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第九章 まるで陽気な忘年会
CASE68 サトー その1
しおりを挟む「うぅ……なんか悪酔いしたなぁ。すまんアグニス」
「いや気にしないけどよ、よっぽど溜まってたんだなぁサトー。なんかごめん」
先程のハイテンションを水で薄めて正気に戻った俺は、アグニスに頭を下げると同時にテーブルに突っ伏していた。
彼の言う通り、普段のストレスが一気に溢れ出てしまったのだろう。普段からもう少しこまめに愚痴をこぼすことにしよう。
「そうだぞサトー! 人間溜め込みすぎるとろくな事にならないからな! こまめに心情を吐露することをおすすめするぞ! 私のように!!」
「お前は吐露しすぎなんだよ! そしてそれが俺の悩みのタネなんだっつうの!!」
ビールジョッキを片手に胸を張るジュリアスに、俺は再び頭と腹を抱えた。アルコールから来る頭痛ではなく、ストレスによる頭痛と胃痛によるものだ。
どうやら俺がアグニスと話している間に、随分と出来上がっている様子であった。顔を真赤にし、ろれつも怪しい。ジュリアスとは時々飲む仲だが、彼女は酒が強いタイプなのでこのような状況は中々に珍しい。
しかしこいつは酔うと絡み酒になるのか。今度から酔わせないように気をつけよう。
「大体サトーは自分のことを何も喋らないだろう? そうだ! 恋愛についてはどうだ? お姉さんが恋愛相談に乗ってやろう」
「ジュリアスは自分の心配をしたほうが良いんじゃないか? もう良い年齢だろ」
「ぐぼあ!?」
年齢のことがクリーンヒットし、胸のあたりを抑えながら倒れ伏すジュリアスであった。
ふと口に出た言葉だったが、思えば彼女は22歳。もう23になったんだったか? ともかくそのくらいの年齢だ。
特に年増と言うわけでも無いし、この世界は地球世界の先進国並みに成熟した倫理観が備わっているので、中世にありがちな「18歳ですでに行き遅れ」と言う考え方は存在しない。
しかし、冒険者として大した活躍をするわけでもなく底辺をうろつき、その日暮らしをしている22歳となれば話は違ってくる。
「もうちょっとしっかりしろ」と言われてしまっても仕方がない状況なのである。
「いや。確かに、サトーの恋愛歴ってのには興味があるな。なぁルーン?」
「あぁ……確かに。前の街でもそういった話は聞きませんでしたものね。私も少し興味があります」
と言って眩しい笑顔を向けてくれるルーン。これはもう女神と言っても過言ではないだろう。
「俺は過去は振り返らない男。今ルーンのそばに居れるだけでそれで良いんだ。だからルーン……結婚しよう」
「まだ酒残ってんのか」
「冗談2割はともかく」
「え、8割本気だったんですか?」
「ともかく! 俺は過去は振り返らない男! 過去の恋愛なんてその場に置いてきて忘れちまったのさ!」
とキメ顔。
「ああ、モテそうに無い顔してるもんなぁ。浮ついた話も聞かないし」
「ちょっとアグニスさん、失礼ですよ」
「そこの顎髭! ひそひそ話ならもっと小声でやれぇ!!」
違うんだよ。こっちに身一つで召喚された後、しばらく日雇いのバイトで食いつないで、その後リンシュに拾われスパルタ教育。その後もすぐにギルド職員養成学校に放り込まれ、リンシュ邸との往復でさらなるスパルタ教育。
養成課程が終わったら実務過程とリンシュのシゴキでスパルタ教育。そして街に出てようやく落ち着いたと思えばリール村へ左遷され、リンシュの無茶振りと馬鹿どものお守りに振り回される日々。
こんな状況で何をどう恋愛出来るというのだろうか。いいや出来ない。これは俺がモテないとかそういう些細な問題とは全く別の要因による必然なのである。
「おい、なんかブツブツ言い出したぞ。大丈夫なのかアレ?」
「わ、私に聞かれても……」
「そんな事は些細な問題に過ぎないぞサトー!」
「お、ジュリアスちゃん復活」
年齢についてのダメージから復活したジュリアスは、更に酒を煽りつつ俺へと迫った。
「例えサトーが童貞であろうとも、好きになった女性が居なかったと言うわけでは無いだろう!? 例え童貞であったとしても!」
「うるさいぞ処女」
「ぐぼあっ!?」
こういった下世話なジョークを異性間で繰り出せるのが、飲み会の良いところだよな。そんなジョークでジュリアスは再び突っ伏してしまったが。
「そういう事なら中央に居た頃の話が気になるな。サトーの人間関係も全然知らないし」
「私達は前の街からの付き合いですしね。私も中央でのお話が聞きたいです」
酒が入っているからか、いつも控えめなルーンさえも積極的に質問を繰り返してきた。
えへへと笑い、グラスに入った酒をちびちびと飲んでいる様子はそれだけでご飯が3杯は食える。いやこの世界に米はないが。
ちなみにこの世界の飲酒可能年齢は16歳からなので、ルーンが酒を飲んでいても全く問題ない。それにしてもジュリアス同様珍しい光景である。ルーンは普段酒を飲まないからなぁ。
ともかく、三人のしつこい推しに俺は両手を上げて降参の意を示した。こうなればさっさと話して開放してもらったほうが楽だろう。
「…………あーもう、わかったよ。つっても、あんまり面白い話はないぞ?」
「いやいや、他人の色恋沙汰は聞くだけならもうそれ自体が面白い話だから」
「あんまり友達とそういった話はしないので、中々新鮮な気分です」
面白がって笑い合う同僚たちをよそに、俺は腕を組んで過去を振り返る。
恋愛関係での過去話。対して長い人生じゃないし、さっきも言ったとおり仕事と勉強で遊んだ記憶が少ない俺に、色恋沙汰のお話などあろうはずもない。
親しい女性の友人となればミントぐらいのものだし、その他にも友達はいれどそこまで親しい付き合いはない。その他だとリンシュぐらいのものだが、表立って彼女に恋愛感情を浮かべるほど俺には自殺願望はない。
となればどうだろう? どんな話をすれば目の前の酔っぱらい共が満足するのやら。
「そんなに固くなることはない。サトーはただ、若い頃の過ちを面白おかしく話してくれれば良いだけだ。私達はそれを酒の肴にしたいだけだからな」
「復活早ぇなぁジュリアス。そういうのは思っても口にしないのが常識だぞ…………ん?」
酔っ払うジュリアスを見ていると、とある情景が俺の脳裏に浮かび上がった。
かつて世話になっていたリンシュ邸。中央の一等地にある立派な屋敷。そこで繰り広げられていた拷問に近いシゴキ…………ではなく、極めて珍しく訪れた休みの日。
そこで出会った赤髪の女性。その物語である。
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