『残酷な童話』

朧塚

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私は未成年の殺人鬼だった。

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 私は未成年の人殺しだ。
 猟奇殺人犯、という奴だ。

 そして、今は不登校に陥っている。学校にいても、何もかも馬鹿馬鹿しくなり、家で引き籠る事になった。そもそも学校なんてものは性に合っていないし、他人との会話はとてつもなくつまらなく感じられていた。

 私の家は西洋風の家になっている。先代がそういう風に建てたからだ。
 家の中に帰ると、大きなミイラが吊るされていた。
 ……また、視える。
 辺りに、沢山の霊達の気配を感じた。
 それは本当に実体を伴ったものなのか、私の罪悪感が見せるものなのか、私の心の病による結果なのかは分からないが、とにかく私は幽霊達に囲まれている。

 この家の中には、とてつもなく得体の知れないものが沢山、巣食っているらしい。元々、そういう土地柄だったのかもしれない。

 そして、私はそういうものが視える血筋の人間らしくて、そういう者達は、私のような人間に対して、時には救いを求めて、時には憎しみや怨嗟をぶつけてくるらしかった。

 視える人間というものは、必然的に視えない人間の中に溶け込めない。
 私は、クラスにどうにも馴染めなかった。
 視える事と視えない事で、世界の見え方が根本から異なってしまう。それは、私が幼少期から抱えている悩みだった。学校の校庭の隅にあるアスレチックだったり、旧校舎のトイレだったり、あるいは、もっと幼い頃には家の近くの河辺に、それらを視ていたような記憶がある。

 結局の処、私にとって、友達というものは、同じように視える人間か、私が視えている世界の者達ばかりという事になった。それ以外は本当の自分を外側にさらけ出して仲良くする事なんて出来ない。

 私の隣には小学校の頃の友達であるミヨちゃんがいる。
 金髪の巫女姿だ。

 ミヨちゃんは、ずっと私を見守っている。
 ミヨちゃんは…………。



 最初に視える人間に出会ったのは、小学校の三年生くらいだったと思う。
 自閉的な私に対して、彼女は話しかけてきた。彼女の名前はミヨちゃん。ミヨちゃんの家は霊媒師の家系で、お父さんはお寺の住職をしていた。

「空夜ちゃんは、視えないものが視えるんだね。私もだよ」
 彼女はそう言ってくれた。
 私は他人から名前を呼ばれる事が滅多に無かったし、私は陰気でどうしようもない性格だったので、その時は、何となく、答えを返しただけった。
 それから、ミヨちゃんとは取り留めない話をした。
 友達、という感覚が私には無かった為に、なんだか新鮮な気分だった。
 そして、大体、一、二ヶ月くらい、気が付けば私とミヨちゃんは他愛も無いおしゃべりをする仲になっていた。

 ある日の放課後に、ミヨちゃんは、こんな事を言ってきた。

「空夜ちゃん。明日の放課後、家に寄っていかない? お祖父ちゃんが空夜ちゃんと話したいんだってさ」

 そして、明日になり、明日の放課後になり、私はミヨちゃんに連れられて、彼女のお祖父ちゃんが住職を務めているお寺に向かった。

 私とミヨちゃんは座布団の上に正座して、運ばれてきたお茶菓子を食べていた。
 ミヨちゃんのお祖父ちゃんは如何にも、住職といった感じで、威厳のある感じで私を眺めていた。そして、何となくとてつもなく困った顔で私を眺めていた。

「空夜ちゃん、と言ったかな?」
「はい」
 私は豆菓子を食べながら答えた。

「動物を殺すのは止めなさい」
 ミヨちゃんのお祖父さんは、そんな事を言った。
 私はちょっと困った顔になる。

「なんで?」
「空夜ちゃん。君のお父さんやお母さんは、君に大切な事を教えられなかったんだね。君はうちの視世と同じように異界を視る力を持っている。本当なら、霊的な修行を積んで、それをコントロールしなければならないんだよ。でも、空夜ちゃん。君はもう一つ、生まれ持って、他の子達と違うものを持っているんだね」
「他の子達と違うもの?」
「……もっと、大きくなれば、君は大変な事をすると思う。そうなる前に君は変わらなければならない。けれども、それはもって生まれた資質みたいなものだ。だから、押さえ込む必要があるのだろう」

 私は犬さんや猫さん。それから、ニワトリさんを殺していた。何で、殺すのかって、後から理由を考えていた。あの子達は悪い身体だから、良い身体に生まれ変わって貰う為に、今の命の形はおかしいんだって、

「お祖父ちゃん。空夜ちゃんって、変なの?」
「そうだね。これだけは言っておくよ。空夜ちゃん、君はもう少し大きくなったら、きっと、人を殺したくなると思う。君はそういう資質を持っているからね」

 ミヨちゃんのお祖父さんは、最後に何かを言い掛けて止めた。
 代わりに。
「空夜ちゃん、これからもずっと、視世と仲良くしてくれないかな?」
 私は満面の笑顔で頷いたと思う。

 しばらくして、ホラー映画を観た。
 幼い子供が、実は悪魔の子供で、次々と悪い事を行っていく。何となく、その映画の主人公の少年が、私と重なった。

 私は私を理解していた。

 私は死と共に生きている者だ。
 そして、私は死を与える宿命にあるものだ、と。



 十四歳の時に私は人を殺した。
 同級生の気に入らない男子生徒だった。私に嫌がらせをしてくる馬鹿だった。
 理科室から手に入れてきた解剖道具で、私の家の地下室で殺した。大きなバッグに詰めて、タクシーを呼んで、私の家まで連れていった。男女の体格差がある、といっても、まだ中学生は身体も発展途中だ。私に嫌がらせをしてきた馬鹿は、簡単に拘束して生きたまま解体する事が出来た。
 赤ずきんを食べようとした狼は、逆に赤ずきんに調理されてしまったというわけだ。

 警察は彼を行方不明、という形にした。

 その頃から、私は異界の霊達が視えるだけでなく、霊達の通り道や、霊達の世界を、少しだけ自由に動かす事が出来る力がある事に気が付いた。

 私は家中にあるお人形さんに話し掛ける。
 お人形さんの中には、かつて、私が生きながら解体した猫さんや犬さん、ニワトリさん、その他の動物さん達の霊が封じ込められていて、いつも私のお話し相手をしてくれた。私は私の世界に連れてきただけで、彼らに対する“罪の意識”と呼ばれるものは無かった。 私には友達と呼べるものがいなかったし、美世ちゃんとは、あの件以来、疎遠になっていた。

 お人形さんは私の友達、いつだって私に語り掛けてくる。
 それは悲鳴……断末魔に似ているが、それがどうにも可愛らしい。

 ふと。
 私は誰もいない筈なのに、後ろを振り返る。
 後ろには、此処にはいない筈のミヨちゃんの気配を感じた。何処となく儚げで、何処となく悲しそうな顔をしているミヨちゃん。彼女が私に呼び掛ける声が聞こえた。

 私は周りを見渡しても、此処には同級生の男子生徒の死体しか無かった……。



 十六歳の時に私は恋をした。
 クラスの中性的な色白の少年だった。彼は静かに読書をする人間だった。
 篤哉君と言うらしい。

「歌槻さん。君、沢山、人殺しているでしょ?」
 彼は訊ねた。

 私は嬉しくなって、私のお城を彼に見せたくなった。

 まずは地下室だ。
 此処は、とにかく、凝りに凝っている。

 まず、地下室の入り口。
 そこには、何名かの人間をバラバラにした後に、腕だけを使って、ミイラにして結合させたものがあった。アーチ状に作ってある。アーチの真ん中には、私が今まで解体した大好きな子猫の頭蓋骨を飾り付けていた。

 地下室には鏡が飾ってある。
 鏡の中には、私が殺害した人間が映し出される。一人殺す度に、私は地下室に鏡を飾るようにしている。鏡の向こう側には私の手によって、向こうの世界に行ってしまった人達が、此方側を覗き込んで、色々な表情をしてくれるからだ。

 篤哉君はその光景を見て、恐怖の表情を浮かべていたが、此処から逃げる様子を見せなかった。私は嬉々として、私の世界を彼に見せていく。

 篤哉君は息を殺しながら、私を眺めていた。

「ねえ、篤哉君?」
「…………、なん、だい、歌槻さん…………」
「私の世界の一部になってみない?」
 私は満面の笑顔を彼に向けて浮かべていた。彼は脚が竦んで動けないみたいだった。

 私には音楽が聞こえていた。それはとても心地が良いメロディー。

 そして、六時間掛けて、彼は私の世界の一部になった。
 彼については、色々な事が分かったし、身体の色々な事を知れた。何が好きなのかも聞けたし、家族の話とかも聞く事が出来た。それから、どんなゲームソフトが好きなのかも。   それから、どんな子がタイプなのかも。
 色々な道具を試して、彼の身体がとても愛しく思えた。彼の全てを愛せるような気がした。

 私は新しく地下室に鏡を掛ける。
 この鏡の中には篤哉君がいる。彼の魂といつでも接触する事が出来る。

 彼の身体から抜いた、真っ赤な画材で彼の為の鏡の周りに絵を描こうと思った。

「殺したよね、また、殺したよね。ふふっ、空夜ちゃん」
 私は振り返る。
 背後には、確かにミヨちゃんがいた。

 巫女姿で、私と同じ年齢に成長した、金髪に染めたミヨちゃんを見て私は息を飲む。確かにミヨちゃんは私を見ている。そして、私の大きくて、人生そのものに関わる秘密を覗き見ている。

「ミヨちゃん、一体、何処から……」
 この地下室に入ってきたのだろう?
 見られた……彼女も殺さなければならないのだろうか。そもそも、彼女は……。

 ふっ、と、ミヨちゃんは、消えてなくなった。

 今、見ていたミヨちゃんは、そもそも生きている人間なのだろうか?
 それとも…………。



 いつからだろう。
 私の傍には、ミヨちゃんがいた。
 年を重ねるごとに、ミヨちゃんは綺麗になっていく。

 たまに、私はミヨちゃんと遊んだ。
 一緒に図書館や喫茶店なんかに行ったりした。

 ミヨちゃんとは、ずっと一緒に仲良くやれそうだ。
 ミヨちゃんのふんわりとした、クリーム色の髪の毛が美しい。最近はよくツインテールにしている。



 誰だって、虫を殺す事は躊躇しない。
 中には虫を殺す事も心が痛むし、何か宗教的な理由などで虫を殺す事を嫌がる人間もいるだろうが、多くの人間は虫を殺す事に罪悪感を抱かない。

 私にとって、人を殺すという事はそういう事だ。
 そして、法律だけが私が人を殺さないルールだった。

 私は警察に捕まらない。
 それはある種の“呪い”が私に掛かっているからなのだと思われる。

 私の人殺しは成功する。誰も私を止める事は出来ない。たとえ、それが警察だとしても。そう、私の犯罪は事件にはならない。被害者達は、まるで、行方不明になったかのように騒がれるが、殺された、という話は流れない。

 まるで、沢山の霊達が、私にもっともっと殺せと、私を守護しているかのようだ。

 ふと、私は思った。
 私にとって、ミヨちゃんとは一体、何なのだろう?



 最近になって、新しい趣味が増えた。
 それは、絵を描く事だった。

 人間の人体を使って、水彩画を描く。
 それに私はとてつもなく、魅了された。

 私の趣味は、ミヨちゃんに見せる事が出来ない。それはミヨちゃんのお祖父さんに暗に言われたからだ。もし、私の世界をミヨちゃんに見せたのなら、彼女はきっと、私の傍からいなくなってしまうだろう。

 けれども、ミヨちゃんは、いつも私と仲良くしてくれる。
 喫茶店に行って、一緒にケーキと紅茶を口にしてくれるのだ。

 彼女の姿はぼんやりとしている。
 どうやら、私にしかミヨちゃんの姿は見えないらしい。
 ミヨちゃんの顔は、いかにも私の事を何でも知っている、といった表情をしていた。私はそれを見て、強い孤独が癒やされる。



 高校二年になって、個人HPを作るようになった。
 結構、難しい。
 素材選びも大変だ。

 自分の学校での日記を延々と書き綴っていく。
 日記の内容は、大体、友達がいない事、自分の感性が他人と違う事、そして、どうしようもなく自分が生まれてきて何の意味があったのかとつねづね疑問に感じてしまう事だった。

 たまに、私が地下室で行っている事もちらりと書いた。それは抽象的で詩なもので、私にしか伝わらないけれども、地下室での行為に関して犯罪の臭いを感じると気付いた人はいなくて、私のどうしようもない頭の中の幸せな世界に共感しました、と書き込みをしてくれる人がちらほらといた。

 後ろから、いつの間にか、ミヨちゃんが語りかけてくる。

「また、人を殺したんだね」
 彼女はクスクスと笑う。
 私は何となく笑顔を返す。

「そうだね。また、殺した」
 二日前の事だった。

 何となく、苦手だった生物教師を殺害した。地下室に連れ込むのではなく、近くの雑木林の中を通りかかっているのを見つけて殺した。凶器は靴下の中に大量にボルトや石を詰めたものだ。その後、記念品として、顔の一部と指を切断して家に持ち帰った。その教師が見つかるのは時間の問題だろう。だが、警察は私に辿り着く事は出来ないだろう。それは確信している。

「ねえ。空夜ちゃん。貴方がこの年までに殺害した人達は一体、何名くらいになるんだろうね? 五人? 十人? もっとだっけ? でも、事件になっていない。貴方は警察に捕まっていない」

「それは私が念入りに証拠を隠滅したからだよ」
 私はミヨちゃんに笑いかけた。

「ふふっ、空夜ちゃん。いずれ、破滅はやってくるわ。貴方自身の、でも、それは私にとては良い事なのかもしれない」

 そう言うと、いつの間にかミヨちゃんはいなくなった。

 私はしばらくの間、部屋の何も無い空間を眺めていた。
 そして、私はふと、我に返る。

 私は人並みの高校生を送りたい……けれども、送れない。
 いつから、レールを間違えてしまったのだろう? ……もしかすると、最初から、生まれた時からだったのかもしれない。



 横断歩道を渡っていると、ミヨちゃんが歩道の中心に立っていた。渡り終えないんだろうかと、私は横断歩道を渡り終えて、道路の途中にいるミヨちゃんを眺めていた。
 信号が赤に変わる。

 トラックがミヨちゃんを襲う。
 そのまま、ミヨちゃんの姿がバンと弾け飛ぶ。
 真っ赤な鮮血、身体はぐしゃぐしゃ、そうなって彼女は地面に転がっているのだろうと思った……そうならなかった。
 ミヨちゃんは、いつの間にか、何処かへと行ってしまった。
 彼女は何なのか?
 幽霊なのか?
 それとも、小学校の頃のミヨちゃんの記憶を下にして、私が空想の中で作り出した存在なのか?
 分からない。

 私は異常者だ。分かっている。

 家に帰って、自室に籠もってベッドの上でスマートフォンをがちゃがちゃと弄っていた。ミヨちゃんは相変わらず私の後ろにいた。
 彼女は、確かに存在している。何者なのかは分からないが……。

 ミヨちゃんは、クスクスと笑いながら、私に告げる。

「空夜ちゃん。私の正体を知りたければ、小学校の頃に一度だけ行った、私の家に来て欲しい。真実はそこにあるから」
 私は頷く。
 ミヨちゃんは笑う。



 あのお寺の前に立っていた。
 階段を登れば、大きなお堂が見えるだろう。
 小学校の頃と違って、階段が短く感じる。

「去年ね。私の大好きな、とっても大好きなお祖父ちゃんが亡くなった。もういい年だったから寿命だったんだけどね。私はお祖父ちゃんの家で暮らしていたんだけど、家が変わる事になったの」

「どうしても殺して欲しい人がいるんだ」
 ミヨちゃんは笑う。

「そうなの、ミヨちゃんの為なら、誰だって殺すよ」
 ミヨちゃんはとても嬉しそうに私を抱き締める。
 そこには、少し冷たいけれども、確かな人のぬくもりがあった。

「これから、もう一つ、行って欲しい場所があるの。私が育った、もう一つの場所だよ」
 隣の県らしい。
 駅や駅を降りた後のバスなども、細かにミヨちゃんは教えてくれた。
 そして、私が所持するべきものも私は彼女に気付かずとも、何となく知っていた。



 そこは大きな和風のお屋敷だった。
 私の家も結構な大きさだけど、ミヨちゃんの家も大きい。
 何だか、お菓子の城のように見えた。

「ねえ。空夜ちゃん、空夜ちゃんのお父さんとお母さんはどうしているの?」
「世界中を回って、私一人を残して……育児放棄している。私が不登校気味になっても、知らんぷり、かな……」
「うふふっ、ブログの日記にも書いていたよね」

 私のブログはなるべく私が普通の人間を装いながら、私の日々の苦しみを書き続けるものだった。親の事、私の学校生活での事。私が“聖なる儀式”と呼んでいる殺人の事や、地下室の事には一切触れずに……。ミヨちゃんは、私のブログを読んでいてくれたのだ。

「部屋まで案内するね。その部屋の中にいる人間を殺して欲しいの」
「どんな方法でもいいの?」
「うん、どんな方法でもいいよ」

 私は服の中に大量に刃物を忍ばせていた。
 これで一体、何人目なのだろう?
 段々、数え切れなくなっている。
 私は人を殺す。多分、それが私が私として生きる実感を刻んでいく感覚なのだから。

 部屋の中には、真っ白い着物を来た神主さんみたいな服の男の人が正座していた。
 私の顔を一瞥して驚いていたが、私は手慣れた手付きで刃物を取り出した。

 そして、その男の首筋に刃物で線を引いた。
 部屋中が真っ赤に染め上げられる。
 私はそのまま、何度も何度も、刃物で男の人の喉を刺突する。反撃されないように、眼の辺りにも切り込みを入れる。男の人は喉を押さえて倒れ込むと、そのまま徐々に動かなくなっていく。

「ミヨちゃん、やったよ」

 私は久しぶりの快楽で笑っていた。
 私が振り返ろうとすると。

 私のお腹には、刃物が深々と突き刺さっていた。
 この位置は、かなりマズイ場所だと、経験からすぐに気付いた。

「私、空夜ちゃんにずっと、嘘を付いていたの」
 ミヨちゃんは笑う。

「空夜ちゃん、私も同類なんだよ。今まで気が付かなかったの?」
 あらかじめ用意していたのか、ミヨちゃんは部屋中にガソリンを撒いていく。きっと、彼女にとっても此処はとてつもなく忌むべき場所で浄化するべき場所なのだ。

「私は空夜ちゃんの事が大好きだった。ずっと、ずっと空夜ちゃんと一緒にいたかった。空夜ちゃんの趣味の事も、空夜ちゃんが犯してきた事も、私はずっと見てきたつもり」
 ミヨちゃんは、ぽっと、蝋燭に火を灯す。

「何を言っているの? ミヨちゃん?」
 ミヨちゃんは、私は彼女が幽霊なんじゃないかと思っていた。あるいは、私の空想上の存在だとも、私はその事をミヨちゃんに直接、訊ねてみる。

「少し、昔のお話をするね」
 ミヨちゃんは部屋の中を見渡した。

「私の家系はまじない師の家系なの。空夜ちゃんが会った、私のお祖父さんも本職はお坊さんだけど、そのような系統に生きている。そして、他人をご先祖様から受け継いだものをとても嫌がっていたの。でも、私のお父さんの方は違った」
 彼女は何処か妖艶にクスクス、クスクス、と笑う。

「私のお父さんは、呪いの代行のお仕事なんかをやっていた。そして、ある時、思い付いたの。“実の子供を呪いの道具に使ってみるのはどうなのだろう?”って」
 腹を押さえて立っていた私は、ついに膝を付いて倒れた。
 とめどめもなく、血の濁流が私の腹から飛び出してくる。

「幼い頃かな。私はお父さんの手によって、奇妙な事をされてきた。悪霊を大量に身体に入れられたり、動物の骨や毒草、砕いた虫などを混ぜた変なものを食べさせられたり、一日以上、狭い場所に閉じ込められたりしていたなあ。……結局、お祖父さんが見かねて、私とお父さんを引き離したんだけどね……。お母さんはただ見ているだけだった。我慢しなさい、って顔をしていた……」
 ミヨちゃんは、淡々と淡々と自分のこれまでの人生の事を話していく。
 まるで他人事のようだった。
 ミヨちゃんは、何か大きなものが欠落しているように私には感じられた。
 きっと……私と同じように、欠落している……。

「言ってしまうと、私は人間の姿をした“呪いの儀式”なの」
「のろい、の、儀式?」
 私は口からごぽり、と、血泡を吐いて訊ねる。

「空夜ちゃんがずっと見ていたのは、私が霊気を練って飛ばした生霊。そして、私自身。空夜ちゃん、私はずっと、貴方の傍にいたかったんだよ」

 私は自らの腹から吐き出した血溜まりの中にいた。
 そして、彼女の声をただただ聞いている。
 ガソリンの臭いが、鼻にこびり付いている。

「二十歳になって、大人になって、社会に出ていくのは辛いよね? 私は空夜ちゃんの日記をずっと見ていたし、空夜ちゃんの事をずっと見ていた。友達が出来ない、学校に溶け込めない。他人と会話したり、好きなものだとか、感性を共有する事が出来ない。それってよく分かる。私だって、そう、私だって化け物。だから、私はずっと空夜ちゃんの事が大好きだった」
 ミヨちゃんは、私の事をよく分かっている。私は薄れゆく意識の中、彼女の言葉に頷いていた。そして、何処か強い安堵感を覚えていた。

 ポイッ、と、ミヨちゃんは、部屋の中に蝋燭を投げ落とす。
 あっという間に炎が燃え広がっていく。



 此処はどうやら、空夜ちゃんの部屋らしい。
 とても少女趣味の部屋だ。フリルのカーテンにアンティーク調の椅子にテーブル。可愛らしい薔薇があしらわれたポットにティーカップ。

 綺麗なお人形さんが見えた。
 それは、薄いピンクのミヨちゃんのベッドの近くにある本棚の上に飾られている。

「空夜ちゃんは、ずっと私のもの」

 死んで、魂だけとなった私は人形の中に入れられる。
 人形と同化して、人形になった私は、これからミヨちゃんと一緒に過ごすのだ。

「うふふふっ、色々なお洋服に着せかえて上げるし、汚れたら綺麗にしてあげる。空夜ちゃんは、ずっとずっと私のもの。私が死ぬまで私のもの。きっと、私が死んだ後も、あの世で再会して、一緒にいようね」

 私は……笑っていたと思う……。

 何もかも嫌だった。
 ずっとずっと、孤独だった。
 ミヨちゃんと一緒にいる時だけが、その
 彼女は乾き切った砂漠に振る雨水だった。私の心を潤してくれた。

 私は自由だ。今はきっと…………。

END
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