合う事になり、結婚した。そう、逆玉の輿というものだ。
妻の実家に忖度した会社は俺を営業課長にし、俺を取り巻く環境は、激変した。
「どうかしら。アップルパイ、作ったんだけど」
「うん、美味しいよ!君の愛情が一層の隠し味で」
頬を染める妻の肩を抱き、俺は幸せに酔いしれた。
俺にはボトルシップを組み立てながらラジオを聞くという趣味があり、今は、漠然と憧れていた書斎に一人こもってそれを楽しんでいた。
かかっているのはジャズの番組だったが、不意に雑音が入り、混線したのか別の番組に変わった。これはこれで懐かしい音楽番組で、学生時代は弟と一緒の勉強部屋で聞いていたし、独身時代は、一人暮らしをしている安アパートでこれを聞いていた。
お馴染みのパーソナリティーがリクエストはがきを読み、曲を流す。
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
手が止まった。
少し古い曲だが、当時は流行った曲だ。よく俺達もリクエストして、はがきが読み上げられたら喜んだものだ。
俺達。俺には独身時代、付き合っている女がいた。男運が悪いのか何度も男に苦しめられて来たせいで男嫌いになった母親と暮らす女で、地味で真面目な、料理は上手い女だった。
彼女がこの歌手も歌も好きで、嫌になるほど毎日飽きもせずにこの曲を聞き、リクエストはがきを書いたものだ。
しかし妻との話が進み、俺達は別れた。もう、彼女はいない。
苦いものがこみあげ、俺はラジオを切って、寝る事にした。
翌日も、ラジオのスイッチを入れ、ボトルシップをいじる。
静かなピアノ曲が流れている。それを聞きながら、コーヒーをすする。
と、ザザザとノイズが入り、懐かしの音楽番組に代わって、耳に心地よいパーソナリティの声が入る。
『もう夏も終わりですね。皆さまはこの夏、どんな思い出を作りましたか。
次のリクエストは、東賀幸恵さん。約束』
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
俺はギョッとして思わず立ち上がった。
「どういう事だ?」
連日混線するのもどうかと思うが、それで同じ番組につながり、同じ曲がかかるという確率はどのくらいだろう。
いや、そうじゃない。もっと困惑しているのは、リクエストした人の名前だ。
東賀幸恵。これは元カノの風賀雪恵という名前と俺の東条幸一という名前を合わせたもので、男と付き合っているとわかると半狂乱になる彼女の母親に隠れてやり取りする時に使う名前だった。
その事を知っているのは、俺と元カノくらいだ。何せ母親にバレたら、どういう騒ぎになるかわからない。母親は男への嫌悪のせいで何度もトラブルを起こし、精神科へも通っているほどだ。まだ小学生の元カノがクラスの男子と口をきいたというだけでヒステリックに元カノを叩き、押し入れに閉じ込めた事すらあるし、高校時代には友人に娘が男と接触していないか確認の電話をした事すらあるそうだ。
だから、元カノが俺と付き合っているなんて、誰にもバレないようにしていた。当然、この名前の事も俺達だけの秘密だ。
「それが、何で……まさかあいつが?」
考え、すぐに否定する。
#そんなはずはない。まちがいなくあいつを埋めたんだから。#
それでも曲が耳に入るに従い、嫌でも2人で過ごした時を思い出す。
「絶対に、いつまでも一緒よ。約束よ」
別れを告げた日の事を思い出す。
「嘘つき!絶対に認めない、別れたりしない!一生、永遠に離れないから!」
穴に放り込み、土を被せて見えなくなっていった時を思い出す。
「当てつけみたいに留守中に俺の部屋で死にやがって。もうさよならだ」
見上げた生気の無い目が、俺を責めているように感じられた。
生きているわけがない。睡眠薬を大量に飲み、見つけた時には既に冷たくなっていた。死んでいるのは確認した。
「邪魔をしないでくれ」
俺は言って、ラジオを消した。
次の日も、気になるのもあったが、妻がいつもの趣味を楽しまないのを不審に思うかと、勧められるままに書斎に入り、ラジオを付けた。
ゴクリと唾を呑む。今はただの、ジャズがかかっていた。
「気のせいだ。偶然に決まってる」
ブツブツと呟いていると、ドアをノックされる音がして思わず飛び上がった。
「は、はい?」
裏返った声でドアを開けると、妻だった。考えると当然だ。2人暮らしなのだから。
「コーヒー、持って来たわよ。どうぞ」
なぜ、あの女じゃないかと思ったんだろう。そう自分を笑いながら、妻を部屋に入れる。
「ありがとう」
妻は机にカップを置き、ふわりと笑った。
「あら、この曲。初めてデートした日、車で送ってくれた時にかかっていた曲ね」
嬉しそうに笑い、ソファに座るので、俺も隣に座って肩を抱く。
内心ではよくそんな事まで覚えているな、と考えているが、おくびにも出さない。
と、不意にノイズが混じる。ザザ、ザザザ……。
「あら?」
『次のリクエストは、東賀幸恵さん。約束』
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
血の気が引いた。
「ねえ、あなた」
「な、何?」
妻がゆっくりとこっちを見る。
「約束したのに、どうして?」
妻の顔は、あいつの、元カノの顔になっていた。
「うわああっ!?」
ゆらりと立ち上がりながら迫って来るその顔は、土に隠れる前に見た、奇妙に無表情な、生気の失せた顔で、目だけがギロリと俺をいすくめた。
「永遠に離れないって、言ったでしょ」
「やめろおおお!!」
俺は叫んだ。それだけは覚えている。
ふと我に返ると、目の前で妻はぐったりとしており、その首に俺の指がしっかりと回っていた。
「何でっ」
揺するとが、妻は完全にこと切れていた。首の骨も折れている。
俺は馬乗りになっていた妻の上から降り、ズリズリと逃げるように下がった。
そして聞こえた。
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
ラジオからの曲に合わせて、あいつが歌う声に。
背後から冷たさと重みがかかった。そして胸に異様なほどの熱さを感じ、下を見ると、胸に割れたボトルシップのビンが生えていた。
それを見てやっと痛いと感じるが、口から熱い血が溢れ出て喋れない。
「ね。これからも、ずうっと一緒」
急速に感覚も意識も薄くなっていく中、ラジオの歌だけがはっきりと聞こえた。
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
耳を塞いでも、それは耳に入ってくる。
逃げようとも、追いかけてきて、しがみつく。
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
好きだった曲なのに、こんなにも疎ましい。
あの頃は毎日聞いていたのに。
どうしてこうなった……。
どこもかしこも真新しい新居の高級なソファに座り、隣でいそいそとお茶を淹れる妻を見た。
学校や貸しビルやレストランを経営する資産家のお嬢様。そんな妻と顔はいいとそこそこモテた程度の俺が結婚したのが、奇蹟みたいだ。
俺は学習教材を扱う会社の営業マンで、私立学園に行った時に、たまたま来ていた妻と出会い、気に入られて付き合う事になり、結婚した。そう、逆玉の輿というものだ。
妻の実家に忖度した会社は俺を営業課長にし、俺を取り巻く環境は、激変した。
「どうかしら。アップルパイ、作ったんだけど」
「うん、美味しいよ!君の愛情が一層の隠し味で」
頬を染める妻の肩を抱き、俺は幸せに酔いしれた。
俺にはボトルシップを組み立てながらラジオを聞くという趣味があり、今は、漠然と憧れていた書斎に一人こもってそれを楽しんでいた。
かかっているのはジャズの番組だったが、不意に雑音が入り、混線したのか別の番組に変わった。これはこれで懐かしい音楽番組で、学生時代は弟と一緒の勉強部屋で聞いていたし、独身時代は、一人暮らしをしている安アパートでこれを聞いていた。
お馴染みのパーソナリティーがリクエストはがきを読み、曲を流す。
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
手が止まった。
少し古い曲だが、当時は流行った曲だ。よく俺達もリクエストして、はがきが読み上げられたら喜んだものだ。
俺達。俺には独身時代、付き合っている女がいた。男運が悪いのか何度も男に苦しめられて来たせいで男嫌いになった母親と暮らす女で、地味で真面目な、料理は上手い女だった。
彼女がこの歌手も歌も好きで、嫌になるほど毎日飽きもせずにこの曲を聞き、リクエストはがきを書いたものだ。
しかし妻との話が進み、俺達は別れた。もう、彼女はいない。
苦いものがこみあげ、俺はラジオを切って、寝る事にした。
翌日も、ラジオのスイッチを入れ、ボトルシップをいじる。
静かなピアノ曲が流れている。それを聞きながら、コーヒーをすする。
と、ザザザとノイズが入り、懐かしの音楽番組に代わって、耳に心地よいパーソナリティの声が入る。
『もう夏も終わりですね。皆さまはこの夏、どんな思い出を作りましたか。
次のリクエストは、東賀幸恵さん。約束』
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
俺はギョッとして思わず立ち上がった。
「どういう事だ?」
連日混線するのもどうかと思うが、それで同じ番組につながり、同じ曲がかかるという確率はどのくらいだろう。
いや、そうじゃない。もっと困惑しているのは、リクエストした人の名前だ。
東賀幸恵。これは元カノの風賀雪恵という名前と俺の東条幸一という名前を合わせたもので、男と付き合っているとわかると半狂乱になる彼女の母親に隠れてやり取りする時に使う名前だった。
その事を知っているのは、俺と元カノくらいだ。何せ母親にバレたら、どういう騒ぎになるかわからない。母親は男への嫌悪のせいで何度もトラブルを起こし、精神科へも通っているほどだ。まだ小学生の元カノがクラスの男子と口をきいたというだけでヒステリックに元カノを叩き、押し入れに閉じ込めた事すらあるし、高校時代には友人に娘が男と接触していないか確認の電話をした事すらあるそうだ。
だから、元カノが俺と付き合っているなんて、誰にもバレないようにしていた。当然、この名前の事も俺達だけの秘密だ。
「それが、何で……まさかあいつが?」
考え、すぐに否定する。
#そんなはずはない。まちがいなくあいつを埋めたんだから。#
それでも曲が耳に入るに従い、嫌でも2人で過ごした時を思い出す。
「絶対に、いつまでも一緒よ。約束よ」
別れを告げた日の事を思い出す。
「嘘つき!絶対に認めない、別れたりしない!一生、永遠に離れないから!」
穴に放り込み、土を被せて見えなくなっていった時を思い出す。
「当てつけみたいに留守中に俺の部屋で死にやがって。もうさよならだ」
見上げた生気の無い目が、俺を責めているように感じられた。
生きているわけがない。睡眠薬を大量に飲み、見つけた時には既に冷たくなっていた。死んでいるのは確認した。
「邪魔をしないでくれ」
俺は言って、ラジオを消した。
次の日も、気になるのもあったが、妻がいつもの趣味を楽しまないのを不審に思うかと、勧められるままに書斎に入り、ラジオを付けた。
ゴクリと唾を呑む。今はただの、ジャズがかかっていた。
「気のせいだ。偶然に決まってる」
ブツブツと呟いていると、ドアをノックされる音がして思わず飛び上がった。
「は、はい?」
裏返った声でドアを開けると、妻だった。考えると当然だ。2人暮らしなのだから。
「コーヒー、持って来たわよ。どうぞ」
なぜ、あの女じゃないかと思ったんだろう。そう自分を笑いながら、妻を部屋に入れる。
「ありがとう」
妻は机にカップを置き、ふわりと笑った。
「あら、この曲。初めてデートした日、車で送ってくれた時にかかっていた曲ね」
嬉しそうに笑い、ソファに座るので、俺も隣に座って肩を抱く。
内心ではよくそんな事まで覚えているな、と考えているが、おくびにも出さない。
と、不意にノイズが混じる。ザザ、ザザザ……。
「あら?」
『次のリクエストは、東賀幸恵さん。約束』
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
血の気が引いた。
「ねえ、あなた」
「な、何?」
妻がゆっくりとこっちを見る。
「約束したのに、どうして?」
妻の顔は、あいつの、元カノの顔になっていた。
「うわああっ!?」
ゆらりと立ち上がりながら迫って来るその顔は、土に隠れる前に見た、奇妙に無表情な、生気の失せた顔で、目だけがギロリと俺をいすくめた。
「永遠に離れないって、言ったでしょ」
「やめろおおお!!」
俺は叫んだ。それだけは覚えている。
ふと我に返ると、目の前で妻はぐったりとしており、その首に俺の指がしっかりと回っていた。
「何でっ」
揺するとが、妻は完全にこと切れていた。首の骨も折れている。
俺は馬乗りになっていた妻の上から降り、ズリズリと逃げるように下がった。
そして聞こえた。
ひまわりの花が 揺れて
あなたとわたし いつまでも一緒と誓った夏の日
ラジオからの曲に合わせて、あいつが歌う声に。
背後から冷たさと重みがかかった。そして胸に異様なほどの熱さを感じ、下を見ると、胸に割れたボトルシップのビンが生えていた。
それを見てやっと痛いと感じるが、口から熱い血が溢れ出て喋れない。
「ね。これからも、ずうっと一緒」
急速に感覚も意識も薄くなっていく中、ラジオの歌だけがはっきりと聞こえた。
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