オーバーゲート

JUN

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地獄に仏 

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 地図を見ながら、この辺りを走っただの、このくらいだっただの言い合うが、全くわからない。
 見廻すが、特徴のある建物が見えるわけでも無し、住宅エリアのどこからしいというくらいしかわからない。
「でも、向こうのあれはビルか?だったら商業エリアか?」
「あんなマンションあるぞ」
「誰も通りかからないな。
 仕方がない。誰かに会うかわかる所に出るまで、真っすぐ行こう」
 俺達はそう言って、足元のカバンを持ち上げた。
 そこで、同時に言った。
「通行人発見」
 それは車椅子に乗った、若い女性だった。
「助かった。
 あの、すみません」
 俺達が近寄ると、彼女は車椅子を止めて俺達を警戒するように見、それから緊張を解いた。
「ちょっと道に迷ってしまって」
 彼女は明るく笑った。
「また豪快に迷ったのね。協会からかなり離れてるわよ」
 俺達は、武器と大きなカバンという荷物を持ち、来たばかりの探索者だというのは、一目でわかるだろう。
 俺は地図を出し、言った。
「ここの不動産屋へ行こうとしてたんですが、置き引きに遭いまして。追いかけてたらここへ」
 采真も笑った。
「いやあ、どこをどう進んだのか」
 彼女は地図を見て、呆れたように言った。
「この地図で行こうとしてたの?凄腕の探索者さんは無茶をするのね。
 いいわ、まずは近いからうちにいらっしゃい」
「ありがとうございます。
 あ。俺は――」
 言いかける俺の言葉をさえぎって、彼女は笑った。
「知ってるわよ。霜村鳴海君と音無采真君。
 私はエマ・ハインツ。元探索者よ」
 それが、俺達の出会いだった。

 エマの家はそこのすぐ近くで、小さな建売住宅だった。
 その狭い庭には、古いバンが1台止まっていた。
「お帰り、エマ――と」
 出迎えたのは、大人しそうで聡明そうな、20代終わりくらいの青年だった。
「置き引き犯を追いかけて迷子ですって」
 おかしそうに言うエマに、彼も笑いながらも気の毒そうに言う。
「それは災難だったねえ」
「いい運動にはなりましたけどね」
「迷宮の方が楽だったよな」
 俺達が言うと、彼らは声を上げて笑い出した。
 彼はエマの友人で、ルイスと名乗った。魔道具の研究者で、滑らかに、元と変わりなく動く義肢の開発が夢らしい。
 協会で貰った地図を見せると、ルイスも目を丸くした。
「ボクでもこれじゃあ自信がないなあ。しかも、店の名前も『不動産屋としか呼んでないからわからない』だろ?嫌がらせ以外にないんじゃないのかな」
「あの支部長はアメリカ至上主義で、男尊女卑だから」
「しかもここ、スラムの端だろ。ろくな物件は無いと思うよ。荷物が留守中に消えるとか、ヤクの売人が飛び込んで来るとか、幽霊が出るとか」
 それを聞いて、俺達は胸を撫でおろした。
「危ねえ。事故物件に入るところだった」
「というか、ヘタすれば俺達が事故物件を作りかねない所だぞ」
「今日はもう店もおしまいだよ。不動産屋は明日だね」
「はい。今日はホテルに泊まります」
 それで、エマが困った顔をして首を振った。
「それも難しいわね。今この街の宿泊施設はどこもいっぱいよ。観光客は予約してから来るし、協会にそういう探索者用の部屋もあるけど、取り合いで、この時間に残ってるとは思えないわ」
 俺達は愕然とした。
「え。じゃあ、空港のロビーで」
「夜間はしまるんだよ」
「あぶれた人ってどうしてるんですか」
「迷宮の安全地帯で仮眠とか、ゲートと迷宮の間のところで寝るとか」
「あ、でも、サソリとかも出るからお勧めしないよ」
 エマとルイスの説明に、俺達は言葉もなくなった。
 とんでもない所に来てしまったかもしれない……。
 しかし、エマに続いてルイスもいい人だった。
「良かったら、1晩くらいボクのうちに泊まる?1人暮らしだし、家中が工房みたいなもので狭いんだけど」
 俺達は揃って頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
 地獄に仏。しかも2人!
 俺達は幸運に感謝した。



 
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