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エピローグ
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大理石広場は、野外フェス並みの盛況となった。
学園祭を締めくくる最大のイベント、『リースチヤ理事長兼学長主催・マラザフスカヤ歌謡ステージ』が幕をあける。
それぞれの出し物に奮闘していた生徒も観客として詰めかけ、目当ての出演者を心待ちにしていた。観客側の準備もファンクラブさながら、各バンドのロゴマークをプリントした旗やバルーンを掲げ、期待は最高潮だ。
ステージ脇では、初等部・中等部・高等部合わせて14組のバンドが控えていた。
ライブのサポートスタッフ(ミスをしたらあの7:3に文句を言われそう、と参加を渋る生徒が多かったが)は進行表を手にテキパキと機材セッティングを進めていた。
観客の一番後ろで、マリオンはその様子を見ていた。
ライブイベントには手出しするな、とアルマーズに命じられていた。客として観るように、と。
マリオンは正直、ほかの出し物に関しても言えることだが、イベント自体に心配はなかった。この3日間を通して起きた大きなトラブルといえば、自分たちが引き起こしたホラーハウスでの事件くらいだった。
もっとも心配なのはライブのトリを務める『ミリオン・ルブレ』だ。そこだけは手も口も出したかったが、肋骨にひびが入った身体で働けばアルマーズが怒るのは目に見えていた。しかし、こうやって遠巻きに見守るほうが精神的な負担は大きい。
観客のなかにリアンの姿があった。アイヴァもいて、リースチヤ一家が揃っていた。
彼女たちもマリオンの姿を見つけ、手を振った。
マリオンは手を振り返す。
ひと組目の演奏がはじまったとき、
「マリオーン」
背後から気の抜けた声が呼んだ。イアリートだ。
「サプさんと連絡が——あれ、サングラスかけてるのか、めずらしいな。顔色も悪いぞ」
「頭が痛いんだ、一睡もしてなくて。昨日の夜から音楽漬けだ」
「ライブハウスにでも行ってたのか?」
「ラマノヴァ会長につき合ってたんだよ。彼女の立派な邸宅に招待されたんだ、学長と一緒に。あの人がクラシック音楽狂いなのは知ってたけど、朝まで大音量で交響曲を聞かされるとは思わなかった。学長も耳鳴りがすると言ってた、ちゃんと歌えるのか心配だ」
会場の熱気が高まるにつれ、マリオンは緊張してきた。
学長の出番が近づく。自分がステージへ上がるわけではないのに、胸がどきどきする。
そわそわと落ち着かない気持ちで生徒の演奏を聴いていたマリオンは、はっとして身構えた。
音も立てずに男が近づき、そばに立った。
黒いキャップを目深に被ったその男は、サングラスをはずしながらステージに顔を向け、言った。
「まさか、下膨れもあのステージで歌うのか?」
サプさん!とイアリートが叫んだ。
すぐ耳のそばでした大声にマリオンは顔をしかめた。
イアリートは泣きべそをかいて男に抱きつき、思い切り殴られた。
「おれはフルスタルじゃねえ」
「ぼくはこっちだよ、イアリート」
振り返ったイアリートのすぐ背後に、白いスーツ姿のサプフィールがいた。目尻にできた痛々しい青あざを隠すことなく微笑んでいる。
「また騙された!心配したんですよ、急にいなくなるから! その顔、やっぱり怪我してたんですね!」
「転んだだけだから、平気」
サプフィールはかれの前に跪いたイアリートを王の如く見下ろし、顎鬚をなでた。まる二日以上かれの身を案じていた熊のそれは手入れもされず、ごわついていた。
「ねえイアリート、ぼく喉乾いちゃった」
イアリートは目を輝かせると、ここで待っててください! と一目散に屋台へ駆けていった。
「おまえ、いつからあんなのと寝るようになったんだ」とパパ。
「ぼく、好きかも、かれのこと」
「好き?」
パパは素っ頓狂な声を上げた。
「へえ、おまえにそんな感情があったのか?ヤルだけヤって飽きたらポイ、の野郎が」
「それはルビンも一緒でしょ。まあ、好きになるのも、悪くはないよ」
まるで宇宙人を相手にしているような顔つきのパパをマリオンは冷めた目で見て、
「もう金の催促に来たのか?」
「あいつはせこい。分割にしろと言いやがった。おれらは通販か。結晶はいくらで競り落とされるかな、楽しみ。しかしよく学長の首を繋いだな。詐欺師に向いてるぞ、あの下膨れは」
「下膨れはやめろって言ってるだろ」
14組目の演奏が終わった。次は『ミリオン・ルブレ』だ。
しかし紹介が済んでも、アルマーズたちがステージに上がって来ない。
観客がざわつきだした。
「なにかあったのかも。行ってくる!」
マリオンはふたりを残し、ステージのほうへ駆け出した。
✳︎
少しためらってから、アルマーズはデスク上の受話器を取り、電話番号を押した。
5コールを数えて受話器を置こうとしたとき、相手が出た。
「——マラザフスカヤ学園のアルマーズ・リースチヤです。電話するべきか迷ったのですが、手紙の返事は直接お伝えしたかったので」
アルマーズは顔を上げ、出窓の外を見た。
白樺の森に木漏れ日が落ちている。目を凝らすと、木々の隙間にわずかに湖が覗いていた。そこに湖があると知らなければ気づかないほど小さく。
アルマーズは口角の片方を上げ、首を横に振った。
「ええ——あなたに頼まれて、というだけでなく、マリオンを守ると誓いたいところだが、実は、守ってもらっているのはわたしのほうでして——あなたが思っているより、マリオンは強い。わたしにはかれが必要です。ただ、これだけは約束しましょう、わたしは決してマリオンを不幸にしない」
おまえって本物のキザだな。
電話を切ったアルマーズはその声に振り返った。
廊下側の入口に、いつの間にかチトリンが立っていた。
「勝手に入るな」
「ノックはしたよ。謎の手紙の紳士は、なんて?」
「一言、頼みます、と」
「マリオンには?」
アルマーズは黙って首を横に振った。
「わかった——マリオンのパパ……若いほうのね、かれとサプフィール、じゃないフルスタルが誓約書にサインしたよ。パパはサインしようにも名がないと言ってね、パパと書いてもらった」
「内容にはちゃんと目を通したんだろうな?」
「マリオンに手を出さないことっていう項目に突っかかってきたが、サインした以上は履行義務があることは理解しているよ。今後いっさい悪事に手を染めることなく、ここマラザフスカヤ学園の家族として学長の管理下にあること」
誓約書の文言ひとつひとつを丁寧に説明し、いちいち文句を言うパパにサインさせるのは大変だった、とチトリンはため息をついた。
ご苦労だった、とアルマーズはめずらしくチトリンを労うと、スーツの上着を脱ぎ、ラックにかけてあったジャケットに着替えた。
ラメ入りのキラキラ衣装ではなく、青色のシンプルなジャケットだった。
「そろそろ出番だな。おれも仕事は終わった。楽しませてもらうよ」
「ああ。リアンたちが会いたがってる、行ってやれよ」
「わかった」
チトリンが部屋を後にすると、アルマーズはギターを抱えてデスクの端に腰かけた。
弦をつま弾き、カラレーバのヒット曲を口ずさむ。
が、すぐにやる気を失った。
カラレーバとはルーイ語で“女王”を意味する。女王に捧げる歌など、もう歌う気になれない。この学園は女王のものではない。
「学長!」
ノックもなしに飛び込んできたのは、マリオンだった。
「なんだいきなり、きみらしくないな。走るんじゃない、その怪我で」
「なにをのんびりしてるんですか、もう出番ですよ!」
ああ、と頷いたものの、アルマーズは腰を上げようとしない。
「そのジャケット、チアさんが仕立てたものですか?」
「ああ、こっちのほうがしっくりくる」
「とても似合ってます」
マリオンはアルマーズのそばに来ると、斜めになったネクタイを直した。
アルマーズは手を伸ばし、マリオンのサングラスをそっと外す。
「その目、本当にそのままでいいのか?」
「はい。子どもたちが怖がりそうだけど、これが本当のおれです」
「業など背負わなくていい。過去は過去、いま生きる自分がすべてだ」
「業?難しいことをおっしゃいますね。よくわからないけど、でも」
マリオンはアルマーズの背中へ手を伸ばし、なでた。
「過去を背負っているのは、あなたも同じです」
「……」
「セイベル語ですか、いま、なんて?」
「綺麗な星だ、と言った。セイベルには、セイベルの月という言葉があるんだ。ルナセイベラ。おれのような白銀の目のことだ」
「ル、ナ、セイベラ……セイベル語は発音が難しいですね」
「すぐ慣れるさ」
マリオンは頬を赤らめ、頷いた。あ、と思い出したように、
「大変だ、みんなが待ってますよ!」
「待たせておけ。カラレーバはやめだ」
「え?」
「マリオン、ダイヤを売っぱらった女王はどうなると思う?」
「ラマノヴァ会長のことですか?どうなるって……」
「最大権力者の彼女を快く思わない連中はごまんといる。女王降ろしがはじまるぞ。そこへ、極北から救世主が現れる。名門校の学長は、実はこの大国に長く虐げられてきた極北の少数民族。そんなかれを学長に推した女王はもっとも革新的で自由な思想を持った人物である、とまあ、明日の新聞の見出しはこんなところだろう」
「セイベル出身だと明かすんですか?まさか、それも計算済みで?」
「主導権は常におれにある。だがそれを見透かされては台無しだ。長老方には今後も高いところでふんぞり返っていてもらう。だから、マリオン、おれの悪口など気にするな」
はい、と力強く頷いたマリオンを、アルマーズは頼もしく見つめた。
マリオンは最高の助手だ、そして……。
アルマーズはカッと顔が熱くなるのを感じて、視線をギターに落とした。
ぽろんと弾いてみせ、
「歌はどれがいい?いつも弾いている、これか?」
「はい。それ、一番好きです」
「よし。決まりだ」
「待って……」
腰を上げかけたアルマーズを引き留め、マリオンはかれの唇にキスをした。
「マ……執務室だぞ!」
「だって、はじめてじゃないですよ」
「それはそうだが、これからはわきまえないと、いつも一緒にいるわけだし」
「今日だけです、お願い、学長」
「す、するなら、学長はやめろ、アルマーズだ!」
「はい、アルマーズ……愛してる」
「おれも……愛してる、マリオン」
アルマーズは慣れない口づけに溺れながらも、思考の片隅で冷静に思った。
まずい、扉の鍵はかかっていない。いまだれかが急に飛び込んできたら?見せつけたい気持ちもあるが、そうはいかん。
よし。マロースの機能を追加しよう。おれのアイコンタクトで、いつでもこの執務室の鍵をかけられるように。
END
学園祭を締めくくる最大のイベント、『リースチヤ理事長兼学長主催・マラザフスカヤ歌謡ステージ』が幕をあける。
それぞれの出し物に奮闘していた生徒も観客として詰めかけ、目当ての出演者を心待ちにしていた。観客側の準備もファンクラブさながら、各バンドのロゴマークをプリントした旗やバルーンを掲げ、期待は最高潮だ。
ステージ脇では、初等部・中等部・高等部合わせて14組のバンドが控えていた。
ライブのサポートスタッフ(ミスをしたらあの7:3に文句を言われそう、と参加を渋る生徒が多かったが)は進行表を手にテキパキと機材セッティングを進めていた。
観客の一番後ろで、マリオンはその様子を見ていた。
ライブイベントには手出しするな、とアルマーズに命じられていた。客として観るように、と。
マリオンは正直、ほかの出し物に関しても言えることだが、イベント自体に心配はなかった。この3日間を通して起きた大きなトラブルといえば、自分たちが引き起こしたホラーハウスでの事件くらいだった。
もっとも心配なのはライブのトリを務める『ミリオン・ルブレ』だ。そこだけは手も口も出したかったが、肋骨にひびが入った身体で働けばアルマーズが怒るのは目に見えていた。しかし、こうやって遠巻きに見守るほうが精神的な負担は大きい。
観客のなかにリアンの姿があった。アイヴァもいて、リースチヤ一家が揃っていた。
彼女たちもマリオンの姿を見つけ、手を振った。
マリオンは手を振り返す。
ひと組目の演奏がはじまったとき、
「マリオーン」
背後から気の抜けた声が呼んだ。イアリートだ。
「サプさんと連絡が——あれ、サングラスかけてるのか、めずらしいな。顔色も悪いぞ」
「頭が痛いんだ、一睡もしてなくて。昨日の夜から音楽漬けだ」
「ライブハウスにでも行ってたのか?」
「ラマノヴァ会長につき合ってたんだよ。彼女の立派な邸宅に招待されたんだ、学長と一緒に。あの人がクラシック音楽狂いなのは知ってたけど、朝まで大音量で交響曲を聞かされるとは思わなかった。学長も耳鳴りがすると言ってた、ちゃんと歌えるのか心配だ」
会場の熱気が高まるにつれ、マリオンは緊張してきた。
学長の出番が近づく。自分がステージへ上がるわけではないのに、胸がどきどきする。
そわそわと落ち着かない気持ちで生徒の演奏を聴いていたマリオンは、はっとして身構えた。
音も立てずに男が近づき、そばに立った。
黒いキャップを目深に被ったその男は、サングラスをはずしながらステージに顔を向け、言った。
「まさか、下膨れもあのステージで歌うのか?」
サプさん!とイアリートが叫んだ。
すぐ耳のそばでした大声にマリオンは顔をしかめた。
イアリートは泣きべそをかいて男に抱きつき、思い切り殴られた。
「おれはフルスタルじゃねえ」
「ぼくはこっちだよ、イアリート」
振り返ったイアリートのすぐ背後に、白いスーツ姿のサプフィールがいた。目尻にできた痛々しい青あざを隠すことなく微笑んでいる。
「また騙された!心配したんですよ、急にいなくなるから! その顔、やっぱり怪我してたんですね!」
「転んだだけだから、平気」
サプフィールはかれの前に跪いたイアリートを王の如く見下ろし、顎鬚をなでた。まる二日以上かれの身を案じていた熊のそれは手入れもされず、ごわついていた。
「ねえイアリート、ぼく喉乾いちゃった」
イアリートは目を輝かせると、ここで待っててください! と一目散に屋台へ駆けていった。
「おまえ、いつからあんなのと寝るようになったんだ」とパパ。
「ぼく、好きかも、かれのこと」
「好き?」
パパは素っ頓狂な声を上げた。
「へえ、おまえにそんな感情があったのか?ヤルだけヤって飽きたらポイ、の野郎が」
「それはルビンも一緒でしょ。まあ、好きになるのも、悪くはないよ」
まるで宇宙人を相手にしているような顔つきのパパをマリオンは冷めた目で見て、
「もう金の催促に来たのか?」
「あいつはせこい。分割にしろと言いやがった。おれらは通販か。結晶はいくらで競り落とされるかな、楽しみ。しかしよく学長の首を繋いだな。詐欺師に向いてるぞ、あの下膨れは」
「下膨れはやめろって言ってるだろ」
14組目の演奏が終わった。次は『ミリオン・ルブレ』だ。
しかし紹介が済んでも、アルマーズたちがステージに上がって来ない。
観客がざわつきだした。
「なにかあったのかも。行ってくる!」
マリオンはふたりを残し、ステージのほうへ駆け出した。
✳︎
少しためらってから、アルマーズはデスク上の受話器を取り、電話番号を押した。
5コールを数えて受話器を置こうとしたとき、相手が出た。
「——マラザフスカヤ学園のアルマーズ・リースチヤです。電話するべきか迷ったのですが、手紙の返事は直接お伝えしたかったので」
アルマーズは顔を上げ、出窓の外を見た。
白樺の森に木漏れ日が落ちている。目を凝らすと、木々の隙間にわずかに湖が覗いていた。そこに湖があると知らなければ気づかないほど小さく。
アルマーズは口角の片方を上げ、首を横に振った。
「ええ——あなたに頼まれて、というだけでなく、マリオンを守ると誓いたいところだが、実は、守ってもらっているのはわたしのほうでして——あなたが思っているより、マリオンは強い。わたしにはかれが必要です。ただ、これだけは約束しましょう、わたしは決してマリオンを不幸にしない」
おまえって本物のキザだな。
電話を切ったアルマーズはその声に振り返った。
廊下側の入口に、いつの間にかチトリンが立っていた。
「勝手に入るな」
「ノックはしたよ。謎の手紙の紳士は、なんて?」
「一言、頼みます、と」
「マリオンには?」
アルマーズは黙って首を横に振った。
「わかった——マリオンのパパ……若いほうのね、かれとサプフィール、じゃないフルスタルが誓約書にサインしたよ。パパはサインしようにも名がないと言ってね、パパと書いてもらった」
「内容にはちゃんと目を通したんだろうな?」
「マリオンに手を出さないことっていう項目に突っかかってきたが、サインした以上は履行義務があることは理解しているよ。今後いっさい悪事に手を染めることなく、ここマラザフスカヤ学園の家族として学長の管理下にあること」
誓約書の文言ひとつひとつを丁寧に説明し、いちいち文句を言うパパにサインさせるのは大変だった、とチトリンはため息をついた。
ご苦労だった、とアルマーズはめずらしくチトリンを労うと、スーツの上着を脱ぎ、ラックにかけてあったジャケットに着替えた。
ラメ入りのキラキラ衣装ではなく、青色のシンプルなジャケットだった。
「そろそろ出番だな。おれも仕事は終わった。楽しませてもらうよ」
「ああ。リアンたちが会いたがってる、行ってやれよ」
「わかった」
チトリンが部屋を後にすると、アルマーズはギターを抱えてデスクの端に腰かけた。
弦をつま弾き、カラレーバのヒット曲を口ずさむ。
が、すぐにやる気を失った。
カラレーバとはルーイ語で“女王”を意味する。女王に捧げる歌など、もう歌う気になれない。この学園は女王のものではない。
「学長!」
ノックもなしに飛び込んできたのは、マリオンだった。
「なんだいきなり、きみらしくないな。走るんじゃない、その怪我で」
「なにをのんびりしてるんですか、もう出番ですよ!」
ああ、と頷いたものの、アルマーズは腰を上げようとしない。
「そのジャケット、チアさんが仕立てたものですか?」
「ああ、こっちのほうがしっくりくる」
「とても似合ってます」
マリオンはアルマーズのそばに来ると、斜めになったネクタイを直した。
アルマーズは手を伸ばし、マリオンのサングラスをそっと外す。
「その目、本当にそのままでいいのか?」
「はい。子どもたちが怖がりそうだけど、これが本当のおれです」
「業など背負わなくていい。過去は過去、いま生きる自分がすべてだ」
「業?難しいことをおっしゃいますね。よくわからないけど、でも」
マリオンはアルマーズの背中へ手を伸ばし、なでた。
「過去を背負っているのは、あなたも同じです」
「……」
「セイベル語ですか、いま、なんて?」
「綺麗な星だ、と言った。セイベルには、セイベルの月という言葉があるんだ。ルナセイベラ。おれのような白銀の目のことだ」
「ル、ナ、セイベラ……セイベル語は発音が難しいですね」
「すぐ慣れるさ」
マリオンは頬を赤らめ、頷いた。あ、と思い出したように、
「大変だ、みんなが待ってますよ!」
「待たせておけ。カラレーバはやめだ」
「え?」
「マリオン、ダイヤを売っぱらった女王はどうなると思う?」
「ラマノヴァ会長のことですか?どうなるって……」
「最大権力者の彼女を快く思わない連中はごまんといる。女王降ろしがはじまるぞ。そこへ、極北から救世主が現れる。名門校の学長は、実はこの大国に長く虐げられてきた極北の少数民族。そんなかれを学長に推した女王はもっとも革新的で自由な思想を持った人物である、とまあ、明日の新聞の見出しはこんなところだろう」
「セイベル出身だと明かすんですか?まさか、それも計算済みで?」
「主導権は常におれにある。だがそれを見透かされては台無しだ。長老方には今後も高いところでふんぞり返っていてもらう。だから、マリオン、おれの悪口など気にするな」
はい、と力強く頷いたマリオンを、アルマーズは頼もしく見つめた。
マリオンは最高の助手だ、そして……。
アルマーズはカッと顔が熱くなるのを感じて、視線をギターに落とした。
ぽろんと弾いてみせ、
「歌はどれがいい?いつも弾いている、これか?」
「はい。それ、一番好きです」
「よし。決まりだ」
「待って……」
腰を上げかけたアルマーズを引き留め、マリオンはかれの唇にキスをした。
「マ……執務室だぞ!」
「だって、はじめてじゃないですよ」
「それはそうだが、これからはわきまえないと、いつも一緒にいるわけだし」
「今日だけです、お願い、学長」
「す、するなら、学長はやめろ、アルマーズだ!」
「はい、アルマーズ……愛してる」
「おれも……愛してる、マリオン」
アルマーズは慣れない口づけに溺れながらも、思考の片隅で冷静に思った。
まずい、扉の鍵はかかっていない。いまだれかが急に飛び込んできたら?見せつけたい気持ちもあるが、そうはいかん。
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