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第三章 LOSE-LOSE

第二十二話 痛み分け

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「確かに今度の政変では、下げなくてもいい頭を、さんざん下げて回らされました。それもこれも、あなたが佑輔を使うだなんて言ったせいだ」
 

 逆毛をたてた猫のように威圧する沖田の手から銃を取り、千尋は伏し目がちに返事をした。
 そうして、回転式の弾倉から弾をひとつ掌に受け、指でつまんで検分する。

「修練用とはいえ、こんな粗悪な弾ではシリンダーを痛めます。いずれ、発射と同時に暴発ってことになりかねない」
 
 苦々しげに呟くと、千尋は沖田の銃の弾倉からすべて弾を取り除き、代わりに自分の銃から出した弾を詰め直した。
 続いて片手で軽々連射し、硝煙しょうえんを吹き消すと、当惑している沖田に差し出す。


「ですが、あなたも私に上役うわやく仇討かたきうちをさせたつもりでおいでなら、もうこれで気が済んだでしょう。『LOSE-LOSE』です」
「えっ?」

「痛み分けです。違いますか?」
 

 問い返してきた千尋の顔に赤い夕日が斜に射した。
 
「それじゃあ、あなたは何もかも承知の上で、私の命に従ったっておっしゃるんですか?
 
 薩摩藩の後ろ盾となった千尋は、会津も新撰組も、支配下に置いたようなものだった。
 蔦屋に乗り込んだ時点で、長州藩が京を追われることぐらい、想定したはず。

 にも関わらず、どうしてあの時、自分の命に諾々だくだくと従い、朝廷の攻略に臨んだのか。

 沖田はこの数日間ずっと解せずにいたのだが、新撰組にくすぶる遺恨を少しでも晴らしてやるため。
 そのためだけに、自分のような一平卒いっぺいそつの手足となって奔走した。

 沖田は呆けたように目をまたたかせて、喘ぐような呼吸になる。


 やがて千尋は他流試合で引き分けたように、晴れ晴れとして顔を上げ、沖田の帯に銃身を突き入れる。
 沖田の銃から取り出した弾は、で真緑に変色していた。
 それを荒地に放って捨てた。


「銃だけ差し上げたのは片手落ちでした。私の弾もお分けしましょう。焼き打ちにあった堤の洋学塾は、今出川で再開されることになりました。佑輔に言いつけておきますから、できるだけ早いうちに、今出川まで取りにいらっしゃい」
 
 沖田の返事を待たずに踵を返した千尋の背中が遠ざかる。
 膝丈の雑草を踏み分ける。

 夕間暮ゆうまぐれ。
 夜風が足元を吹き渡る。千尋の額にも細い首にも、ゆるく束ねた髪がなびいている。

 乱れているのに美しい。

 彼はいったい味方なのか敵なのか。
 しかし、どんなに問いを重ねても、千尋はきっと答えない。
 沖田は千尋が門から出ていくと、ねぐらに戻るムクドリの群れが黒点になる夕映えを、嘆息交じりに仰ぎ見た。

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