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LUCK
6-1 call from distances
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五日後。枝依中央区──小田蜜葉自宅自室。
日本時間土曜日、早朝五時。
かなり早く起床した蜜葉。あまりの緊張から、きちんと眠れたのかが定かではない。
両親が未だ寝静まっていることを確認して、自室にこもる。ワイヤレスイヤホンを装着し、スマートフォンを手に深呼吸。しかし震えと鳥肌は止まらない。特に右手人指し指が、尋常でなく震えている。
「はっ、はや、早く、でで、で、電話しな、電話しないとっ」
自ら笑ってしまうほどに震えている蜜葉は、なかなかその『ビデオ通話』ボタンを押せずにいたわけで。
五分間ほどスマートフォンの画面上に表示されているのは、『YOSSY the CLOWN』の名前と、彼自身の自撮りらしき上半身。ピースサイン付き。YOSSY the CLOWNのその笑顔にすら、極度に緊張してしまっていた。
「あ、わわっ!」
尋常でなく震えている右手人指し指が、本人の意図せず『ビデオ通話』に触れてしまった。
切り替わる画面。表示される『呼び出し中』。鼓膜に打ちつく遠いコール音。
「ででっ、で、かけっ、まち」
間違えてかけてしまった、とひとりごちるももう遅い。五回のコール音の後に、パッと画面が明るくなった。
『Bonjour! 元気してた?!』
「きゃあっ!」
画面いっぱいに映し出されたのはYOSSY the CLOWN。相変わらずの満面の笑みは、光が溢れていそうなそれで。
『アハハ。キャーはないよ、キャーは』
「すっ、すみみみません、緊張しちゃって」
盛大に噛む蜜葉へ、優しく笑むYOSSY the CLOWN。
『電話ありがとう。待ってたよ』
「そっ、えとっ、ハイ」
『随分ヒソヒソ声だねぇ。あぁ、そっちまだ明け方か』
「え、ええ、す、すみません。調べたら、フランスとは八時間の時差だと、あったので、その」
『もしかしなくてもすんごい早起きさせたよね。ごめんね』
「いえ違、っ違うんですっ。そちらが夜の方が、ご都合よろしいんじゃないかって、あの、なので」
『ありがとう、気にしてくれたんだ』
「えっ、は、いえ、そんな」
スマートフォンから、真っ赤に染まった顔を背ける蜜葉。
「あ、で、あの。サムくんと、エニーちゃんは、まだあの、ご就寝前、でしょうか?」
『うん。てことは、出来たの?』
「は、はい。緊張、しますがっ」
『あのね、Signorina……画面ごとすんごい震えてるよ。地震かと思うから、落ち着いて』
「そっ、すみませんっ! あ、でででは、スマホスタンドに、置きますっ」
♧
「どっどどどどうでひょ、どうでしょうかっ」
YOSSY the CLOWNに初めて逢った日に購入した、B5の若草色のノートを開き、スマートフォンへ向ける蜜葉。
前回は、YOSSY the CLOWNに肩を抱かれ、傍に『味方』が居ることを確かめることで安心感を得ていた。しかし今回はそうはいかない。YOSSY the CLOWNすら画面の向こう。蜜葉は一人きりで震えを抑えなければならない。
「うん、ようやく見えてきた……。蜜葉すんごい震えてんだもん。写真で送ってくれてもよかったのに」
より流暢になった日本語を話しているのは、サム。生まれ持ったIQの高さは、学びのスピードを加速させる役割として、よく役立っている。
「写真だと、サプライズならない。ヨッシー、サプライズが、好きだから」
途切れの少なくなってきたエニー。サムと同じくらい、日本語を上手く話すようになった。
返す言葉すら喉で詰まって出てこない蜜葉。俯き、瞼を固く閉じている。
「蜜葉、顔上げて」
「ノート、ありがと。もう、OK」
順に発せられたサムとエニーの声に、ハッとする蜜葉。ノートの向こうから、そろりそろりと上半分だけ顔を出し、画面を挟んでこちらを見ている幼い双子へ視線を合わせた。
「えと、あの」
サムからの言葉ももちろんのこと、エニーからの言葉を大層怖がっている蜜葉。
同じ顔が並ぶ画面は、『天使の箱詰め』と言えてしまいそうなほど愛らしさでミチミチなのに、告げられる言葉が『生か死か』の二択にも似ていて。
ゴクリ、喉を滑り落ちる生唾。
ノートに触れている、手汗でジットリとした掌。
不安感が露呈する眉と、への字に曲がった口元。
互いに顔を見合わせることなく、タイミングをきちんとわかっているように、エニーが口を開いた。
「蜜葉、ありがと。これとてもステキ」
「えっ、あの」
「蜜葉の気持ち、ちゃんと伝わる、エニーに」
ほわり、柔く笑むエニー。ピキンと固まる蜜葉。
わかってないなと覚ったサムが、口添えをする。
「エニーは合格だって。おめでとう、蜜葉!」
「えっ、と、ええ?!」
「もちろんボクもOKだからねっ」
「はわ、はわわの、ありがっ、あの」
「蜜葉」
エニーの呼び声に、ピシリと背筋が伸びる。
「あの、この前、ごめんなさい」
「こ、の前?」
聞き返す蜜葉に、小さく頷くエニー。
「蜜葉に、あの……エニーね、蜜葉に一度、一生懸命、やってみてほしかったの」
B5ノートをそっと下げる蜜葉。サムが画面から一歩下がり、すると奥の方にわずかばかりYOSSY the CLOWNの姿が映る。
「蜜葉、なにか怖いことされたこと、ある? 言われたこと、ある?」
「…………」
沈黙の蜜葉。エニーの話を、ただ聞きたかったことも相まって押し黙る。
「自信ってね、誰かから怖いこと言われたりして、削れて、無くなっちゃうんだって」
「削れ、て」
「うん。エニーもね、削れてて、残ってなかったよ。だから、言葉がね、よく詰まるの。言うこと全部に、自信ないから……肯定される、自信がないからだよ」
チクリ、蜜葉の胸に細く鋭く刺さる、エニーの言葉。
「わ、わたし……わたしも」
細く震えるその首肯を、スマートフォンはギリギリで拾い上げ、フランスへと届ける。鼻の奥がグズ、と疼いて、エニーは控えめに口角を上げた。
「蜜葉の、描いてくれたデザイン。やっぱりかわいいね」
「エ、エニちゃ……」
「あのね、だからね。これ、あの、着てみたいって思うよ、エニー」
「は……ありがとう、ございますっ」
鼻を啜る蜜葉。心底嬉しい言葉を貰ったと、思わず口元を両掌で覆った。
「わた、わたしも、『お二人に』着ていただけたらって、そればっかり想いながら、描きました!」
流れる涙と、震える全身。そんな蜜葉の不格好な喜びの気持ちが、無事にエニーにも満足に伝わる。
形になったら、着てくれる対象が現実に居ること。
夢のまた夢、この生が終わって次の次のその次くらいになら叶うのだろうかとさえ思っていた、そんな遠くかなたの小さな光。
それが今、現実に自らの手に乗りかけている。
「ところで蜜葉っ」
画面内に戻ってきたサム。深い灰緑色の瞳を、蜜葉へキラキラと向ける。
「いつまでに作れる? それ」
「へ?」
パタリパタリ、まばたきが二度。傾ぐ蜜葉の首。
「作れる、とは?」
「だぁかぁらぁ。衣装としてボクたちがそれを、いつ着れるのかなーって!」
満面の笑み。期待の膨らむ、サムとエニーの柔らかそうなもっちりとした頬。
「ええと、では」
「『では』?」
前のめるサム。双子の後ろで耳を大きくしているYOSSY the CLOWN。
「まずは、その」
照れ混じりに、蜜葉はわずかに口角を上げ、顎を引いて告げた。
「服を作れる方を、お探ししなければ、なりません」
日本時間土曜日、早朝五時。
かなり早く起床した蜜葉。あまりの緊張から、きちんと眠れたのかが定かではない。
両親が未だ寝静まっていることを確認して、自室にこもる。ワイヤレスイヤホンを装着し、スマートフォンを手に深呼吸。しかし震えと鳥肌は止まらない。特に右手人指し指が、尋常でなく震えている。
「はっ、はや、早く、でで、で、電話しな、電話しないとっ」
自ら笑ってしまうほどに震えている蜜葉は、なかなかその『ビデオ通話』ボタンを押せずにいたわけで。
五分間ほどスマートフォンの画面上に表示されているのは、『YOSSY the CLOWN』の名前と、彼自身の自撮りらしき上半身。ピースサイン付き。YOSSY the CLOWNのその笑顔にすら、極度に緊張してしまっていた。
「あ、わわっ!」
尋常でなく震えている右手人指し指が、本人の意図せず『ビデオ通話』に触れてしまった。
切り替わる画面。表示される『呼び出し中』。鼓膜に打ちつく遠いコール音。
「ででっ、で、かけっ、まち」
間違えてかけてしまった、とひとりごちるももう遅い。五回のコール音の後に、パッと画面が明るくなった。
『Bonjour! 元気してた?!』
「きゃあっ!」
画面いっぱいに映し出されたのはYOSSY the CLOWN。相変わらずの満面の笑みは、光が溢れていそうなそれで。
『アハハ。キャーはないよ、キャーは』
「すっ、すみみみません、緊張しちゃって」
盛大に噛む蜜葉へ、優しく笑むYOSSY the CLOWN。
『電話ありがとう。待ってたよ』
「そっ、えとっ、ハイ」
『随分ヒソヒソ声だねぇ。あぁ、そっちまだ明け方か』
「え、ええ、す、すみません。調べたら、フランスとは八時間の時差だと、あったので、その」
『もしかしなくてもすんごい早起きさせたよね。ごめんね』
「いえ違、っ違うんですっ。そちらが夜の方が、ご都合よろしいんじゃないかって、あの、なので」
『ありがとう、気にしてくれたんだ』
「えっ、は、いえ、そんな」
スマートフォンから、真っ赤に染まった顔を背ける蜜葉。
「あ、で、あの。サムくんと、エニーちゃんは、まだあの、ご就寝前、でしょうか?」
『うん。てことは、出来たの?』
「は、はい。緊張、しますがっ」
『あのね、Signorina……画面ごとすんごい震えてるよ。地震かと思うから、落ち着いて』
「そっ、すみませんっ! あ、でででは、スマホスタンドに、置きますっ」
♧
「どっどどどどうでひょ、どうでしょうかっ」
YOSSY the CLOWNに初めて逢った日に購入した、B5の若草色のノートを開き、スマートフォンへ向ける蜜葉。
前回は、YOSSY the CLOWNに肩を抱かれ、傍に『味方』が居ることを確かめることで安心感を得ていた。しかし今回はそうはいかない。YOSSY the CLOWNすら画面の向こう。蜜葉は一人きりで震えを抑えなければならない。
「うん、ようやく見えてきた……。蜜葉すんごい震えてんだもん。写真で送ってくれてもよかったのに」
より流暢になった日本語を話しているのは、サム。生まれ持ったIQの高さは、学びのスピードを加速させる役割として、よく役立っている。
「写真だと、サプライズならない。ヨッシー、サプライズが、好きだから」
途切れの少なくなってきたエニー。サムと同じくらい、日本語を上手く話すようになった。
返す言葉すら喉で詰まって出てこない蜜葉。俯き、瞼を固く閉じている。
「蜜葉、顔上げて」
「ノート、ありがと。もう、OK」
順に発せられたサムとエニーの声に、ハッとする蜜葉。ノートの向こうから、そろりそろりと上半分だけ顔を出し、画面を挟んでこちらを見ている幼い双子へ視線を合わせた。
「えと、あの」
サムからの言葉ももちろんのこと、エニーからの言葉を大層怖がっている蜜葉。
同じ顔が並ぶ画面は、『天使の箱詰め』と言えてしまいそうなほど愛らしさでミチミチなのに、告げられる言葉が『生か死か』の二択にも似ていて。
ゴクリ、喉を滑り落ちる生唾。
ノートに触れている、手汗でジットリとした掌。
不安感が露呈する眉と、への字に曲がった口元。
互いに顔を見合わせることなく、タイミングをきちんとわかっているように、エニーが口を開いた。
「蜜葉、ありがと。これとてもステキ」
「えっ、あの」
「蜜葉の気持ち、ちゃんと伝わる、エニーに」
ほわり、柔く笑むエニー。ピキンと固まる蜜葉。
わかってないなと覚ったサムが、口添えをする。
「エニーは合格だって。おめでとう、蜜葉!」
「えっ、と、ええ?!」
「もちろんボクもOKだからねっ」
「はわ、はわわの、ありがっ、あの」
「蜜葉」
エニーの呼び声に、ピシリと背筋が伸びる。
「あの、この前、ごめんなさい」
「こ、の前?」
聞き返す蜜葉に、小さく頷くエニー。
「蜜葉に、あの……エニーね、蜜葉に一度、一生懸命、やってみてほしかったの」
B5ノートをそっと下げる蜜葉。サムが画面から一歩下がり、すると奥の方にわずかばかりYOSSY the CLOWNの姿が映る。
「蜜葉、なにか怖いことされたこと、ある? 言われたこと、ある?」
「…………」
沈黙の蜜葉。エニーの話を、ただ聞きたかったことも相まって押し黙る。
「自信ってね、誰かから怖いこと言われたりして、削れて、無くなっちゃうんだって」
「削れ、て」
「うん。エニーもね、削れてて、残ってなかったよ。だから、言葉がね、よく詰まるの。言うこと全部に、自信ないから……肯定される、自信がないからだよ」
チクリ、蜜葉の胸に細く鋭く刺さる、エニーの言葉。
「わ、わたし……わたしも」
細く震えるその首肯を、スマートフォンはギリギリで拾い上げ、フランスへと届ける。鼻の奥がグズ、と疼いて、エニーは控えめに口角を上げた。
「蜜葉の、描いてくれたデザイン。やっぱりかわいいね」
「エ、エニちゃ……」
「あのね、だからね。これ、あの、着てみたいって思うよ、エニー」
「は……ありがとう、ございますっ」
鼻を啜る蜜葉。心底嬉しい言葉を貰ったと、思わず口元を両掌で覆った。
「わた、わたしも、『お二人に』着ていただけたらって、そればっかり想いながら、描きました!」
流れる涙と、震える全身。そんな蜜葉の不格好な喜びの気持ちが、無事にエニーにも満足に伝わる。
形になったら、着てくれる対象が現実に居ること。
夢のまた夢、この生が終わって次の次のその次くらいになら叶うのだろうかとさえ思っていた、そんな遠くかなたの小さな光。
それが今、現実に自らの手に乗りかけている。
「ところで蜜葉っ」
画面内に戻ってきたサム。深い灰緑色の瞳を、蜜葉へキラキラと向ける。
「いつまでに作れる? それ」
「へ?」
パタリパタリ、まばたきが二度。傾ぐ蜜葉の首。
「作れる、とは?」
「だぁかぁらぁ。衣装としてボクたちがそれを、いつ着れるのかなーって!」
満面の笑み。期待の膨らむ、サムとエニーの柔らかそうなもっちりとした頬。
「ええと、では」
「『では』?」
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