63 / 96
第三章 LOSE-LOSE
第十話 会津藩兵の帰京
しおりを挟む
そうして既に朝から疲れたように目を閉じる千尋を気遣い、花村は腰を上げかける。
「お茶でもお持ちしましょうか?」
声をかけたが、返事がない。
なぜか千尋は瞠目し、皮張り椅子の背もたれからも身を起こし、窓越しの下方の景色を食い入るように見つめている。
「……いいえ。そんなことより、花村さん……!」
千尋はさらに椅子から降り立ち、窓際へと寄り、子供が親を呼ぶように、熱心に花村を手招いた。
「見て下さい。ほら。会津の藩兵達ですよ」
千尋は格子の窓の外を指さし、言いたてる。
何事かと身を寄せた花村も、会津藩の 幟を掲げる藩兵が、店の前の路地を塞ぎ、一糸乱れず北を目指して行進する様を確認した。
「変ですねぇ。藩兵の交替は、二日ぐらい前にありましたよね?」
京都守護職として召喚された会津藩は、国元の在府常備兵と 旗下の守護兵を、一年ごとに替えさせる。
その新たな一陣が三日ほど前に都に入り、国元へ帰される兵の出立も二日前に済んでいた。
「あれは、国元に帰されるはずだった兵員です。呼び戻されているんです」
「そうなんですか?」
一年ぶりでようやく国に帰れるかと思いきや、突然召還されたなら、ふくれっ面にもなるだろう。
しかし会津の藩兵は、不平を顕わにしていない。
藩主への忠誠心が強いのだ。
「ですが、なぜまた急に、なんでしょう。このところ、攘夷浪士の辻斬りだの押し借りだのが、一段と増えたからですか?」
しきりに首を捻る姿を楽しむように千尋は黙ってほくそ笑む。
「花村さん。どうやら近々佑輔を塾に戻せそうです」
「はぁ……。左様ですか」
事情はさっぱり掴めなかったが、千尋にとって不穏で不利な事態でなければ、自分は何も知らされなくても構わない。
「では、私は千尋さんが持っていらした珈琲でもお入れしましょう」
あの何ともいえない苦い汁が『気つけ薬』になるのだと言い、千尋は好んで飲んでいる。
まるで湯に 煤を溶かしたようにしか思えないのだが、疲労の中にも 一縷の光を見出したような主人のためにと、窓辺を離れた。
「お茶でもお持ちしましょうか?」
声をかけたが、返事がない。
なぜか千尋は瞠目し、皮張り椅子の背もたれからも身を起こし、窓越しの下方の景色を食い入るように見つめている。
「……いいえ。そんなことより、花村さん……!」
千尋はさらに椅子から降り立ち、窓際へと寄り、子供が親を呼ぶように、熱心に花村を手招いた。
「見て下さい。ほら。会津の藩兵達ですよ」
千尋は格子の窓の外を指さし、言いたてる。
何事かと身を寄せた花村も、会津藩の 幟を掲げる藩兵が、店の前の路地を塞ぎ、一糸乱れず北を目指して行進する様を確認した。
「変ですねぇ。藩兵の交替は、二日ぐらい前にありましたよね?」
京都守護職として召喚された会津藩は、国元の在府常備兵と 旗下の守護兵を、一年ごとに替えさせる。
その新たな一陣が三日ほど前に都に入り、国元へ帰される兵の出立も二日前に済んでいた。
「あれは、国元に帰されるはずだった兵員です。呼び戻されているんです」
「そうなんですか?」
一年ぶりでようやく国に帰れるかと思いきや、突然召還されたなら、ふくれっ面にもなるだろう。
しかし会津の藩兵は、不平を顕わにしていない。
藩主への忠誠心が強いのだ。
「ですが、なぜまた急に、なんでしょう。このところ、攘夷浪士の辻斬りだの押し借りだのが、一段と増えたからですか?」
しきりに首を捻る姿を楽しむように千尋は黙ってほくそ笑む。
「花村さん。どうやら近々佑輔を塾に戻せそうです」
「はぁ……。左様ですか」
事情はさっぱり掴めなかったが、千尋にとって不穏で不利な事態でなければ、自分は何も知らされなくても構わない。
「では、私は千尋さんが持っていらした珈琲でもお入れしましょう」
あの何ともいえない苦い汁が『気つけ薬』になるのだと言い、千尋は好んで飲んでいる。
まるで湯に 煤を溶かしたようにしか思えないのだが、疲労の中にも 一縷の光を見出したような主人のためにと、窓辺を離れた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる