可愛いだけの没落令嬢は、変人魔術師のメイドになりました

巡屋灯

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第一章 没落令嬢、変人魔術師に拾われる

1. パンパカパーン☆変人登場の巻

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「可愛いだけのわたくしが、庶民の世界で生きていけるわけありませんわーーーっ!!!」

 王城の職員達が淡々と美しい調度品に徴収印を貼っているホールの中心で、ミレーユ・ド・フォンティーヌは泣き叫んでいた。

 天井から降り注ぐ陽光が、星の巡りを象ったステンドグラスを透かし、ホール全体に柔らかな光を落とす。光の輪の中心にペタンと座り込む彼女の姿は、まるで物語に出てくる朝星の精のようだった。

 とろりと甘く潤んだ蜂蜜色の瞳は、大粒の涙でさらに輝きを増し、ふるえる睫毛の影が白磁のような肌に落ちている。淡いピンクブロンドの髪は陽を受けて煌めき、ゆるやかなカールが背中でふわりと揺れた。

 泣き顔すらも絵画のように美しく、見知らぬ職員でさえ思わず手を止めるほどの、完璧な“可愛さ”だった。

 ミレーユはつい先日まで、王都でも指折りの名門・フォンティーヌ伯爵家の令嬢として、蝶よ花よと甘やかされて生きてきた。だが兄の大失態──王都防御結界システムを破損したらしい──によって、爵位は剥奪。家も資産も召し上げられてしまった。フォンティーヌ家が事態を知った時には、兄は既に海を渡って国外逃亡していたという。

 お優しいお兄様が悪いことをするはずがないわ……きっと何かの間違いよ! だが、ミレーユが嘆いたところで王家の決定が覆るはずもない。今や彼女は、可愛い以外取り柄のない“元お嬢様”になってしまったのだ。

「わたくし、ひとりぼっちなの……?」

 絶望の涙がぽろぽろと零れ落ちる。今までは全ての生活を、兄や使用人たちが整えてくれていた。ミレーユはただニコニコ笑ってお礼を言えば良かったのだ。どうしよう、このままでは、出ていくための荷物のまとめ方もわからない。

 か細く震える肩にそっと手を置いたのは、どこからともなく現れた、上等なスーツに身を包んだ中年の男性だった。

「ああっ! おいたわしやミレーユ嬢。ですがどうかご安心を」

「えっ……?」

「これも星々が巡り合わせたご縁でございますねぇ! 可愛いだけ、それはもう最大の才能ですとも! うちのお得意様にもねぇ、若くて可愛い子が欲しいって方が多くて多くて! 住む場所? もちろんございますとも。ご飯もベッドもドレスも用意されていて、ほんのちょっぴり働いていただくだ~けっ! 皆さままるで星籠に入れた宝石のように、大切に──ええ、箱入りで可愛がってくださいますとも!」

「まぁ、そんな素敵な場所が……!」

 パッと目を輝かせるミレーユ。困った時に助けてくれるなんて、このおじ様はなんて優しい方なんだろう。

「わたくしを連れて行ってくださるの?」
「もちろん、その前にこちらの契約書にサインを……」

 男がニコニコと書類を差し出したその時だった。


 ドゴォォォォォン!!!!


 館の扉が、爆音とともに吹き飛んだ。

「いやあ、すまないすまない! 扉が重くてね、つい有り余る実力を行使してしまったよ」

 現れたのは、紫のウェーブ髪をくしゃりと乱し、長めの前髪で右目を隠した、不思議な雰囲気の美青年だった。
 彼が纏う黒地のローブには、銀糸で星のような光が織り込まれていて、どこか見覚えがあった。──そう、兄が仕事へ向かう時に身につける、あのきっちりとした衣装に似ている。
 けれどこの人は、留め具を外したままローブを羽織り、長い裾を無造作に揺らしていた。シャツの襟元からは素肌がちらりと覗き、全体の着こなしからはどこかだらしなさが滲んでいる。
 ローブの裾や肩口は、爆発の煙で煤けていて、せっかくの上質な仕立てが台無しになっていた。

 場が凍りつく中、青年はローブの裾をはらいながら可笑しそうに笑っている。

「おお、なんてこった。屋敷の扉を破損してしまった……ま、この屋敷も、もうじき接収されるって話だ。不良物件として処理してもらおうかな! ははっ!」

 唖然とするホールの面々。だが青年は、全く気にする様子もなく、煙をかき分けズイズイと進んでくる。

「さてさてさて、おやおやおや。きみが、ルシアン最愛の妹くんかぁ~!」

 勢いよくミレーユの前に立った青年は、妙に芝居がかった仕草で片手を掲げた。

「いやまったく、あのルシアンが珍しくしおらしく『俺の可愛い妹だけは頼む』なんて言うもんだから、どんな逸材に育っているのかと期待していたけれど──」

 ふむ、と青年は一転して真顔になり、腰をかがめてじいっとミレーユを覗き込んだ。隠れていないほうの赤い瞳が、三日月のように細められる。

「……これはいけない。森に星の加護を置いて散歩するような無防備さだね、きみ」

 意味が分からず、ミレーユはぱちぱちと蜂蜜色の瞳を瞬かせた。

「……は、星……?」
「ああ、例え話さ。“道端に祈りの星を落としたら、誰かに拾われるに決まってる”ってこと」

 青年は口元をゆるりと吊り上げた。

「いやはや、ここまで箱入りで、レースのリボン付きで、清光保証の超特選品となると……これはもう、芸術だよ。ルシアン印の祝星級ブランド、ってとこかな?」

 青年は勝手に納得したように、得意げな笑みをひとつ浮かべた。それからくるりと身を翻し、ホールにいた面々を一人ずつ見回すように指差す。

「さてさてさて、職員の皆さまぁ~?」

 ニコニコと笑いながら、しかしその声には妙に鋭い響きが混じっている。

「君たちに事情があるのはわかってるよ。上から“余計な手出しはするな”ってお達しなんでしょ? うんうん、立場ってあるもんね」

 軽やかに肯定しつつも、言葉は止まらない。

「──でもさ、それと“目の前の不審者を取り押さえる”のは、まったく別の話じゃないかい?」

 その瞬間、空気がピンと張り詰めた。

「ほらほら、今まさに“祈り星を懐にしまおうとする手癖の悪い輩”がいるんだし。不審者対応も、大事なお仕事だろう? ねっ、王城の皆さま?」

 笑顔のまま肩をすくめると、職員たちはざわつき、慌てて“親切なおじ様”を取り囲んだ。男はしょんぼりと肩を落として連行されていく。

 状況が呑み込めないまま、ミレーユはぽかんと青年を見つめた。

「あ、あの……どうして、あの方が……?」
「危険な匂いがしたからさ、星の直感ってやつ? あの手の連中、“神聖な星明かりの下なら、ちょっとくらいの悪事も光って見える”って本気で思ってるんだよねぇ。そんなこんなで悪い人は帰りましたとさ。はい、めでたしめでたし!」

 先ほどの騒動を雑なおとぎ話で終わらせた青年は、またニコッと笑った。

「さあて、きみ。もうすっかり荷造りも済んで──いないようだから、身一つで出発だ! さっさと僕ん家に帰るよ!」
「えっ? えっ?」

 ミレーユは慌てふためき、青年を見上げた。

「あの、その、あなたは、どちら様ですの?」

 少しきょとんとした表情を見せた青年は、どこか悪戯っぽく笑う。

「……なんだよぅ、本当に世間知らずなお嬢様だなあ。それじゃあ改めて自己紹介といこう!」

 腕を広げ、片目の奥で妖しく魔力がきらめく。

「僕こそが、王都が誇る天才魔術師にして、きみの兄の“親友”、ゼノン・ド・クレルヴォー! そして本日よりきみのご主人様だ! 気軽に“ゼノン様”と呼んでくれていいからね──​」

 ゼノンがニッと笑って、ひと呼吸置いて続ける。
 
「新人メイドくん?」


「えっ……ええええええーーーーっ!?!?!」


 ミレーユの絶叫が、ホールに響き渡った。
 
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