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現代版 安達ケ原。妖怪『紅白』
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貴方は『紅白』を知っているだろうか?
年末に行われる歌番組でもないし、小学生が体育の授業の時にかぶる紅白帽の事でも無い。
もしかすると、名前の由来は歌番組や帽子なのかもしれないが、私の知っている『紅白』はそういうものではない。
最近、私が友人から聞かされた『妖怪』の事だ。
美しい顔をした女で、赤い着物を纏い、特徴的な程に真っ白な顔に、真っ白な肌をしていると聞く。
その外見を見て『紅白』と呼ばれるようになった。
紅白はトンネルや廃墟、あるいは繁華街付近の路地裏などにも現れると言われている。ただ、一番は住宅街の人気の無い場所に出没する、という目撃談が多かった。
紅白は若い女ばかりを狙って殺す殺人鬼だ。
出会ったら、手にした長い包丁で刺し殺されるのだと言われている。
理由は分からないが、美少女程、狙われやすいらしい。
幽霊というには実体があり過ぎて、人間というには余りにも超常現象的な存在だった。
つまり、最近、流行り出した都市伝説という奴だ。
私が紅白に関して知ったのは、ミナコの話を聞かされてからだ。
「ユカリ。ユカリってさ、ほら、怪談とかオカルトとか好きじゃん、だから、興味あるかな、って思ってさ。チェーン・メールで回ってくるんだよねー。『紅白』に関して、なんでも、色々な学校の子達が、紅白を見たって噂しているんだよ」
そうミナコは言う。
「私はただの読書家だよ。確かに図書館にこもっている事が多いけどさ」
でも、確かに私はオカルトとかそういったものも好きだった。
所謂、根暗な少女という奴だ。
ミナコはそんな私とは毛色が違い、明るく髪を染め、ギャル仲間同士のグループの人間だった。そんな彼女が何故、私のような人間と関わるのかというと、ミナコは高校デビューみたいな事をした為に、元々は、中学の時は私と同じように、教室の中では所謂、陰キャラ的な存在だったらしい。だから、私に構いたくなるのだと。
ミナコは友達の少ない私に色々とよくしてくれた。
ぼっち系の私に何かと構ってくれた。
彼女はイタズラっぽく、私に囁き掛ける。
「別の県に住んでいる、私の友達が、紅白に出会ったって言っていたんだよね。その友達の友達は紅白に眼を付けられて“印”のようなものを付けられたんだってさ」
友達の友達の友達か…………。
私は心の中で少し呆れて、チェーン・メールって、そういうものだよなあ、と思った。
「ねえ、ユカリ。紅白に会いに行かない?」
ミナコはイタズラっぽく笑うのだった。
場所は学校近くの公園の辺りによく出ると言われている。
そこは、赤いレンガで作られた橋があり、下には川の水が流れている。
橋の先には、少し大きめの公園がある。
公園に行く途中の、その赤い橋の辺りで最近、目撃したというメールが回っていたらしい。
「ねえ、ユカリ。目撃情報が多い、公園の途中の赤い橋にさ、今日、一緒に行こう?」
私はミナコと一緒に、都市伝説の魔物『紅白』を探しに行く事になった。
妖怪『紅白』が出没する時間帯は、夜の八時から深夜二時の丑三つ時までの時間帯と言われている。
私はミナコに誘われて、朱色の橋の辺りに向かった。
そこは、夕方頃になると、町の景色が一望でき、朱色の夕焼けに覆われた街並みが見える場所だったからだ。
私とミナコが公園の近くまで来た頃には、夜の八時を回っていた。
十月も半ば頃まで過ぎている為に、もう完全に日が暮れている。
私達は公園に入る為の橋を歩いた。
なんてことはない、ただの橋だ。
公園の中をしばらく散策する。
滑り台を滑ったり、ブランコに乗ったりして、私とミナコは公園の中で三十分くらいは遊んでいたと思う。
「何も出ないよ。もう帰ろう」
私は少し億劫になって、ミナコに訊ねた。
きっと、ミナコは私と二人で遊ぶ口実が欲しかったのだろう。
そう、解釈する事にした。
「そうだね。もう帰ろうか、ユカリ」
ミナコは屈託の無い笑みを浮かべていた。
二人で、元来た道を戻る。
朱色の橋を渡ろうとする。
すると…………。
空気がとても淀んでいた。
とても全身が重い…………。まるで、金縛りにでも合ったかのようだった。
周りには高層マンションの光で輝いているが、何処か別の世界に放り込まれたような感覚に陥った。
先ほどまではいなかった、一人の人物が橋の上に立っている。
赤い着物を着た女だった。
真っ黒な髪を腰の辺りまで伸ばしている。
顔は透き通るように真っ白で、手には大きめの巾着袋を手にしていた。
私は声が出なかった。
女は私達を見つめていた。
「あんた達、美味しそうだね」
赤い着物の女はそう告げた。
静かだが、確かにその眼は肉食獣のような印象を与えた。
私達二人は声を出せなかった。
赤い着物の女は近付いてくる。
そして、まじまじと、私とミナコを値踏みしていた。
「黒髪のあんたは、熟していない。茶色い髪のあんた。あたしはあんたを気に入った」
そう言うと、赤い着物の女はミナコに手を伸ばす。
ミナコは悲鳴を上げていた。
ミナコの首筋の辺りから血が流れていた。
「茶色い髪のあんた、後で迎えに行く」
そう言うと、着物の女はミナコを見据えると、闇の中に消えていった。
はっと、私とミナコは公園の中にいる事に気付いた。
確か、橋を渡っていた筈なのだが…………。
ミナコは胸元を抑えていた。
「胸の上の辺りが痛い…………」
ミナコは制服の第二ボタンまで開ける。
すると、ミナコの胸の上の辺りに傷が付けられていて、未だに血が流れていた。
その傷は、まるで赤い鳥居のような形をしていた。
その日の夜は、私とミナコは一晩中、電話で話していた。
私達は妖怪『紅白』と出会う事が出来た。まさか、本当に遭遇する事になるとは思わなかった。
直感的に分かったのだが、ミナコは“マーキング”されたのだ。
紅白は迎えに行くと言っていた…………、それはつまり…………。
<私、このまま、殺されるのかな…………?>
ミナコは涙声で話していた。
紅白は印を付けた人間を喰らうと聞かされている。
私は取り合えず、お寺や神社に行った方がいいんじゃないかと提案する。
しかし、紅白はそもそも幽霊なのだろうか?
お坊さんや神主さん、あるいは霊能力者の方は祓ってくれるのだろうか?
とにかく、私達は一緒にネットで探した神社へとお祓いをして貰う事にした。
私とミナコは次の日、学校を休んで近くの神社にお祓いに行った。
お祓いは予約制との事で、一週間待ちとかになったらどうしようと思ったが、その日のうちにお祓いをする事が出来た。
ミナコは神主さんに、胸元の傷を見せる。
そして、赤い橋で出会った紅白の事を話す。
神主さんは傷を見て、少し怪訝そうな顔をしていたが、すぐにお祓いを快諾してくれた。お祓い料は五千円だった。
祓い終わった後に、神主さんは少し困ったような顔をしていた。
「一応、厄祓いとして祓ったんだけど。その傷、君達のイタズラじゃないよね?」
神主さんは懐疑的な目でミナコと私を見ていた。
「イタズラじゃないですっ!」
ミナコは半分、怒り気味で叫ぶ。
「そうだねえ……。でも、君達の話が本当だったら、僕よりも、もっと力の強い人を紹介するよ。神社と言っても、そういった妖怪のようなものを退治するような場所じゃないからねえ……。僕の知り合いに、そのような事に詳しい人がいるんだけど、その人なら力になってくれるかもしれないねえ」
そう言って、神主さんは、私達にその先生の電話番号と地図を紙に書いて渡してくれた。
ミナコは一刻も早く、紅白の呪いを解きたいと言うので、私達はすぐにその電話番号に電話した。何回か電話をして、やっと繋がる。
どこでこの番号を知ったのか聞かれた。
ミナコは形だけのお祓いをしてくれた神社の名前を言う。
電話の向こうでは、小さく溜め息を付かれ、すぐに店の場所まで来るように言われた。
その場所は、神社から二駅程、離れた場所だった。
場所は霊能関連の店でも何でもなく、こじんまりとしたBARだった。
開店時間は18時過ぎだったが、BARの店長をやっている電話の向こうの人は、私達の為に開けてくれたらしい。
BARに入ると、四十代くらいの綺麗な女の人が私達を一瞥して、店内の席に座るように言った。彼女の名はキミカさんと言うらしい。
私とミナコは昨日、赤い橋で起こった事を話す。
そして、ミナコは胸元の鳥居の形をした傷を見せた。
キミカさんは口元を手で押さえて、溜め息を吐く。
「あんた、人、殺しているね…………」
キミカさんは、ミナコに対して、とんでもない事を告げた。
ミナコは心当たりがあるのか、蒼ざめた顔をしていた。
「はい…………、去年です……。高校一年生の時、ちょうど今頃、赤ちゃんを堕ろしました。夫なる人は大学生で、ネットで知り合った人なんですが……」
「それで?」
「はい。大体、二ヵ月くらい悩んで、堕ろす事になりました。夫になる人には……、逃げられて、音信不通になりました……、親に言えなくて、堕胎費用は、私の貯金から出しました……」
「最低な男だね。それはいいとして、ミナコちゃんと言ったかい? あんたには水子の霊が憑いている」
「そうなんですか…………?」
ミナコは震えていた。
膝を握り締める両手から、ぐっしょりと汗が滲み出ていた。
キミカさんは煙草に火を点けて吐く。
店内に煙草の煙が広がっていく。
「貴方を狙っている存在なんだけど、貴方のそんな経緯にも興味があって、貴方を“捕食対象”に選んだと思うわ」
「捕食、ですか?」
私は口を挟んだ。
「ええ、捕食。肉食動物がターゲットを定めるようにね。胸の傷を見せてくれないかしら?」
言われて、ミナコは胸元の鳥居の形をした傷を見せる。
「これが、例の化け物に付けられた傷かしら?」
「…………、はい、『紅白』に付けられた傷です…………」
「紅白?」
「私達が遭遇した赤い着物の女はそう呼ばれています。赤い着物に白い肌をしているから、紅白と」
「そういう名前で呼ばれているのね。私は貴方達の遭遇した存在を“鬼”と呼んでいるわ」
鬼、という言葉を聞いて、私とミナコは何か、とても恐ろしい響きを感じた。
「鬼、ですか?」
私は訊ねる。
「そう、鬼。元々は人だったんだけど、人を超えた非道な行為を行って、人から化け物になった存在。貴方達はその鬼に出会ったのよ」
私とミナコはキミカさんに言われて、今日は“結界”を張った部屋に止まるように言われた。おそらく、鬼は、昨日、会った時間頃に獲物であるミナコの様子見に来るのではないかと言っていた。
時刻を見ると、既に16時を回っていた。
紅白と会った時間は、確か昨日の夜の二十時を過ぎた頃だったと思う。
キミカさんは車を出してくれて、結界の場所まで連れていってくれた。
そこは、安アパートの一室で、キミカさんがお祓い場として使っているらしい。
部屋は五畳くらいで、窓は厚手のカーテンによって閉ざされていた。
ミナコはこれから、なるべく、このアパートの中で過ごすように言われた。私は帰っても良いと言われたが、ミナコ一人を不安にさせるのは良くないと思い、その日は彼女と一緒に、お祓い場の部屋に泊まる事にした。
玄関には中から、大量のお札が貼られていた。
他には、部屋の四隅に札が貼られ、窓の辺りにも、びっしりと札が貼られていた。
キミカさんは、バストイレは好きに使っていい。
冷蔵庫の中や戸棚には食べ物が入っている為に、好きに食べていいと告げて、BARを夕方の19時くらいには開けたいと言って部屋を出ていった。帰るのは、明け方の六時くらいになるらしい。
私とミナコは二人で携帯を弄りながら過ごした。
やがて、携帯の充電も切れ掛かる頃、カーテンの外を見る。外はすっかり暗くなっていた。時刻は八時を過ぎた頃だ。
ぱたり、ぱたり、と、何者かが階段を登る音が聞こえてきた。
私達がいる部屋は三階だ。何者かが階段を上がってくる。
ぱたり、ぱたり、何か固い靴で階段を踏み締めている音だ。
靴の音は、私達のいる部屋の玄関の扉の前で止まった。
どん、と、ノックの音が聞こえる。
私達は震え上がる。
「迎えに来た。ここに隠れているのは分かっている」
昨日会った、あの女の声が部屋の中に響いてきた。
どん、どん、どん、どん、どん、どん、どん、どん。
ドアを叩く音は部屋中に響き渡っていく。
しばらくして、玄関の音が鳴り止む。
ミナコは私に掴み掛かって、泣いていた。
窓のカーテンが揺れる。
窓は閉められている筈なのに、風が入り込んでくる。
「ここも駄目か」
女の声が、ベランダも何も無い三階の窓の外から響いてきた。
「水場も札が貼られている。どうやっても、あたしを入れないつもりか」
女は、妙に艶っぽい声で、小さく笑い始めていた。
そして、女は、大きく溜め息を吐く。
私は震えながらも、鬼に対して、何処か人間臭さのようなものを感じた。
もしかすると、会話出来るんじゃないのか?
そんな気持ちにさせてくれるような何とも言えない感情だった。
「何故、貴方はミナコを狙うのですか?」
私は思わず小声で訊ねていた。
女は嬉しそうに笑う。
「おや。あんた、もう一人いた子だね? あたしと話したいのかい?」
女は…………、紅白は、優しい声を私に掛ける。
何処か、引き込まれるような安らかな声だった。私は不思議な気分になる。心の隙間に入り込んでくるような声だ。
「はい、話したいです」
私は思わず、そう言った。
「あたしは人を喰らわなければならない。あんた、名前は?」
「ユカリ、と言います。貴方は紅白さん、ですね…………?」
「紅白……。あたしの事はそう呼んでいるのかい。あたしは元々、人間だった。けれども、死後に地獄に落ち、天から、人を喰らう人食い鬼として彷徨う罰を受けた」
「罰…………?」
「子供を殺したのさ。あたしは貧しくて、実の子供の肉を喰らった。そして、あたしは死後、同じように美しい顔をして、自らの子を虐げる、あたしと同じような罪の子を喰らう事になった」
紅白は、あっさりと自身の身の上話について話してくれた。
ミナコは子供を堕胎した事があると言っていた。
子を殺す者が、紅白に狙われる条件なのか…………。
「さあ、札を剥がせ、ユカリ。あたしはあんたの友達を喰わなければならない。あたしはあんたを喰らう事は出来ない。あんたの命は助かる」
「出来ません…………っ!」
私は強く口にした。
紅白は笑い声を浮かべる。
「また来る」
そう言って、紅白は階段を降りていった。
ミナコは私の膝の上で、ただただ、泣きじゃくっていた。
それから私とミナコは疲れで寝てしまった。考えてもみれば、昨晩からマトモに寝ていない。起きてみると、玄関のチャイムが鳴り、キミカさんが入ってきた。時計を見ると、朝の六時過ぎになっていた。
私は紅白が現れた事、そして、紅白と少し話した事を、ミナコさんに述べた。
キミカさんは腕を組んで、眉をしかめた。
「ユカリちゃん、紅白と会話をしたの…………」
「はい、少し話しました」
「どんな事を言っていた?」
「天から罰を受けて、人を喰らう鬼になったと」
「なるほど…………」
キミカさんは、玄関の辺りをしきりに気にしていた。
「ユカリちゃん、貴方は、紅白に魅入られたみたいね」
「えっ……!?」
「優しく声をかけてこなかったかしら?」
「はい…………」
「もしかすると、同情してしまったのかもしれないわね」
「そうかもしれません」
私は口を噤む。
キミカさんは笑顔を作ってくれたが、その表情は、私は大きな過ちを犯してしまった事を暗に告げていた。また、キミカさんの顔からは、少し自責のようなものも感じた。
「今後は絶対に会話しない事。ミナコちゃんもね。ユカリちゃん、貴方は帰って。ミナコちゃん、貴方はここに残って、携帯の充電器を貸してあげるから、携帯で時間潰しでもしなさいね。他に買ってきて欲しいものがあれば、買ってくるから」
ミナコはキミカさんに縋り付いて、泣きじゃくっていた。
私は家に帰された。
私は大きな過ちを犯してしまったのだろうか。
何故か、強い胸騒ぎがした。
このまま、もう二度と、ミナコとは会えないような気がした。
そして、私は家に帰された。
自宅に着く頃には、朝の九時くらいになっていて、昼から学校に登校しようか悩んだ。充電が切れていた携帯電話を充電して電源を点けると、親からの心配のメールが大量に入っていた。確かに、昨日は親に連絡するどころでは無かった。私は親に謝罪のメールを返す。友達の家に泊まりにいった事をメールで送った。
今から学校に行こうと思ったが、どうにも、身体が重い。
むしろ、寝不足と恐怖で疲れが残っていて、私はベッドに入ってそのまま眠る事にした。
うとうとと眠っていると、夢の中に、綺麗な女性が現れた。
時代は江戸時代なのだろうか? ……分からない。
女は誰かの名を叫んでいる。
どうやら、夫らしき人間の名で、女の夫は流行り病で亡くなってしまったらしい。
女には、夫の忘れ形見と言える、一、二歳くらいの子供がいた。
女は貧しくて、自分の子に食べるものを与えられずに死なせてしまった。
女も、空腹に耐えかねて、自らの子供の死骸を泣きながら貪り喰らっていた。女は泣きながら、我が子の死骸を骨までしゃぶり喰らう。骨を咀嚼する音が聞こえてきた。
女は振り返り、私を見ていた。
手には少し大きな巾着袋を下げている。
巾着袋には何か、女の大切なものが入っているみたいだ……。
女は巾着袋の中身を開いていく…………。
私はそこで目が覚めた。
時刻は夕方の五時頃になっていた。
携帯には、今度は、ミナコからの連絡が幾つか届いていた。
内容は、一人でずっといると怖い、連絡返して欲しい、怖くてご飯も食べられない、そういった類の事だった。ミナコはかなり憔悴している、私はメールで連絡を返した。
ミナコからすぐに連絡が返ってきて、そのまま電話する事になった。
やがて、八時近くになる。
ミナコの声は震え始める。
遠くから、こつん、こつん、と、靴の音が聞こえてくると言う。
彼女は電話の向こうで泣き始めていた。
やがて、電話は急に途切れる。
夜の十時過ぎに、キミカさんから電話が掛かってきた。
「ごめんなさい……。ミナコちゃんは助けられなかった…………」
私は家を出て、すぐにキミカさんのアパートに向かった。
到着する頃には、午前0時近くになっていた。
キミカさんはアパートの玄関の前で、私を待っていてくれた。
彼女は私を抱き締めて、何度も謝罪の言葉を口にする。
そして、友達の最期の姿を見たいか、と訊ねられた。私は頷く。
おそらく、ミナコは紅白と話をしたのだろうとキミカさんは言っていた。紅白は、キミカさんが昼頃に仮眠を取っている時に、夢の中に現れて、自らの悲惨な境遇を夢に見せてきたのだと言う。私もなんだか、紅白の夢を見て、とても悲しくなってしまった。
そして、おそらく玄関の前で、紅白はミナコにも、自らの境遇を語ってドアを開けさせたのであろうと…………。
部屋の中には、死体となったミナコの姿があった。
彼女の身体は全身が貪り食われて、指や内臓などが床に転がっていた。
そして、まるで死に化粧を施されたかのように唇に真っ赤な血を塗られ、蒼白な顔で、首だけで転がっていた。
私はその光景を見て、嗚咽を漏らしながら泣いた。
キミカさんは胸元を見せてくれた。キミカさんの胸元には、赤い鳥居のような傷が付けられていた。
「もう、十年近く前になるかしら……。私には、六歳になる娘がいた……」
キミカさんは、交通事故で、六歳になる我が子を死なせてしまったのだという。夫とは既に離婚していて、シングルマザーだったのだそうな。
「紅白は強力過ぎる鬼……。ユカリちゃん、貴方は紅白の狙う“条件”を満たしていない。紅白は貴方を狙えない。その代わり、ユカリちゃん、貴方には何も出来ない…………」
そう言われて、私は帰された。
数日後、TVで火災のニュースがあった。
あるアパートで火災が起き、一人の女性が変死体で発見されたとニュースで報じられていた。
被害者はキミカさんだった。
私はそのニュースを見て、部屋に戻り、うずくまって泣き続けていた。
あれから、紅白の噂は消えていった。
私は友達がいなかったが、一か月の間くらいは、赤い着物の女を見たという噂が私の耳にも入ってきた。
それから、七、八年の歳月が経過した。
私の前には、息子の死体が横たわっている。
大学生の時に付き合った男と卒業後に結婚し、出産した。
けれど、男の見る目が無かった私は、ギャンブルと風俗で数百万の借金を作った夫と離婚する事になった。大学に入って初めて付き合った彼氏であった為に、本当に簡単に盲目的になってしまったのだろう。
シングルマザーになった私は心を病み始め、昼の仕事をやっていけなくなり、夜の仕事で身体を売り始めた。息子を食わせる為に必死に働いていたが、幼い我が子を餓死させてしまった。
成人式の時に買った赤い着物がタンスの中に入っている。
私はそれを身に纏い、死に化粧のように顔を真っ白にする。
紅白とは私であり、私は紅白だった。
私はその衣装を身に纏い、腐りゆく息子を抱き締める。
そして、台所から細長い包丁を手にして、息子の身体を切り分けていった。
息子の肉を喰らい、こびり付いた蛆を啜る。
骨だけになった息子の骨も齧る。
頭蓋骨だけを残した。
私は大きめの巾着袋の中に、息子の頭蓋骨を入れる。
そして、私は夜の街を徘徊する事となった。
獲物の匂いはすぐに分かる。
夫に裏切られ、自らの子供を殺した、美しい顔の女。
それが、私の獲物だ。
獲物に付ける鳥居型の傷は、冥界の入り口を示すものだ。
私は神社が好きだった。
赤い鳥居は、幼い頃からあの世への入り口に思えて仕方なかった。
私は私と同じ境遇の女を喰い殺す鬼だ。
私は夜を徘徊する…………。
私は天に裁かれて、同じ業を背負う者達を喰い殺す罰を与えられた…………。
了
年末に行われる歌番組でもないし、小学生が体育の授業の時にかぶる紅白帽の事でも無い。
もしかすると、名前の由来は歌番組や帽子なのかもしれないが、私の知っている『紅白』はそういうものではない。
最近、私が友人から聞かされた『妖怪』の事だ。
美しい顔をした女で、赤い着物を纏い、特徴的な程に真っ白な顔に、真っ白な肌をしていると聞く。
その外見を見て『紅白』と呼ばれるようになった。
紅白はトンネルや廃墟、あるいは繁華街付近の路地裏などにも現れると言われている。ただ、一番は住宅街の人気の無い場所に出没する、という目撃談が多かった。
紅白は若い女ばかりを狙って殺す殺人鬼だ。
出会ったら、手にした長い包丁で刺し殺されるのだと言われている。
理由は分からないが、美少女程、狙われやすいらしい。
幽霊というには実体があり過ぎて、人間というには余りにも超常現象的な存在だった。
つまり、最近、流行り出した都市伝説という奴だ。
私が紅白に関して知ったのは、ミナコの話を聞かされてからだ。
「ユカリ。ユカリってさ、ほら、怪談とかオカルトとか好きじゃん、だから、興味あるかな、って思ってさ。チェーン・メールで回ってくるんだよねー。『紅白』に関して、なんでも、色々な学校の子達が、紅白を見たって噂しているんだよ」
そうミナコは言う。
「私はただの読書家だよ。確かに図書館にこもっている事が多いけどさ」
でも、確かに私はオカルトとかそういったものも好きだった。
所謂、根暗な少女という奴だ。
ミナコはそんな私とは毛色が違い、明るく髪を染め、ギャル仲間同士のグループの人間だった。そんな彼女が何故、私のような人間と関わるのかというと、ミナコは高校デビューみたいな事をした為に、元々は、中学の時は私と同じように、教室の中では所謂、陰キャラ的な存在だったらしい。だから、私に構いたくなるのだと。
ミナコは友達の少ない私に色々とよくしてくれた。
ぼっち系の私に何かと構ってくれた。
彼女はイタズラっぽく、私に囁き掛ける。
「別の県に住んでいる、私の友達が、紅白に出会ったって言っていたんだよね。その友達の友達は紅白に眼を付けられて“印”のようなものを付けられたんだってさ」
友達の友達の友達か…………。
私は心の中で少し呆れて、チェーン・メールって、そういうものだよなあ、と思った。
「ねえ、ユカリ。紅白に会いに行かない?」
ミナコはイタズラっぽく笑うのだった。
場所は学校近くの公園の辺りによく出ると言われている。
そこは、赤いレンガで作られた橋があり、下には川の水が流れている。
橋の先には、少し大きめの公園がある。
公園に行く途中の、その赤い橋の辺りで最近、目撃したというメールが回っていたらしい。
「ねえ、ユカリ。目撃情報が多い、公園の途中の赤い橋にさ、今日、一緒に行こう?」
私はミナコと一緒に、都市伝説の魔物『紅白』を探しに行く事になった。
妖怪『紅白』が出没する時間帯は、夜の八時から深夜二時の丑三つ時までの時間帯と言われている。
私はミナコに誘われて、朱色の橋の辺りに向かった。
そこは、夕方頃になると、町の景色が一望でき、朱色の夕焼けに覆われた街並みが見える場所だったからだ。
私とミナコが公園の近くまで来た頃には、夜の八時を回っていた。
十月も半ば頃まで過ぎている為に、もう完全に日が暮れている。
私達は公園に入る為の橋を歩いた。
なんてことはない、ただの橋だ。
公園の中をしばらく散策する。
滑り台を滑ったり、ブランコに乗ったりして、私とミナコは公園の中で三十分くらいは遊んでいたと思う。
「何も出ないよ。もう帰ろう」
私は少し億劫になって、ミナコに訊ねた。
きっと、ミナコは私と二人で遊ぶ口実が欲しかったのだろう。
そう、解釈する事にした。
「そうだね。もう帰ろうか、ユカリ」
ミナコは屈託の無い笑みを浮かべていた。
二人で、元来た道を戻る。
朱色の橋を渡ろうとする。
すると…………。
空気がとても淀んでいた。
とても全身が重い…………。まるで、金縛りにでも合ったかのようだった。
周りには高層マンションの光で輝いているが、何処か別の世界に放り込まれたような感覚に陥った。
先ほどまではいなかった、一人の人物が橋の上に立っている。
赤い着物を着た女だった。
真っ黒な髪を腰の辺りまで伸ばしている。
顔は透き通るように真っ白で、手には大きめの巾着袋を手にしていた。
私は声が出なかった。
女は私達を見つめていた。
「あんた達、美味しそうだね」
赤い着物の女はそう告げた。
静かだが、確かにその眼は肉食獣のような印象を与えた。
私達二人は声を出せなかった。
赤い着物の女は近付いてくる。
そして、まじまじと、私とミナコを値踏みしていた。
「黒髪のあんたは、熟していない。茶色い髪のあんた。あたしはあんたを気に入った」
そう言うと、赤い着物の女はミナコに手を伸ばす。
ミナコは悲鳴を上げていた。
ミナコの首筋の辺りから血が流れていた。
「茶色い髪のあんた、後で迎えに行く」
そう言うと、着物の女はミナコを見据えると、闇の中に消えていった。
はっと、私とミナコは公園の中にいる事に気付いた。
確か、橋を渡っていた筈なのだが…………。
ミナコは胸元を抑えていた。
「胸の上の辺りが痛い…………」
ミナコは制服の第二ボタンまで開ける。
すると、ミナコの胸の上の辺りに傷が付けられていて、未だに血が流れていた。
その傷は、まるで赤い鳥居のような形をしていた。
その日の夜は、私とミナコは一晩中、電話で話していた。
私達は妖怪『紅白』と出会う事が出来た。まさか、本当に遭遇する事になるとは思わなかった。
直感的に分かったのだが、ミナコは“マーキング”されたのだ。
紅白は迎えに行くと言っていた…………、それはつまり…………。
<私、このまま、殺されるのかな…………?>
ミナコは涙声で話していた。
紅白は印を付けた人間を喰らうと聞かされている。
私は取り合えず、お寺や神社に行った方がいいんじゃないかと提案する。
しかし、紅白はそもそも幽霊なのだろうか?
お坊さんや神主さん、あるいは霊能力者の方は祓ってくれるのだろうか?
とにかく、私達は一緒にネットで探した神社へとお祓いをして貰う事にした。
私とミナコは次の日、学校を休んで近くの神社にお祓いに行った。
お祓いは予約制との事で、一週間待ちとかになったらどうしようと思ったが、その日のうちにお祓いをする事が出来た。
ミナコは神主さんに、胸元の傷を見せる。
そして、赤い橋で出会った紅白の事を話す。
神主さんは傷を見て、少し怪訝そうな顔をしていたが、すぐにお祓いを快諾してくれた。お祓い料は五千円だった。
祓い終わった後に、神主さんは少し困ったような顔をしていた。
「一応、厄祓いとして祓ったんだけど。その傷、君達のイタズラじゃないよね?」
神主さんは懐疑的な目でミナコと私を見ていた。
「イタズラじゃないですっ!」
ミナコは半分、怒り気味で叫ぶ。
「そうだねえ……。でも、君達の話が本当だったら、僕よりも、もっと力の強い人を紹介するよ。神社と言っても、そういった妖怪のようなものを退治するような場所じゃないからねえ……。僕の知り合いに、そのような事に詳しい人がいるんだけど、その人なら力になってくれるかもしれないねえ」
そう言って、神主さんは、私達にその先生の電話番号と地図を紙に書いて渡してくれた。
ミナコは一刻も早く、紅白の呪いを解きたいと言うので、私達はすぐにその電話番号に電話した。何回か電話をして、やっと繋がる。
どこでこの番号を知ったのか聞かれた。
ミナコは形だけのお祓いをしてくれた神社の名前を言う。
電話の向こうでは、小さく溜め息を付かれ、すぐに店の場所まで来るように言われた。
その場所は、神社から二駅程、離れた場所だった。
場所は霊能関連の店でも何でもなく、こじんまりとしたBARだった。
開店時間は18時過ぎだったが、BARの店長をやっている電話の向こうの人は、私達の為に開けてくれたらしい。
BARに入ると、四十代くらいの綺麗な女の人が私達を一瞥して、店内の席に座るように言った。彼女の名はキミカさんと言うらしい。
私とミナコは昨日、赤い橋で起こった事を話す。
そして、ミナコは胸元の鳥居の形をした傷を見せた。
キミカさんは口元を手で押さえて、溜め息を吐く。
「あんた、人、殺しているね…………」
キミカさんは、ミナコに対して、とんでもない事を告げた。
ミナコは心当たりがあるのか、蒼ざめた顔をしていた。
「はい…………、去年です……。高校一年生の時、ちょうど今頃、赤ちゃんを堕ろしました。夫なる人は大学生で、ネットで知り合った人なんですが……」
「それで?」
「はい。大体、二ヵ月くらい悩んで、堕ろす事になりました。夫になる人には……、逃げられて、音信不通になりました……、親に言えなくて、堕胎費用は、私の貯金から出しました……」
「最低な男だね。それはいいとして、ミナコちゃんと言ったかい? あんたには水子の霊が憑いている」
「そうなんですか…………?」
ミナコは震えていた。
膝を握り締める両手から、ぐっしょりと汗が滲み出ていた。
キミカさんは煙草に火を点けて吐く。
店内に煙草の煙が広がっていく。
「貴方を狙っている存在なんだけど、貴方のそんな経緯にも興味があって、貴方を“捕食対象”に選んだと思うわ」
「捕食、ですか?」
私は口を挟んだ。
「ええ、捕食。肉食動物がターゲットを定めるようにね。胸の傷を見せてくれないかしら?」
言われて、ミナコは胸元の鳥居の形をした傷を見せる。
「これが、例の化け物に付けられた傷かしら?」
「…………、はい、『紅白』に付けられた傷です…………」
「紅白?」
「私達が遭遇した赤い着物の女はそう呼ばれています。赤い着物に白い肌をしているから、紅白と」
「そういう名前で呼ばれているのね。私は貴方達の遭遇した存在を“鬼”と呼んでいるわ」
鬼、という言葉を聞いて、私とミナコは何か、とても恐ろしい響きを感じた。
「鬼、ですか?」
私は訊ねる。
「そう、鬼。元々は人だったんだけど、人を超えた非道な行為を行って、人から化け物になった存在。貴方達はその鬼に出会ったのよ」
私とミナコはキミカさんに言われて、今日は“結界”を張った部屋に止まるように言われた。おそらく、鬼は、昨日、会った時間頃に獲物であるミナコの様子見に来るのではないかと言っていた。
時刻を見ると、既に16時を回っていた。
紅白と会った時間は、確か昨日の夜の二十時を過ぎた頃だったと思う。
キミカさんは車を出してくれて、結界の場所まで連れていってくれた。
そこは、安アパートの一室で、キミカさんがお祓い場として使っているらしい。
部屋は五畳くらいで、窓は厚手のカーテンによって閉ざされていた。
ミナコはこれから、なるべく、このアパートの中で過ごすように言われた。私は帰っても良いと言われたが、ミナコ一人を不安にさせるのは良くないと思い、その日は彼女と一緒に、お祓い場の部屋に泊まる事にした。
玄関には中から、大量のお札が貼られていた。
他には、部屋の四隅に札が貼られ、窓の辺りにも、びっしりと札が貼られていた。
キミカさんは、バストイレは好きに使っていい。
冷蔵庫の中や戸棚には食べ物が入っている為に、好きに食べていいと告げて、BARを夕方の19時くらいには開けたいと言って部屋を出ていった。帰るのは、明け方の六時くらいになるらしい。
私とミナコは二人で携帯を弄りながら過ごした。
やがて、携帯の充電も切れ掛かる頃、カーテンの外を見る。外はすっかり暗くなっていた。時刻は八時を過ぎた頃だ。
ぱたり、ぱたり、と、何者かが階段を登る音が聞こえてきた。
私達がいる部屋は三階だ。何者かが階段を上がってくる。
ぱたり、ぱたり、何か固い靴で階段を踏み締めている音だ。
靴の音は、私達のいる部屋の玄関の扉の前で止まった。
どん、と、ノックの音が聞こえる。
私達は震え上がる。
「迎えに来た。ここに隠れているのは分かっている」
昨日会った、あの女の声が部屋の中に響いてきた。
どん、どん、どん、どん、どん、どん、どん、どん。
ドアを叩く音は部屋中に響き渡っていく。
しばらくして、玄関の音が鳴り止む。
ミナコは私に掴み掛かって、泣いていた。
窓のカーテンが揺れる。
窓は閉められている筈なのに、風が入り込んでくる。
「ここも駄目か」
女の声が、ベランダも何も無い三階の窓の外から響いてきた。
「水場も札が貼られている。どうやっても、あたしを入れないつもりか」
女は、妙に艶っぽい声で、小さく笑い始めていた。
そして、女は、大きく溜め息を吐く。
私は震えながらも、鬼に対して、何処か人間臭さのようなものを感じた。
もしかすると、会話出来るんじゃないのか?
そんな気持ちにさせてくれるような何とも言えない感情だった。
「何故、貴方はミナコを狙うのですか?」
私は思わず小声で訊ねていた。
女は嬉しそうに笑う。
「おや。あんた、もう一人いた子だね? あたしと話したいのかい?」
女は…………、紅白は、優しい声を私に掛ける。
何処か、引き込まれるような安らかな声だった。私は不思議な気分になる。心の隙間に入り込んでくるような声だ。
「はい、話したいです」
私は思わず、そう言った。
「あたしは人を喰らわなければならない。あんた、名前は?」
「ユカリ、と言います。貴方は紅白さん、ですね…………?」
「紅白……。あたしの事はそう呼んでいるのかい。あたしは元々、人間だった。けれども、死後に地獄に落ち、天から、人を喰らう人食い鬼として彷徨う罰を受けた」
「罰…………?」
「子供を殺したのさ。あたしは貧しくて、実の子供の肉を喰らった。そして、あたしは死後、同じように美しい顔をして、自らの子を虐げる、あたしと同じような罪の子を喰らう事になった」
紅白は、あっさりと自身の身の上話について話してくれた。
ミナコは子供を堕胎した事があると言っていた。
子を殺す者が、紅白に狙われる条件なのか…………。
「さあ、札を剥がせ、ユカリ。あたしはあんたの友達を喰わなければならない。あたしはあんたを喰らう事は出来ない。あんたの命は助かる」
「出来ません…………っ!」
私は強く口にした。
紅白は笑い声を浮かべる。
「また来る」
そう言って、紅白は階段を降りていった。
ミナコは私の膝の上で、ただただ、泣きじゃくっていた。
それから私とミナコは疲れで寝てしまった。考えてもみれば、昨晩からマトモに寝ていない。起きてみると、玄関のチャイムが鳴り、キミカさんが入ってきた。時計を見ると、朝の六時過ぎになっていた。
私は紅白が現れた事、そして、紅白と少し話した事を、ミナコさんに述べた。
キミカさんは腕を組んで、眉をしかめた。
「ユカリちゃん、紅白と会話をしたの…………」
「はい、少し話しました」
「どんな事を言っていた?」
「天から罰を受けて、人を喰らう鬼になったと」
「なるほど…………」
キミカさんは、玄関の辺りをしきりに気にしていた。
「ユカリちゃん、貴方は、紅白に魅入られたみたいね」
「えっ……!?」
「優しく声をかけてこなかったかしら?」
「はい…………」
「もしかすると、同情してしまったのかもしれないわね」
「そうかもしれません」
私は口を噤む。
キミカさんは笑顔を作ってくれたが、その表情は、私は大きな過ちを犯してしまった事を暗に告げていた。また、キミカさんの顔からは、少し自責のようなものも感じた。
「今後は絶対に会話しない事。ミナコちゃんもね。ユカリちゃん、貴方は帰って。ミナコちゃん、貴方はここに残って、携帯の充電器を貸してあげるから、携帯で時間潰しでもしなさいね。他に買ってきて欲しいものがあれば、買ってくるから」
ミナコはキミカさんに縋り付いて、泣きじゃくっていた。
私は家に帰された。
私は大きな過ちを犯してしまったのだろうか。
何故か、強い胸騒ぎがした。
このまま、もう二度と、ミナコとは会えないような気がした。
そして、私は家に帰された。
自宅に着く頃には、朝の九時くらいになっていて、昼から学校に登校しようか悩んだ。充電が切れていた携帯電話を充電して電源を点けると、親からの心配のメールが大量に入っていた。確かに、昨日は親に連絡するどころでは無かった。私は親に謝罪のメールを返す。友達の家に泊まりにいった事をメールで送った。
今から学校に行こうと思ったが、どうにも、身体が重い。
むしろ、寝不足と恐怖で疲れが残っていて、私はベッドに入ってそのまま眠る事にした。
うとうとと眠っていると、夢の中に、綺麗な女性が現れた。
時代は江戸時代なのだろうか? ……分からない。
女は誰かの名を叫んでいる。
どうやら、夫らしき人間の名で、女の夫は流行り病で亡くなってしまったらしい。
女には、夫の忘れ形見と言える、一、二歳くらいの子供がいた。
女は貧しくて、自分の子に食べるものを与えられずに死なせてしまった。
女も、空腹に耐えかねて、自らの子供の死骸を泣きながら貪り喰らっていた。女は泣きながら、我が子の死骸を骨までしゃぶり喰らう。骨を咀嚼する音が聞こえてきた。
女は振り返り、私を見ていた。
手には少し大きな巾着袋を下げている。
巾着袋には何か、女の大切なものが入っているみたいだ……。
女は巾着袋の中身を開いていく…………。
私はそこで目が覚めた。
時刻は夕方の五時頃になっていた。
携帯には、今度は、ミナコからの連絡が幾つか届いていた。
内容は、一人でずっといると怖い、連絡返して欲しい、怖くてご飯も食べられない、そういった類の事だった。ミナコはかなり憔悴している、私はメールで連絡を返した。
ミナコからすぐに連絡が返ってきて、そのまま電話する事になった。
やがて、八時近くになる。
ミナコの声は震え始める。
遠くから、こつん、こつん、と、靴の音が聞こえてくると言う。
彼女は電話の向こうで泣き始めていた。
やがて、電話は急に途切れる。
夜の十時過ぎに、キミカさんから電話が掛かってきた。
「ごめんなさい……。ミナコちゃんは助けられなかった…………」
私は家を出て、すぐにキミカさんのアパートに向かった。
到着する頃には、午前0時近くになっていた。
キミカさんはアパートの玄関の前で、私を待っていてくれた。
彼女は私を抱き締めて、何度も謝罪の言葉を口にする。
そして、友達の最期の姿を見たいか、と訊ねられた。私は頷く。
おそらく、ミナコは紅白と話をしたのだろうとキミカさんは言っていた。紅白は、キミカさんが昼頃に仮眠を取っている時に、夢の中に現れて、自らの悲惨な境遇を夢に見せてきたのだと言う。私もなんだか、紅白の夢を見て、とても悲しくなってしまった。
そして、おそらく玄関の前で、紅白はミナコにも、自らの境遇を語ってドアを開けさせたのであろうと…………。
部屋の中には、死体となったミナコの姿があった。
彼女の身体は全身が貪り食われて、指や内臓などが床に転がっていた。
そして、まるで死に化粧を施されたかのように唇に真っ赤な血を塗られ、蒼白な顔で、首だけで転がっていた。
私はその光景を見て、嗚咽を漏らしながら泣いた。
キミカさんは胸元を見せてくれた。キミカさんの胸元には、赤い鳥居のような傷が付けられていた。
「もう、十年近く前になるかしら……。私には、六歳になる娘がいた……」
キミカさんは、交通事故で、六歳になる我が子を死なせてしまったのだという。夫とは既に離婚していて、シングルマザーだったのだそうな。
「紅白は強力過ぎる鬼……。ユカリちゃん、貴方は紅白の狙う“条件”を満たしていない。紅白は貴方を狙えない。その代わり、ユカリちゃん、貴方には何も出来ない…………」
そう言われて、私は帰された。
数日後、TVで火災のニュースがあった。
あるアパートで火災が起き、一人の女性が変死体で発見されたとニュースで報じられていた。
被害者はキミカさんだった。
私はそのニュースを見て、部屋に戻り、うずくまって泣き続けていた。
あれから、紅白の噂は消えていった。
私は友達がいなかったが、一か月の間くらいは、赤い着物の女を見たという噂が私の耳にも入ってきた。
それから、七、八年の歳月が経過した。
私の前には、息子の死体が横たわっている。
大学生の時に付き合った男と卒業後に結婚し、出産した。
けれど、男の見る目が無かった私は、ギャンブルと風俗で数百万の借金を作った夫と離婚する事になった。大学に入って初めて付き合った彼氏であった為に、本当に簡単に盲目的になってしまったのだろう。
シングルマザーになった私は心を病み始め、昼の仕事をやっていけなくなり、夜の仕事で身体を売り始めた。息子を食わせる為に必死に働いていたが、幼い我が子を餓死させてしまった。
成人式の時に買った赤い着物がタンスの中に入っている。
私はそれを身に纏い、死に化粧のように顔を真っ白にする。
紅白とは私であり、私は紅白だった。
私はその衣装を身に纏い、腐りゆく息子を抱き締める。
そして、台所から細長い包丁を手にして、息子の身体を切り分けていった。
息子の肉を喰らい、こびり付いた蛆を啜る。
骨だけになった息子の骨も齧る。
頭蓋骨だけを残した。
私は大きめの巾着袋の中に、息子の頭蓋骨を入れる。
そして、私は夜の街を徘徊する事となった。
獲物の匂いはすぐに分かる。
夫に裏切られ、自らの子供を殺した、美しい顔の女。
それが、私の獲物だ。
獲物に付ける鳥居型の傷は、冥界の入り口を示すものだ。
私は神社が好きだった。
赤い鳥居は、幼い頃からあの世への入り口に思えて仕方なかった。
私は私と同じ境遇の女を喰い殺す鬼だ。
私は夜を徘徊する…………。
私は天に裁かれて、同じ業を背負う者達を喰い殺す罰を与えられた…………。
了
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