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第4話 言葉
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◇
ガラリとドアを開けると、今日も黒板の前には彼の姿があった。
チョークの粉を払う白い指。
差し込む光が、少し寝癖のある髪を柔らかく縁取っている。
「……あ、雫さん。おはよう」
「おはよう、和人くん。今日も早いね」
彼が恥ずかしそうに笑い、いつもの花瓶に目を向けるよう促してきた。
「今日の花、どうかな。雫さんに……似合うと思って」
その一言を聞いただけで心臓が跳ねる。
そっと花瓶を覗き込むと――
一輪の、淡いピンク色のガーベラがそこにあった。
可愛い。
でも、それ以上に胸がざわつく。
ピンクのガーベラの花言葉。
“感謝” “思いやり” そして――“崇高な愛”。
どうしよう。
知っている私は、完全に意識してしまう。
「……すごく綺麗。優しい色」
「よかった……。雫さん、こういう色好きかなって思って」
そんな理由で選んだだけ?
それとも、花言葉まで知って……?
まさかね。
けれど問いただす勇気はとてもじゃないけれど出てこない。
「ねえ、今日も何か持ってきたの?」
和人くんが、覗き込むように聞いてくる。
私は慌てて袋を胸元で抱えた。
「あ、はい。今日は……その、ハートのチョコパンです。
甘いの好きって言ってたから……」
「本当? ありがとう! めちゃくちゃ嬉しいよ」
純粋な笑顔に、もう顔が熱くて仕方ない。
花言葉なんて、きっと彼は知らない。
でも私は知ってしまったから、こんなに動揺している。
ガーベラを選んでくれたのが嬉しすぎて、
それが意味を持っているように思えてしまう。
「……本当に、ありがとう。和人くん」
私が言うと、彼は少し照れたように笑った。
「雫さんが喜んでくれるなら、それだけでいいよ」
その笑顔は、花言葉よりずっと真っすぐで、
私の胸をくすぐる。
その日の放課後、私は自分の部屋の机でずっとそわそわしていた。
胸の奥に、朝のガーベラがずっと残っている。
――和人くん、どういうつもりであれを選んだのかな。
花の知識があるようには見えない。
でも、あの淡いピンクのガーベラを「雫さんに似合う」と言ってくれた。
それがどうしてか、自分でも説明できないほど嬉しくて。
「……ちょっとだけ。調べてみよ」
私は棚から分厚い図鑑を取り出した。
母がずっと前に買ってくれた『花と言葉の事典』。
普段なら開くことなんてないのに、今は胸がどきどきして仕方ない。
パラパラとページをめくる指が、妙に震えている。
「えっと……ガーベラ、ガーベラ……」
やっと見つけた項目に、私は息を飲んだ。
――ピンクのガーベラの花言葉:
“思いやり” “感謝” “熱愛” “崇高な愛”。
さっきまで頭にあった言葉より、ずっと強い意味が載っている。
「……っ!」
ページを見た瞬間、顔が一気に熱くなる。
ピンクのガーベラがこんな意味を持つなんて知らなかった。
『熱愛』なんて……そんな、そんなはずないよ……!
慌てて本をパタンと閉じ、胸にぎゅっと抱きしめる。
和人くんは、ただ綺麗な花だから選んだだけ。
理由はきっとそれだけ。
花言葉なんて知ってるわけない。
……でも。
「……もし、知ってたら?」
浮かんだ疑問が、心臓の奥を強く叩いた。
花瓶に花を毎朝いれてくれる。
誰に見せるわけでもなく、ただ早朝の二人だけの時間のために。
そんな和人くんが、もしかしたら花言葉も調べていたら――
「……だめ。考えすぎだよ、私……」
そう言いながら、鏡に映る自分の顔は真っ赤だった。
それでも、胸の奥はどこか嬉しくて、
ページの写真のガーベラを何度も見返してしまう。
好きだなんて言われてないのに、
“熱愛”なんて、まだ絶対にないのに。
でも、花言葉を知ってしまったせいで、
明日の朝、彼と目が合わせられる気がしない。
早朝の教室で、また新しい花が置かれていたら。
私、どんな顔すればいいんだろう。
不安で、でも――
楽しみで、胸がぎゅうっとなる。
「……明日、会うのこわいなぁ……でも、楽しみ……」
自分でも分からない気持ちに揺れながら、
私はそっと本を閉じた。
秘密の関係は、花言葉ひとつで、もっと特別になってしまった。
◇
ガラリとドアを開けると、今日も黒板の前には彼の姿があった。
チョークの粉を払う白い指。
差し込む光が、少し寝癖のある髪を柔らかく縁取っている。
「……あ、雫さん。おはよう」
「おはよう、和人くん。今日も早いね」
彼が恥ずかしそうに笑い、いつもの花瓶に目を向けるよう促してきた。
「今日の花、どうかな。雫さんに……似合うと思って」
その一言を聞いただけで心臓が跳ねる。
そっと花瓶を覗き込むと――
一輪の、淡いピンク色のガーベラがそこにあった。
可愛い。
でも、それ以上に胸がざわつく。
ピンクのガーベラの花言葉。
“感謝” “思いやり” そして――“崇高な愛”。
どうしよう。
知っている私は、完全に意識してしまう。
「……すごく綺麗。優しい色」
「よかった……。雫さん、こういう色好きかなって思って」
そんな理由で選んだだけ?
それとも、花言葉まで知って……?
まさかね。
けれど問いただす勇気はとてもじゃないけれど出てこない。
「ねえ、今日も何か持ってきたの?」
和人くんが、覗き込むように聞いてくる。
私は慌てて袋を胸元で抱えた。
「あ、はい。今日は……その、ハートのチョコパンです。
甘いの好きって言ってたから……」
「本当? ありがとう! めちゃくちゃ嬉しいよ」
純粋な笑顔に、もう顔が熱くて仕方ない。
花言葉なんて、きっと彼は知らない。
でも私は知ってしまったから、こんなに動揺している。
ガーベラを選んでくれたのが嬉しすぎて、
それが意味を持っているように思えてしまう。
「……本当に、ありがとう。和人くん」
私が言うと、彼は少し照れたように笑った。
「雫さんが喜んでくれるなら、それだけでいいよ」
その笑顔は、花言葉よりずっと真っすぐで、
私の胸をくすぐる。
その日の放課後、私は自分の部屋の机でずっとそわそわしていた。
胸の奥に、朝のガーベラがずっと残っている。
――和人くん、どういうつもりであれを選んだのかな。
花の知識があるようには見えない。
でも、あの淡いピンクのガーベラを「雫さんに似合う」と言ってくれた。
それがどうしてか、自分でも説明できないほど嬉しくて。
「……ちょっとだけ。調べてみよ」
私は棚から分厚い図鑑を取り出した。
母がずっと前に買ってくれた『花と言葉の事典』。
普段なら開くことなんてないのに、今は胸がどきどきして仕方ない。
パラパラとページをめくる指が、妙に震えている。
「えっと……ガーベラ、ガーベラ……」
やっと見つけた項目に、私は息を飲んだ。
――ピンクのガーベラの花言葉:
“思いやり” “感謝” “熱愛” “崇高な愛”。
さっきまで頭にあった言葉より、ずっと強い意味が載っている。
「……っ!」
ページを見た瞬間、顔が一気に熱くなる。
ピンクのガーベラがこんな意味を持つなんて知らなかった。
『熱愛』なんて……そんな、そんなはずないよ……!
慌てて本をパタンと閉じ、胸にぎゅっと抱きしめる。
和人くんは、ただ綺麗な花だから選んだだけ。
理由はきっとそれだけ。
花言葉なんて知ってるわけない。
……でも。
「……もし、知ってたら?」
浮かんだ疑問が、心臓の奥を強く叩いた。
花瓶に花を毎朝いれてくれる。
誰に見せるわけでもなく、ただ早朝の二人だけの時間のために。
そんな和人くんが、もしかしたら花言葉も調べていたら――
「……だめ。考えすぎだよ、私……」
そう言いながら、鏡に映る自分の顔は真っ赤だった。
それでも、胸の奥はどこか嬉しくて、
ページの写真のガーベラを何度も見返してしまう。
好きだなんて言われてないのに、
“熱愛”なんて、まだ絶対にないのに。
でも、花言葉を知ってしまったせいで、
明日の朝、彼と目が合わせられる気がしない。
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私、どんな顔すればいいんだろう。
不安で、でも――
楽しみで、胸がぎゅうっとなる。
「……明日、会うのこわいなぁ……でも、楽しみ……」
自分でも分からない気持ちに揺れながら、
私はそっと本を閉じた。
秘密の関係は、花言葉ひとつで、もっと特別になってしまった。
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