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第三章 LOSE-LOSE

第十話 会津藩兵の帰京

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 そうして既に朝から疲れたように目を閉じる千尋を気遣い、花村は腰を上げかける。

「お茶でもお持ちしましょうか?」

 声をかけたが、返事がない。
 なぜか千尋は瞠目し、皮張り椅子の背もたれからも身を起こし、窓越しの下方の景色を食い入るように見つめている。


「……いいえ。そんなことより、花村さん……!」
 
 千尋はさらに椅子から降り立ち、窓際へと寄り、子供が親を呼ぶように、熱心に花村を手招いた。

「見て下さい。ほら。会津の藩兵達ですよ」


 千尋は格子の窓の外を指さし、言いたてる。
 何事かと身を寄せた花村も、会津藩の のぼりを掲げる藩兵が、店の前の路地を塞ぎ、一糸乱れず北を目指して行進する様を確認した。
 

「変ですねぇ。藩兵の交替は、二日ぐらい前にありましたよね?」
 

 京都守護職として召喚された会津藩は、国元の在府常備兵と 旗下はたもとの守護兵を、一年ごとに替えさせる。
 その新たな一陣が三日ほど前に都に入り、国元へ帰される兵の出立も二日前に済んでいた。
 

「あれは、国元に帰されるはずだった兵員です。呼び戻されているんです」
「そうなんですか?」
 
 一年ぶりでようやく国に帰れるかと思いきや、突然召還されたなら、ふくれっ面にもなるだろう。
 しかし会津の藩兵は、不平を顕わにしていない。
 藩主への忠誠心が強いのだ。
 

「ですが、なぜまた急に、なんでしょう。このところ、攘夷浪士の辻斬りだの押し借りだのが、一段と増えたからですか?」
 
 しきりに首を捻る姿を楽しむように千尋は黙ってほくそ笑む。


「花村さん。どうやら近々佑輔を塾に戻せそうです」
「はぁ……。左様ですか」
 
 事情はさっぱり掴めなかったが、千尋にとって不穏で不利な事態でなければ、自分は何も知らされなくても構わない。


「では、私は千尋さんが持っていらした珈琲でもお入れしましょう」
 
 あの何ともいえない苦い汁が『気つけ薬』になるのだと言い、千尋は好んで飲んでいる。
 まるで湯に すすを溶かしたようにしか思えないのだが、疲労の中にも 一縷いちるの光を見出したような主人のためにと、窓辺を離れた。

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