『人魚伝説の村』

朧塚

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人魚の肉。

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 人魚の肉を食べると“不老不死”になるという伝説がある。
 そして、この村の付近に住まう、人魚自身も“不老不死”である、と。

 私は「彼女」に魚だけを食べさせる。
 彼女の身体はだんだんと魚で血肉が作られていく

 半年ほどして私は彼女を「食べる」。
 彼女の身体は「魚」で作られている筈だ。

 私は不老不死になるべく「彼女」を食べる。
 潮の味が口の中に広がった。



 大学三年の夏休み、俺は友人の仙波と一緒に、ある漁村へと向かう事にした。
 その漁村から出る船から、小さな島に行く事が出来るのだと。

 漁村は新幹線に乗ってから、更にバスを乗り継いでやっと目的地に到着出来る場所だった。漁村なだけあって、この辺りにある食堂は魚料理がとても美味しい場所だった。

「飯食うだけでも来たかいがあったな」
 食堂の中で仙波(せんば)はそんな事を言う。

「ははっ。そうだな」
 俺も笑った。

 俺達は食堂のおばちゃんと雑談していた。
 大学生活の事。アルバイトでの失敗の事。恋愛での失敗の事。家族間での仲の事など、そんな、プライベートの事を自然に話していた。

 おばちゃんは気さくな人だった。
 聞き上手で、話を引き出すのが上手かった。

「そういえば、この辺りの人魚伝説の話を聞かせてくれませんか?」
 俺はおばちゃんに、此処に来た理由を話した。

 この辺りの漁村には、人魚伝説があって、それもとてもおぞましい伝承として伝わっているのだと。
 そして、俺は、例の人魚伝説の話を食堂のおばちゃんに話した。

「そうねぇ。あたしが聞かされたのは、そんなに怖いお話じゃないけど、確かにこの辺りには人魚の伝説があるわねぇ」

 海の方に行けば分かるかもしれないと、おばちゃんは地図を描いて、俺に渡してくれた。実はスマホで海までの道は分かったのだが、おばちゃんのそんな親切がとてもありがたかった。

「それにしても、あのおばちゃん、本当に良い人だったよな」
 俺と仙波は食堂を出て、歩いて浜辺へと向かう事にした。
 漁船が幾つも見える。
 後、二十分程度歩けば、浜辺に辿り着く事が出来る筈だった。

 そして、人魚伝説の目的地となる場所にも行ける筈だ。

 それから、三十分後の事だ。

 俺達は冬の浜辺を歩いていた。
 この辺りが人魚伝説のある場所だ。

「そういえば、この辺りの伝説によると、洞窟があるんだっけなあ?」
 仙波はそんな事を言いながら、冬の海をデジタルカメラでぱしゃぱしゃと撮影していた。
 波の音がざわめいている。

 此処はとても神秘的な場所だった。
 そして、上手く言えないが……何処か不気味な場所でもあった。

「夏に来たら、泳ぐんだけどな」
「ああ。違いない」
 俺達は笑った。

「そういえば、北河。あそこに洞窟を見つけたぜ」
 そう言って、仙波は指で差す。

 確かに海岸には洞窟のようなものがあった。

 俺達二人は、その洞窟へと向かう事にした。

 洞窟の入り口まで来ると、まるでその洞窟は何か生き物の口のように見えた。肉食動物が大口を開けているかのようだ。仙波は楽しそうに洞窟の写真を撮っていた。

「さてと。中に入ろうぜ」

 洞窟に入るには、多少、脚を海の水に浸けなければならなかった。

「おい。何か生き物の気配のようなものがしないか?」
 仙波は言う。
 洞窟の中は水溜まりばかりだった。魚が泳いでいる。
 天井には昆虫が這い回り、コウモリらしきものもいる。

「生き物の気配なんて、いくらでもあるだろ」
「いや、俺の言い方が悪かった…………。なんか、人の声のようなものが聞こえないか? 洞窟の奥から?」
「はあ?」
 俺は裏返った声を出したが、言われてみると、人がまるで呪文でも唱えているような声が聞こえるような気がする。

 少し怖くなったが、せっかく此処まで来たのだ。引き返すのはもったいない。そういうわけで、俺達二人は洞窟の奥へと歩みを進めていった。

 洞窟の奥へ近付くにつれて、水溜まりが大きく深くなっていく。
 転んだら、カメラを濡らして壊す事になるなあ、と、仙波は軽口を叩いていた。

 しばらく歩くと、俺達は異様な光景を眼にした。
 というか、異様な人物を眼にしてしまった。

 鍋だ。
 鍋の下に火を焚いて何かを煮ている、奇妙な男がいた。男が着物を着ており、髪の毛と髭がぼうぼうで、年齢不詳だった。鍋はガスコンロによって煮られている。

「ここは、わしがねぐらにしとるんだがなあ」
 男はそんな事を言った。

「坊主共。せっかく来たんだから、鍋、喰うか……?」
 男はにんまりと笑った。
 剥き出しの歯は、所々が欠損している。

「あの、おじさんは…………?」
 仙波が訊ねる。

「ああ。わしか? わしはのう。所謂、“家無しの根無し草”って、この辺りでは呼ばれてるなあ」
 男は笑う。

 最初、少しだけ怖かったが、どうやら人間みたいだ。
 おそらく、ホームレスなのだろう。
 俺達は大学のサークルの活動の一環で、ホームレスへのボランティアも行った事がある。だから俺達はホームレスに特に偏見のようなものは無い。彼らも生きた人間だ。

「鍋、ください。食べてみます」
 仙波はそう言って、さっそく男から鍋を貰う事にした。

 意外に綺麗なお椀が出てきた。
 お椀の中には、魚などの魚介類の臭いがする。潮の香りが強かった。

「これ美味しいですね。貝や海藻も入っている。それに魚。何の魚ですか?」
「これかい? これは人魚の肉だよ。坊主」
 おじさんは鍋の中身を食べ続けていた。

 仙波は美味しいと言って、鍋のお替りも頼んでいた。
 俺は何故か、食べる気になれなかった。

「ごちそうさまです」
「じゃあ。俺達はここで…………」
 俺は何だか、自分一人だけ悪い気がして、その場を早く立ち去りたかった。

 仙波はおじさんと一緒に記念撮影をしていた。

 俺はなんだか早く、この洞窟内から出たかった。

 普通に考えて、妙な洞窟の奥に入ったら、怪人物が住んでいて、怪しげなものを振舞う。どう考えても異常としか言えない事態だ。

「美味しかったですっ! おじさんっ!」
「またなっ! 坊主っ!」

 俺達二人は洞窟の外に出た。
 洞窟の外に出ると、辺りはすっかり暗くなり始めていた。
 俺と仙波は予約していた宿へと向かった。

 宿に辿り着いて、俺は普通の食事を口にした。地元名物の品々らしく、刺身や天ぷらなどがとても美味しかった。
 仙波はあまり宿での食事を口にしなかった。

「俺。銭湯行って、先に寝るわ」
「おう。そうか」
 そう言うと、仙波はせっかくの海鮮料理を半分も食べずに出ていった。
 
 その日。俺は奇妙な夢を見た。

 あの洞窟の中にいた、おじさんの夢だった。
 おじさんは、鍋を煮ている。

「のう。そっちの坊主。そっちの坊主は、わしの鍋を口にしなかったのう」

 俺は一言謝ろうと思ったが、上手く言葉が出なかった。

「この鍋には人魚の肉が入っておる。この洞窟の更に先に、捕らえた人魚が今も住み、幾ら身を削っても、肉や内臓を取っても、一向に死なない。何故なら、人魚は不老不死だからのう。そして、わしもまた、不老不死になった。人魚の肉を喰らったから」

 おじさんは何者なんです?
 俺は訊ねる。

「わしか? わしはもう、百年以上は生きておるの。一向に年を取らない。髪や髭は伸びるが、年齢を重ねる事も無い。あのもう一人の坊主には悪い事をしたのう。わしは寂しかった。だから、分け与えたくなったんじゃ」

 仙波は一体、どうなるんです?

「海を恋するようになる。もう人の世界では生きていけんくなる。わしのように。わしは人魚の肉を喰い続けて、人の形を保っておる。お前さんの友達だが。本当に済まない事をした」

 そうして、俺の夢は醒めた。
 俺は寝汗をびっしょりとかいていた。

 仙波がいない。
 仙波を探す事にした。

 彼は銭湯の中にいた。
 元々、貸し切り状態の人の訪れる事が少ない宿だ。
 仙波は、夜通し、銭湯の広々とした湯舟の中で泳いでいたらしい。

「おい。のぼせなかったのか?」
「いんや。冷たい水にも浸かりながら泳いだ」
 俺は眼を疑った。
 仙波の手首の先に鱗が生えているように見えたからだ。

 それから、俺達は宿をチェックアウトした。



 やがて、冬休みが空けて、大学生活に戻った仙波の行動はただただ異常だった。
 彼は住んでいるアパートの中で何時間も水風呂に浸かる。生魚ばかりを口にする。そんな行為を繰り返しているのだと言う。はたからみれば異常なのだが、彼は楽しそうにその事を口にするのだ。

「何かとても清々しい気分になるんだよー」
 彼はそう言って、近くの真冬の海に飛び込んだりもしているらしい。

 やがて、もうすぐ春になる頃だった。
 仙波から連絡は途絶えてしまった。

 アパートの管理人は今月分の家賃が払われていない、来月も戻らなかったら、強制的に引き払って貰うと言っていた。その際に管理人さんは、玄関先に置いてあったデジタルカメラを俺に渡してくれた。

 俺はデジカメの中を自分のアパートに戻って、覗いてみる。

 そこには写真のようなものが何枚か映っていた。
 洞窟の映像だ。
 俺は写真を動かしていく。

 一枚だけ不気味な写真があった。
 他でも無い、あの洞窟の中に住んでいたホームレスのおじさんと仙波が一緒に映っている写真だった。俺はおじさんの顔をまじまじと見る。気のせいか、おじさんは髪の毛と髭に隠れて、顔に鱗のようなものが生えているような気がする。

 俺はすぐにパソコンにデジカメをつないだ。
 そして映っているものを拡大化して見る事にした。

 俺はその写真を拡大化していく。
 おじさんの顔にはびっしりと、光沢を放つ鱗が生えていた。

 そして、デジカメの中には幾つかの動画データが入っている事に気付く。
 動画データは二つだ。
 俺は番号の新しい順に動画を再生してみる事にした。

 動画の中には、仙波が映っていた。
 そこは風呂場の中だ。
 ぱしゃぱしゃと、彼は湯舟に浸かりながら鼻歌を歌っている。
 彼は腕をカメラの前に伸ばす。
 仙波の腕には、びっしりと鱗のようなものが生えていた。
 そこで動画は途切れる。
 
 もう一つの動画はかなり異様なものだった。
 彼のアパートの中で撮影されたものだろう。
 くちゃり、くちゃり、と、仙波は生きた生魚を貝類、タコなどを食べている。咀嚼音が何か人間のものとは思えない。更に食い散らかした魚介類が床に散乱している。
 そして、何より異様なのは、彼の全身は鱗に覆われていた事だった。

 仙波は涎を垂らしながら、海の生き物を貪り喰らっていた。
 かろうじて、顔立ちから仙波の面影があるが、彼はもはや人と呼べるものではなかった。

 何故か、異様なまでの生臭さが画面越しに伝わってきた。
 彼は“変身”を遂げたのだろう。人魚の肉を食べて…………、不老不死の怪物……、すなわち、彼自身も人魚へと…………。

 どんどん、と、俺のアパートの扉が叩かれる。
 異様で強烈な生臭い臭いが漂ってくる。

 そして、俺のよく知っている声がドアの向こうから聞こえてきた。

「北河。お前も、お前も俺の肉を食べて…………、食べて、仲間に、ならないか。とっても、気持ちいいぞ…………っ」
 くちゃくちゃ、ごりぃ、ごりぃ、と奇妙な音が聞こえる。
 肉を引き裂き、鱗を噛み砕き、骨を牙で掻き毟る。そんな音だろう……。

 俺は気付いた。
 仙波は彼は自分自身を食べているのか……?
 そうとしか思えない。
 一体、彼は何者になってしまったのか。
 いや、あるいは、これから先に何者へとなっていくのか…………?

 俺は台所に向かい刃物を探す。
 あるいはベランダから飛び降りる事を考える。此処は三階。怪我をせずに逃げられるかもしれない。

「お前一人で化け物になれよっ! 巻き込むんじゃねぇえよっ!」
 がちゃ、がちゃ、と、ドアの鍵が壊される音が聞こえる。
 俺は財布とスマホを持って、なんとか、パイプなどを伝って、下まで降りる事にした。そして、ただひたすら走った。途中、タクシーを見つけたので、タクシーに乗った。とにかく、遠くに行くように運転手に指示した。

 そして、俺はそのまま新幹線を使って、実家まで帰った。

 後日。仙波の姿を見たものはいなかった。
 あれから、四月になり、再び大学生活が始まった。

 俺は時折、夢で見る。
 仙波は海の中を泳いでいて、人の形をした魚として海を楽しく泳いでいるのだろうと。時折、彼が羨ましく感じる事はあるが、俺はあの時に、洞窟の中でおじさんが出してくれた鍋も、仙波の肉を食べなかった事も後悔はしていない。

 そう言えば、あの洞窟の更に奥には、人魚が住んでいるのだろうか。
 あのおじさんが“監禁”しているのだろうか。
 詳細は分からないし、知りたいとも思わない…………。


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