視えた人

佑佳

文字の大きさ
6 / 12

透明童子

しおりを挟む
 これもまた、とあるマンションの管理人のおじさんから聞いた話。



 その日正吉は、定時で仕事を上がった。目前に控えているお盆休みへ思いを巡らせながら、いつもの道を一人で歩いていたところであった。
 真夏だということもあり、まだ陽は長い。しばらく太陽が沈みそうにないところを見ると、腕時計が示す一八時半という時刻は嘘なのではないかと思えてしまう。
 この橋の欄干に手をついて眺める夕焼けは、決して絶景でもなんでもない。しかし正吉はいつもそこで一分間程度夕陽を浴びるのが、いつの頃からか日課になっていた。

「ねぇ、お兄ちゃん」

 ふと、蚊の羽音かと錯覚してしまうような声が聴こえてきた。細く小さく、囁きともまた違う。遠くから聴こえたわけでもない。
「あん?」
 正吉は耳鳴りか何かかと思ったので、しばらく耳を澄ましてみた。
 しかし、それきり聴こえてこない。
「なんだったんだ?」
 正吉は欄干から手を離し、辺りをキョロキョロと見渡す。
 この橋の通行人は、この時正吉しか居なかった。

「お兄ちゃん、ここだよ」

 まただ。
 先程と同じ、細く小さい男の子の声だ。
「お兄ちゃんって、俺か?」
 正吉は眉を寄せ、男児の声がする方へ視線を向ける。

「そうだよ、お兄ちゃん。ねぇ、遊んでよ」

 声は、橋の下から聴こえた。
 思わず欄干にその身を乗り出し、覗きこむ。
 しかし、そこには誰も居ない。水深一メートルもない川と、茂りきった雑草がただあるだけだった。
「遊ぶっつったってなァ。大体お前どこにいンだよ?」
 思わず苦笑いで、そう問いかける。
 案外会話が成立していることに、当時の正吉は大変興味を掻き立てられていた。

「えっ? お兄ちゃんには見えないの?」

「見えないの、ってなぁ。逆に出てきてくれよ。そしたら考えてやってもいいよ」
 正吉は欄干下から顔を上げた。もう一度辺りを見回す。
「そんなことより、お前は俺と会話してていいのか?」
 苦笑いで虚空へ問う。
 しかし、今度は返事がない。
「ありゃ?」
 正吉はそうして後頭部を掻くと、あれだけ高かった陽がすっかり落ちきっていることにようやく気が付いた。
「…………」
 それから、いくら耳を澄ませどももう子どもの声はしなかった。
 正吉は「諦めて成仏しろよ」と独り言を溢し、帰路についた。



 翌々年、正吉は再びお盆の頃にそこを通った。
 そういえば、と夕焼けにあの声を思い出す。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

「何だよ、まだ成仏してなかったのか?」

「うん、ボク遊びたいんだもん」

 そんなお盆が、それから数年間続いている。
 姿はやはり見えないままである。




 嘘みたいな、盛夏の話。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/25:『がんじつのおおあめ』の章を追加。2026/1/1の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父の周りの人々が怪異に遭い過ぎてる件

帆足 じれ
ホラー
私に霊感はない。父にもない(と言いつつ、不思議な体験がないわけではない)。 だが、父の周りには怪異に遭遇した人々がそこそこいる。 父や当人、関係者達から聞いた、怪談・奇談を集めてみた。 父本人や作者の体験談もあり! ※思い出した順にゆっくり書いていきます。 ※場所や個人が特定されないよう、名前はすべてアルファベット表記にし、事実から逸脱しない程度に登場人物の言動を一部再構成しております。 ※小説家になろう様、Nolaノベル様にも同じものを投稿しています。

怪談実話 その3

紫苑
ホラー
ほんとにあった怖い話…

怪談実話 その2

紫苑
ホラー
本当にあった怖い話です…

処理中です...