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菊屋敷。
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僕の部屋の中には、よく菊の花が飾り付けられていた。
姉の趣味で、家の中には、色取り取りの菊が飾っていた。
僕の両親は、僕が中学生の時に、姉が高校生の時に離婚しており、姉と僕は父親に引き取られた。母親は離婚調停が終わった後、音信不通になったと父から聞かされた。元々、母親はキャバクラで働いていたのを客であった大手企業に勤めていた父と恋仲になった為に、そのまま結婚に至ったのだそうだ。
姉と僕を産んだ後も、母は父に黙って男と遊び歩いていたらしい。
いわゆる、不倫という奴なのだが、特定の男性と不倫していたというわけではなく、何名もの男達と交際していたらしい。
父はそれに長い間、我慢していたらしいが、姉と僕がある程度の年齢になってから、ついに母とは離婚する事になった。父はそれから、僕と姉に対して“大学まで行かせられる学費は出してやれない。もしどうしても行きたいなら、奨学金を借りて行ってくれ。高校を卒業したら働いてくれるのが一番嬉しい”。そう憔悴した顔で言った。
家はそれなりに広かったので、僕と姉、それぞれに部屋が割り与えられた。
ある時から、姉は菊の花をよく家の中に飾るようになった。
菊の花を飾るようになってから、姉が少しずつ、けれども確実に心を病み始めたのは分かった。
「佳一(けいいち)。花を絶やさないようにね」
姉はいつも、そう言うのだった。
そして、菊の香りのするポプリをいつも持ち歩いていた。
ポプリをカバンの中に入れて、学校に行っているみたいだった。
枯れた菊は、ゴミ箱ではなく、裏庭に捨てられる。
朽ち枯れた菊の堆積物が、裏庭のコンクリートの地面に積み上げられていった。虫も湧いていたので、近隣住民から苦情が来る前に処分してくれないか、と、父と僕は姉に言っていたのだが、姉は一向に聞かなかった。
仕方なく、僕と父は花壇を買ってきて、朽ち枯れた菊を何も植えていない花壇の上に置くようにした。そうすれば、集まってきた虫達は花壇の土の底に潜るだろうと判断したからだ。
花壇には次第に増えていった。
同時に、高校生になってバイトを始めた姉がバイト代で菊を購入する為に、菊と花瓶を購入する量が増えた。
いつしか、僕達の家は、近所からヒソヒソと『菊屋敷』と呼ばれるようになった。
姉は何を思って、菊を買い続けているのだろう?
僕には、さっぱり理解する事が出来なかった。
ただ、気付いていた事は、姉は何処か心を病んでいるのだろうという事だった。
そして、その病み方が一体、どういう事なのか分からない……。
鬱の症状とも違うし、パニック症状を起こさない。
また、変な支離滅裂な妄想を話したり、自傷行為を行ったりもしない。
それでも、僕は、姉が心を病んでいるのだと確信していた。
家の中で菊を生ける為の花瓶が増える度に、僕と父は言い知れない不安に襲われていった。
ちなみに、姉の部屋には鍵が掛かっていなかった。
姉がよく風邪で高熱を出して寝込むなど、病気がちでよく部屋にひきこもってベッドの上にうずくまっていた。僕は父に言われて、病気の姉の為の風邪薬や食事を持っていく時、姉の部屋の中に入った。
白いベッドの上に眠る姉の周りに、大量の菊の花が飾られている。
まるで、その光景は姉のお葬式に立ち上がっていて、姉は納棺される死体のように見えた。僕が盆の上に置いた食事と風邪薬を置くと、姉はびっしょりと汗をかきながら、僕の方を眺めて礼を言った。
……姉は生きながら、死人になりたかがっているのだろうか?
菊は高貴な花で、日本人に馴染みが深く、元々は葬式の花のイメージは無かったのだと言われている。けれども、どこか姉の行動を見ていると、何処か自らの葬式を行っているように思うのだ。
僕の身体にも、菊の匂いがべったりと付いていた。
何処にいても菊の匂いが漂っている。
自分の服に菊の匂いが付いているのが分かった。
同級生から、色々、言われたが、僕は適当な事を言ってかわした。
汚物などの臭いとはまた違うので、いじめなどの対象になる事は無かったが、それでも、同級生達と僕の間には、何とも言えない見えない障壁のようなものが生まれていた。
姉は母を失った痛みで、菊の花を飾っているのだろうか?
それとも、何か別の特殊な病気の類だったのだろうか……?
ある時から、姉は学校に行かずに、部屋に閉じこもるようになった。
いわゆる、ひきこもりである。
高校卒業を控えていたので、父は頭を抱えた。
何とか卒業する為の単位を取ってくれと言われて、父は姉を何とかして学校に行くように説得した。
姉は父に説得されて、しぶしぶ学校に行って、早退を繰り返して部屋に閉じこもっていた。
困り果てた父は、姉を精神科に連れて行った。
診断結果としては、姉は鬱病だと言われ、幾つかの薬を渡された。
薬を飲ませて、父は何度も説得して、ムリヤリ姉を学校に行かせ続けた。
そして、なんとか姉は高校の卒業証書を貰い、僕は中学三年生になった。
姉は何処の大学も受験せず、専門学校にも行かず、また就職活動もしなかった。
高校卒業後、ひきこもりが酷くなり、部屋から出られない状態がずっと続いていた。
父は仕方なく、姉をそのまま放置していた。
姉に食事を持っていくのは、相変わらず僕の役割になった。
僕は相変わらず、姉に食事を運ぶ。
姉は父と僕が使った食事は半分くらいしか食べず、代わりに菊を食べ続けていた。
ある日の事だった。
一階の使われていない部屋の床をリフォームする事になった。
父は部屋の床の板を剥がして、張り替えるつもりでいた。
途中、奇妙な箇所を発見した。
明らかに床の一部が外れる場所があり、下の土が剥き出しにされている箇所があった。
その箇所から床下を移動する事が出来るみたいだった。
父は懐中電灯で床下を調べていたらしい。
そして、奇妙なものを見つけたのだと。
それは何かが埋められていると思われる箇所だった。
明らかに地面の一部が盛り上がっている。
父は不審に思って、床下の奥にあった盛り上がっている部分をスコップで掘っていった。
すると。中から、人骨が出てきた。
人骨は失踪した母の服を着ていて母の身に着けていたネックレスを付けていた。
頭蓋骨の部位に大きな損傷があった。
父と僕は、そこで気付いたのだった。
何故、姉が菊の花を家の中に敷き詰めていたのか…………。
それは遺体が腐敗する臭いを隠す為だったのではないのか……?
そして、姉は母の”葬式”を行い続けていたのではないか?
姉は今も狂人として、自室に閉じこもっている。
父はどうすればいいか分からず、僕と二人で話し合った後に、
母らしき人骨は埋め直して、見なかった事に決めた。
了
姉の趣味で、家の中には、色取り取りの菊が飾っていた。
僕の両親は、僕が中学生の時に、姉が高校生の時に離婚しており、姉と僕は父親に引き取られた。母親は離婚調停が終わった後、音信不通になったと父から聞かされた。元々、母親はキャバクラで働いていたのを客であった大手企業に勤めていた父と恋仲になった為に、そのまま結婚に至ったのだそうだ。
姉と僕を産んだ後も、母は父に黙って男と遊び歩いていたらしい。
いわゆる、不倫という奴なのだが、特定の男性と不倫していたというわけではなく、何名もの男達と交際していたらしい。
父はそれに長い間、我慢していたらしいが、姉と僕がある程度の年齢になってから、ついに母とは離婚する事になった。父はそれから、僕と姉に対して“大学まで行かせられる学費は出してやれない。もしどうしても行きたいなら、奨学金を借りて行ってくれ。高校を卒業したら働いてくれるのが一番嬉しい”。そう憔悴した顔で言った。
家はそれなりに広かったので、僕と姉、それぞれに部屋が割り与えられた。
ある時から、姉は菊の花をよく家の中に飾るようになった。
菊の花を飾るようになってから、姉が少しずつ、けれども確実に心を病み始めたのは分かった。
「佳一(けいいち)。花を絶やさないようにね」
姉はいつも、そう言うのだった。
そして、菊の香りのするポプリをいつも持ち歩いていた。
ポプリをカバンの中に入れて、学校に行っているみたいだった。
枯れた菊は、ゴミ箱ではなく、裏庭に捨てられる。
朽ち枯れた菊の堆積物が、裏庭のコンクリートの地面に積み上げられていった。虫も湧いていたので、近隣住民から苦情が来る前に処分してくれないか、と、父と僕は姉に言っていたのだが、姉は一向に聞かなかった。
仕方なく、僕と父は花壇を買ってきて、朽ち枯れた菊を何も植えていない花壇の上に置くようにした。そうすれば、集まってきた虫達は花壇の土の底に潜るだろうと判断したからだ。
花壇には次第に増えていった。
同時に、高校生になってバイトを始めた姉がバイト代で菊を購入する為に、菊と花瓶を購入する量が増えた。
いつしか、僕達の家は、近所からヒソヒソと『菊屋敷』と呼ばれるようになった。
姉は何を思って、菊を買い続けているのだろう?
僕には、さっぱり理解する事が出来なかった。
ただ、気付いていた事は、姉は何処か心を病んでいるのだろうという事だった。
そして、その病み方が一体、どういう事なのか分からない……。
鬱の症状とも違うし、パニック症状を起こさない。
また、変な支離滅裂な妄想を話したり、自傷行為を行ったりもしない。
それでも、僕は、姉が心を病んでいるのだと確信していた。
家の中で菊を生ける為の花瓶が増える度に、僕と父は言い知れない不安に襲われていった。
ちなみに、姉の部屋には鍵が掛かっていなかった。
姉がよく風邪で高熱を出して寝込むなど、病気がちでよく部屋にひきこもってベッドの上にうずくまっていた。僕は父に言われて、病気の姉の為の風邪薬や食事を持っていく時、姉の部屋の中に入った。
白いベッドの上に眠る姉の周りに、大量の菊の花が飾られている。
まるで、その光景は姉のお葬式に立ち上がっていて、姉は納棺される死体のように見えた。僕が盆の上に置いた食事と風邪薬を置くと、姉はびっしょりと汗をかきながら、僕の方を眺めて礼を言った。
……姉は生きながら、死人になりたかがっているのだろうか?
菊は高貴な花で、日本人に馴染みが深く、元々は葬式の花のイメージは無かったのだと言われている。けれども、どこか姉の行動を見ていると、何処か自らの葬式を行っているように思うのだ。
僕の身体にも、菊の匂いがべったりと付いていた。
何処にいても菊の匂いが漂っている。
自分の服に菊の匂いが付いているのが分かった。
同級生から、色々、言われたが、僕は適当な事を言ってかわした。
汚物などの臭いとはまた違うので、いじめなどの対象になる事は無かったが、それでも、同級生達と僕の間には、何とも言えない見えない障壁のようなものが生まれていた。
姉は母を失った痛みで、菊の花を飾っているのだろうか?
それとも、何か別の特殊な病気の類だったのだろうか……?
ある時から、姉は学校に行かずに、部屋に閉じこもるようになった。
いわゆる、ひきこもりである。
高校卒業を控えていたので、父は頭を抱えた。
何とか卒業する為の単位を取ってくれと言われて、父は姉を何とかして学校に行くように説得した。
姉は父に説得されて、しぶしぶ学校に行って、早退を繰り返して部屋に閉じこもっていた。
困り果てた父は、姉を精神科に連れて行った。
診断結果としては、姉は鬱病だと言われ、幾つかの薬を渡された。
薬を飲ませて、父は何度も説得して、ムリヤリ姉を学校に行かせ続けた。
そして、なんとか姉は高校の卒業証書を貰い、僕は中学三年生になった。
姉は何処の大学も受験せず、専門学校にも行かず、また就職活動もしなかった。
高校卒業後、ひきこもりが酷くなり、部屋から出られない状態がずっと続いていた。
父は仕方なく、姉をそのまま放置していた。
姉に食事を持っていくのは、相変わらず僕の役割になった。
僕は相変わらず、姉に食事を運ぶ。
姉は父と僕が使った食事は半分くらいしか食べず、代わりに菊を食べ続けていた。
ある日の事だった。
一階の使われていない部屋の床をリフォームする事になった。
父は部屋の床の板を剥がして、張り替えるつもりでいた。
途中、奇妙な箇所を発見した。
明らかに床の一部が外れる場所があり、下の土が剥き出しにされている箇所があった。
その箇所から床下を移動する事が出来るみたいだった。
父は懐中電灯で床下を調べていたらしい。
そして、奇妙なものを見つけたのだと。
それは何かが埋められていると思われる箇所だった。
明らかに地面の一部が盛り上がっている。
父は不審に思って、床下の奥にあった盛り上がっている部分をスコップで掘っていった。
すると。中から、人骨が出てきた。
人骨は失踪した母の服を着ていて母の身に着けていたネックレスを付けていた。
頭蓋骨の部位に大きな損傷があった。
父と僕は、そこで気付いたのだった。
何故、姉が菊の花を家の中に敷き詰めていたのか…………。
それは遺体が腐敗する臭いを隠す為だったのではないのか……?
そして、姉は母の”葬式”を行い続けていたのではないか?
姉は今も狂人として、自室に閉じこもっている。
父はどうすればいいか分からず、僕と二人で話し合った後に、
母らしき人骨は埋め直して、見なかった事に決めた。
了
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