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禁断の書(3)

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 そそくさとツクヨミに引き上げ、一息つく。
「いやあ、ドキドキしたで」
「クックックッ。あの主任研究者がBL趣味だったらやばかったかな。これ、名作なのよ」
 志穂は楽しそうに笑い、萌香はフムフムとページを繰る。ここにまた1人、腐の信者が誕生したかも知れない。
「まあ、とにかく早くここを離れたいところではありますね」
 那智が言ったが、今は宇宙港の滑走路の順番待ちである。今踏み込まれたら、持ち出しがばれる。
「妨害があるかも知れへんな」
「ツクヨミにこもっていましょう」
「出てからなら、宇宙ゴミにするけどね」
 言って、皆でお茶と饅頭でおやつにする。月の名物、うさぎ饅頭だ。
「ゲームはよくするけど、恋愛シミュレーションが多いなあ。アクションものは、力が入ってコントローラー壊してまうねん」
 志穂は冗談だと思っているようだったが、笑って、
「なら、フルダイブはお勧めかな。脳波を拾うヘルメットみたいなのを被ってログインしたら、ゲーム世界にそのまま移動したみたいな感じになるから。変な力みとか、銃で撃つ時に狙いにくいとか、そういうのが完全に解消されるの。
 私もレースとかは変に体が傾いたりして肩が凝ったけど、フルダイブだと普通に運転する要領でいいから、やり易かったわあ」
「もしゲーム内で事故とかにあったらどんな感じになるん?」
「ガッとぶつかって、プツッと切れて現実にすぐに切り替わるのよ」
「へええ」
 上手く訊き出すのは、本当に明良が上手い。他の3人は聞きながら、兵器転用したらかなり有用だと改めて感じた。
「ゲーム制作は、続けたいのですか」
 那智の問いに、志穂はアッサリと首を横に振った。
「ゲームは、たまたま就職口がここしか無かったからで、本当は、義体の開発をしたいの。脳波でスムーズに自分の体と同じように動かせるような」
「トラストならできるんじゃないかしら」
「でも、入社ってできるの?」
「多分大丈夫ですわ。私達が、コネになりますもの」
 ガシツと、萌香と志穂が手を取り合う。
「ありがとう。今度、私のBLコレクション、読ませたげる」
「ありがとう。では私の戦隊ヒーローDVD、観賞会しましょう」
 2人は、ただならぬ絆を育んだようである。
 と、アテナが警告を発した。
「武器を所持した人間が、接近しています」
 カメラ映像で見ると、スーツ姿の男が2人と作業服姿の男が4人、近付いて来ていた。
 ヘタに警察沙汰にしたら、立ち入り検査とかになって、出港も遅くなるし、ファイルも見つかる可能性がある。
「何かして来たら物理排除で構いませんか」
「どうしようもなければ。まずは、口で」
 志穂は何が始まるのかと、ワクワクしてきた。

 上司に一切合切を取り返して来いと言われて来た彼らだったが、どこからどうして取り返すかは指示されなかった。
 会社の物を持ち出されたのなら、法的に取り返せば良いと言えば、そもそも、借金させて会社を取り上げたのがでっちあげで、所長の事故死からしてが突っ込まれたらまずいらしい。だから警察沙汰にならないように取り返して来いというのだが、その方法がわからない。やる気も出ないというものだった。
「自分でやってみろよ」
 溜め息雑じりに呟いて、とりあえず脅すか、と考えた。
 係留ポイントのインターフォンを押してみる。
「返していただきたいんですがねえ。こちらも、手荒なマネはしたくないんで」
 インターフォンで、返事が返る。大音量で。
「DVなんてもう我慢できませんわ!あなたなんて、愛人の何とかって男性とご一緒になればよろしいのよ!」
 ギョッと、周囲の目が一気に集まった。
「え!?何の事かな!?」
「とぼけないで!男性が好きなら、それを貫けばよろしいんだわ。偽装結婚なんて考えるから、私にDVなんて事をする事になるんです。祝福しますから。どうか、支店長丁さんとお幸せに!
 あ、それとも、所長ロベルト・ヘネスさんが本命なのかしら。丁さんとの時は攻め、ヘネスさんとの時は受けですものねえ?ふふふっ。迷いますわよねえ」
 無意味な程の大音量で流される内容としては、あまりにもひどい。でも、無関係の人間には、面白い。
「あ、あの、その、間違えました!!」
 精一杯声を張り上げて叫ぶと、男達は、一目散に逃げだした。
「命令は」
「知るか!お前がやれよ!」
 
 それをカメラ映像で見ていた5人は、ハイタッチを交わした。
 BLテロ、恐るべし・・・。

 間もなく管制室から発進許可が下り、「気の毒な女性を送り届ける任務に就いている」ツクヨミは、女性管制官から熱いエールをもらって、月を後にした。
 報告書を読んだ本橋室長は大爆笑し、秘書は笑いを殺そうとして腹筋が筋肉痛になったのは、また別の話だ。
 そしてフルダイブシステムを利用した迎撃ポッドは、ツクヨミの装備品となるのも、すぐの事である。










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