事故とは互いにとって大抵不幸なものである

JUN

文字の大きさ
2 / 22

浮かばれない男

しおりを挟む
 真矢は改めて辺りを眺めまわした。
 部屋は、床、壁、天井、全てが石に見える物でできていた。目の前に並ぶ制服を着た男達は各々西洋風の剣や槍を持っており、足元の男は、黒いフード付きのコートみたいなものを着ている。
「とりあえず移動して、名前をうかがいます」
 リーダーらしき金髪の人が言い、デイバッグを持ち直して彼について部屋を出た。狭くて暗い短い廊下があり、その向こうには明るいリビングかダイニングかという部屋がある。そしてその向こうのドアを潜って外に出ると、そこは街中の小さな一軒家だったとわかった。
「ひらパーちゃうやん。どこ行ったん」
「行ったんはたぶん、ひらパーやのうて私らや」
 真矢が言うと、菜子が疑わしそうな顔をする。
「それ、アレか。小説とかで流行ってる」
「異世界トリップやな」
「異世界・・・」
「どう見ても、ちゃう世界やろ」
 改めて、目をやる。
 服は現代日本と同じ。車もあるが、知らない車種だ。建物は、高いビルもあるが大抵は三階までだ。そして、雰囲気から警察と思われる集団の持つ武器が剣だった。
「うわ。そしたらあれなん。魔法とかあるん」
 前を先導していた男が、振り返った。
「魔術はとうにすたれています」
「じゃあ、ステイタスとかは?」
「ステイタス?
 まあ・・・高級車とか、最新家電でしょうか」
「それもステイタスやな」
 真矢が言って、そのまま2人は、どこかへと車で連れて行かれた。

 ビルの2階にある小部屋に通される。真矢はテレビで見た取調室を思い出した。
「カツ丼出るかな」
 少し嬉しそうに菜子が言う。
「どうやろ。
 その前に、あのカツ丼って、自腹らしいで。食事時間に何がええか訊かれて、それを出前で注文して、後で請求されるらしいで」
「刑事さんのおごりや思ってたわ」
「考えてみいや。それやったら、疑わしい事を昼前にしてご飯食べてそれから無実を証明したらええんやもん。刑事さん破産するわ」
「ああ。リストラの人とか、毎日たかりに来るな」
「あかんやろ」
「あかんわ」
 椅子に座って待っていると、さっきの人と、何か、金髪の「ザ・王子」という感じの人が来た。
「お待たせしました。こちらが騎士団を統括するトレイス・ミラ・ハルクス王子です」
 ホンマもんの王子様やった!と、2人は心の中で叫んだ。
「初めまして。山田真矢と申します」
「小仲菜子です。よろしくお願いします」
「よろしく。
 早速だけど、どういう事か説明してもらえるかな」
「説明・・・してもらいたいんはこっちですわ」
「コーヒーカップ乗ってグルグルしてたら、グラッときて、バーンなって、ドーンと来て、一瞬暗くなって気ぃ付いたらここですわ。そしたらおっさんが寝転んどったから、ゴーン蹴って、ドッシャーと踏んだら死んでもうて」
 大阪人の標準的な喋り方だが、王子とさっきの人は顔を見合わせた。
「あかん。菜子、擬音語、擬態語が多すぎるって他府県の人に言われるやん」
「そうやったな。じゃあ、もっかい。コーヒーカップ乗ってこう回してたら、こうなって、こうなってーー」
「わからんわ!」
 真矢が説明をした。
 王子達2人は笑ってから、ヒソヒソと話を始めた。「頭は大丈夫か」とか聞こえて来るが、その気持ちはわかる。その内、荷物を確認して、免許証の文字がこの世界のものではない事や、この国の人間なら間違いなく知っている事を知らない事などから、うそではないと判断したらしい。あの時何をしていたのかを話してくれた。
 そこで判明したのは、真矢と菜子はこちらの文字も言葉もわかるが、こちらの人は地球の文字はわからないという事だった。
「しかし、魔法か。子供の頃とか思ったなあ。魔法使いになれたらなあって」
「どんな魔法使いたいん」
「そやなあ。起きたらすぐに学校に着くとか」
「それはどこでもドアやん」
「そういう真矢はどうなん」
「そやなあ。空、飛んでみたいとかかな。でも、箒は微妙やな。あれ、絶対に乗り難いやろ。私やったら椅子がええわ。ついでに荷物も乗せたいし、雨とか風も避けたいなあ」
「飛行機やん」
 言い合っていたが、王子は笑顔で告げた。
「魔法はかなり前にすたれて、あれが最後の魔術師でした。科学に完全に負けて、八つ当たりでの犯行ですね。災害が永遠に続くという渾身の魔術を発動させる気だったようですが、その代わりにあなた達が来た」
「何ででしょう」
「・・・絶対ではありませんが、円環という文言があったそうです」
 真矢と菜子は、考えた。
「コーヒーカップはグルグル回ってた。そして、私達の名前は、回文や」
「円環みたいなもんで、バグったんかな」
「迷惑なもんやで」
「いや、死んでも死にきれないと思っていたのは、あいつだと思いますよ」
 王子じゃない方が言う。
「なけなしの魔力で最後の魔術をと思ったら噛んで、出て来た女性にチカン扱いされて蹴られて踏まれて、それで死んだのですから」
「浮かばれないだろうな、犯罪者ながら」
 何となく、揃って溜め息をついた。
「それで、帰りたいんですけど」
 王子達は困ったような顔をした。
「方法も全くわからないし・・・残念だが・・・」
 真矢と菜子は驚愕する。
「いや、一ヶ月ほぼタダ働きやん、これやったら」
「ボーナスまでもうちょっとやで?うわあ、何で今やの」
「でもちょお待ってや。あの時、カップが倒れて来て、無事やったんかな。重いで。潰れるんちゃう?」
「ああ、そういや、足がグシャッて言うたわ」
「え、再生したん?」
「かもなあ。その、次元の壁?を通った時に、治ったんちゃうかな」
「もしかしたら、帰ったら体が死体になるかも知れんな」
「じゃあ、帰ったら幽霊やん」
「それやったら、給料もボーナスも諦めよ。こっちで第2の人生を歩んで行くわ」
「そうやな。しゃあないしな」
 今後の方針を決定した真矢と菜子に、王子は神妙な顔で言った。
「できるだけのサポートはしますので」
「はい。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
 まあ、異世界というのも楽しいかも知れない。そう、少しワクワクする2人だった。

 
 
 

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

処理中です...