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鳥辺に出たる鬼
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双六をしていると、侍女達が聞きつけた噂話をし始めた。
「そうそう。また出たらしいですよ、アレが」
「まさか、鬼?」
佳香は、訊き返した。
「鬼が出たの?どこに?」
「鳥辺の辺りだそうですよ。恐ろしい」
鬼。異形をした体の大きな恐ろしいものだと聞く。人を襲って、喰ってしまうとも。
もののけは、部屋の隅や塗籠などにも潜み、人を狂わせたり、恐ろしがらせたりするのだそうだ。
佳香はどちらも見た事は無い。もののけは陰陽師でもなければ見えないだろうが、鬼ならばただの人でも見えるらしい。
「見たい・・・」
「姫様?」
「だって、どんなものか興味はない?物の怪は見えなくても、鬼は見えるのよ?」
「何をおっしゃいますか。恐ろしい」
「姫様。もう入内なされるというのに、まだお転婆は治りませんか」
久々に、お説教が出そうだ。佳香はマズイと危険を察知し、さっさと謝った。
「行かないわよ、抜け出してなんて。ごめんなさい。ちょっと、面白そうだと思っただけよ」
侍女はどこか疑わしそうにしながらも、まあ、見に行くなんて事もまさかあるまいと、お説教を引っ込めた。
雅行は鬼の噂を聞いた。
「鬼か」
身の丈も大きな異形の化け物で、怪力のままに人を喰らうという。
「鳥辺あたりらしい」
「鳥辺か。死肉でも漁っているのかな」
鳥辺は葬送の場所で、死者が出ると、遺体は鳥辺へ運ぶのだ。
「退治しなくていいのか」
「検非違使が巡回しているだろうし、何せ、鬼だぞ。そう簡単に退治もできまい」
「確かにな」
雅行は思った。鬼を退治して、その褒賞にあの方をいただけないか、と。そして、なにをバカな事をと、ひっそりと嗤った。
具合の悪かった弟が、とうとう亡くなってしまった。ちょっとしたケガが原因で、傷口が膿み、熱が出、あっけなく逝ってしまった。
人の命など、あっけない。
車を借りて遺体を鳥辺へ運び、六郎は、辺りを見廻した。死体、死体、死体。そこにカラスがたかって死体をついばみ、蛆がわき、腐った肉が酷く臭う。
不気味な所だ。こんな所にまだ小さい弟を捨てに来ることになるなんて。慣れた気でいたが、これに、慣れはあるようで無いのか。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。六郎は、踵を返した。
そうなると、思い出すのは鬼の話だ。
「この辺りに出るとか言ってたな」
小声で独り言を言って、自然と足早になる。
どうにか無事、鬼にも出会わずに、鳥辺を離れる事ができそうだ。そう思った時だった。
一台の牛車がガラガラと六郎のいる辻に近付いて来た。
「お前、何をしている。早くどけ!」
供が声を上げる。身分の高い貴族の家の誰かが乗っているらしい。どこへ通うのだろう。
六郎は急いでそこを通り過ぎてしまおうと思ったが、運悪く、車輪が外れてしまった。
「あ・・・」
辻の真ん中で、よりにもよって貴族の牛車を止めてしまった。六郎は青くなる。
そこへ追い打ちをかけるように、牛車の中からイライラとした声がした。
「何をしておる。早うせい」
「はっ、それが、その・・・」
供の者が困ったような声を上げ、主がひょいと顔を出した。
「何をしてーーうっ、もしや・・・。いかん、穢れてしもうた。何て事だ。すぐに道を引き返して、陰陽師を呼んで占わせよ」
「ははっ」
「ええい、邪魔をしおって。せっかくの香が台無しじゃ」
舌打ちをして憎々し気に六郎を睨みつける貴族からは、六郎の知らないいい匂いがした。
「平民の死体など、汚らわしいものを運ぶものと逢うとは・・・。ああ。やっと、椿を手折る事ができそうというのに。この男、どうしてくれようか」
六郎の中で、何かが音を立てた。
汚らわしいだと?お前の欲に濁った目の方が、幼くとも働いていた弟よりも汚らわしい。その衣一枚、扇一本買う金があれば、兄は、姉は、弟は、死なずに済んだ。お前が女にうつつを抜かしている間にも、俺達は・・・!
ふつふつと、何かが内から湧いて来る。
「くそう。斬ってしまえ!牛車の進路を塞ぐ狼藉ものじゃ!」
貴族が喚いている。
六郎の目の前が、真っ赤に染まった。
「そうそう。また出たらしいですよ、アレが」
「まさか、鬼?」
佳香は、訊き返した。
「鬼が出たの?どこに?」
「鳥辺の辺りだそうですよ。恐ろしい」
鬼。異形をした体の大きな恐ろしいものだと聞く。人を襲って、喰ってしまうとも。
もののけは、部屋の隅や塗籠などにも潜み、人を狂わせたり、恐ろしがらせたりするのだそうだ。
佳香はどちらも見た事は無い。もののけは陰陽師でもなければ見えないだろうが、鬼ならばただの人でも見えるらしい。
「見たい・・・」
「姫様?」
「だって、どんなものか興味はない?物の怪は見えなくても、鬼は見えるのよ?」
「何をおっしゃいますか。恐ろしい」
「姫様。もう入内なされるというのに、まだお転婆は治りませんか」
久々に、お説教が出そうだ。佳香はマズイと危険を察知し、さっさと謝った。
「行かないわよ、抜け出してなんて。ごめんなさい。ちょっと、面白そうだと思っただけよ」
侍女はどこか疑わしそうにしながらも、まあ、見に行くなんて事もまさかあるまいと、お説教を引っ込めた。
雅行は鬼の噂を聞いた。
「鬼か」
身の丈も大きな異形の化け物で、怪力のままに人を喰らうという。
「鳥辺あたりらしい」
「鳥辺か。死肉でも漁っているのかな」
鳥辺は葬送の場所で、死者が出ると、遺体は鳥辺へ運ぶのだ。
「退治しなくていいのか」
「検非違使が巡回しているだろうし、何せ、鬼だぞ。そう簡単に退治もできまい」
「確かにな」
雅行は思った。鬼を退治して、その褒賞にあの方をいただけないか、と。そして、なにをバカな事をと、ひっそりと嗤った。
具合の悪かった弟が、とうとう亡くなってしまった。ちょっとしたケガが原因で、傷口が膿み、熱が出、あっけなく逝ってしまった。
人の命など、あっけない。
車を借りて遺体を鳥辺へ運び、六郎は、辺りを見廻した。死体、死体、死体。そこにカラスがたかって死体をついばみ、蛆がわき、腐った肉が酷く臭う。
不気味な所だ。こんな所にまだ小さい弟を捨てに来ることになるなんて。慣れた気でいたが、これに、慣れはあるようで無いのか。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。六郎は、踵を返した。
そうなると、思い出すのは鬼の話だ。
「この辺りに出るとか言ってたな」
小声で独り言を言って、自然と足早になる。
どうにか無事、鬼にも出会わずに、鳥辺を離れる事ができそうだ。そう思った時だった。
一台の牛車がガラガラと六郎のいる辻に近付いて来た。
「お前、何をしている。早くどけ!」
供が声を上げる。身分の高い貴族の家の誰かが乗っているらしい。どこへ通うのだろう。
六郎は急いでそこを通り過ぎてしまおうと思ったが、運悪く、車輪が外れてしまった。
「あ・・・」
辻の真ん中で、よりにもよって貴族の牛車を止めてしまった。六郎は青くなる。
そこへ追い打ちをかけるように、牛車の中からイライラとした声がした。
「何をしておる。早うせい」
「はっ、それが、その・・・」
供の者が困ったような声を上げ、主がひょいと顔を出した。
「何をしてーーうっ、もしや・・・。いかん、穢れてしもうた。何て事だ。すぐに道を引き返して、陰陽師を呼んで占わせよ」
「ははっ」
「ええい、邪魔をしおって。せっかくの香が台無しじゃ」
舌打ちをして憎々し気に六郎を睨みつける貴族からは、六郎の知らないいい匂いがした。
「平民の死体など、汚らわしいものを運ぶものと逢うとは・・・。ああ。やっと、椿を手折る事ができそうというのに。この男、どうしてくれようか」
六郎の中で、何かが音を立てた。
汚らわしいだと?お前の欲に濁った目の方が、幼くとも働いていた弟よりも汚らわしい。その衣一枚、扇一本買う金があれば、兄は、姉は、弟は、死なずに済んだ。お前が女にうつつを抜かしている間にも、俺達は・・・!
ふつふつと、何かが内から湧いて来る。
「くそう。斬ってしまえ!牛車の進路を塞ぐ狼藉ものじゃ!」
貴族が喚いている。
六郎の目の前が、真っ赤に染まった。
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