『マッチング・アプリ』

朧塚

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心を許してはいけない相手。

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 私は今年、二十一歳になる女子大生だ。
 とある、マッチング・アプリに友人に誘われて登録する事になった。
 マッチング・アプリとは恋愛や結婚などの出会い目的の、所謂、出会い系サイトを今風に言っているアプリの事だ。登録してみると、男からのメッセージが本当に多い。私はそのメッセージがうざくなったら、性別の欄を男にしてみたら、ぴったりとメッセージが止んだりした。アプリ内では年齢や顔を偽っている者もいたり、性別を偽っている者も多い。

遊果ゆかに付き合うのは、今回だけだからね」
 私が元々、このアプリを使い始めたのは、高校からの友人である遊果に半ば強引に誘われてからだった。遊果は高校時代から彼氏が二人いたり、大学に入ってからも、関係を持っている男が複数名いた。そして彼女は夜の仕事を始めてから、恋愛依存、性依存が加速していった。遊果は元々、精神的に不安定な人間で、誘われたら誰とでも関係性を持つような傾向があった為に、よくおかしい男と関わっていた。
 ……そして、大抵の場合、その愚痴を聞かされるのは私だったのだが……。

砂織さおりちゃん。今度の男はね。四十代で、ホストをやっている人なんだよ! 来週までに二十万は貸して欲しいって言われているんだけど、どうしよう……?」
「そんなの無視しなよ。っていうか、何なのよ、四十代のホストって…………」
 この前は、39歳の元アイドル事務所に所属していた男と交際していた。その男とはアプリで知り合ったのだが、アイコンにしている顔写真は昔のイケメン男性芸能人に似ていたらしい。だが実際に会ってみると、かなり加工した顔で、貧相な親父だったのだと聞く。

「ホント、遊果は地雷男ばっかり引き当てるんだから、もっと男をちゃんと選びなよ」
「え、でも、私、同年代の子と感性合わないし」
 そう言って、遊果は舌を出す。
 遊果は家庭環境が複雑なせいか、昔から同年代の男子とは話が合わなかった。みんなガキに見えていたのかもしれない。遊果は両親が離婚して父親と離れているせいか、ひたすらに父性を求めるかのように、年上の男性を好んでいた。十六歳の時点で、他校の教師と付き合っていた事は数少ない人間の間での秘密だ。
 
「最近、アプリで変な人から頻繁に連絡が来るんだよね」
 私は遊果に相談する事にした。
「どんな人?」
「ん、なんか、心を病んでる人なんだけど……」
 私はアプリで届いたメッセージを遊果に見せる。

 相手は女だ。
 大量の“死ね”という文字が並んでいる。
 この女の人は社会人でバリバリのキャリアウーマンらしいのだが、会社で上手くいっていないらしくて、私はよく彼女の愚痴を聞いていた。ただ、彼女は少し心を病んでいるらしくて、頻繁に悪態を付いていた。私に依存気味で不機嫌になると、罵詈雑言を浴びせてくる。

「ちょっと、砂織。この人、怖いよ。もうさっさとブロックした方がいいよ…………」
「えっ…………」
 私は悩んだ。
 確かにそうするのがベストなのだと思う。
 だが、いきなりブロックすると物凄く申し訳ない気分になってくる。

 エリ。
 エリさん、と私は呼んでいる。

 ……ブロックすると申し訳ない気分になってくるのだが、更に怖いというのもあった。

「その人。絶対、ヤバい人だって…………」
「でもさ。実は、既に他の人からメッセージで注意喚起されていて……」

 なんでも、エリという人は色々な人に粘着しているのだという。
 女の人を装った男。つまり、ネカマなのかな、とも疑っていたが、どうも本当の女の人らしい。男のユーザーから話を聞く限り、かなり心を病んでいるみたいで、実際にキャリアウーマンなのかも、二十代なのかも怪しいという話だ。

「明らかに関わるとヤバい奴じゃん。とにかく、ブロックして逃げようよ」
「でも、私、この人からサオリちゃんだけが頼りなんだよね、とか言われているんだよ…………」
「そんな関係にしちゃ駄目だよ!」
 遊果は当たり前のように呆れていた。確かに私は面倒臭い人間に依存されると離れて貰う事が出来ない性格だった。
「いや、でも、今は愚痴を聞いたり、相談に乗っているだけだから」
「もう、沢山、死ねとか、お前死ねとか言われてるじゃん」
「大丈夫だよ……。少しなだめれば落ち着くから…………」

 だんだん、エリの要求は大きいものになってきた。

 なんでも、エリはストレスが溜まると、ライターの火で自分の身体を焙る癖があるらしい。自傷行為としてはカッターや、たまに針を使うという話は聞いた事があり、実際、高校時代は遊果も軽くやったりしていて、私が遊果をなだめたりしていたのだが、遊果は大学時代になってようやく自傷を卒業する事が出来たみたいだ。その類なのかな、と思うと、エリの行動は日増しにエスカレートしていった。ライターの火で焙るのは最初は腕で、次は脚だった。そして、腹や胸といった箇所まで焙るみたいだった。酷くてエゲつない火傷痕の写真が、次々に私の瞳に焼き付いていった。

 ……気持ち悪い、何とかしてこの人と離れたい。
 けれども、私はエリからとてつもなく得体の知れない怖さを感じていた。

 大量に燃やされた黒焦げの本みたいなものも送り付けられてきた。
 何の本かと訊ねると、嫌いな女の写真集なのだそうだ。
 話を聞くと。嫌いな女がグラビアアイドルになって写真集に出したらしい。嫌いな女は高校時代、大学時代などの同級生らしい。何名かいて、グラビアアイドルやちょっとした芸能人になってTV出演した為に、嫌いな女が出ている雑誌などもまとめて燃やしたとの事だ。……エリの言っている事の真偽は定かではない。ただ事実としてあるのは、徹底した悪意を持って炭と灰にされた紙束だけだった。

 ある日の事だ。
 エリから、いつものように、写真付きメッセージが来た。
 何か部屋の写真が写された。
 今、部屋の中でバーベキューをしているのだと言う。
 写真が次々と送られてくる。
 部屋の中は黒焦げ状態だった。
 
 エリは私に電話しようと、言ってきた。
 私はおそるおそる、電話に出る事にした。

 電話の向こうでは、ぼそぼそ、と、小さなかすれ声が聞こえてきた。女の人ではあるが、年齢不詳だった。そもそも、この人は本当にキャリアウーマンなのだろうか?

「うふふ。ひひっ、燃やしちゃった。燃やしちゃった」
「あ、あの。エリ、エリさん、ですか?」
「はい。そうですよ。ひひっ。うひひっ。燃やしちゃった。嫌なもの、嫌な過去、全部、全部、燃やしちゃった」
 電話の向こうで、エリはゲラゲラと大声で笑い続けていた。

「あんた、のとこ、住所知っているから、燃やしに行く。燃やしに行く。うひひっ、大好き、大好きだよ。あたしの事、もっと大切にして、大切にしてくれたら、燃やしに行かないから、もっともっと大切にして」
 エリは笑い続けていた。
 私は電話を切って、エリをブロックした。
 そして、アプリを退会した。

 私は泣きながら、遊果と連絡を取っていた。
 
「洗脳状態だったんだよ、これで切れて良かったじゃん」
 遊果はけらけらと笑っていた。
「まあ、これに懲りたら、砂織は人に優しくし過ぎる性格を改めないとね。人は選ばないと」
「いや、私がこんな断れない性格になったの、高校時代、病みまくっていた、あんたから依存された事が原因なんだけど……」
「あは、あはっははは」
 遊果は笑って誤魔化していた。

 数日後。
 例のアプリを未だ退会せず、男を漁っていた遊果へとエリからメッセが来た。
 遊果はすぐにブロックしようと考えたが、ある写真が添付されていたらしい。

 それは、私の家の周辺の写真だった。
 私の家の写真が大量に遊果の元へとメッセで貼られていたらしい。同時に大量の火傷痕の自傷写真も送られていたらしい。

 あの子を恨んでいる、と、一言、メッセージには書かれていたそうだ。
 私はそれを見れない。
 気付けば、私はトイレに行って吐いていた。

 遊果に送られた写真の中には、大量のガスバーナーと灯油を写したものも混ざっているらしかった。


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