百合と世界と名探偵

つむぎゆり

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蟻ジャンプ

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このお話は「百合と世界と名探偵」のサイドストーリーです。
この1本の短編だけで完結していますが、本編が気になった方は、よろしければイラストとアイコンありの本編もどうぞ~。
https://yuri.26g.me/(百合と世界と名探偵で検索!)
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 多江良たえらチグサは、ブラックボードに書かれていた、本日のメニューを眺めていた。
 どれも食べたことのない献立で、ちょっとやそっとで決められない。似たような生徒は多くいたようで、周りにも自分のようにメニューを選べない生徒は多くいるようだった。
「迷ってるの?」鷹森たかもりシュアの声が聞こえた。
 チグサが振り返ると、クラスメイトのシュアが少しかがむような仕草をして立っていた。同い年のはずなのに、妙に目にかかる髪が色っぽい。
「えーと…」チグサはすぐにシュアから、メニューに視線を移した。「そうなんだよね」
「私はC」シュアは即答した。Cは鯖の煮付けだった。
「シュアちゃん、決めるの早いね」
「べつに」
「決め手とか、あるの?」
「栄養」シュアはとくになんの素振りも見せることなく、自然に答えた。
「シュアちゃんらしいね」チグサはどこかおかしくなって、口に手を当てくすりと笑った。
 百合学園内の食堂はとても賑やかで、時間がたてばたつほど、話し声が反響して喧騒が大きくなっていた。チグサはBメニューに決めたあと、トレイを持って並んでいく。やがて自分の分を受け取ると、シュアの対面に座った。
「Bにしたんだ」前に座るシュアが、お味噌汁の入った器を両手で持ちながら言った。「エビチリ」
「なんか美味しそうだったんだよね」チグサは笑った。
 食事しながら、あらためてチグサは、シュアの顔をそれとなく見やった。紫色のウェーブがかかったセミロングヘアーに、頭の横には大きなリボン。その性格にやや似つかわしくないアクセサリーといえるが、どうやら上級生に、もっと可愛げをつけるようにと勧められてつけているようだった。
 普段は敵対する組織同士なのにな、とチグサは思う。
 自分は青百合生徒会で、シュアは赤百合生徒会。そして、自分は未来からきた人間で、シュアは異世界からきた人間だ。
 ふたりとも、天野川あまのがわノアに謎を解かせ、その体内反応を調査するという使命を負っている。だからこうして普通に話しているだけでも、どこか最初は違和感があった。だが、よくよく考えると、協力してもいいのになと思うが、自分が平和主義のせいだろうか。
「テスト近いよね」シュアが言った。
「あー、ねー」チグサはため息をついた。「もう絶望的すぎて…、食事も喉に通らない感じだよね」
「すっごい食べてるけど」シュアは目を細めた。
「こ、これは…。えーと…」チグサは視線をそらした。
「多江良さんっておもしろいよね」シュアは少しだけ口元をゆるめて言った。
「そ、そうかな」チグサは水を一口飲んだ。「もうなんていうか、未来の答案を見て、それで100点とりたい気分」
「カンニングにもほどあるけど」
 チグサはシュアに顔を近づけた。「もしくは、ミニEPTで、代わりに答えてほしいかな」と小声で言った。
「なにそれ?」
「今で言う、AIみたいなものなんだけど、空気を伝えて脳に語りかけてくれるの。もちろん、未来でも学校では禁止なんだけど」
「よくわからないけど…」シュアは額に手を当てた。「つまり、それを使えば、周りにバレずにカンニングできちゃうと」
「そういうこと」チグサは胸をはった。
「そんな自慢げに言われても…」
「いやいや!もちろん、使わないから。現代でも未来でも」
「声が大きいから」シュアは視線だけ周囲をぎょろぎょろと動かした。
「あ、つい」チグサは小さく両手を上げた。
「そんな便利なものがあるんだ。魔法では、さすがにむりかな」
「…あらためて考えると、私たち、すごい会話してない?」チグサは片手をそえ、シュアの耳元でささやいた。
「今更」シュアは肩をすくめると、鯖の身を小さくくずして、無表情のまま口の中に運んだのであった。


「どうしよう、チグサちゃん」
 その日の晩、チグサは自分の部屋で、隣部屋の佐竹さたけキモモから相談を受けていた。
 ふたりともベッドに腰掛けている。窓の外はもう暗く、BGMも何もかけていないため、部屋は静寂に包まれていた。
「えーと…、急にどうしたの、佐竹さん」チグサは頬をかいた。
「今度の数学のテスト、私、どうしても高得点、とらないと」
「え、あー…、なにか理由があるのかな」
「私のお母さん、かなり厳しくて、ほら、私、いやほらって言ってもわかんないか」キモモは思い出すように天井を見上げた。「最近、ずっとライブばっか行ってんじゃん」
「あー、聞いたことあるかも」
「それで、成績低いままだったら、もうライブのチケット買ってくれないとか言ってて」
「う、うーん…」
 それはしょうがないのでは、と少し思えなくもないが、とチグサは思ったが黙っておく。
「チグサちゃんだったら、成績よくする方法、何か知ってるって思って」
「え? な、なんで?」チグサは驚いた。「私、そんな成績よくないけど」
「そう? でも、生徒会入ってるじゃん」
「まあ、入ってるけど」チグサは正面を向いた。
 たしかに自分は青百合生徒会に入っているが、それは青百合生徒会が全員、未来からきた時空エージェントという理由だからである。また、実際にチグサは未来では成績がいいが、まだ現代の勉強にはなれず、こちらでの成績はそれほどふるっていなかった。いっそのこと、これも任務のひとつなのだから、少しぐらいどうにかしてほしいと思わなくもないが、EPTが現状のやり方を支持している以上、チグサもそれに従わないわけにはいかない。
「私はちょっとあれだけど、ほかの誰かに教えてもらうとかさ」チグサは、キモモに向き直って話した。
「えー、隣の部屋のよしみじゃーん」キモモは甘えるような声で言った。
「うーん、まあ、そうだけど」
「お願い、勉強おしえて」キモモは両手を合わせた。「もしくは、なにか成績よくする、こう、コツみたいの教えて」
「まあ、おしえるだけならいいけど…。たぶん効果ないよ? 私が教えてほしいぐらいだし」
「私、どうしても、今度のライブ行きたいの! だって、解散ライブなんだよ解散ライブ! これ逃すと二度と行けないんだよ!?」
 それを聞いたチグサはため息をつくと、腕を組み考えた。はたしてどうするべきか、と。


 数日後、体育の授業が終わり、制服に着替え終わったチグサは廊下を歩いていた。喉が乾いていたので、水を飲もうと水道に行くと、須藤すどうエリが先に水を飲んでいた。
 須藤エリは同じ2学年でも、成績がいいことで有名で、いつも学年上位を獲得していた。
 チグサは、ちらりと彼女の横顔を見やる。メガネが似合う美しい顔立ちで、右の横髪は耳の後ろにやっていたが、左は頬まで垂らしていた。
 そして思う。このエリに教えてもらえば、キモモも成績が伸びやすいのではないかと。ただ、彼女は無口でクールなことで有名で、とてもそんな頼みを承諾するようなタイプには思えなかった。
「なに?」エリは髪を中指でかきわけながら、きりっと冷たい表情でこちらを睨んできた。
「え!」気づけばじっと直視していたのだろう、チグサは大いに驚き両手を小さく上げた。「べ、べつに!」
「そう」エリがハンカチを取り出した。
「須藤さん、あの、誰かに、誰かにというか、勉強とかって教えてみたりとかって思わない?」チグサは言った。自分で言ってて勧誘下手すぎだろ、と感じる。
「思わない」
「アウチ!」
「じゃ」
「お願い、どうしてもだめ? 実は、悩んでる子がいてさ」チグサは前に回り込むように移動し、両手を合わせた。
「忙しいし、人と話すの苦手」
「うーん、そう言われると…」これ以上何も言えず、とチグサは思い勧誘を終わりにした。


 放課後、今までの話を青百合生徒会室に戻って、チグサはほかの三人に話した。
「どうすることもできんだろう」アオは書類に目を通しながら言った。青百合生徒会の生徒会長である。
「で、ですよねー」その横の机に立っているチグサは、想像通りの答えが返ってきて目を細める。
「まあ、自力で成績を上げるか、バイト…あ、でも、お金の問題じゃないんでしょう?」副会長のヒスイが椅子を回転させ、こちらに向いた。
「許可が出ないって話ですからね」チグサは手のひらを広げた。「チケットはすでにとれてるみたいです」
「まあ、ここはお嬢様学校だしな」アオが言った。「そういう親がいても不思議ではない」
「何かいい方法ないですかねー…」チグサは顎に手を当てて考える。
「チグサちゃん」ヒスイがこちらを見ながら言った。「困ってるからって、もちろん、ミニEPTを貸すとかだめよ」
「もちろんです、もちろんですってば!」チグサは両手をぶんぶんと、自分でもびっくりするぐらい大げさにふった。


 数カ月後。
 チグサは自分の部屋で、友達二人と生配信を見ていた。
 そのメンバーがかなりおかしな組み合わせで、シュアと、1年生の黒海テルという少女である。
 この黒海テルは、チグサたちがターゲットにしている少女の友達だ。誰とでも仲良くなれる性格で、噂話などにも精通している。そこまですごい親しいというわけではなかったが、今回はこの3人でとある目的があった。
 とある音楽フェスがあり、そこにお互いの好きなミュージシャンが出るというので、こうして中継を見に集まったというわけである。
「すごい同接ですねー」テルはクッションを両手で抱え、ベッドに腰掛けながら言った。
「テルちゃん、1年生なのに、上級生と馴染むのうますぎだよね…」チグサはやや呆れながら言った。
「えへへ、お世話になってます!」テルは片目をつぶって敬礼した。
「そういえばさ、ここに出るアーティストで」3人の中央に座るシュアが言った。「まえに話した、…そうだ、佐竹さんの好きなグループ出てたよね」
「あ、でも、もう解散しちゃったよ」チグサは答えた。「でも、ライブは行けたみたいなんだよね」
「え、なんですかそれ!」テルが身を乗り出す。「私、気になります!」
「…いや、そんな、うーん、まあ言っちゃっていいか」チグサは手のひらを広げた。「これ秘密だよ?」
「大丈夫です、私、口固いですから」テルは微笑む。
「信じられないけど」チグサは目を細める。「ほら、2年の、佐竹さん、成績が悪くなっちゃって、ここのグループの解散ライブ、親から許可が出なかったのね、見に行くのに」
「ほうほう」
「で、私が相談に乗って、どうにもしてあげられなかったんだけど…」
「だけど?」
「ライブ、結局行けたんでしょ?」シュアがベッドに両手をつきながら言った。部屋着だからか、珍しいショートパンツ姿である。
「そう」チグサは人差し指を立てた。「この話、シュアちゃんにもしたんだけど。シュアちゃん、成績いいし」
「つまり、成績がよくなったんですか?」テルが尋ねた。「佐竹先輩は」
「よくなった」チグサは頷いた。「でも、なぜだかはわかんないんだよね」
「うーん、あれですかね、テル名探偵が推理するに」テルは顎に手を当て、腕を組んだ。「きっと、不思議な機械か何かで、カンニングでもしたんでしょうか」
「え!?」チグサは驚いた。「いやいやまさか」
 それからライブが始まるまで、3人は雑談をする。やがて、テルがお手洗いで席を立ったタイミングで、シュアがチグサに話しかけてきた。
「ねえ、本当に、あのミニEPTとやらを貸したんじゃないの?」
「か、貸さないってば」チグサはぶんぶんと手を横に振った。「ていうか、未来の機器を貸した時点で、私、重罪人だし」
「まあ、そうか」
 やがてテルも戻ってきて、3人でライブを鑑賞する。
 すると、ライブの最前列、そこの観客席が一瞬だけ見えた。
 そこにいたのは、キモモとエリの姿だった。
「あれ…」チグサは目を細めた。もうライブ映像に切り替わってしまったが、思わず身を乗り出していた。「今、佐竹さんと…、須藤さん、いなかった?」
「いたね」シュアが言った。「二人とも、こういうの趣味だっけ。とくに須藤さん」
「あれ?」テルが首をかしげた。「付き合ってるんですよね、あの二人」
「え!?」チグサとシュアはほぼ二人同時に声を上げた。
「あれ、知らないんですか? あ、でも、付き合い出したの、たぶん一ヶ月前とかだから…」テルは思い出すように視線を横にやった。
「そうか」シュアが言った。「それで、成績がよくなったのか、須藤さんが佐竹さんに教えて」
「詳しいことは知らないですけど」テルがこちらに向き直った。「たぶん、勉強を教えてもらうために、佐竹先輩が、須藤先輩の部屋に何度も行ってたっていう話は聞いてます。それがきっかけじゃないですか?」
「でも、それで、付き合ってるってなる?」チグサが答えた。
「あ、でも、佐竹さんが仲いい人には言ってるみたいですけど。…まあ、1年の私に届くぐらいだから、けっこう、広まっちゃってるみたいですけど」テルは苦笑いをした。
 チグサとシュアは顔を見合わせる。二人で黙ってしまう。
 もう一度、モニターに視線を見やる。もう、キモモもエリももちろん映っていないが、まるで歌が頭に入ってこなかった。
「…はあ、えーと、女子校って、そういうの、ほんとにあるんだねぇ」自分でもなんだこの感想は、と思ったがチグサは思わず口にした。
「まあ、迷惑かけなければ、成績もよくなってるしいいんじゃない?」シュアが言った。
「へへー、私がいてよかったですねー」テルが笑った。「これで謎がひとつ解けましたよ」
「いてよかったかなぁ」チグサは頬を引きつらせる。「知らなかったほうがいいような、知らなかったほうがよかったような…」
「なんかお腹すいてきたな」シュアがぼそりとつぶやく。
「え、なんで?」
「頭使いすぎたかも。栄養が足りない」シュアがこめかみを押さえた。
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