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第二章 綾なす姦計

第十一話 才谷梅太郎

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 茶屋の女中に二階の座敷に案内をされ、千尋は階段を駆け上がる。
 廊下の途中で女中を追い越し、階段近くの座敷の襖を何も言わずに開け放つ。

「才谷さん!」
「おう。久しぶりだな。生きとったがか?」

 中にいた総髪の男が格子窓の縁に腰かけ、手を上げ、親し気に振る。


 子供のように屈託のない笑顔で答えた男は、やや猫背ではあるものの、肩幅が広く、胸板も厚い。
 窓の縁に座った彼は長い足をもてあますように、西洋風に組んでいる。

 
「遅くなって申し訳ございませんでした。ご足労頂き、痛み入ります」
 
 千尋は敷居の前で膝をつき、深々と頭を下げて無礼を詫びた。

「よせよせ。ほがな堅だらしぃこと」
 

 詫びられた才谷は頓着とんちゃくもせず、しきりに千尋を手招いた。
 足元に置いた七輪に銅製の煎り網をかけ、軽く前後に振りながら、中の豆を炙っている。

 風も止んだ、蒸すような夏の夜気と七輪の熱とで、才谷の顔から汗が滴る。


「やっぱり珈琲なんですね? 外まで匂ってきてましたよ」 
 
 千尋は才谷の傍らに走り寄り、銅網の中を覗き込む。
 大豆用の煎り網の中では、香ばしく色づいた珈琲豆が踊っている。
 

「なんだ。知ってたのか」
 
 途端に才谷は肩を落とし、豆を煎りつつ溜息を吐く。

「外国奉行に重宝される通詞じゃけんのう。知らんはずはなたったがかや」
「そうですね。横浜の居留地にいた頃は、珈琲の苦さに慣れるまで、ずいぶん苦労しましたよ」
「おんしはなんちゃー、よお知っちゅうから、驚かせるがやき苦労する」
「驚きましたよ。夏の夜に七輪なんて持ち込んで、焦げ臭い豆を煎るなんて」
 
 鼻のつけ根に皺を寄せて笑う千尋の滑らかな片頬を、才谷が摘んで引っ張った。


「なんちゅう可愛い顔をするがだ。おまんも焼いて食っちまいてえ」
「離して下さい。しゃべれませんから」
 
 つきたての餅の感触を楽しむように頬を揉む才谷に、眉を開いて苦笑する。

 今は脱藩浪士であるものの、才谷の実家は、武士階級の土佐郷士。
 武家としての位は低いが、裕福な豪商だとも聞いている。

 にも関わらず、町人の自分に対しても分け隔てなく接してくれる。 
 そんな彼との三月みつきぶりの再会をひとしきり堪能したのち、千尋の方から水をむけた。

「薩摩は、どうでしたか?」

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