可愛いだけの没落令嬢は、変人魔術師のメイドになりました

巡屋灯

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第一章 没落令嬢、変人魔術師に拾われる

6. ちょっとヘンで、キラキラしていて

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「お洋服はこちらの魔導具にお預けください。ご入浴のあいだに綺麗に整えておきます。タオルも、お使いになれば自動で片づけてくれますので、お好きなものをどうぞ」
「下着の替えとかはルシアンが勝手に送ってきたから、きみの部屋にあるよ。片付けたのは優秀な収納魔導具くんだから安心して。僕らが触ると怒られるのでね」
「お兄様が?」
「そ、亡命前にね」

 ​ミレーユがぽかんとしているうちに、最後の扉が静かに開いた。

 そこに広がっていたのは、今まで見たことのない入浴空間だった。
 床も壁も、滑らかな白い石で覆われていて、足元にはほどよく温められた蒸気が立ちのぼっている。中央には、大きな楕円形の浴槽がひとつ。湯は透き通るように澄み、やわらかな香りが空間を満たしていた。

「ここが魔導温浴施設──通称、僕ん家のお風呂でーす」

 ゼノンの軽やかな声に、ミレーユは思わず目を見開く。

「……すごい……」

 その口から自然と感嘆の息がもれた。

 魔導灯のあかりが水面に反射し、まるで星屑をちりばめたようにきらめいている。
 窓から差し込む自然光が湯気と混ざり合い、まるで幻想の中に足を踏み入れたような、美しい光景だった。

「……なんだか、劇場みたいですわ」
「劇場か。いいね」

 横からゼノンが、どこか誇らしげに言った。

「見た目も香りも照明も、全部“お風呂に入りたくなる演出”を目指した結果なんだよね。最初は湯温と自動洗浄機能だけのつもりだったんだけど」
「ゼノン様が、これを?」
「うん、僕が。やり始めると止まらなくてさ。気づいたら水面に星空を映す仕掛けまで作ってたってわけ。楽しくなっちゃって」

 そう言って、ゼノンは照れたように首をかしげた。
 ミレーユはもう一度、湯のきらめきを見つめる。

「わたくし、お風呂でこんなにわくわくしたのは初めてですわ!」
「それは良かった! ただ体を洗うだけなんて退屈だろう? せっかくだし、何もかも忘れられる空間にしたくてさ」
「忘れられる……?」
「うん。面倒なこととか、上手くいかないこととか。嫌なことは一度ぜんぶ頭から追い出すんだ。なーに、必要なら後で拾えばいい。わざわざ拾うほど大事なことなら、ね?」

 ゼノンが悪戯っぽく笑ったその頬から、泥水がぽたりと落ちる。それを見て、ミレーユはハッとした。
 自分がお風呂に入ってしまったら、ゼノンはどうなるのだろう。

「……あの、ゼノン様は……?」
「ん?」
「その、お体が……ずいぶん泥だらけのままですけれど……」
「ああ、僕? 気にすることはない。僕ほどの天才になるとね、お風呂に入らずに済ませる方法くらい、いくらでも編み出しているのさ!」

 どやあと胸を張るゼノン。

 しかし次の瞬間──

「坊っちゃま、先ほどのお話はなんだったのです。今日くらいは入浴してください。管理棟の浴室の準備はできておりますよ」

 ヴァンサンの声が、ぴしゃりと背後から突き刺さった。

「……はぁい」

 ゼノンは肩を落とし、しゅんとした。
 その様子に、ミレーユは思わずくすくすと笑ってしまう。

「ゼノン様、お風呂、お嫌いなのですか?」
「好きだよ? ちょっと面倒なだけ」

 その返答が拗ねた子供のようで、ミレーユの笑みがふんわりと深まった。

「それでは、ミレーユさん。どうぞごゆっくりお入りくださいませ」

 ヴァンサンがにこりと微笑み、ゼノンも「いってらっしゃーい」と軽く手を振る。
 二人が部屋を出ていくのを、ミレーユも小さく手を振って見送った。

 静かになった浴室の入り口で、ミレーユはそっと深呼吸をひとつする。

 ──どこか不思議で、ちょっと変だけど、優しい空間。

 なんだか少しずつ、このお屋敷が好きになっていくような、そんな気がした。


  * * *


 ふかふかのタオルと、やわらかな湯気に包まれたあと。
 ミレーユは、教えてもらった自分の部屋へと向かっていた。

 お風呂は、とても楽しかった。
 洗い場らしき場所に腰を下ろすと、突然にゅっと魔導具のアームが伸びてきて、思わず悲鳴を上げてしまったが。
 そのあとは全身を優しく洗ってくれて、それがまるで本物のメイドのような手際だったのに驚いた。少しだけ雑だったけれど、それもまた愛嬌に思えた。

 湯けむりに揺れる星屑のような光と、やさしい香りを堪能し、脱衣所へ戻ると、ヴァンサンの言ったとおり、お気に入りのコートや下着まで、すべて新品のように整えられていた。

 洗面所では天井から現れた乾燥用アームに捕まり、またひと叫びあげたものの。丁寧に髪を乾かされると、そっと放されて──ミレーユは、なんだかくすぐったい気持ちになった。

「ゼノン様のお屋敷は、静かなのに……とても賑やかですわ」

 ぽつりと呟きながら、可愛らしいリースが飾られた白い扉に、そっと手をかけた。

 扉を静かに開く。

「……っ!」

 思わず、小さく声が漏れた。

 そこに広がっていたのは、まるで絵本の中に迷い込んだような空間だった。
 明るい木目の床に、ふわふわのラグ。壁にはやわらかな色合いの花柄があしらわれ、窓には細やかな刺繍が施されたカーテンがふんわり揺れている。
 キラキラ光るレースの天蓋がかかったベッド。そのカーテンには、見る角度によって微かに光が揺れる、不思議な織り模様が浮かんでいた。
 そのすぐ横、小ぶりなソファには丸いクッションがいくつも重ねられていて、そこだけが特等席のよう。ドレッサーには、小さなランプと陶器の小物入れ。棚にはガラス細工や、季節の花を模した魔導ランプが並び、やわらかな光を灯している。

「かわいい……!」

 ミレーユの瞳が、ぱあっと輝いた。

 伯爵邸の自室も、別荘の部屋も、どれも彼女のために整えられていたけれど──こんなにも、“好き”をぎゅっと詰め込んだ空間は、初めてだった。

「まるで……お姫様の、秘密のお部屋ですわ……!」

 誘われるように足を踏み入れ、ソファに重ねられたクッションの中に、ちょこんと腰を下ろす。ふかふかの座り心地に気が緩み、背中を預けた途端、身体の奥からふわりと疲れがほどけていく。

 ──朝、目を覚ましたときには、ひとりぼっちだった。
 泣いていたら突然「新人メイドくん」と呼ばれ、手を引かれた先は不思議なお家で、お掃除魔導具が爆発して、ヴァンサンさんは優しくて……めまぐるしく、いろんなことがあった一日。

「……ゼノン様……」

 お兄様の親友。変わった人。
 でも、優しくて、なんだか不思議と、安心する人。

 あたたかな余韻に包まれながら、ミレーユのまぶたは、ゆっくりと落ちていった。
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